第11話 懲りない誘拐犯

 白を基調とした店内、テーブルもイスもシンプルなのに高級感がある、1人じゃ絶対踏み込めないレストラン。

 サングラスをサラサラのブロンドヘアに乗せている美須さんはブラウンの大きな瞳を輝かせて扉を引く。


「いらっしゃいませ」

「予約してる美須です」

「美須様、おまちしておりました。お席にご案内させていただきますので、どうぞこちらへ」


 黒髪をおさげにしている黒野さんは美須さんの後ろをついていく。

 白シャツに薄手のロングコートと細身のデニムを着こなす。

 制服姿しか見たことがないから、凄い新鮮だ。

 意外とスタイル……いい、って変態かよ何考えてんの俺。

 店員に誘導されてついたテーブル席は日当たりの良い窓際で、外の景色がよく見える。


「アイスミルクティーにしよ、ヨーちゃんは何にする?」

「ジンジャーにするわ」

「えーと……ウーロン茶」


 急いでメニューを見て、目に入った飲み物を選んだ。

 当然他のお客さんもいる。美須さんの存在感に自然と目を向けている奴ら。おまけ程度の俺って、どんな風に映っているんだろうか。


「パスタ系は全部美味しいんだよー、あとカプレーゼと和牛ステーキも、それからデザートも毎日違うから楽しみ」

「へぇーというか、学生だけで来ていい店って感じしないけど、さすが美須家ね」


 いつも一緒にいる黒野さんでも少し引き気味なのか、時々店内を見回す。


「そりゃ存分に美須家の名前を使いますとも。ふふーん、何も心配しなくていいからね、それに知ってる店の方が安心だから、ネッ」


 俺に軽くウィンクして、アイコンタクトみたいなことをする。


「え、う、うん。そう、だね」


 安心か、そっか、こういうところなら入り込むことできないもんな。


「何、切原と何かあったわけ? そもそも何かなきゃ誘わない、ニアがこいつと話すなんて有り得ない」


 不機嫌そうに俺を睨む黒野さん。

 美須さんはニコニコとサングラスをバッグに入れて、頷く。


「うん、永利君は私の大事な物を拾ってくれた恩人で、それと美須家の新人運転手さんが間違えて乗せちゃって混乱させたお詫びも兼ねてるんだよ」

「新人運転手って……はぁー、切原」


 あんまり納得していない黒野さんは俺を標的みたいに捉えた。


「はぃ」

「ニアの話は、本当?」

「…………う、うん。いきなり車に乗せられて、誘拐されたかと思ったぐらい怖かった、かな」


 嘘ではない、いきなりトランクに乗せられ、美須家と勘違いされて誘拐された。

 ジーっと俺を睨んだ後、小さくため息をついて美須さんに顔を向ける。


「それで、なんでわざわざ切原と私を誘ったの? 別々で遊べばよくない?」


 俺と一緒にいるのが相当嫌みたい。


「えーだって2人とも幼馴染でしょ」

「同じクラスだっただけ」

「えー」

「……ははぁ」


 俺はもう笑うことしかできなかった……――。





「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


 店員に見送られて、レストランから出た時には俺のメンタルはボロボロになって疲れ果てていた。

 普段食べ慣れている味とは違う、高級な物ばかりで、一体何が不味くて美味しいのか分からないし、店長やらコックみたいな人がわざわざ美須さんに対して挨拶に来るし、落ち着けなかった。

 本当に有名人なんだな、美須家って。


「はぁー」

「はぁ」


 揃ってため息が零れ、俺は横に顔を向けた。

 すると、同じように俺に顔を向けている黒野さんが……。


「何よその顔は!」

「ご、ごめん」


 もう、大声はビックリするって。

 さっさと両耳をイヤホンで塞いでワルツを聴きたいよ。


「ほらほらケンカしない、次行こうよ、次」


 ニコニコはしゃぐ美須さんの言葉に、黒野さんは唸りながらも俺に突っかかるのをやめた。

 レストランから歩道に出て、美須さんが元気よく歩き出した瞬間、ベンツみたいな黒い高級車が前の道路を走るのが見えて、俺は目を大きくさせる。

 高級車はウィンカーもなしに強引に左折して、空き地に停車。


「み、美須さん、あの車って」

「うん、あのナンバー、ちゃんと美須家が押さえてるから知ってる」

「なによ、2人とも何を喋ってるの?」


 黒野さんに説明している暇もなくドタドタと黒服の奴らがやってきた。

 数は5人、黒いスーツにサングラスとマスク、手袋。

 前回誘拐してきた奴らと同じ格好をしている。

 

「美須ニア、大人しく我々に同行してもらおうか、なに悪いようにはしない。取引の……うぉッ!」


 悪役らしい声で長々と喋りながら黒服の奴らがやってくるんだけど、すぐに驚いた声を上げる。


「く、黒野の子、それにぼっふがぁ!!」


 仲間から裏拳をくらい、途中で何言ってるか分からなくなってしまう。


「バカ野郎! 軽々しく言うな、兄貴にシバかれるぞ!!」

「う、うるせ! 殴ることねぇだろ!!」


 置いてけぼりだ。

 もうスルーした方がいいかな……。


「なんなのこいつ」

「えっとねー美須家の邪魔をしてくる人たち」

「まぁ間違ってない、かな」


 俺達の冷めた目線に気付いてケンカをやめた黒服たち。


「と、とにかく穏便に済ましたい。いいかニアお嬢さん、アンタは大人しく捕まってりゃいい、俺達は美須鋸太のこたに用があるんだ」

「パパに? そんなこと言われて、はいそうですかなんてなるわけじゃない。絶対イヤ」

「話が終わればすぐに解放してやるんだ! 俺達を助けると思って、頼むよ」

「もーしつこい」


 手を出してくる感じはない……でも引き下がってくれなさそう。

 横に顔を向けると、腕を組んで黙っている黒野さん。

 こ、ここは俺が前に出て……。


「あ、あの」

「さっきから何なのアンタら」

「あれー……」


 黒野さんに遮られ、情けない声を漏らしながら大人しく俺は退場した。

 

「ふん、黒野のガキが、邪魔すりゃ暴行されたってマスコミに売り込んで、ぐひぃ!!」


 左足を軸に素晴らしく真っ直ぐな体幹、そして綺麗に振り上がった右脚。

 黒野さんの華麗な蹴りが顔面にめり込み、黒服の1人が倒れた。

 残りの4人はざわざわと騒いで散らばる。

 何このシュールな状況!?


「マスコミにでもなんでも売ればいいわ、アンタらの方がよっぽど怪しいし、誰も取り扱ってくれないわよ」


 つ、つよ……黒野さん、つよぉ。

 黒野の子、とかガキとか、黒野さんって一体何者?


「こ、この野郎、向こうからやってきたんだ。女だろうが男だろうが関係ねぇ黒野をやっちまえ!」 


 狙いが黒野さんに変わってしまう。

 お、応戦しないと。


「美須さん、下がって!」


 黒野さんに殴りかかろうとする奴ら。

 俺は屈んで相手の懐に飛びこんだ。


「う、うぉ、うぉぉああ!?」


 双手狩もろてがりの要領で両脚を掴んでバランスを崩し、1人を抱えて押し込めば後ろにいるもう1人の奴も巻き添えにする。

 ドミノ倒しみたいに倒れていく。

 残された1人が黒野さんの袖に掴みかかるが、掃うように滑り下ろされ、指先は空を掴む。

 前へ重心が動いた瞬間、黒野さんの右膝が顔面にヒット! あれは痛い、痛すぎて、思わず俺が顔面を覆ってしまう。

 痛みに唸りながら倒れている黒服たち。


「きゃぁ!?」


 美須さんの悲鳴が⁉ すぐに振り返ると、最初に右蹴りを喰らって倒れた男が起き上がり、美須さんを捕まえていた。


「動くな! 動くと容赦しねぇぞ!」

「しまった、美須さん!」

「くっ、ニアを離しなさい!」


 しかもスタンガンを持ってる!?

 ど、どうしたら……特撮だったら仲間が助けに入って、相手に隙ができた時にやっつける。

 でもそんな仲間いないし、1歩も動けない。

 しかもなんでこんな時に人通りが全くないんだろう……車すら走ってる様子がない。


「お前ら下がれ、下がれ!」


 言う通りにしないと……美須さんが危ない。


「私の事はいいから、ヨーちゃん、永利君、やっちゃって!」


 できるわけないじゃん……無理、無理。

 美須さんが痛い目に遭うのはだいぶと嫌だ。

 黒野さんは唸っている。

 どうしたら…………?

 どこからか、聴き慣れた音楽が流れてきた。

 哀愁漂う夕日をバックに広大な河を思わせるワルツ……――。

 頭が霞む……?


「やぁやぁこんなところで何してるのかな」

「あ、あぁ? この曲は兄貴の……しかもこの声」


 黒服の人は予想外の声に驚き、手が緩む。

 その隙に、1歩踏み込んだ。

 美須さんを背中から押して引き剥す。

 よろけながら前へ倒れていく美須さんは、黒野さんに受け止められる。

 同時に美須さんのポケットからするりと落ちていくあのカッターナイフ。

 体が勝手に反応して流れるようにキャッチした。

 襟を掴んだ。

 俺よりも背の高い男を引き寄せ、カッターナイフの刃を剥き出しにして喉の近くに押し当てる。


「ふぐ……ぅ!」


 恐ろしいほど冷静な思考の俺がいる。

 このまま筆を振るように動かせば、目の前は真っ赤になるだろう。 


「ダメ永利君!!」

「はっ!」


 美須さんの叫びに意識が戻る。

 咄嗟に手を引いて、俺はしりもちをついてしまう。


「こ、こんなガキどもに、殺されて、たまるかぁ! も、戻るぞ、ほら起きろ!!」


 よろよろと起き上がる5人の黒服たちは高級車に乗り込んで急いで帰っていく。  


「お、覚えてろー」


 弱々しく捨て台詞を吐いて走り去っていった……――。






 公園のベンチで小休憩。

 吐きそうなぐらい気持ち悪い。

 気付いたら『ドナウ川のさざ波』が消えて、俺達以外誰もいなくなっていた。

 さも当然のように車や人通りが増えて、何事もなかったように日常が動き出す。


「大丈夫? 永利君。ごめんね、また迷惑かけちゃって、ヨーちゃんまで危ない目に遭わせて……」

「だ、だいじょう」

「どうして警察を呼ばないのよ?」


 黒野さんに遮られた。


「うぅん、パパとママにそう言われてるから、お願い! 黙っててほしいの」

「……前回も同じように誘拐されて、切原が助けてくれたってこと? というかいつの間にあんなことできたのよ」


 ネット動画で見てました、とは言えない。


「永利君、格闘に詳しいんだって!」


 自慢げに言う美須さんに、黒野さんは、はぁ? と怖いぐらい低めに反応。


「アンタずっと引きこ……まぁいいわ」


 俺が学校以外ずっと引きこもっていたのを知っている様子の黒野さんは途中で言わなくなる。


「切原のおかげで助かったのは事実だし、前にもニアを助けてくれたなら、別に何も言わない……切原、ありがとう」


 黒野さんが……俺に感謝、してる?

 これは夢? 潤う心臓か何か、未だ分からない何かが満たされていく。


「えっ?! いや、俺、全然。黒野さん、凄い足技でかっこよくてヒーローかってぐらい」

「ブツブツうるさいわね! 人が素直に感謝してんだから、素直に受け取りなさいよ!!」


 パーカーの胸辺りを掴まれて、いつもの凶暴な黒野さんが目の前に!!


「ひぃ、す、すみません」

「ヨーちゃん、ケンカはダメだってば」


 やっぱり怖い……――。

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