第5話 騎士×トマトベーコンレタスバーガー
何ということだ。
騎士たる私としたことが、早々に心の剣を折ってしまう羽目になるとは。
私は女神イゥリゥス=ディリスが創りしこの世界のディレィシア国国王陛下に剣を捧げた騎士として務めている。
陛下を始めとする王家に忠誠を誓い、この身を賭して国を守る。
その為ならば、死すら厭わない。
私は自分でもそんな男だと思っていたし同僚達からも生真面目だという評価を得ていた。
だが……同僚に誘われてやってきたこのバーガーショップ=シタラに……私は心の剣を折られた気がしたのと同時に、膝を折った。
何という素晴らしい食べ物か。
このトマトベーコンレタスバーガーという食べ物は。
まず見た目が美しい。
美しい円形のパン。
上には胡麻という風味豊かで香ばしい種が振られ、上下に分かれている。
下のパンの上には店主の国でこだわって育てられた牛というミノタウロスのような種類の肉を細かくし練り上げ焼いたパテなる物が乗っている。
店主の生まれ育った国というのは屈強な戦士の国なのだろうか。
ミノタウロスに近しい種の牛という獰猛な魔物を飼いならし、育て、倒した後には食することが出来るとは。
他にもオークやコカトリスに近しい種も育てているとか。
一度、店主の国に住まう屈強な戦士達と会う機会を頂くことが出来るのならば手合わせをしてみたいものだ。
はっ……私としたことが……話が外れてしまった。
元のトマトベーコンレタスバーガーの話に戻そう。
丸い形が美しいパンズを上下に切り分け、下のパンズの上にパテ。
パテの上に赤が美しい汁気の多い甘酸っぱい果実の輪切り……トマトというらしい果実、乳の匂いがする平べったい物……チーズと呼ぶらしい、が乗っていて、その上にはピンクが鮮やかなベーコンというオークの肉を燻製にしたものが分厚く切られ表面をカリカリに焼いて乗せられている。
下のパン、パテ、トマト、チーズ、ベーコンの上に瑞々しく新鮮な葉野菜。
そして極めつけが……コカトリスに似た種の卵を生で酢と調味料を入れて混ぜ合わせたというマヨネーズなるソース!
普通ならば卵は生では食べないだろう。
そう。
腹を下すからだ。
だが店主の国では綺麗に洗浄され、生で食っても腹を下さないものだと言う。
何という技術力の高いことか。
この店のバーガーとやらがいかに素晴らしいか分かる。
何より、萎れていない瑞々しく新鮮な野菜を口に出来るというだけでも何という贅沢の極みなのか!
この店は……店主は王侯貴族の一員なのだろうか。
元々私は騎士の家ではなく農家の息子だ。
後を継ぐのが嫌で飛び出し騎士となり、騎士爵をもらった成り上がりだが、忠実に忠誠を誓って生きて国に奉じるつもりだった。
それが……今、この店のトマトベーコンレタスバーガーを食べて揺らいでいる。
農家の子として幼い頃は両親と共に朝から晩まで毎日泥と汗にまみれて作物を作っていた。
納品して自分達が作ったものを口に出来る日は少なく、味見と称して採れたてを口に出来たとしても少しだったが、自分達が作ったものだからこそ美味しいと思ったことは何度もある。
故郷は今、どうなっているのか。
両親は、兄弟達は、村は……。
そう思い返すほどにこの店の食べ物は美味い。
「ほらよ! 俺特製、トマトベーコンレタスバーガー! 熱い内に食ってくんな! バーガーもポテトも熱い内が華だぜ!」
騎士とは体力を使う。
だがこのトマトベーコンレタスバーガーを食べれば、私は百人力だ。
あぁ、美味い。
柔らかいパンズ。
瑞々しいトマト。
分厚いベーコン。
新鮮なレタス。
全てが一体となって真っ直ぐ私にぶつかってくる。
どれも故郷では見たことも作ったこともない物。
もしも出来ることなら……これら全部とは言わないが、たとえば、この葉野菜やトマトを植え、コカトリスやオークを飼いならし育ててみたい。
コカトリスに卵を産ませ、オークの肉で燻製を作り……この白いソースのためにも浄化の魔法を使える御仁を探さなくては。
パンズは小麦農家に頼めば出来るのだろうか。
デコロン……店主の国ではジャガイモと呼ぶらしいのだが、デコロンは魚の次にこの国はたくさん採れるのだから、質の良い食用の油さえあればポテトを作ることは可能だろう。
このバーガーセットを再現出来るのであれば、私は国王陛下に騎士爵を返上申し上げ、店主から指導を頂き、故郷に戻って農家に戻っても良いとさえ思う。
トマトベーコンレタスバーガーを大口で一齧り、ポテトを口に入れ、極めつけは幾種類もの野菜を混ぜ合わせた飲み物。
爽やかで甘味と酸味が程よくあり、色も鮮やか。
昔、故郷で他の農家が細々と作っていたのを分けてもらい食べたキャーロットの甘さにも似ている。
トマトベーコンレタスバーガー、ポテト、野菜の飲み物……いつも食べているものは、体を最低限動かすための餌だったのか……。
何とか店主に全員で頼み込み、一人二つまでの約束を取り付けた。
「店主。お願いがある。この食材を―――」
「そりゃ出来ねぇ相談だ」
まだ私は最後まで言っていないというのに、店主は私の話を鋭い言葉の剣で見事に二つにぶった切ってしまった。
何という素早さ。
やはり店主の国の者達は、見た目はひ弱そうだがその実、誰もが戦士なのだろう。
「師匠!」
「だぁれが師匠だよ! 勝手に師匠認定するな。俺ぁ小金握り締めて来る客来る客に俺特製のバーガーを食わせる、ただのバーガー量産機なんだよ!」
何という謙遜。
「お願いします師匠! 私を弟子にしてください! いえ、弟子とは言いません! あなたの国で学ばせてください! 私はこの国を守るために騎士となりましたが、それを返上し今後はこの国でもバーガーやポテトを食せるよう食材を育てたいのです!」
これは私の使命だ。
ですが店主は無情にも、私の言葉を幾度となくぶった切ってきた。
「んなこと言われても、弟子は取らねーし、俺の世界に連れてってやることなんざ出来るわけがねーだろーが! 騎士なら自分の国を守りやがれ! ほら、帰れ帰れ。わーっはっはっはっは!」
何という……これほどに頭を下げても許しを頂けないとは……。
同僚達が確かにもっとバーガーが食べることが出来るようになれば良いが、店主は頭がアレだからやめておけ、と笑いながら一人、また一人と店を出て行くのを見届け、最後に残った私は未だ他の客にバーガーを作り、笑いながら振る舞う店主の姿を見ていた。
「ほら帰れ帰れ! 他の小金を握り締めた客が入れねーだろーが! 俺が作るバーガーっつーものは体に悪いもんなんだよ! 一人二つまでっつー団体さんを受け入れてやっただけでもありがたいと思いやがれ。食いたいのなら次来い次! わーっはっはっはっは! ここは俺の城だかんな! わーっはっはっはっは!」
そうして、最後に残った私はバーガーショップ=シタラを後にした。
次……次が果たしてあるのだろうか。
私達は騎士だ。
国を守るために存在し、その職務は国を守って戦い、潔く散ること。
最近、隣国は聖女を召喚し国境付近がきな臭いと聞く。
店主は知らないだろうが、出兵は確実だろう。
出兵すれば数ヶ月はこのバーガーショップ=シタラに来ることが出来ない上、国境付近で戦となればそこで最悪、討ち死にをするかもしれない。
死ぬことが怖いよりも、きな臭い話を思い出してこのバーガーショップ=シタラに定期的に来ることが出来ないという恐怖が、先程まで笑って食べて飲んでいた同僚含め全員の顔に浮かんでいた。
私達はそれほどに、あの店を、あの食事を求めている。
それから私達騎士は陛下の命令の元、程なくして国境付近へと派遣された。
すぐに開戦にはならないだろうという予測は大きく外れ、何と隣国は国境を越えて来た。
死者は出なかったものの、少しの気の緩みの間に騎士達は総崩れとなり士気は大きく下がる。
初回の戦闘を終えてしばらくは睨み合いが続いた。
それが、何より堪える。
終わりが見えず隣国がいつ再び攻め込んで来るのか分からない緊張感。
いかに私達が国を守る屈強な騎士と言えど長く緊張感が続けば精神的にも参ってくる。
「あぁ……女神、イゥリゥス=ディリスよ……我らディレィシア国の騎士にどうか、恩情を……我らはこのまま戦闘となれば国王陛下に合わせる顔もなく散っていくことでしょう……。もしも、私達に恩情を頂けるのなら……私達一同、女神イゥリゥス=ディリスに今まで以上の信仰を捧げましょう」
私が祈りを捧げるのを見て、他の騎士達も一様に女神イゥリゥス=ディリスに祈り始めた。
生き残りたい。
この国を守りたい。
女神イゥリゥス=ディリスの信仰を永久に捧げたい。
どうか、どうか……この祈りを聞き届けたまえ―――
「わーっはっはっはっは! 王様に希われて来てやったぜ!」
聞き間違いだろうか。
こんな危険な国境付近でユートの声が聞こえるとは……私達は声がした方を見た。
あぁ……女神は……イゥリゥス=ディリスは私達騎士を見捨てなかったのだ。
戦いが出来る者ではないというのは分かっているが、いつもはあの不思議な店で高笑いをしながら来る客に不躾な言葉ばかりを吐き出し、店の外へは己の作った物を一切外に出さないという彼がいつもの大きな声で私達に向かって言ったのだ。
「出張版バーガーショップ=シタラ! 今日はお前らのためにバーガーもポテトも飲み物も無料だ! 生きるために食え! 食うために帰って来い! 無事に戻ってきた奴は、王様の奢りで制限なし、腹はち切れるまでバーガーパーティー開いて食わせてやる!」
そう、高らかに宣言したのだ。
あぁ……陛下が……私達の士気を上げるために、捻くれたユートに頼んでくれたのだ……。
そうしてユートはマジックバッグから私達全員に行き渡るほどのバーガーやポテト、飲み物を与えてくれた。
いつもならば店の外には自分の作ったものを持ち出さないように女神に頼んでいたという彼自らが運んできてくれるとは。
マジックバッグのお陰でバーガーもポテトも冷めることなく熱々だ。
私はもちろん、お気に入りのトマトベーコンレタスバーガーを口いっぱい入れた。
柔らかなパンズ、肉厚のパテ、チーズ、分厚いベーコン、瑞々しいレタス……乾いた喉を飲み物で湿らせてポテトを口にするという行為を、全員が貪るように行った。
このような戦場で温かな食事をし、冷たい飲み物を口に出来るとは何という贅沢なのだろうか。
女神イゥリゥス=ディリスよ、感謝いたします。
私達にユート・シタラという男の作るバーガーショップを賜ってくれたことを。
そして陛下にも感謝申し上げます。
私達騎士のためにユート・シタラを派遣してくださったことを。
最後にユート・シタラ。
私達のために出向いて熱々のバーガーとポテト、冷たい飲み物を届けてくれた恩に報いるため、この身を賭して戦おう。
「さぁ! 好きなだけ食え食え! 熱い内に食ってくんな! 今日ばかりは健康なんて気にすんな! 本当なら持って来てやれねー所だが、女神からも助けてくれって言ってくれたからな。お前らが生きてまた俺の店に来てくれるっつーなら、俺は今、お前らにいくらでも俺特製バーガーを提供してやらぁ! わーっはっはっはっは!」
その後の戦闘は、今までの中で最高のものだった。
国境を侵してきた隣国の兵士達を私達は一丸となって徹底的に壊滅至らしめ追い払い、多少の怪我人は出たものの全員で生きて王都へと凱旋した。
私達の、勝利だ。
ユート・シタラは約束通り、私達のためにバーガーパーティーを開いてくれた。
陛下も私達のために国庫からバーガーパーティー代を出してくれたという。
美味しい。
野菜の研究を早急にしなくては。
我が国で、我が国で作られた食材で、いつかバーガーにポテト、飲み物を作りたい。
そうして私は騎士である傍ら、バーガーショップで出会ったバーガーセットを作りたいという同志達とバーガーショップ=シタラに通いながら研究をし始めたのだった。
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