第2話 誘拐事件発生

 美須さんは同じクラス、今朝俺に怒鳴ってきた黒野さんも一緒。

 これを返したらって考えると少し心が浮つくような、緊張するような。

 でもカッターナイフだからあんまり人がいるところでは渡せないよなぁ。

 絶対高級品だ、素手で触っているのが申し訳ないぐらいの代物。

 教室をくぐって真っ先に美須さんを探すと、窓際の席で黒野さんと仲良く談笑している。

 そりゃ黒野さんといるか、どうしよう。

 放課後に話しかけよう、かな。

 

 チャイムが鳴り、午後の退屈な授業が始まる……――。

 授業を受けつつも考えてしまうのはカッターナイフのこと。

 名前を彫るぐらいだから大切な物かもしれない。

 精神的な何かがあるわけじゃないよな? 返した瞬間、口止めだとか言って刺されないよな?

 美須さんと一言も喋ったことがないから、どんどん緊張してきた。

 スタイル抜群のハーフで噂によるとセレブ一家、クラスの中心側にいる子。

 それぐらいしか知らない。

 彼女に話しかけることが、俺にできるのか?

 

「切原……切原!」

「は、はいっ」

 

 突然の大きな声に、俺は驚いてしまう。

 黒板の前で指揮棒を持っている先生が、訝し気に俺を見る。


「次のページ、読んでくれ」

「はい……」


 考え事してた俺が悪いけど、そんな強く呼ばなくてもいいでしょ……――。



 授業最後のチャイムが鳴り、俺は美須さんの方に顔を向けた。

 鞄の中身を探りながら、やっぱり黒野さんと喋っている。

 美須さんが1人でいる時間ってそうそうないから困るんだよな。

 徐々に慌て始める美須さん。

 ブラウンの瞳が潤みそうになっている。


「どうかした?」

「ううん、なんでもない。あ、先生に用事があるんだった、ヨーちゃん先に帰ってて」

「え、ちょっと、ニア」


 いつも一緒にいる黒野さんも知らないことなのか……美須さんは取り繕うように鞄を肩に提げて教室から出ていく。

 これ、今がチャンスだ! 美須さんを追いかけて教室から飛び出した。


「み、みす」


 呼ぼうとしたが、もう廊下にはいない。めっちゃ足速いじゃん……。

 一体どこに行ったんだろう。

 とりあえず校内にはいるだろうから、片っ端から探そう。

 トイレの前、渡り廊下、体育館付近、運動場周辺、上級生の教室がある階にも行く。

 なのにいない! マジで美須さんどこに行ったんだ。

 焦って探し回っているはず、裏門辺りも探してみよう。

 下駄箱でスニーカーに履き替え、裏門へ急いだ。

 自転車置き場の隅にある通路に行くと、裏門の外側に横づけで見るからに真っ黒な高級車が、ベンツみたいなのが止まっていた。

 サラサラヘアの美須さんもいた。

 裏門に停まっている車に体を向けている。

 もしかして美須さん車通学⁉ やっぱり噂じゃなくて本当にセレブだったんだ……やべぇそうなったら余計に話しかけづらいじゃん。


『まぁまぁありがとうねぇ』


 頭に過る、おばあちゃんの言葉。俺が言われたわけじゃないけど……。

 ポケットから高級感溢れるカッターナイフを取り出し、思い切って美須さんに近づいていく。


「んーなにあれ?」

「み、美須さん、これ! ……あれ?」


 車から出てきた真っ黒なスーツの男が3人、サングラスにマスクもしている。

 明らか運転手って感じじゃない、というか3人もいらない。

 そして、ジッとサングラス越しに俺と美須さんを交互に見ている。


「例の物、あった。アイツだ」


 例の物? アイツだ? あれ、誰の事言ってんの?

 怪しい男が2人、俺のところへガツガツと詰め寄ってきた。


「え、え、何? なに?!」


 俺の両脇をガッチリ掴んできた。

 そのまま持ち上げられ、俺の足はもがく様にバタつく。

 何事なのか分からず固まっている美須さんは、遅れて、


「ちょ、ちょっと誘拐! 先生! センセー!!」


 俺を助けようと大声を出してくれた。


「このガキ! お前も来い!!」

「いや! 触んないで!!」


 もう1人の男が美須さんの袖を掴んで強引に後部座席へ押し込んでいく。

 やば、これ……現実? 

 何故か俺だけトランクに入れられてしまう。


「美須家に生まれたのが不幸だったな」

「えっ⁉ 俺、美須家じゃな」


 光がなくなり、真っ暗闇の世界に閉ざされてしまった……――。

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