第6話 ドワーフ×ホットチリチキンバーガー
な、何という美味さじゃぁぁぁああ!
これほどに酒に合うだろう食べ物は今までに見たことも聞いたこともない。
ワシは長年、パン屋を営んでおるドワーフじゃ。
ドワーフは普通、石工やら鍛冶やらをやっておる奴がほとんどじゃが、ワシのようにパン屋のような職人になる変わった奴もいよる。
そんなことはどうでもいい!
何なんじゃ、この未だかつてない美味さは。
女神イゥリゥス=ディリス……女神は何という罪深いものをワシらに賜れたのじゃ。
昔から交流のあったエルフの娘っ子にどうしても食べてもらいたいから、と連れて来られて食してみれば……何という……。
酒と合わせれば必ずや美味いに違いがないというのに、このバーガーショップ=シタラという店では持ち帰りをやっておらぬ上、酒の提供をしていない、持ち込みも禁止だという。
仕方がないじゃろうて。
この味を一度知ってしまえば、出入り禁止になりたくはないんじゃ。
まずこのパンズというパンの柔らかさじゃ!
パン屋として長らく職人をしているドワーフ生の中で初めての食感、初めての触れ心地。
王侯貴族の使うクッションやベッド、布団とはこれほどに柔らかなものではないじゃろうかと思えるほどの天にも昇るような柔らかさ。
一口、千切って食してみよう。
ほんの少しの力で千切れるパンズ。
この柔らかさはいずこより生まれたのじゃろうか。
口に入れてみると……恐らく、原料はワシらが作るパンと同じじゃろう。
じゃが、柔らかさは雲泥の差がある。
ワシらが普段、作って客に売っているものは味もしないただの石ころだったのじゃ!
一体どのように何をすればこのように柔らかくなるのじゃろう。
「店主! これはなんじゃ!?」
「あん? んなのおっさんが注文した、俺特製ホットチリチキンバーガーセットに決まってんだろ!? さっさと食え食え! バーガーもポテトも熱い内が華なんだからよ! 俺はバーガー量産機なんだよ! 質問に答えている暇はねぇ! わーっはっはっはっは!」
ぐぬぬ……このパンズの製法さえ知れば、ワシの店は今までと大きく変わるだろうというのに……店主の頭がアレ―――狂い過ぎて話にならんわ。
ワシを連れてきたエルフの娘っ子は一心不乱にワシとは違うバーガーセットっちゅうもんを注文して食っておるし。
ワシの見立てが合っているのなら、このパンズはワシが使う原料をさらに細かくしていると見た。
じゃがそれだけでこのように柔らかく、口当たりが良くなろうか。
焼けば固くなるのは当たり前。
パンとは、スープに浸して食べるもんじゃとばかり思っとったが、考え方を改める必要がある。
パンズを横半分に切り、下のパンズの上に乗っておるのはまた奇妙な食材。
コカトリスの肉のようなものを細かい粉でたっぷりの質の良い油で揚げたチキンカツなるものも目新しい。
さらにチキンカツとやらには刺激的なスパイスがふんだんに使われておる!
あ奴の頭はおかしいのか!?
スパイスっちゅーもんは、王侯貴族でも黄金と同等かそれ以上の価値のある貴重なものじゃ。
それを躊躇いなく使うとは……。
しかしそれがまた辛く、辛い中に深みがあり、ただの辛さだけではないことを物語っておる。
ザクザクとした食感にコカトリスの肉のような弾力、肉汁……これだけでも酒があれば最高峰の食事じゃ。
恐らく店主の言葉から察するに、スパイスを混ぜ合わせたこの辛い粉のことをホットチリと呼び、チキンとはコカトリスの肉のようなもの、カツは上等な油で細かい粉をチキンとやらに塗して揚げたものじゃろう。
これでも伊達に長く生きておらんわ。
さらにホットチリチキンをマイルドにさせているのが糸のように細切りにされた瑞々しい野菜と、マヨネーズなるソースじゃ!
何とエルフの娘っ子に聞けばマヨネーズなるソースはコカトリスのような生物の卵を生のまま酢と調味料を混ぜ合わせて作られたものらしい。
何という……!
普通なら腹を下してしまうというのに、これにはそんなものに見えない。
生卵に浄化の魔法か何かをかけているのじゃろう。そう思わなければ恐ろしくて口にも出来んわい。
丸く形作られた上下のパンズでそれらを挟み、一気にかぶりつけば―――何という幸福。
甘味のある柔らかなパンズの味わいと同時にザクザクとした食感のチキンカツなるもの、チキンカツに纏わせているスパイスの辛みと同時に瑞々しい糸のような野菜とマヨネーズなるソースが口いっぱいに広がっていきよるわい……。
くぅ……何故じゃ……何故に酒がこの場で飲めんのじゃ!
女神よ!
酒飲みのドワーフに何という仕打ちを!
これがバーガーショップ=シタラ以外でも作ることが出来れば、ワシは……毎日でも酒と共に食すというのに!
エルフの娘っ子もそれは同感らしく、今はこのバーガーやらをこの国の食材で再現するために同志を集めておるという。
ならばワシはパンズを研究してやるわぃ!
それにしても何という美味さじゃろうか。
このホットチリチキンバーガーの合間に食う油で揚げたデコロン―――店主曰く原材料をジャガイモと呼んでいるらしい―――ポテトが上質な塩に包まれているのも最高じゃ。
これも酒のツマミとなるじゃろう。
極めつけはこの不思議な飲み物!
下の方には何やら海の色にも似た色が沈んでおって、上の方に行くほど透明になっておって、下から上へ何やら小さな泡が浮いては消えている。
一口、口にすれば―――おっほぉぉぉおおお!
爽やかな味わいじゃ!
冷たい飲み物など冬の水しか知らんわ。
口の中でプチプチと弾けよる!
スパイスの後味がさらに辛みを増して口に広がり、喉を通って腹に入るまでの間に冷たさとプチプチ弾けるとは何と面白い!
「そりゃブルーハワイフィズっつーんだよ。ドワーフのおっさん」
そう店主が教えてくれた。
本来はこれに酒を入れているらしい。
何故じゃ!
何故そこに酒を投入せんのじゃ!?
元々、酒を入れるもんなら酒を提供してくれても良いではないか!
「わーっはっはっはっは! ここは良い子しか入れねぇ体に悪くても良い子のメニューしか取り扱わねぇバーガーショップ=シタラだぜ!? 酒なんぞ入れたらおっさん達がたむろするじゃねーか! 俺の店は小金を握り締めた善良な客しか入れない店だ!」
「そこを何とか! 酒ならワシが持ってくる!」
「客が健康に、長い期間、俺の店で食事してもらうにゃ酒なんぞ置かねーよ! 酒が飲みたきゃ酒場にでも浸ってろーぃ! わーっはっはっはっは!」
ぐぬぅ……何という頭が可笑しく滅茶苦茶な論理じゃ。
論理にもなっておらんわ!
このホットチリチキンバーガーにポテトをキンキンに冷えた酒で喉を潤せば美味いに決まっておろう。
酒じゃ。
酒がワシを呼んでおる。
しかしバーガーやポテトを持ち帰ることは出来ん。
先日、国境付近で何やら小競り合いをしていた時はこ奴め騎士達に振る舞ったと話で聞いたんじゃぞ。
なら、持ち帰れるようにせんかい!
「おっさんよ」
むむ、何やら真面目な顔をしよった。
こ奴め……そんな顔が出来たなら最初からそうすれば良いものを。
「俺ぁこの世界の食事をぶっ壊しに来たわけじゃねぇ。俺は俺の作る特製のバーガーを誰かに食ってもらって、スマイルゼロ円を提供して―――笑顔になって食ってもらいたいだけだ。単なる俺の業に、女神がこの場所をくれた。あいつらに振る舞ったのは、美味そうに食ってくれる奴を一人でも多くまた来てもらいたかっただけだぜ」
ただそれだけだと言いよるが、本当にそうなのじゃろうか。
こ奴にはまだ秘密がありそうじゃが……
「だからな、とっとと食ってとっとと出ていけーぃ! 小金を握り締めた次の客が待ってんだよ! おっさんにあと提供出来るのはスマイルだけだ! 受け取れよ、俺の全開の笑顔を! わーっはっはっはっは!」
それは高笑いじゃろう。
男の高笑いなんぞ、貰っても気持ちが悪いだけじゃ。
よく分からん男じゃのぅ……。
女神の思し召しで違う世界から来たというが……確かに、あの調理場の不思議な物体達を見ればそうなのじゃろう。
料理をするためのものじゃろうが、何が何やらさっぱり分からんわい。
結局、一つしか味わえんかったわぃ。
それはエルフの娘っ子も一緒なのか、いつになく萎れた顔をしておる。
「ドワーフ爺」
「なんじゃ。エルフの娘っ子」
「あなたのパンの技術を買います」
そうじゃろうと思ったわぃ。
同感じゃ。
「もちろんじゃ! エルフの娘っ子!」
「さっそくもう一度、ユートにお願いをするのです」
そうしてワシらはもう一度、バーガーショップ=シタラの行列に並んだ。
「おいおいおいおい! お前らはさっきも来た所だろ! 帰れ帰れ!」
「食べたいのは食べたいのです。が、私達はバーガーを学びたいのです」
「頼む! ワシらに技術を!」
「やなこった」
なんと!
ここまで来ても教えてくれんとは……!
「自分達で作りたきゃ見て覚えろ! 食って覚えろ! 美味い食事っつーのはお前らのような研究熱心な奴らが試行錯誤と切磋琢磨、研究をしてからの結晶なんだよ! わーっはっはっはっは!」
むむぅ……向き直って再びあ奴は
「俺ぁただのバーガー量産機だ! 誰かに教えられる訳がねぇ! わーっはっはっはっは!」
などと高笑いをしながら作っておる。
今度はワシらを邪魔だと言いよった!
ワシとエルフの娘っ子は端から店主の行動の一切を見ておったが……さっぱりじゃ。
パンズはどこから出て来た!?
一体、いつどのように作っておる!?
これほどの客が来るにも関わらず、在庫切れにならんのはどういうことなんじゃ!?
くぅ……これも女神の思し召しによる加護ということじゃろうか。
ふと振り返れば、この国の宰相にどこぞの貴族のお抱え料理人も食い入るように店主の行動の一切を観察しているではないか。
もしや、これがエルフの娘っ子が言っていた同志とやらか!?
「ほらほらお前ら邪魔なんだよ! 食わねーならとっとと帰れ帰れ! はいよ、お待たせしました次のお客様~! お、ご新規様っスね! 俺の店は持ち帰り禁止、酒の提供は一切していない、お一人様食事の数限定の店内食事だけっスので、注文したらこの盆に料理乗せて渡すんで好きな席で食ってくれや! わーっはっはっはっは!」
丁寧に言うのか言わんのかはっきりせんかい!
あれが接客だと!?
むぅ……頑固なワシが言うのも何じゃが接客は参考にもならんわい。
「ほらほら帰った帰った! 俺のスマイルゼロ円だけ持って帰れ! わーっはっはっはっは!」
スマイルゼロエン、とは何かの魔法の言葉なんじゃろうか。
バーガーショップ=シタラ……店主の頭はアレだが、美味い食事を提供する店じゃ。
ワシは……ワシら同志はいつか、いつかあの店主の作るバーガーやらを再現してみせようではないか!
何、技術がワシらより先に進んでいただけの話じゃ。
ワシらはワシらの歩みで進めれば良い。
店主であるユート・シタラが生を終えるまでには物にしてみせようぞ。
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