第4話 令嬢×エビクリームコロッケバーガー

 女神イゥリゥス=ディリスが創りしこの世界。

 わたくしは貴族の令嬢として生れ落ち、何不自由なく日々を過ごしていましたの。

 食事を用意されるのは当たり前。

 貴族は自分自ら動かず給仕され尽くされるのが当たり前。

 たとえ、どれほど冷めていて美味しくない料理だとしても表情を崩さず、カトラリーを使って綺麗に食べるのが当たり前ですわ。

 ですが……わたくしは本当に与えられていただけなのだと思い知りましたの。

 用意されるのも給仕されるのも本当は当たり前などではなかった。

 最初は噂を聞きましたの。

 城下に女神の思し召しだというバーガーショップなる摩訶不思議な店が出来た、と。

 それも平民が住まう地区にあり、人ならざる者まで来店するのだとか。

 何て汚らしい。

 わたくし達のような選ばれた人間、高位の者が口にするには下賤な食べ物。

 ディレィシア国王陛下が視察に向かわれ、その後、宰相様方、貴族達が矜持を捨てて食べに行っていると次第に話題に上がっておりました。

 この国はどうなってしまうのでしょう。

 国王陛下や宰相様、貴族達が平民に混じって下賤な食べ物を食するなど。

 しかも聞けばそこの店長は頭のおかしな奇人だとか。

 陛下達に無礼な口をきき、食事は出すものの給仕を放棄するなど。

 そう、見下すに値すると思っておりました。

 あの日―――普段は仕事でまったく家にも戻らないお父様が、プレゼントを贈るだけで誕生日にも帰ってこなかったお父様が、わたくしをバーガーショップ=シタラに連れて行ってくださるまでは。


「お父様。どうして貴族たるわたくし達が待たされているのです」

「落ち着きなさい。ここはそういう店なのだよ」


 店主には後で文句を言ってやりますわ。

 わたくし達貴族を待たせた挙句、国王陛下までも平民と同等に扱う下人だと。

 長らく待たされ入店しますとお父様は店主と思われる男に近付いていきましたわ。

 魚のような平たい顔。

 年の頃は二十代かしら。


「ちょっと! いつまでわたくし達貴族を待たせるつもり!?」

「ユート、すまないねぇ。娘なんだ」

「なるほど。お前も最初は同じことキャンキャン吠えてたもんな。お嬢ちゃん、ここは王侯貴族も平民も誰も関係ねぇ。文句だけ言って食いたくなきゃ帰って屋敷でしっことクソして寝な! わーっはっはっはっは!」


 な、なななんと下品で無礼な!

 お父様も笑っている場合ではございませんわ!


「んで? いつものか?」

「あぁ。頼むよ。娘の分も」

「いいぜ。お嬢ちゃんも待ってな!」


 頭に問題がありますわ。

 それに、わたくし達は客なのよ。

 席に案内してレディのために椅子を引くのが当たり前ではなくて?

 やはり下賤の身となると何も分かっていないわ。


「ほらよ! 俺特製、エビクリームコロッケバーガーセット、完成だぜ!」


 エビ、クリーム、コロッケ?

 一体この方は何を言っているのかしら。

 しかも何で席まで持ってこないのよ!


「お父様。何故お父様が給仕の如く、その奇妙な盆に乗せられた食事を運んでいるのです。それは、店の者がやって当然ではありませんか。わたくし達は貴族ですのよ!」

「さっきも言った通り、ここにゃ王侯貴族も平民も関係ねぇんだよ。ほら、とっとと席について、食っちまいな。バーガーもポテトも、熱い内が華だぜ!」


 見た目も下品なこと。


「まぁ食べてみろ。少しはお前も世界を広げて見るべきだ。そう。貴族故に……私はこれを食べて、いかに自分が狭い世界で生きていたのか、いかに自分が狭い景色を見ていたのか、よくよく分かったのだから」


 そう言うと、お父様ははしたなくも貴重な紙に包まれたような茶色いパンに食材を挟んだものを手掴みにして大口を開けて食べてしまわれたわ。

 カトラリーくらい用意しなさいよ!

 手が汚れるし、淑女のやるべき行為ではありませんわ!


「お前もやってみなさい。これはこうやって食べる方が美味しいんだよ。まずその柔らかい上と下のパンがパンズで―――」


 お父様が説明をしてくださいます。

 何でも、この柔らかいのがパンズ。

 中に挟まっている茶色い得体の知れない、触れたらぽろぽろと粉が零れる物体がエビカツ。

 その上が新鮮な葉野菜で、その上にソースがかかっていますわね。

 デコロン―――店主曰くジャガイモと呼ぶらしい―――を上げたポテトなる食べ物も手掴みで食べるなんて……なんて野蛮な。

 ですが、わたくしも貴族の娘。

 あの無礼な店主を見返すべく食べて差し上げますわ。

 お父様もこの場所だけははしたなくても誰も何も言わないとか。

 あら……パンズとやらは普段食べているパンよりずっと柔らかいじゃない。

 大口を開けるのは勇気がいりますけれど……お父様が美味しそうにかぶりついて食べているのを見てわたくしは真似をしてみました。


「っ……! な、何ですの、これは!?」


 外はカリカリ、中はトロリとしていて、中に入っている薄ピンクの物体がぷりっとしていますわ!

 それにかかっているソースに絡んで……極上の味、ですわ……。

 こんな……こんな食べ物がこの世界にあっただなんて。


「このデコロンを揚げたというポテトも美味しいですわ」


 振りかけられている塩は透明度が高くて小さな粒。

 塩加減が丁度良いですわ。

 それに……この紅茶。

 色が美しくすっきりと飲みやすくて……エビクリームコロッケバーガーやポテトの油をすすいでくれていますのね。

 周囲を見てみれば、我が国の騎士団長が強面の漁師と話をしていたり、宰相様が平民の方とお話をされていたり……。

 エビクリームコロッケバーガーを頬張ってポテトを口にし、紅茶で洗い流してもう一度。

 あぁ……このような世界があったなんて。

 わたくしは何も知らない……無知で我儘で……貴族という衣をこれ見よがしに纏って見せつけていただけの自分勝手な令嬢でしたのね。

 店主はかなりアレですが認めて差し上げてもよろしくてよ。


「ちょっと! 店主! おかわりを下さいな!」

「やめとけやめとけ! 肌に悪ぃからな!」


 なっ……そ、そんなに悪いものですの!?

 こんなに美味しいものが!?


「でしたらあなたを我が家の専属料理人にして差し上げますわ」

「いーらねぇ。おい、この暴走娘どうにかしてくれや」


 もう、お父様も真剣に頼んでくださいな!

 それなのに笑っているばかりで。

 あら……お父様が笑っているお顔を見るなんて、どれくらいぶりかしら……お母様が亡くなられて以来、見たことがないような気もしますわ。


「お嬢ちゃんよ」


 さっきまでとは打って変わって店長は静かに言いますの。


「俺ぁな、ここで俺の作った特製バーガーを食ってく奴ら見てんのがいいんだよ。笑顔で、言いたいこと言い合って、世界を広げる……そんな場所を作ってやりてぇんだよ。ここにゃ色んな女も来る。ちったぁ社会勉強しろや」


 なっ、ぶっ無礼な!

 わたくしの頭を撫で回して良いのはお父様だけだと言うのに!

 これはおまけだ、と店主はわたくしに何か薄茶色の平べったいものを手渡して来ました。

 何でしょう……とても甘い匂いがしますわ。

 これは、そう……まるでアプリコーテのような……甘酸っぱい匂い。

 口にしてみればこれも衝撃的ですわ!

 外の生地は軽くてサクサクしていて、その中にアプリコーテを煮込んだような……店主は笑いながら、わたくしに説明してくだいましたの。

 これはアップルパイだ、と。

 わたくし達の言うアプリコーテを薄切りにして贅沢にもたっぷりの砂糖で煮たものと、細かく切って砂糖を入れてジャムにしたものを薄い生地で包んだパイというお菓子にしたものだと。


「てなわけで、満足しただろ。とっとと帰れ帰れ! とっとと帰って、しっこしてクソして寝ろ! まだまだ俺特製の美味いバーガー食いに小金握り締めた客が来んだよ! 俺ぁバーガー量産機だからな! わーっはっはっはっは! わーっはっはっはっは!」


 な、なんという……非常識にも程がありますわ!


「っ……帰りますわよ! お父様!」

「ユート、あまり娘を虐めないでくれ。私の時と全く同じことをしないでもらいたい」

「親が親なら、子は子だな。カエルの子だぜ。ま、また来いよ。いつでもスマイルゼロ円、バーガーショップ=シタラは客のための店だ。わーっはっはっはっは!」


 そうしてわたくしとお父様はお店を後にしました。

 とても腹立だしくて、苛立たしくて、頭に来ますのに……また行っても良い、なんてわたくしは何を考えていると言うの。

 ですが……あのエビクリームコロッケバーガーは魅惑の味ですわ。

 忘れ難くて……あぁ、あの味が我が家で作れないものかしら。

 我が家のシェフも腕は悪くないのだから、学べば出来るはずだわ。


「お父様」

「どうした?」

「エビクリームコロッケバーガーにアップルパイは我が家で作れませんの?」


 それは、とお父様は難しい顔をしてしまった。


「難しいな。まずあの美味しいエビとやらがどんな形なのかを知らないからね。アップルパイもアプリコーテを砂糖で煮詰めるのはいいが、あのパイという生地の作り方が分からない」


 ぷりっとした食感のエビというのは魚の一種だろうと考えられているらしいわ。

 我が国は海が近くて魚が良く取れますし、似たようなものが存在しているかもしれないわね。


「……、また食べたいですわ」

「うん。あれは罪深い食べ物だよ」


 それからわたくしはお父様と共に足しげくバーガーショップ=シタラに通っていますわ。

 ただ……店主の言った通り、体に悪い食べ物ですわ!


「わたくしが痩せる努力をしないといけないなんて!」


 時折、運動をして食べては運動し、太っては痩せ、を繰り返すようになってしまうなんて。

 女神イゥリゥス=ディリス様はわたくしに何と言う罪と罰をお与えになるのでしょう。

 それにお肌の調子も崩すこともありますし……あぁ、ですが食べたいのです。

 エビクリームコロッケバーガーを。

 やがてバーガーショップ=シタラに通うにつれて、わたくしの見識は広がったのですわ。

 様々な意見を聞くのも言うのも快感ですし、貴族、平民問わず女性の話、そうそう、美食家というエルフの旅物語というのもなかなか面白いのですが、やはり最大の目的は……。


「あぁ……エビクリームコロッケバーガー……なんと素晴らしい食べ物なのでしょう」


 いずれ、我が国でもバーガーショップ=シタラが提供するような美食を発展させますわ!

 まずはこのバーガーショップにある品物を再現したいという同志を見つけなければなりませんわ。

 そこにわたくし達貴族が投資をすれば……出来るはずですわ!

 おーっほっほっほっほっほ!

 首を長くして待っていなさいな、店長……ユート・シタラ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る