第11話 シスター×期間限定トロ旨贅沢チーズバーガー

「こっこれは……!?」


 美味い、美味い……。

 もしも私達が信仰する女神様であるイゥリゥス=ディリス様の世界、という世界があるとすればこんな風に、身も心も満たされ溶かされる……極上の悟りに至る世界なのかもしれません。

 あぁ……これが、女神様の御世を垣間見ることが出来るという女神様がお遣わしになられたというハンバーガーなる食べ物なのですね……。

 月に一度だけ、シスター達は神殿を出て一日限りの還俗を楽しむことが出来るのですが、私がこの場所に訪れたのもイゥリゥス=ディリス様のお導きでしょう。

 風の噂には聞いておりました。

 イゥリゥス=ディリス様を信仰する我がディレィシア国に、イゥリゥス=ディリス様が慈悲をくださった。

 何でもハンバーガーなる女神様公認の、食せば誰もが王侯貴族となることが出来るという食べ物が巷では流行っているとか。

 その店の店主である方は王族、貴族、平民の差別を無くし誰もが小金さえあれば一食で満足にお腹を満たせるらしいのです。

 そして来る月に一度の還俗の日。

 早朝にいつものお勤めを果たした後。

 本日、還俗の日を迎えた私を含めたシスターは、そのハンバーガーが食べられるというバーガーショップなる店を訪れたのです。

 翌日にはまた別のシスター達が訪れるのでしょう。

 開店時間に合わせて向かえば、すでに長い列が出来ておりました。

 なるほど、人気という理由が分かります。

 国王陛下に宰相様、エルフ族の方にドワーフの方、貴族の方に騎士様、異国の方、聖女様が身分の差なく、言葉を交わしながら待っているではありませんか。

 素晴らしい……あぁ、これこそがイゥリゥス=ディリス様が望まれた平等なる世界なのですね。

 早速、私達も並びましょう。

 ただ懸念事項は一つ。

 いくらお支払いをすれば、天上の食を口にすることが出来るのでしょう。

 シスターというのは、私自身が言うのも何ですが世間知らずなのです。

 普段、金銭のやりとりは皆無。

 神父様が私達に持たせてくださった金額は必要最低限必要なものを購入するためだけの金額。

 本来ならば、還俗とはいえ女神様に仕えるシスター。

 とはいえまだまだうら若き乙女の私達とて、流行のものというのは気になるというもの。

 普段から節制を心がけていましたのできっと食すことが出来るでしょう。

 やがて順番が巡って参りました。

 いざや、と私達シスターが入店をすれば、目を見張るばかりの店内。

 何もかもが見たことのないものばかり。

 あぁ……貴族のお嬢様までもがあのようにはしたなく大口を開いて、手づかみでバーガーなる食を口にしているではありませんか。

 ここはもしやイゥリゥス=ディリス様の名を騙った魔窟なのでしょうか……国王陛下のような高貴な方々ももしかすると魔族が化けて私達に幻を見せているのでしょうか……。

 極めつけは……


「わーっはっはっはっはっ! 今日から期間限定! 特別バーガーの販売だコノヤロー! バーガー量産器の俺が、女神のお願いを叶えてやったぜ!」


 この世界を創りし素晴らしい女神様であるイゥリゥス=ディリス様を女神などと呼び捨てにする店主らしき男の高笑いです。

 なんと罰当たりな!

 店主の名前はユート・シタラ……彼は魔族なのでしょうか。

 見たことがない顔立ち。

 年の頃は二十……いえ、もっと若いのかもしれません。

 顔立ちははっきりではなく、平たい顔立ち、といった表現になるのでしょうか。

 一緒についてきたシスター達も憤慨したり、不安な表情をしたり……ですが、ここまで来て帰ることなど出来ません。

 彼が魔族というのなら、女神様にお仕えする私達シスターが女神様より授かった力であの者を浄化して差し上げましょう。

 とはいえ目的はまずバーガーなる食。

 食を知ることは、相手を知ることでもあるのです。

 しかし……キカンゲンテイ、とはどういう魔の言葉なのでしょうか。


「今日から俺の気が済むまでの間、いつものメニューに加えてほんの少ーしだけお高い、バーガーだ!」


 それは少し、気になる所です。

 なるほど……キカンゲンテイ、とはいつでも食べられるメニューと違って時を区切り提供する食、ということなのですね。


「ほらほら! 次の客ぅ! 何すんだ!?」


 一体、何を頼めば良いのでしょう。

 他のシスター達も戸惑っているようです。

 ここは私が……まずは値段ですが……何と、これほどに安価な金額で食を提供するなんて……彼は本当に女神様の使途なのでしょうか。

 普通であればこれほど安価な食などありません。

 何より周囲を見てみれば、普通のパン以上に良いものだと分かります。


「ほらほら、何にすんだよ。えーと、何だ? シスターっていうのか?」

「はい。私達は神殿に仕えるシスターなのです。えぇと……今日は、月に一度の還俗で……」


 なるほど、と店長らしい男が腕組みをして目を閉じ、頷くと―――唐突に、目を見開き、高笑いをしながら声を上げたのです。


「わーっはっはっはっはっ! んじゃあ月に一度の楽しみ! 俺と女神の今オススメ! 期間限定トロ旨贅沢チーズバーガーを提供してやらぁ!」


 か、勝手に決められてしまいました……!

 よく分からないメニューにされてしまうなんて……あぁ、イゥリゥス=ディリス様……。

 私達をお救いくださいませ。

 この試練を乗り越えられますように……!

 お金は確かに他のメニューに比べると小金の金額が違いますが、支払いが出来ないほどでもありません……。

 少し高いといっても全体の金額は良心的、ということなのでしょうか。

 一体何を食べさせられてしまうのか。

 そう思っていると、ふわり、と美味しそうな香りが漂って参りました。

 この匂いは……チーズケェゼ、でしょうか。

 すると店主はあっという間に作り上げてしまいました。

 薄い板の上に乗せられた人数分の食。

 これがバーガーというものでしょうか……周囲が食べているものとまったく違うどころか、白いチーズケェゼらしいものがグツグツと煮たっているではありませんか。


「わーっはっはっはっはっ! ほらよ! シスター要望、お任せ期間限定トロ旨贅沢チーズバーガーセット、完成だぜ!」


 あの……要望した覚えもお任せした覚えも一切、ありませんが……それよりもとても気になるのは……。

 こ、これが……しかしバーガーとやらはどこにあるのでしょう。

 どうやら高温に熱せられて溶けたチーズケェゼしか見えないです……。

 もしかしてこれを手づかみで食べろ、とでも?

 まさか店主の頭には魔族が棲みついているというのでしょうか。


「おっと、コイツだけはナイフとフォークを使ってくんな。ほらよ! 席に持っていって座って熱い内に食ってくんな! バーガーもポテトも、熱い内が華だぜ!」


 ポテト、とは……他の方々には別に添えられているらしいものが見えますが、これには添え物も見当たりません。


「ついでに、ドリンクは俺のお任せランダムだ!」


 意味が分かりません……!

 あぁぁぁぁ……女神様、イゥリゥス=ディリス様!

 私達にお慈悲を……!


「ほらほら、後がつっかえてんだ! 俺はバーガー量産器なんだよ! 次の客!」


 早くどけ、と言われて私達はそれぞれに煮えたぎるチーズケェゼにまみれたバーガーとやらを薄い板のようなものを使って空いている席に座りました。

 私達は一様に女神様に祈りを捧げて見たこともない素材の、形は確かにフォークとナイフに似たカトラリーで探り探りチーズケェゼの海に浸るそれに突き刺しました。

 何を突き刺したのかは分かりませんが、まずはフォークに突き刺したそれを恐る恐る一様に皆口に入れました。

 あっっっっつ……!

 ですが、チーズケェゼの濃厚なこと……この、ほくっとしたものは……あぁ、なんという調和……これは、食べ進めなければ……。

 チーズケェゼと共に食べ進めれば、柔らかなパンのようなものに固められた肉のようなものが挟まり、この赤い酸味のある果実のようなものがさらに調和を促しています。

 初めてです。

 このような食べ物は……まるで天上にいらっしゃる女神様が魂を呼んでいるような……いえ……いいえ、これは魔族の食べ物……。

 堕落を促す魅惑の食……これが、バーガーなる食……。

 まるで暗示にかけられたかのように私達は一心不乱にチーズケェゼに包まれたバーガーというものを口に入れ、半分ほど食べてやっと飲み物に手を付けました。

 ランダム、という言葉はよく分かりませんが……あぁ、これは、白ぶどうブドゥの……ですが、ワインではありません。

 酒精というものがまったくないのです。

 爽やかな白ぶどうブドゥに、甘さがチーズケェゼに包まれたバーガーというものに相まって私達シスターの意識を更なる高みへと押し上げる……。

 思えば、神殿でもチーズケェゼを食しますがこれほどまでに濃厚で満足感のある味ではありません。

 チーズケェゼにバーガー……そう、これは……この、ほくっとしたものはジャガイモデコロン……このような食し方があるだなんて……。

 夢中で食べ、シスター一同我に返った時にはすでに皿に供されたチーズケェゼにバーガー、ジャガイモデコロンに、酒精のない白ぶどうブドゥの飲み物は消えておりました。

 あぁ……女神様……イゥリゥス=ディリス様……貴女様は私達シスターに何という恐ろしい試練を与えたのです……。

 このような食を知ってしまっては、月に一度の還俗では足りないではありませんか。

 味わえども欲する、甘美なる果実……。

 神殿でこのような食を再現するなど無理です……。


「あの……店主」

「んー? 何だよ」


 話ながらも手は、動きは、流れるかのように動き、次から次へと提供しています。

 なんと器用な。


「この美味なる食を、是非とも、是非とも! 神殿にて女神様であらせられますイゥリゥス=ディリス様に捧げて頂けませんでしょうか……!」


 私達は揃って手を組んで祈るように店主の前で膝を折りました。


「何卒! 何卒! これなる食は期間限定なる時期を決めず、絶えずイゥリゥス=ディリス様に捧げられるべきです!」


 ディレィシア国は敬虔なる女神様の信仰者。

 断ることなど―――


「やなこった」


 あり得ません!

 女神様が怖くないのでしょうか!?

 あぁ……イゥリゥス=ディリス様、申し訳ございません。

 このような場所に、女神様への供物を断る摩訶不思議な魔族の男が入り込んでいたとは。


「女神にゃ、すでに捧げてっからよ」


 なんと。

 私達は顔を上げました。

 魔族の男かと思いきや、もしかしてイゥリゥス=ディリス様の信仰者でいらっしゃったとは!

 先程とは打って変わった表情。

 彼は心の底から、イゥリゥス=ディリス様を信仰していらっしゃるのでしょう。


「であれば―――」

「だからといって、神殿にゃ行かねぇ。世の中、神も仏もありゃしねぇ! 神々っつーのは天上で好き勝手やって俺らをただ杜撰な管理してるだけの、クズな管理者だ! ポンコツだ! 運も実力! 俺にゃ信じる神なんてねぇ! 信じてるのは俺の、バーガー量産器としての存在だけだ!」


 なんという……!


「つーわけで今日はもう食ったなら帰れ帰れ! シスターだか神殿だか知らねーが、テメーらの妄想神を押しつけてくるんじゃねーよ。ここは神も仏も身分の差もねぇ! ただのチンケなバーガーショップだ! 後、俺が神々に捧げられるっつーのは笑顔だけだ。受け取れ! 俺の全開の笑顔を! わーっはっはっはっはっ!」


 それを、人は高笑いと言うのです!

 何という罰当たりな!

 ここは魔族の男が支配する罠だったのです!

 そそくさと私達は店を出ました。

 神父様に、進言しなければ……そして、この店で魔族の甘美なる食を食してしまった私達は、もう二度とあの店へと向かわないことでしょう。

 キカンゲンテイ……そう、私達もまた、キカンゲンテイなのです。

 そう―――思った時期が、私達もありました。


「店主! いつぞやのチーズケェゼたっぷりの食を私達に!」

「わーっはっはっはっはっ! わーっはっはっはっはっ! ありゃ期間限定だ! ほらよ! 女神とお揃い、チーズバーガーだ!」


 花が咲いたように、私達はこの月もまた例のショップに訪れてしまうのです。

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