第9話 冷たい配達員

 間違いない!! 誘拐された場所で見た大型トラックの字体と一緒だ。

 ということは、この2tトラックは謎の組織と関係があるのかもしれない。

 けど……目の前にあると緊張するっていうか、ビリビリと恐怖で痺れて足が竦む。

 早いうちに返したい、こんな大金いつまでも持っていたくない……片耳のイヤホンを外して、呼吸を整えたつもりで背筋を伸ばした。

 家の扉を閉める音が聴こえる。

 軽快な小走りの足音が響く。

 来た、返さないと! 緑のキャップ帽子を深く被った運転手が見えて、俺は震えながら前へ1歩。

 ぶつかる前にピタっと足を止めた運転手。

 帽子の隙間から鋭い眼光が漏れ、やや細見ながら筋肉質の男性だった。

 こわっ、なんていうか雰囲気が、よく見かけるトラックの運転手とは違う、なんだろうこの冷えた感じ……。

 大型の冷凍庫に突っ込まれたような感覚。


「あ、あ……あの」


 ジッと俺を見下ろす目は次第に大きくなり、


「何の用だ⁉」

「すみません!」


 突然の大声に俺は怯んで、反射的に謝ってしまった。

 なんでいきなり大声出すんだよ……怖いじゃん、喉震えるじゃんか……。

 焼き菓子の箱を返したくても手が思うように動かない。


「……え、あ、の、これ」

「これがどうした?」


 運転手の重い声に圧し潰されそう。


「え、えっと、運送会社からお詫びで頂いたんですけど、受け取れないので、そのぉ返却したいです、はい」


 腕を組んで仁王立ち状態の運転手は息を大きく吸い込んだ。

 やばい、これは……、


「お詫びなら黙って受け取らんかぁああ!!」

「ひぃ、す、すみっ、ませぅん!」


 や、やっぱり!!

 ビリビリとした恐怖に、脚が後ろへ動く。

 いやいやお詫びでもお金は受け取れないってば……というかなんで俺が怒られてるの?


「何故それが受け取れない? お詫びのお菓子だろう」

「…………2段目が、だいぶ怖い、です」


 震える喉で、2段目、そう言うと運転手の肩が少しだけビクッと跳ねた。


「……クソっ」


 運転手は俺の手から箱を強引に掴んだ。

 冷たい眼差しで俺を睨んだ後、


「いいか、今度から謝意というのは素直に受け取れ!」


 そう吐き捨ててトラックに乗り込んでしまう。

 突然の出来事に家の窓や玄関から顔を出す近隣の方々。

 俺は恥ずかしさと恐怖に、この場から逃げ出した。

 なんだよあの運転手の人、大声出さなくてもいいじゃん、もー今ので調子が最底辺になった。

 最悪だ……。

 少し早足で俯きながら角を曲がる。


「やぁ切原君」


 曲がり終えた瞬間だった。

 顔を上げると凛とした表情が目の前にあり、声にならないほどの悲鳴で口が開く。

 パーマをかけていない、ゆるくカーブしたミディアムヘアの円先輩がにやにやと俺に手を振っている。


「うっっっビックリしたぁぁ……」

「トラックの運転手さんと口論なんて、随分とぶっ飛んだことしてるね」


 俺が曲がってくるのを予想していたのかな。

 背筋を伸ばした姿勢に俺も自然と伸びる。


「い、いや口論なんかしてないですって、あっ、先輩」

「おっと質問は禁止、これ先輩命令ね」

「えー……はぁ」


 なんで質問しちゃダメなんだ。


「ところで、まさか切原君が美須家の方とお付き合いがあったとは、これ驚きだね」

「ち、違いますよ、と……」


 友達、と言いかけたところで謎のブレーキがかかってしまう。

 俺は美須さんの友達なのかな。


「あーたまたま、声かけられた、だけ、です」


 自信がなくて、なんだかよく分からない答えを返す。


「ふーん、そう」


 円先輩は綻ばせた表情で頷く。

 先程俺が通った角へ差し掛かる。


「じゃあ美須家の人に関わらない方がいいよ」


 意味深い口調で言葉を残して、立ち去って行った……。

 どういうこと?

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