第9話 女神×チーズバーガー

 わらわは女神イゥリゥス=ディリス。

 女神たるわらわが、このようなチープな食事に嵌ったのも、地球という世界を創った神のせいじゃ。

 何でも地球の特に日本という国は美味な食事を作る国の一つで地球の神も創った甲斐があったと鼻高に自慢をしておった。

 もちろんわらわは、その神の鼻を文字通りへし折ってやった訳じゃが、それでは収まらぬので賠償金代わりとして料理人を一人寄越せと言ってやった。

 今のままではわらわの世界は料理が発展せぬ!

 早急に発展とはいかぬが、少しでも進めたいのじゃ。

 わらわは女神。

 寿命などない。

 じゃがそろそろこの世界の食には飽きて来た。

 来る日も来る日も貧しい食事ばかり。

 そしてわらわは決めたのじゃ!

 地球の神に連絡を取って、わらわの世界に連れてきても問題のない料理人を選び出してもらい……こ奴―――設楽したら 有人ゆうとという男にしようと。

 選び出された料理人達の料理をこっそりとくすね、最終的にこの男が試行錯誤していたバーガーをこっそり食べてみたら、それはもう女神でありながらさらなる高みへ登り詰められるほどの美味しさだった。

 バーガーという料理を作る男だ。

 パンズというパンは、わらわの創った世界ではまだまだ石ころ並の固さが主流で雲のように柔らかなパンというものは誕生していない。

 地球とは違って食べられる魔物を作ってみたのじゃが、わらわの世界に生きる者達はまだまだ未熟で地球と比べれば生まれたばかりの赤ん坊のようなもの。

 文化、歴史、生活水準、料理……あらゆるものが未熟。

 地球の神の方がずっと年上じゃというのもあるが、差が開き過ぎてというか、事あるごとに他の神が創りし世界を下に見てくるもんじゃから腹が煮えたぎっておったから丁度良かったんじゃ。

 設楽 有人という男に決めたのも、この男なら地球からわらわの創った世界に呼び込んでも影響はないじゃろうということで決めたんじゃ。

 さっそくわらわが呼び出せば……そ奴は、わらわに向かって無茶で無理難題に近い要望を出してきおった!

 別の世界に行くのは構わないが、店の一切合切を持っていくことが出来ること、防犯対策はしっかりしてもらうこと、場合によるが基本的に持ち帰り持ち出しを許可しないこと、そして……あらゆる食材をわらわの力でいつでも満たし、新しいものがあればいつでも取り寄せることが出来るようにしろ、と。

 その代わり、代金は不要でわらわにバーガーを捧げる、と。

 仕方があるまい。

 わらわは、わらわが創った世界の中でも比較的治安の良いとされているディレィシア国にこ奴の店を配置した。

 最初はトラブルが少々あったが、わらわの思し召しだと知るや否や、あっさりと許可が出た。

 この国がわらわを崇拝してくれているのもわらわにとってはポイントが高かったのじゃ。

 うむ、こ奴の作るバーガーについて話を戻そう。

 特にわらわが気に入ったのはチーズバーガーというバーガーじゃ。

 先程も少し語ったのじゃが、雲のように柔らかなパンズを上下に切り分け、下の段にまずは緑が美しい葉野菜を乗せておる。

 パテなる肉を重ね、牛というわらわの世界ではミノタウロスのような生き物の乳から加工されたチーズというコクのあるシートを重ね、野菜を酢漬けにしたピクルスなる食材を輪切りにして並べ、ケチャップという赤が美しいソースをかけて最後に切り分けたパンズの上部分を乗せれば完成じゃ。

 ハンバーガーとやらにチーズを加えただけとも言えるが、ハンバーガーにはトマトとやらを入れておるが、チーズバーガーには入れておらぬ。

 チーズをメインにしておるのじゃ!

 あぁ……わらわの世界も美食の世界にならんものか。

 特にこのバーガーとやらは美味い。

 体に悪いということじゃが、女神たるわらわには関係などない。


「ほらよ、女神サマよ。今日もチーズバーガーセット、供えてやるぜ! わーっはっはっはっは!」


 少々、上から目線というか、わらわ女神を女神とも思っておらぬ輩ではあるが、ちゃんとバーガーが捧げられるのならばそのような些末なことにいちいち目くじらなど立てんわ。


「しかし、何故に汝はこのように美味なる食事を広めたいと思わんのじゃ?」


 女神たるわらわにも理解が出来ん。

 料理人は料理や技術を継承する者ではないのか?


「女神サマよ……俺ぁただ自分の作ったバーガーを、小金握り締めた客に食わせてやりてーだけだぜ」


 何故じゃ。

 よく分からぬ。

 が、そ奴がそう言うのなら構わんじゃろうし、じゃからこそ、わらわの世界に呼び込むことが出来たんじゃろぅ。

 チーズバーガーを食し、ジャガイモ―――わらわの世界の者達はデコロンと呼んでいる―――をたっぷりの油で揚げ、細かい塩で味を付けたポテトも気に入った。

 さらには種類豊富な飲み物!

 プチプチと口の中で弾ける飲み物は楽しく、野菜を細かくした飲み物は体に良い感じがするし、紅茶という飲み物は安い割に格調高く、コーヒーなる飲み物は見た目が不気味でも砂糖とミルクを入れればまろやかな飲み物となる。

 バーガーも様々な種類があるが、わらわのお気に入りはやはりチーズバーガーセットじゃろう。

 チーズバーガー、飲み物、ポテト、もう一度戻ってチーズバーガー、飲み物、ポテトの順番で食せば、あっという間になくなってしまう。

 これほどまでにわらわが女神であったことに感謝せざるを得ない。


「わーっはっはっはっは! どうだ! 美味いか? 女神サマよ!」

「うむ。大儀である」


 わらわの声は奴にはもはや聞こえておらんじゃろうがの。

 わらわが世界に干渉出来るのはほんの少しじゃ。

 女神じゃからこそ、女神故に。

 捧げられた食を召し上げ、わらわが召喚したあ奴の店の支援が出来るだけでも十分な干渉じゃが、チーズバーガーセットを捧げられるのなら大した手間ではない。

 不意に、わらわは何かが干渉してくる気配に気付いた。

 あれは……ディレィシア国の隣国ではないか。

 何と、古の召喚術をやっておるではないか!

 わらわがチーズバーガーセットに気を取られている間にまんまとやられてしもうたではないか!

 まぁでも聖女とやらは……ふむ、あの娘なら大丈夫じゃろう。

 しかし可哀想な娘でもある。

 何とかディレィシア国に保護されるようにしておいた方が良いじゃろう。

 よし、何とか保護されたの。

 あとはちょちょいと前向きになることが出来るように仕向けて……ってわらわがやらんでもあの阿呆店主がやりおった!

 言い方はアレじゃがの!

 まぁ良い。

 あの娘もどうやら少しは料理が出来るようじゃの。

 この際じゃ。

 彼女にわらわの創った世界の料理を発展させてもらおう。

 あの国のやらかしのせいで、彼女の両親も心配をしておると地球の神からクレームが入ってしまったからの。

 今はまだ地球の神に比べてわらわは若い女神じゃから元の世界に送り返してやる力が足りぬ。

 もっと……もっとわらわにチーズバーガーセットをぉぉぉ!

 はっ……女神たるわらわとしたことが取り乱してしもうた。


「わーっはっはっはっは! わーっはっはっはっは! 今日も俺はバーガー量産機になーる! わーっはっはっはっは!」


 うむ……あの店主はやはり意味が分からぬ。

 女神たるわらわでも理解が出来ぬ。

 地球の神に問い合わせてみれば、目を逸らして吹けもしない口笛をわざとらしく吹いて、さぁのぉ……ワシは知らーぬ、などと言っておる。

 そんな訳がなかろう!

 じゃが美味いバーガーを作るのじゃから仕方があるまい。

 奇行は目を瞑るとしよう。

 あ奴は店さえわらわの力でちゃんと稼働させておけば良いじゃろう。

 わらわが今心を傾けたいのはあの可哀想な聖女扱いをされた娘じゃ。

 ふむ……そろそろ彼女の両親と娘の眠りが重なる時間じゃ。

 毎度のように眠りが重なる時間を見つけるのは少々骨が折れるが、これもわらわの創った世界が少しでも美味しい食に満ちた、地球のような世界になることじゃ!

 目指せ美食の世界!

 特にバーガーは女神印をつけて欲しいくらいじゃ!

 チーズバーガーは毎日捧げられる。

 店主の頭がアレじゃからその内、忘れられるかと思うておったが、意外と奴は真面目にわらわにチーズバーガーセットを捧げてくれる。


「わーっはっはっはっは! 女神サマよ! 今夜のチーズバーガーセットだぜ! 神サマにゃ言ってもどうか知らねーが、バーガーもポテトも熱い内が華だぜ!」


 一人、店の中で高笑いをしながらじゃが、捧げものに罪はあらぬ。

 ある日、わらわは珍しくあ奴と接触をした。


「汝が求めるのなら、永遠の命を与えてやってもよいぞ。そうすれば永遠に汝は、汝曰くバーガー量産機とやらになることが出来るがどうする」


 わらわとしては、一生、いや、永遠を選んでもらって永遠に捧げてもらいたいのぅ。


「女神サマよ。悪いが俺ぁ永遠の命とかにゃ興味はねーよ。バーガーもポテトも熱い内が華だってのと同じくらいに、命も一瞬で終わりがある方が良いし、生きてる内が華ってな。だから断る! あの嬢ちゃん達が試行錯誤し始めてんだから、その内、俺以外の奴もバーガーが作れるようになるだろ! 俺が死んだら他の奴に捧げてもらえ! わーっはっはっはっは!」


 どうも、こ奴はそういったことにも興味がないらしい。

 一体どのように生きればあのようになるのか。

 仕方があるまいのぅ。

 そうして長い目で見ていれば、その内にあ奴は年を取って行った。

 最後の最期までバーガーを作り続けるらしい。

 いつの間にか娘も成長し、わらわの世界も食事や生活水準が向上していった。

 娘と接触もしてみたんじゃが娘も娘で召喚される前に戻ることを拒否し、最後までわらわの世界で生きると言って来た。


「なぁ女神サマよぉ」


 毎日毎日チーズバーガーセットを提供していたあ奴の命も、僅かか。


「何じゃ」

「俺が死んだらこの店はどうなるんだ?」


 まだまだ死にそうにないような顔をしておるが、女神たるわらわには良く分かる。

 もう寿命じゃろう。


「汝次第じゃ」


 汝がまだ店を続けたいと言うのなら、若返らせてやっても良い。

 それだけの力は戻った。

 じゃがあ奴は―――設楽 有人は言う。


「じゃあ無くしてくれや。俺ぁ最後の最期までバーガー量産機だ。それが無くなりゃ使える奴もいねぇ。置いておく意味はねーからな」

「何故、汝は永遠の命を求めぬ」

「いつか言ったよなぁ? 女神サマよ。俺は俺が生きている間は小金握り締めてやってくる客に俺の作ったバーガーを熱い内が華の内に食わせてやりたいってよぉ。俺が死んだらそれはそれで終わりだからな。永遠の命を生きたら、それこそ俺のバーガーは華が散るんだよ」


 女神たるわらわには理解が出来ぬ。

 確かにわらわの世界はあらゆるものがようやく進み始めた。

 あの娘達が試行錯誤の末に作ったバーガーを始めとする料理も作り方が広まっておる。

 随分と、美味しくなったが、こ奴が作る物とはやはり雲泥の差があるのじゃ。


「楽しかったぜ。女神サマよ。俺ぁ後悔してねーし、これで終わりっつーのも納得してる」


 ならぬ。

 そなたはまだわらわにチーズバーガーセットを供えねば。

 じゃが……こ奴は逝った。

 永遠の命を放棄して。

 あの柔らかなパンズ、瑞々しい葉野菜、口の中に広がる肉の旨味が凝縮されたパテ、まろやかなチーズ、酢漬けのピクルスの爽やかさは……。

 ジャガイモを質の良いたっぷりの油で揚げた熱々のポテトは……。

 口の中でプチプチと弾ける面白い飲み物などは……。

 もう二度と、わらわの口には入らなくなった。

 何という罪深いのじゃ。

 設楽 有人。

 聖女として呼ばれた娘。

 間に合うのなら、汝らに、転生という特典を授けよう。

 そして―――転生をしたあ奴らは、わらわの世界の食にさらなる貢献をする者となった。

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