6日目

8時過ぎに起きて身支度を始める。

4時ごろから1時間おきに目が覚めていたが、どうしてもベッドから抜け出せなかった。

どうしても酒を飲むと翌日はこうなる。

しかし特段ここへ行きたいということもない。

普段の旅はギチギチに予定を組んだ強行軍ばかりだから、適当に起きてなんとなく出かけるというのが実に楽しい。

今日は先日のニュースでししゃも漁が始まったというので鵡川まで行って食べてこようと思う。

駅までの道すがら明日乗るフェリーの券を買おうと駅前の予約センターに行く。

ネットで予約をしようと思ったが、乗船2日以内ではカード決済しか受け付けないと書いてあった。

残念ながらクレジットカードは持っていない。

仕方がないので対面で買おうと思って行くと日曜は休みであった。

旅客を扱うのに日曜が休みとはなかなかいい商売をしている。

しかしもはやここで買う人もほとんどいないだろう。

おとなしく明日またくることにする。


札幌駅に着いて次の苫小牧方面の列車を調べると普通の苫小牧行きがあった。

その後の特急でも鵡川行きに接続するが、なんとなく普通で行くことにする。

3両編成の車内はそれなりに人がいたが相席になるほどではなかった。

すでに何回も通った区間だから車窓については特に言うこともないが、各駅で2人降りて1人乗るくらいの動きがあった。


苫小牧に着くと乗ってきた電車と同じ1番線に日高本線の鵡川行きが入るというので少し改札を出る。

ボロボロの切符を駅員さんに見せるのにも慣れてきた。

去年来た時はここから旅が始まったので思い入れがある。

ホームに戻るとむかわ竜のラッピングがされたディーゼルカーが入ってきた。

全身骨格が見つかった新種の恐竜らしい。

軽く調べると何年も放置されていた化石のようで色々と紆余曲折があったらしいがここでは省く。

単行の列車に15人ほどが乗り込む。

思ったよりも多いが、この程度ではお先真っ暗だ。

苫小牧を出るとかなりの間室蘭本線と並走する。

しばらくすると苫小牧貨物駅が右手にあらわれ、長いコンテナホームが続く。

ホームが終わっても専用線跡と思われる錆びついた線路が一本並走し、やがてそれも川の手前で途切れるといよいよ右へカーブし室蘭本線と分かれる。

駅間がかなり長い。

さすが本線と名がついているだけはあるが今や実態とはかけ離れている。

海の方に煙突と工場が見えてきた。

勇払に着くと青年が3人降りて行った。

浜厚真の手前右手の線路脇に火力発電所がある。

線路のすぐ脇の敷地内には石炭が山ほど積んであった。

後生だから鉄道を使ってくださいお願いしますと思ったが、海に面しているのだから船で運ぶに決まっている。

いやそこは道内の炭鉱から専用列車で運んでくるとかそういった一体的な提案をしたらどうなのか。

そんなことを考えていると鵡川に着いた。

ほとんどそのまま苫小牧へ戻っていくが、私はここにししゃもを食べにきたのだ。

というわけで10分ほど歩いてししゃもの寿司を食わせるという店に来た。

店の前には6,7人並んでいる。

辟易としたがここで帰っては何にもならない。

幸い次の列車は2時間後である。

10分ほど並んでいると、整理券が渡され本日売り切れの看板がかけられた。

かなりギリギリのタイミングであった。

店内はお座敷もある回らないお寿司屋さんで、ししゃもの寿司は6艦で2500円と書いてある。

学生にとってはなかなかのお値段だが、経験には換えられない。

味は淡白な光物といった具合でまあこんなものかといった感じだが、これもまた経験には変えられない。

駅近くの跨線橋を渡る。

旧1番線の信号機が横を向いている。

3本に分かれたうち列車の通る一つだけが薄日に照らされて光っていた。

まだ少し時間があったので富内線の廃線跡を探してみる。

ほとんど家が建ったりしていて痕跡がないが、駅から10分ほど歩いたところに木がまっすぐ並んだ明らかにそうらしい築堤の跡があった。

駅へ戻る道すがら廃止された踏切を通るとまだ線路はそこまで荒れていない。

根室本線の落合あたりの惨状を見た跡だと、まだ現役のようでさえある。


今は使われていない旧1番線のホームにあるベンチで列車を待つ。

ベンチには豪雨で被災したカラマツやトドマツの材が使われていると書いてあった。

来た時と同じ車両が入ってきた。

降りてくる客のほとんどが観光客な中、1人地元の学生と思しき人が駅舎の方ではなく、駅裏の保線基地の方へ歩いていく。

どうやら地元の人の抜け道として使われているようで、私も少しついて歩いてみた。

保線車両のごく間近まで行くことができたが、それ以外特筆することもなくすぐに戻る。

発車時刻になってもドアが開かない。

2分ほどしてやっとドアが開いた。

来た時よりも少し多い乗客を乗せて発車する。

隣のボックスには高校生が2人座っている。

地元の人間にとっては観光客が乗るだけ乗ってただ帰って行き車内が騒がしいのは迷惑甚だしいだろう。

申し訳ない。

苫小牧に着いたが、ただ札幌に帰るのもつまらないので岩見沢を経由して帰ることにする。

追分行きの普通列車が接続よくあったのでそれに乗り込む。

先ほどからは一転し乗客はほとんど地元の人間であった。

日高本線と分かれてすぐの沼ノ端を出ると、千歳線の下り線としばらく並走した後あちらは左へ曲がっていきこちらはひたすらまっすぐ進む。

早来でほとんど降りていった。

それなりの町らしい。

正直車窓は変わり映えせず、空は曇っていて山も見えない。

やはり私が海外の鉄道に乗っても1時間で飽きるだろう。

やがて石勝線が左から頭上を越えて右手側で合流する。

追分に着いた。

さて岩見沢方面に乗り換えようと思うと1時間半後までない。

そうであればと気になっていたD51を保存しているという近くの道の駅へ行くことにした。

その前に明るいうちにと千歳方の跨線橋から駅を一望してみた。

圧倒的に広い。

今家が建っているあたりにもさらに機関庫だったり線路だったりがあったのだから凄まじい。

10分ほどそこから歩いたところで道の駅にたどり着いた。

まず目についたのはキハ183系であった。

D51が置いてあるだけのようなところではなくて安心した。

建物の中に入ると絶えずSLの走行音がしていて写真や動画が流れている。

さらに奥には油でテカテカしたD51が展示してある。

後ろには小さいディーゼル機関車が繋がれていて、どうやらたまに押して外へ出すこともしているようだ。

駅に戻り列車を待つ。

やってきた列車はボックスの半分ほどに人がいる。

ここから乗り込んだのは私だけだった。

しばらくそのまま停まっていると石勝線の新夕張行きが隣のホームに入ってきた。

同時に1番線に反対向きの貨物も入線してくる。

新夕張行きが先発し、数分後こちらも出発する。

もう外は真っ暗で何も見えないが、乗客はやはり地元の人が大半だ。

追分から先は新千歳空港と旭川空港を連絡する列車をはじせる構想があるらしい。

もしそれが実現すればこの区間は再び日の目を浴びることになるが、どうなるのだろうか。

もしそうなれば栗山の崩落したトンネルを復旧して再度複線化したりするのかもしれない。

岩見沢で札幌行きのライラックに乗り換える。

乗り込むと斜め後ろに座っていた人が何やら慌ててデッキの方に行き降りるような素振りを見せていた。

デッキへの扉が閉まったので、実際に降りたのかわからないが、そのまま発車した。

ふとその席の上の荷物棚を見るとばっちり荷物が残っている。

これはもしかしてやったかと思いソワソワしていると、数分経ってかの人が戻ってきたので安心した。

札幌に到着するところで苗穂から出てきたおおぞらになる回送列車と並走する。

時間は19時半だがこの時間からまだおおぞらがあるのかと驚く。


晩飯は仙台にいた時にたまに行っていたラーメン屋と同じところが札幌にもあるので行こうと思い外に出るが雨が降っている。

30分もすればやむ予報だが、時短営業のために20までの営業となっている。

すでに時間は19時を過ぎていて雨宿りをしていては間に合わない。

仕方ないので諦める。

そもそも昼にかなりの贅沢をしたので夜はもう何も食べなくて良いかと思い、そのままホテルに帰った。

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