第7話 異国の使者×ライス焼肉バーガー

 これは、何ということか。

 我としたことが柄にもなく一心不乱に、下品に食事をするなど……。

 男でありながら我が国では皇妃に続いてあらゆる所作に定評のある我が、だ。

 元々、食も細くあまり多くを食べないというのに目の前にある物に関してのみ、まるで家畜の如く貪り食してしまうとは。

 イゥリゥス=ディリスという女神を信仰するディレィシア国……そして、この食事を創り出した目の前の男を我は完全に侮っていたのだ!

 我が……東の大国であり属国をいくつも抱える巨大な国家たる東陽国とうようこく皇帝陛下の名の元、ディレィシア国へ使者として参じた我が、ただ単なる食事を前にして大敗を喫してしまうなど。

 西方の海を制し北へと抜ける航路を開くためディレィシア国を属国にしようと目論みがあっけなく砂の城と化した。


「な、なんと……なんという……」


 無限に食べることが出来るような気さえする、この料理は……一体どのように生み出されているのか。

 出来れば調理法を我が国に持ち帰り我が国が抱える料理人に伝え、皇帝陛下へ献上差し上げたいというのに、この店の店主といえば奇天烈な阿呆だった。

 そもそも噂になっているからといってディレィシア国の足元を見ずに属国になれと迫った時点で我のやり方は間違えていたのだ。

 このように雷震老師らいしんろうしから放たれた雷を受けたが如く衝撃を受ける数刻前の話だ。

 我は東陽国からの使者として先駆けを通じ、ディレィシア国国王と面会をした。

 内容は当然、東陽国の属国にならなければ国を制するというもの。

 何十もの大小の国を属国としてきた強大な我が国ならばディレィシア国など赤子を捻るよりも容易い。

 先日、ディレィシア国は隣国と国境にて戦をした所だと聞く。

 多少の国力は揺らいでいよう。

 東陽国の属国になることで隣国から守ってやろう、と。

 そんな我の言葉にも揺らぐことなく、唐突にディレィシア国国王は一旦、面会の場に休憩を挟んで我を労うため食事にしようと切り出した。

 丁度良かった。

 ここぞとばかりにディレィシア国の名物を食させて頂きたい、とある食材を持って来ているからそれを調理出来る人間に作らせて欲しいと願い出れば、流石はディレィシア国国王。

 慌てることもなく、この地方には伝わっていないだろう我が国特産の東陽米とうようまいを見て宰相と何やら話をするなり丁度良い店があるというので城下へ行くこととなった。

 宮廷料理人が調理出来ぬものを城下の民が調理出来るはずがないだろう。

 というのにディレィシア国国王は宰相と共に何やら楽しそうにどこかへ馬車を向かわせている。

 到着したのは他の店や家とは一線を画す、奇妙奇天烈な店だった。

 我が国の道士や仙を連れてくるべきだった。

 昼間でも明るい店内、見たこともない素材、見たこともない椅子に桌子テーブル、店内の奥は全面が長い桌子テーブルに仕切られ、その奥には見たこともない素材で作られた調理器具と思わしき何かが無数にあった。

 我は東の属国を纏め上げる強国、東陽国の使者。

 怖じ気づく訳にはいかない。

 我の国に住まう民族に似た黒髪に顔立ちの男がどうやら店主らしく、我はディレィシア国国王が何かを言う前に店主に向かって口を開いた。


「フン。其方が店主か。我は東の強国である東陽国が使者。其方には我が国特産、東陽米にて我の口に合う料理を提供してもらう」


 ディレィシア国の庶民など我が国の東陽米を見たことも触れたことすらもないだろう。

 そんな我の予想に反して店主は酷く興奮したように奇声を発するなり、我とディレィシア国国王に向かって居丈高に待てと言って調理場と思わしき方へ取って返した。

 待つこと半刻。

 店主はいつまで我達を待たせるつもりか、と我が痺れを切らしかけた時だった。

 店の奥から店主の奇声と同時に何やらかぐわしい匂いが立ち上った。


「わーっはっはっはっは! この世界に米なんぞがあったとはなぁ! 日本人は米じゃ米! 女神輸送以外で初めての異世界のお米様じゃ! この異世界初のお米様がご来臨なされたぞぉ! わーっはっはっはっは! わーっはっはっはっは!」


 店主の奇声は意味が分からないが、米を知っているとは……それに、この匂いは何という魅惑の匂い。

 炭の匂いと同時に肉の焼ける匂いが立ち上がり、すぐに魔性の匂いが我達の鼻に届いた。

 果実のような甘い匂いだけではない。

 辛みもあってまるで牛人魔ミノタウロスの肉を炭と何かを合わせてとてつもなく芳香の良い汁で味付けをしているような……。

 匂いだけで満腹感と同時に空腹感も呼び起こすとは……奇声を発する店主は一体何を作っているのか。

 店内をそれとなく伺ってみれば、すでに注文済みか注文待ちで危ない目をしている輩が、それでも大人しく店内で腰を据えて待っている。

 この匂いを嗅げば、普段食の細い我とて待ちきれないと手組み腕組みをして待っているというのに、どうしてこの店内では王侯貴族すら待っていられるのか。

 我は使者故店主の奇行から何千歩と下がって優遇されているという話だが、普通に考えるのならば護衛の面でも王侯貴族すら同様に扱うなど考えたこともない。

 しかし、これは匂いだけでやられてしまう。

 東陽米の蒸された匂い、甘辛い何かと肉が炭火で焼かれる匂い。

 気にならない人間……いや、人、人ならざるモノがいるものか。

 答えは否。


「わーっはっはっはっは! 使者か何か知らねーが、米持ち込みの馬鹿野郎! ありがとうございます! 俺特製、ライス焼肉バーガーだぜ! しかしポテトも外せねぇ! ドリンクも外せねぇ! 今日は俺のサービスだ! 熱い内が華だぜ! 食って味わいな!!」


 言っていることのほとんどが分からない。

 だが、何だこれは。

 米で何か作れと言ったが、よく分からない物体が出てくるとは。

 しかしながら匂いだけはやたら良くて店主は特別だ、とディレィシア国国王にも出したらしく、ディレィシア国国王は宰相と共に毒殺の線も考えずに笑ってそれを難なく持ち上げ口に入れた。

 何と、豪快なことか。


「むふぅっ、ほふぅっ! むほっ……! なんじゃこれは! 使者殿よ! 食うてみぃ!」

「えぇ、これを食せばそちらも理解が出来るはずです」

「はぁ……」


 あぁ、我はどうなるのか。

 せめて我が国の炊き立てのいつもの米に焼いた肉、副菜などを提供すれば良いものを、これは一体何だというのだ。

 見るからに下品そのもの。

 匂いは良いが、我が口を唸らせる程に至らないものではないかと思いつつ、ディレィシア国国王の手前食べない訳にも行かず、我はそれを薄い紙ごと持ち上げた。

 ほぅ……この紙は手を汚さずに食べられるという訳か。

 下品な割に考えられている。

 だが問題は味だ。

 炭の匂いといい、甘辛い何かといい、我が鼻をくすぐるには良かったが決定打は味だ。


「ほらほら! 熱い内が華だぜ!」


 アツイウチガハナ、というのは何かの呪文か。

 我は呪いの言葉も打ち返す道士と仙直筆の札がある故、効かぬが、どれ……っ、何だこれは!

 東陽米とはこれほどにもちもちと艶やかでしっとりと柔らかく、しかししっかりもしていてここまで崩れないものなのか!

 米の間に挟まった肉は何と、先程、炭火やら甘辛い匂いやらと混ぜ合わされて焼かれたと思われる牛人魔ミノタウロスの肉を薄く切ったものではないか!

 これほどに米と何かに漬け込んだと思われる肉を焼いたものをこのように食べるというのは合うのか。

 我は宮廷でも地位と所作に明るいというのに、この料理を食べた瞬間に理性を捨てた。

 美味い、美味い、美味い!

 まるで雷美仙らいびせん悋気りんきに触れて雷を落とされたが如く、頭が痺れ全身が打ち震えるとはこういうことか。

 一体これはいくらで買えるのか。

 我が国であれば皇帝陛下のみが味わえる美食に値する。


「あぁ……あぁぁぁ……ディレィシア国国王よ……これは、何と言う……これは一体この国で、どれほどの金で買えるものなのか……」

「それはな、普通の平民一人が小銅貨を寄せ集めれば食えるのじゃ」


 さらなる雷美仙らいびせんの追い雷を食らうが如くだった。

 我が国では皇帝陛下は当然、貴族などは小遣いにもならぬ額とは……それを、承認するとは。

 何という国なのか。


「わーっはっはっはっは! 王様に宰相よ、どうだ!」

「ヤバイ。ウマイ。儂いつまでも通うわぃ」

「ヤバイ。ウマイ。私もずっと通います」

「んだよ誰だよ、んな似合わねー死語教えた輩はよ! ほらほらどうした! お前のリクエストなんだから食え食え!」


 あぁ、なんということだ。

 食べたい、食べたい……今までの人生で味わったことのない飢餓、幸福、満腹……これを食べることが出来るのならば今の職など退いてこの国に骨を埋めるのも後悔はない。


「どうじゃ。今、我が国の王子の教育係がギックリ腰で倒れてな。新たな教師を探しておる」

「―――我に、それを」

「さぁのぉ。我が国の情報も入るし、東陽米を我が国に持ち込んでくれたならば、それを使い焼いた肉を挟んだバーガーを店主の許可があれば食えるのぉ。奴は不健康らしいものを作っておきながら健康に小うるさいんじゃがの」


 我を―――東陽国を舐めているのか。

 しかし我の口から出たのは、まったく異なる言葉だった。


「二重間諜となりますよ」

「国に戻れば、二度と口には出来んじゃろぅなぁ。あの店主は店も含めて奇妙奇天烈摩訶不思議じゃしのぉ。しかも弟子は取らんわ、教えるつもりもないときた。儂の王子の教育係となれば、最低限、週に一度は食えるであろうなぁ」


 作り方などを覚えて帰ればこの程度、我が国の料理人ならば……待て、この甘辛い、牛人魔ミノタウロスの肉はどのように味付けをしている。

 甘辛いのは分かる。

 詳細が分からないだけだ。


「……、ディレィシア国国王陛下」

「儂は今の教育係がギックリ腰で退陣しおったから、それとなーく、おらんかのぉっと言っただけじゃがのぉ。一生を賭してディレィシア国を説得するとすれば良いんじゃないかのぉ。鬱陶しい目付など送り返してのぉ」

「ここのバーガーを食した時点で、使者殿は我らの同胞も同然ですからね」


 良いでしょう。

 一生を賭してやろうではないか。

 女神も東王母とうおうぼも同じこと。

 最後の一口を頬張った。

 しっとり、もちもちとし弾力のある東陽米はさらにふっくらとしていていた。

 牛人魔ミノタウロスの肉は薄切りにし、何やら甘辛い汁で煮詰めており、その芳香たるや炭と果実と肉の油の匂いなどが調和し炭火と合わさることで匂いと味を纏わせている。

 馥郁ふくいく……芳醇……そういった言葉を冠するほどに美味い。

 我が国で名づけるのなら芳米焼肉挟包子と名づけられるだろう。

 我は、もはや国には戻れない。

 従者全員に我が書を持ち帰ってもらおう。

 一生を賭してディレィシア国国王を説得し、我が君より賜りし属国の命を完遂するには時を要する、と。

 疑いもなく我の護衛は帰っていきおった。

 護衛にまで食されていれば、奴らこそ国へと戻らんだろう。

 そうして我はディレィシア国国王の王子の教育係を兼任した。

 表向きは使者。東陽国へ忠誠を誓い、情報を横流しし、ディレィシア国の属国計画は我が一生を賭さねば成し遂げられること、と。

 など……この食事を前にいくら強大とはいえ生国など塵芥に等しい。

 我が傲慢な皇帝陛下にこのような美食を味あわせる訳にはいかぬ!

 周辺諸国は焦土と化すであろう。


大人たいれん! いえ、老師ろうし! 芳米焼肉挟包子をぉぉおぉおぉぉお!」

「あん? 言ってる意味分からねーなぁ! メニューから選びやがれ! ライス焼肉バーガーセットなら作ってやんよ! わーっはっはっはっは!」

「はぃぃぃぃ! それでお願いしますぅぅぅ!」


 拝啓、我が君よ。

 我が人生を賭してこの国にて留まり、ディレィシア国国王を説得すべきと考え候。

 故に、ディレィシア国国王より属国となる旨を聞くまでは我が君の元へと戻り叶わぬ。

 ディレィシア国には奇妙奇天烈な仙人挟包子師傅がいる。

 東陽米を異国の包子パンズ同様に扱い、牛人魔ミノタウロスの肉を炭火で焼き甘辛く芳香高きかぐわしい匂いを纏いし食。

 それが芳米焼肉挟包子。

 老師は我が課題をたやすく作り候。

 老師を我が国へ引き入れる為、ディレィシア国国王共々説得すべきと心得る。

 王侯貴族すらも膝を折り、東王母の如く崇め奉るに値する老師に出会った故、我が身は両人の説得成功成るまで戻ること能わず。


 ―――と、手紙を受け取り、死の寸前にディレィシア国へと亡命した某使者から一度だけ、少量しか入らないマジックバッグに入れられた芳米焼肉挟包子を贈られ病の最中だというのに匂いにそそられ食した東陽国皇帝の言葉がある。


「芳米焼肉挟包子ぅぅぅぅぅぅ! 死の前に我が元に芳米焼肉挟包子をぉぉぉぉぉぉ! 芳米焼肉挟包子なくて生も死もあらぬ! 芳米焼肉挟包子なくて生はなし!! 我が皇帝人生に置いて悔いあるとすれば、芳米焼肉挟包子を食すること能わずである!!」


 と叫んで絶命したのは有名な話である。

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