第4話 友達?
人生初のヒッチハイクは、クラスカースト上位の美須さんと。
親切なお姉さんが乗せてくれて、無事に学校へ到着……。
先生達がぞろぞろ、血相を変えて校門に集まっている光景、そして恐ろしいほどの眼差しが一気に集中する。
背中がゾクッと凍りつく。
「永利君? どうしたの?」
「な、なんでも、ないよ」
誘拐事件のその後、校長と教頭の慎重な質問に、
「新人の運転手さんが永利君も美須の人だと勘違いしただけでした」
え? と思えるような答えを返す。
静まり返った校長室。
「怪しい人に無理やり車に押し込められたところを他の生徒が見ていた、美須家を狙った誘拐事件じゃ?」
まさにその通り。
「疑うようならパパに連絡しましょうか?」
「えっ、いやぁ……まぁ美須さんがいいならいいんだけど」
なんで美須さんだけ? 俺は? かなり怖い思いしたのに……。
美須家という強大な存在を前に何も言えない大人。
「それじゃそういうことで、失礼しましたー」
警察に通報しないなんてあり得ない。
母さんを通して例の彼氏さんに相談すればなんとかしてくれそうだけどなぁ。
校長室から出て沈黙が続く廊下。
下駄箱に向かう途中で立ち止まり、美須さんは俺の前に1歩出た。
「永利君、今日のこと黙っていてほしいの」
「ど、どうして? 警察に言った方が」
「お願いっ、誰にも言わないで」
両手を合わせ拝まれ、さらにブラウンの瞳がうるうるとこちらを見つめてくる。
思わず頷いてしまった……――。
翌日、いつものようにツーブロックのマッシュショートをワックスで整え、いつものように学ランの中にパーカーを着る。
何事もない空間、昨日のことがまるで夢みたいな感じ。
朝食をさっさと済ませて、ワイヤレスイヤホンを片耳に入れて、お気に入りのワルツを流す。
母さんは仕事に行く準備をしながら、彼氏と電話している。
『ありがとう助けてくれて』
繰り返される、渇きを潤わせるような不思議な言葉。
間違いなく俺に言ってくれたんだけど、夢、だったのかなぁ……。
扉を開け、外へゆっくり足を運ぶ。
「おっはよう! 永利君!」
「うぁあ!?」
ゆったりと明るめの曲調がぶっ飛ぶほどの挨拶と声に、俺の心臓が激しく暴れ、全身を一瞬だけ震わせた。
サラサラと流れるようなストレートブロンドヘアとブラウンの瞳、制服越しに分かるくびれと、胸の膨らみ。鼻が高めで整った顔立ち。
小首を傾げる美須さんが何故か切原家の前にいる。
「お、おは、おはよう」
「うん、一緒に学校行こう」
「え? 俺も?」
「なに、サボるの?」
そんなわけない。
俺は首を横に振って静かに答えた。
「じゃ行こっ」
にこやかに引っ張られてしまう。
温かい感触が掌と指先に絡む。
ゆ、夢じゃなかった……。
もしかして、俺に気がある、とか?
「ニア!?」
自転車のブレーキ音とほぼ同時に、驚いた声を発した女子に、美須さんは振り返る。
おさげの黒野さんが……いた。
「あ、ヨーちゃんおはよう」
「おはよう、じゃない。なんでニアが切原と一緒にいるのよ?」
「友達だもん、問題ないでしょ」
「そりゃ無いけど……ないけどさぁ、だってこいつぼっちだし、イヤホンつけながら歩いて邪魔だし、ひょろいし」
邪魔でひょろくて悪かったな。
ぼっちはいいんだよ、1人が好きなんだから。
「じゃあヨーちゃんも一緒に並んで行こうよ」
「ぜーったい嫌!」
そこまで言わなくていいじゃん! と、心の中で留めておく。
不満そうに俺をジッと睨んだ黒野さんは、フン、と残して自転車で走り去ってしまう。
「ごめんね永利君」
「あー……いつものことだから、平気」
通学路が一緒だからどうしても朝は会ってしまう、そしてよく怒られる。
イヤホンつけて歩くな、とか、ボォーっとするな、とか。
美須さんは目を大きくして何か納得したように頷く。
「そっか、ヨーちゃんと幼馴染なんだよね、確か」
「え?」
初めて知った情報に間抜けな声が零れた。
黒野さんと俺が幼馴染、なんて聞いたことがない。
毎朝起こしてくれるわけでもないし、近所というより少し離れている。
「あれー永利君、その反応ヨーちゃんに知られたら胸ぐら掴まれるパターンだよ」
こわっ! 女子に胸ぐら掴まれるとか、不良相手より怖いじゃん!
一緒に遊んだ記憶が全くなくて、どれだけ遡っても思い出せない。
思い出そうとすれば靄がかかったように曖昧になっていく。
「こ、こっそり教えてほしい、かな」
美須さんは眉を下げて小さく唸っている。
「私も昨日の夜にヨーちゃんから聞いただけだし……幼稚園の時から同じ組だって」
「……へ、へぇー」
ダメだ。
「ま、ナイショにしてあげる。そしたら昨日の件、おあいこだね」
おあいこの度合いが違う気もするけど……。
誘拐のことは胸にしまっておくとして、もうひとつ気になることがあった。
「あ、ありがとう。あのー、その、カッターナイフなんてどうして持ってたの?」
校則違反までして高級なカッターナイフを持っていて、落とした時は凄く焦っていた。
美須さんはそっぽを向いた後、
「教えない。恥ずかしいし」
髪を指先でいじりながら呟く。
指先に絡まる柔らかそうな髪に見惚れてしまう。
「そ、そうなんだ……」
恥ずかしがる素振りに胸をドキドキと叩かれる。
まさか俺が、美少女でセレブでクラスの中心にいる美須さんと登校するなんて……やっぱり夢かな?
浮ついた心は徐々に消えていく……。
学校へと近づくにつれ、視線が気になってきた。
驚いたような、意外とでも言いたげな表情の奴ら。
思わず二度見しちゃった的な目が降り注ぐ。
暑くもないのに汗が垂れてきた。
見るな、ヒソヒソ話なんかするな、怖い、怖いよ。
こんな思いをするくらいなら、ずっと1人の方がいい……――。
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