第8話 聖女×月見るバーガー

「う……うぅぅ……う……おいひぃよぉぉぉぉ! うわぁぁぁん!!」


 懐かしい味に、思わずあたしは大号泣した。

 だって……いきなり訳の分からない国に召喚されて聖女とか何とか、漫画とかゲームとかアニメじゃないんだからって思ってたら隣国と戦争をするから聖女の力で、なんて言われて……。

 生まれて初めて戦争というのを、あたしは目にした。

 こんなの、知らない。

 あんな酷い景色、見たこともない平和な時代に生きてて食べるものも豊富にあった人間が見ていられるはずがないじゃない。

 挙句、あたしはその場所にいられなくて、ずっと引きこもっていた。

 戦争が終わった後、あたしを召喚した国は負けたらしい。

 あたしを勝手に召喚して何も教えてくれることもなく聖女だから、さぁ助けてって……あたしは何も出来なくて……役立たずだって言ってあたしを賠償金代わりに隣国に売り払った。

 あたし、これから一体どうなるの……?

 売られる?

 犯される?

 殺される?

 そう思っていたけれど隣国―――ディレィシアって国の人はとても優しかった。

 役には立たないけれど聖女なら良いだろう、賠償金代わりだってディレィシアって国に引き渡されて、どうなるのか不安で不安で泣いていたら、騎士の一人が声を掛けてくれた。

 優しさに甘えて、あたしは違う世界から召喚された聖女だって言ったら騎士の人がバーガーっていう食べ物を知っているかって聞いてきた。

 もちろん知ってる。

 どうして違う世界の人がバーガーを知っているのって思っていたら、騎士の一人があたしを連れて行ってくれた。

 目の前の建物は、見慣れた建物で……周りの家とはかけ離れた存在なのに、バーガーショップ=シタラというバーガーショップはディレィシア国の王都の庶民街という場所にあった。

 キラキラしていて、見るからに貴族、っていう感じの服を着た人から、少し汚れてボロボロの服を着た人まで、この国の通貨らしいお金を握り締めて順番に並んでる。

 異様な光景のはずなのに……懐かしい。


「ここの店主は変わった男でね。頭がアレなんだがバーガーが美味しくて、国王陛下も宰相閣下も貴族も庶民も分け隔てなく会話をしてバーガーを楽しめる場所というか、女神イゥリゥス=ディリス様の思し召しでここに店を構えたらしい」


 騎士の人が説明をしてくれる。

 もしかしたら同じ世界の人かもしれない。

 頭がアレって言ってるけど、並んでいる時のあたしはまだ知らなかった。

 店主が、同じ世界で同じ国に住んでいた同族だとは思いたくないくらいに、アレだったなんてことは、今は、まだ……。

 ここはいつも並んでるらしい。

 ただ二十四時間はあっちの世界のようには営業していなくて、店主一人でやってるって。

 人を雇わないのかなって思っているとどうも店主の方が断ってるんだって。

 やがてあたしと一緒に並んでる騎士の人の番になって店内に入った。

 見慣れたチェーン店に近いけれど少し違う、それでもあたしにとっては懐かしい見覚えのある店内。


「師匠! この娘なんですが、隣国に召喚された異世界から来たっていう聖女らしくて連れて来ました!」

「わーっはっはっはっは! 聖女だか何だか知らねーな! 俺はバーガー量産機なんだから興味もねぇー……んだと? 異世界か?」


 一言目が高笑い……そして自分をバーガー量産機とか言ってる、あたしからしたらおっさん……確かに、頭がアレって言われるなぁって思った。

 うん、一緒にされたくないし!


「ええと……間違イ、カナァー……一緒にされたくない」

「師匠がイカレてるので目を逸らされているようです」

「同族だろうが聖女だろうが関係ねーな。あと! 俺はお前の師匠じゃねぇって何度言ったら分かるんだよ! んで、嬢ちゃん。懐かしいだろ。いつからここにいるか知らねーけど。何食う? バーガー量産機今のオススメは月見るバーガーだぜ!」


 月見るバーガー……そういえば、秋の時期はよく友達と食べてたなぁ……ポテトに、コーラも……あたしを召喚した国も、この国も、ご飯が美味しくなくて食べたくなくて……。

 あたしは目移りをしながら結局、月見るバーガーを注文した。

 お金、どうしよって思ってたら値段は元の世界と大きく変わってなくて、今回は騎士の人が奢ってくれるって言うから甘えることにした。

 だって、ここまで来て食べられないって嫌だもん。

 出て来た月見るバーガーは、チェーン店のと似ているけれど少しだけ違った。

 だってパンズがふわっふわ!

 何も食べたくないって思ってたけど、やっぱりバーガーを目の前にしたら食べたくなる。

 騎士の人はトマトベーコンレタスバーガーがお気に入りらしくて、すでに食べてる。

 あれも美味しそう……。

 そうしてあたしは、久しぶりの温かいバーガーを口にした。


「っ……おいひ……おいひぃよぉぉぉぉ!」


 バーガーって、チープな味が売りじゃない。

 それなのにここのバーガー凄い。

 安いのにチープって感じがしないのは、あたしが久しぶりに食べるからかもしれないけれど、もっと安いチェーン店のよりずっと美味しい気がする。

 だってパンズふわっふわ!

 目玉焼き、とろっとろ!

 大きさだって女の子のあたしにはちょうど良い。

 パテだってお肉って感じがして、本当に懐かしくて……あぁ、もっとお母さんのご飯、食べたかったとか……帰りたい、とか……色んな思いが出てくる。

 聖女だって言われて最初は浮かれてた。

 あたしは選ばれたんだって。

 よく読んでた小説とか漫画の主人公で、ヒロインなんだって勘違いしてた。

 それなのに現実は全然違って……あたし、どうしてここにいるんだろうって思って、家に帰りたくて仕方がなかったし、今もずっと帰りたいって思ってる。


「う、うぅぅ……かえりたい……家に、帰りたいよぉ……お父さんに会いたい、お母さんに会いたいっ……お母さんのご飯、食べたいよぉ……! あたし、馬鹿だったけど……ちゃんと学校行って、友達と遊んで……元の生活に戻りたい……!」


 あたしを召喚した国の人は一度召喚されたらもう二度と帰れないって言っていた。

 来たんだから帰れるはずじゃない。

 本は少し苦手だったけど漫画とかアニメとかライトノベルくらいだったら読んでて、異世界に召喚されたら帰れないのは鉄板だったけど、でも、もしかしたらあたしは帰れるかもしれないじゃない。

 騎士の人が泣くあたしを見て一旦食べてたバーガーを置いて手をちゃんと拭いて、泣きじゃくるあたしの背中を優しく叩いてくれる。

 そうしていると頭の変な店主が追加でハンバーガーを持って来てくれた。


「お嬢ちゃんよ」


 泣きながらあたしは店主を見た。


「こっちに来ちまった以上、帰れねぇよ。帰れねぇくらい遠い国に来て、一生過ごさなきゃなんなくなったって思え。親も死んだって思えよ」

「出来るわけないじゃない! そんなこと!」

「師匠! いくら何でも―――」


 騎士の人が言い返そうとしてくれたけれど、店主の人が止めたみたい。

 何よ、頭がオカシイんじゃない!?

 お父さんやお母さんが死んだって思えなんて、急に外国に来て一生過ごさなきゃなんないって思えるはずないじゃない!

 期待したあたしが馬鹿じゃない。

 同じ異世界から来た人で、いつか帰れるって言ってくれるって、帰る方法を一緒に考えてくれるって、理解があるに決まってるだなんて……でも店主はあたしの頭をがしがしと撫でた。


「嬢ちゃんよ、前見ろよ。少なくともここにゃバーガーショップ=シタラがあんだからよ! 良いように考えろ! 早いけどお前は家を出ちまった。遠いここで、出来ることやりゃいいんだ」


 出来ることって何よ、勝手に決めないでよ!

 良いように考えろって何よ!

 意味が分かんない。


「聖女殿。その、落ち着かない所、申し訳ないが……実は少々、聞きたいことがある。だから、どうか泣き止んで欲しい!」


 と、騎士の人が聞いてきたのは野菜のことだった。

 どんなものを使っててどんな風に育てているのかとか……あたしが分かる訳ないじゃん。

 次に騎士の人を押しのけて、小さい可愛らしいけれど全然笑ってない女の子と髭の小さなおじいちゃんがバーガーはどうやって作られているのか、パンはどうやって作られているのか知っているのかと聞いてきた。

 泣いていたはずなのに、質問責めされたあたしは分かる範囲で答えようと考え始めていた。

 もっと、料理とか調理器具とか……当たり前にあるものについてちゃんと勉強しておけば良かったな。

 今度は人形のようにかわいいお姫様みたいな子がエビはどこで獲れてどんな形をしているのか、エビクリームコロッケはどうやって作るのかとか強引に聞いてきた。

 いつの間にかあたしは、本当に泣いている暇も余裕もなくなっていた。

 あたしの周りでバーガーについて騎士の人も混ざって何か色々言っているのが面白くて、もう泣いてるのがバカバカしくなってきた。

 ちょっと変わった中華服みたいな服着た人は焼肉を挟んだライスバーガーを頬張りながら話に混ざってるなんて……何この店。


「そこの煩い奴らは客じゃねぇ! 帰れ帰れ! 嬢ちゃんも今日は、これ食ったら帰れ!」


 帰れって何この店!

 普通、ファーストフードの店って長時間いたっていいじゃん!


「俺は次から次へと小金握り締めて俺のバーガー食いに来てくれる客のためのバーガー量産機なんだよ! 分かったら帰れ帰れ。わーっはっはっはっは!」

「意味分かんないし! 何でよ!?」

「客が健康に、長期で俺の店に食事してもらうために決まってんだろーが! あと俺がうるせーお前らに提供出来んのはスマイルゼロ円だけだ! わーっはっはっはっは!」


 本当、ここの店主意味分かんない!

 でもどうしてだろ……もう、どうでも良くなっちゃった。

 ううん、どうでも良い訳じゃないんだけど……。

 あたしは騎士の人や無表情の女の子、髭のおじいちゃんや人形のように可愛い女の子達と纏めて追い出された。

 しかもこれでもくらえって変な店主に投げつけられたのがバーガーの形をしたストラップ。

 本当に意味分かんない!

 でもあたしがここにいるのは夢でも何でもなくて、現実なんだってやっと分かった。

 その日……あたしは無表情の女の子と一緒にお人形のように可愛い女の子の家に泊めてもらうことになった。

 貴族のご令嬢がバーガーを気に入って食べてるとか、意味分かんないし、無表情の女の子がエルフっていうのも物語だけじゃないって知った。

 それからあたしは貴族の令嬢の家にお世話になってる。

 まだ色んな整理は追いついていないし、やっぱり帰りたいって思いはなくならない。

 それでもバーガーを知っているというだけであの店の店主に代わってバーガーショップ=シタラに行けば、日々あたしは色んな人にあれは何だ、これは何だ、どうやって作っているんだって質問攻めにあっていて、いつの間にかそれが悪くないって思うようになっていった。

 バーガーなんてあたしのいた所じゃありふれたもので、あって当たり前なのに、頭は変でも店主が作る美味しいバーガーを食べて、持ち帰りが出来ないから皆が自分達で作ろうとしてるのがとても楽しい。

 ちゃんと、何がどうなってるかって知るのって……大切なんだな。

 あたし、あるのが当たり前だって思ってて、それはあたしが生きている間は絶対になくならないって思ってて、それがどうやって作られてるかなんて興味がなかったし、考えたこともなかった。

 バーガー以外の料理であたしが知ってて作れる限りの料理も、この国にあるもので作って、皆に試してもらうのも楽しい。

 色んな人達の色んな意見が飛び交って、皆で試行錯誤をするのがこんなに楽しいと思うなんて、元の世界にいてたらあたしは知らないままだった。

 そんなある日の夜から夢を見るようになった。

 あたしは住んでいた家のドアを開けて、ただいまって言って、お父さんとお母さんと一緒にご飯を食べる夢。

 お母さんがたくさんレシピを見せてくれて、お父さんはいつもみたいにビールを飲みながら異世界でバーガーを作ろうとしてるあたしの話を聞いてくれて、幸せな時間だった。


「聖女よ……すまぬ。わらわには汝を帰すだけの力が足りんのじゃ」


 ある日の夜、夢を見る代わりに真っ白いな風景の中で、綺麗な女の人があたしに言った。

 この人が女神様だって直感的にあたしは思った。


「じゃが汝には、汝を召喚した国に代わり願いたい。どうか、この世界にわらわの代わりにバーガーを広めてもらえぬじゃろうか」


 バーガーが好きで、バーガーを広めてくれってお願いしてくる女神様なんて変なの。

 でも女神様は言ってくれた。

 今は家族とは夢で会わせるくらいしか出来ないけれど、力を取り戻すためにはバーガーは必要で、この世界のバーガーが出来ればあたしが召喚される前に時を戻してあたしの召喚を止められるって。

 そんなこと本当に出来るのかな、女神様って。

 召喚される前に戻ったら、ここでの記憶も、辛いこともあったけど、楽しくて、ここでたくさんの人と話したり、作ったりした時間はなくなっちゃうよね?

 今のあたしは、元の世界に帰りたいと思ってるけれど、まだこの場所にいたいって思うこともあって、決められない。

 だから、もしも帰れるようになったら……その時になったらまた決めたいって思い始めてる。

 とりあえず今はここで知り合った皆で、この国の食材で特にバーガーを作るって夢を叶えてからにしたいかな。

 あと、頭オカシイ店主に、ぎゃふん! と言わせてやりたい。

 あたしと、この世界の人達が材料、道具から苦労と研究の末に生み出すことに成功したバーガーを、バーガーショップ=シタラの頭がアレな店主に食べてもらえるまで、あと―――。

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