第3話 エルフ×タルタルフィッシュバーガー

 衝撃です!

 衝撃なのです!!

 これはもはや、芸術かつこの世界を創生したる女神イゥリゥス=ディリスがこの世界の生きとし生きる全ての生き物に賜りし食べ物です。

 風の噂を聞いて遥々このディレィシア国に来て正解なのです。

 店の中に入るのにかなり時間を要しましたが、疲れも吹き飛ぶくらいの衝撃を私は受けたのです!

 遡ること少し前、私は噂のバーガーショップなる店を訪れました。

 この国は魚が有名で天日に干した魚は特産品とも聞いていましたので特産の魚を使った食事はあるかと聞けば、店長らしい平べったい顔をした男は高笑いをしながら


「わーっはっはっはっは! 俺に作れないものなんてねぇ! タルタルフィッシュバーガーセット、一丁入れてやらぁ! わーっはっはっはっは! わーっはっはっはっは!」


 ……、店長はかなりアレです。

 アレは危険人物なのです。

 この国の国王はこんな危険人物を野放しにしていても良いのでしょうか。

 長く生きてきて人間の国を心配するなんて……長いエルフ生を生きていますが年は取りたくないのです。

 さて、お金は……な、なんと、破格なのです!

 平民も小金さえあれば食べることが出来るなんて……こんなに安いということは美食ではないということでしょうか。

 何故、噂になっていたのでしょう……。

 大した店ではない、と食べずに帰った方が良いかもしれません。


「まぁ待てよ。あんだけ並んでる列にきっちり並んでくれた上に、小金はきっちり頂いたからな! わーっはっはっはっは! ほらよ! 食ってくんな! 俺特製、タルタルフィッシュバーガーセットだぜ! バーガーもポテトも熱い内が華だ!」


 アツイウチガハナ……。

 よく分からない表現ですが、出されたものは仕方がありません。

 ここまで来て食事を自信満々に提供されて食べずに店を出るというのは美食家の矜持に関わります。

 この不思議で貴重な紙に包まれた茶色く丸いものがバーガーというものですね。

 上下に切られ具材を挟んだパンのようなものはパンズ、と呼ぶらしいです。

 おぉ、これは何とも温かく柔らかいですっ。

 中に挟んであるのは……同じく茶色くて熱々……表面に少し触ると細かい茶色の粉のようなものが剥がれ落ちていきます。

 あとは……この黄色く平べったいのは……匂いからすると何かの乳から出来ているようですね。

 その上には白い何か。

 これも何でしょう。

 まずはパンズとやらを少し千切って口に……なんと、なんとなんと……パンというのはこんなにも柔らかになるものなのですか!?

 それだけでも衝撃です。

 続いて乳のような匂いがするものは……何かトロリとしていますが、濃厚な味わいです。

 その上の四角い茶色くもっとも熱々のものが……店主曰く、魚の身を解して固めてパンの粉を纏わせてたっぷりの油で揚げたものだと言っていましたね。

 端っこを少し齧ってみれば……何と、外はカリカリ、中はホクホクの熱々なのです!

 上質な油の中に豊かな白身魚の風味が口の中一杯に広がるのです。

 安いとはいえ馬鹿にすることなかれ、なのです。

 これは期待が上がります。

 その上の白いソースは……な、何なんですか、この濃厚かつまろやかで酸味も効いているソースは!

 これは女神が言っています。

 バーガーを包む、この世界では貴重な紙ごと持ち上げて手掴みで、バーガーの上から下全てを一気に、そして一緒に頬張れ、と。

 そして―――私は、今、猛烈に衝撃を受けているのです!

 衝撃と、感動。

 パンズの柔らかさと相まって黄色い乳を固めたようなトロリとした濃厚なシート―――チーズと呼ぶらしいもの―――に、茶色のフィッシュカツという外はカリカリ、中はホクホクのものが油と魚の風味を伴って口の中で優しく解け、しかし、しかし魚のふわりとした身の食感が残っていて、さらに極めつけは白いソース……これはタルタルソースと言って、野菜を酢漬けにしたピクルスと呼ばれるものと茹でたコカトリスに似た種類の卵を細かく刻んでマヨネーズという調味料を合わせたソースだと言うのです。

 世界創生の女神、イゥリゥス=ディリスの与えし秘宝にも匹敵する味わいです!

 少し前まで安いからと見下し、店を出ようとさえ思っていた私を殴ってやりたいのです。

 衝撃です!

 衝撃なのです!

 言葉でしかこの衝撃を伝えられないのがもどかしいと、生まれて初めて思いました!

 私は生まれてこの方、表情を作るということを苦手としながらも美食の旅をしてきたエルフですが、これほどまでに表情が出ない自分に絶望をします。


「おいおいおいおい。この鬼才、ゴッドハンド=ユートの作りし特製バーガーを無表情で食べてくれるなよ。もっと味わえ! そして笑え! スマイルはいつでもゼロ円だ!」


 スマイルハゼロエン……言っている意味が分かりませんが、何かの呪文なのでしょうか。

 ですが、ですがですが、今まで食べて来たものは美食などではないのです。

 この店の食事に比べれば私達はゴミくずを食べていたのです!

 それから、もう一口、フィッシュバーガーを頬張って私はデコロン―――店主曰くジャガイモ―――を油で揚げたという料理、ポテトを口に入れました。

 な、なんと!

 こんなに細やかな塩が贅沢に振られているなんて!

 飲み物は……店長がオススメだと言っていましたが……透明で何やら細かな泡が出ていて何か甘そうですが……はぅぅぅ!?

 ぷっ……ぷちぷちなのです!

 口の中で弾けるのです!

 油と魚の風味を打ち消し、もう一度、バーガーを求めたくなります!

 これも新しいです!

 タルタルフィッシュバーガー、ポテト、ぷちぷちと口の中で弾ける透明な飲み物……すっかり私は食べ尽くし、堪能してしまいました。

 この美味しさを知ってしまった今、店長は少し……いえ、大分アレでもこのバーガーという食べ物以外を口にするなど美食家を名乗るエルフの名折れです。

 私は目覚めたのです。

 新生美食家として!

 美食の園は、この小さく狭い不思議な店の中にあったのです!

 これは世界に広めるべきなのです!

 バーガーなくしてこれ以上のエルフ生はありません。

 決めました。

 私はこの店の全てを食べ尽くし、研究し、新しき美食であるバーガーを世界に広めることを。


「店長」

「お? 何だ何だ? ようやく俺の作りしバーガーをスマイルで食って褒め称える気になったか? わーっはっはっはっは!」


 スマイル、は無理です。

 けれど、これはもう、最上級に褒め称えたいです。

 そうなると私は止まりませんでした。

 私は―――新生美食家……私は、バーガー王の妻になります!


「店長。私を貰ってください」


 ……なんということを。

 言葉足らずにも、身売りをするようなことを口にしてしまいました。


「あー。悪ぃな」


 どうしたのでしょう。

 少しだけ、店長の雰囲気が変わったような気がしましたが、すぐに最初の調子に戻ってしまいました。


「俺ぁ生まれてから死ぬまで、バーガーショップの下僕であり、バーガー量産機! つーわけで、出ていった出ていった。俺にゃ妻なんていらねー。俺は来る客来る客から小金を貰って俺の作った至上最高の特製バーガーを食わせるだけだ。わーっはっはっはっはっ!」


 むむぅ。

 何ということでしょう。

 このままでは勘違いをされたままになります。

 私は、けして、そう、けしてけして、少し……大分アレな店長の奥方などになりたい訳ではないのです。

 バーガーという至上最高の食を女神たるイゥリゥス=ディリスが創りし世界に広めるという、バーガーを食べた瞬間に授かった使命を果たしたいのです。


「違うのです。ここで働かせて欲しいのです」

「帰れ帰れ。俺ぁ従業員もいらねー。俺の城にいていいのは、この城を持つ俺だけだ」


 むぅ、しわいのです。

 先程、店長が言ったバーガーの下僕。

 この味を知った今、私も同じくバーガーの下僕なのです。


「私は店長の妻になりたいわけではなく、私もバーガー量産機となりたいのです」


 改めて私は言いました。


「わーっはっはっはっは! 帰れ帰れ! 言っただろ。俺の城にいていいのは、この城を持つ俺だけだ。食いたきゃ見て覚えろ! 食って覚えろ! 俺が生きて店やってる間は長く来てもらうために客の健康を気にしてやるが、その後のことなんざ俺の知ったこっちゃねぇ!」


 むむぅ……食って覚えろ、と。

 これでも美食家なのです。

 料理が出来ない訳ではないのです。

 いいでしょう。

 店長の挑戦、新生美食家として買おうじゃないですか!

 それから私は、バーガーショップ=シタラに足しげく通いました。

 あらゆるバーガーを食べ、サイドメニューを食べ尽くし、飲み物を飲み干しました。

 ですが、ですがですが……美食家であり料理も出来る私が、この店の食事を一切再現することが出来ませんでした。

 最初の問題はパンです。

 このようにカッチカチのパンでは半分に切ることは出来ても噛むことが出来ません。

 続いて油。

 酷い臭いがして、揚げることが出来ませんでした。

 揚げた所で食べられる代物ではないのです。

 魚も漁港であれば新鮮そのものですが、市場へ行けば鮮度が下がり、油と共に食欲を落とすような臭いを発しました。

 葉野菜もどこもかしこも萎れていてマズイです。

 白いソースの原料も分かりません。

 あの店は恐らく、女神の力に包まれているのでその影響で全てが新鮮なのかもしれません。

 長く生きるエルフの私ですら知らない力が店の全体に施されているのです。

 王様から平民、人ならざる者まで、誰もが集い食事をするバーガーショップ=シタラ。


「店長。私をバーガー量産機にしてください」

「帰れ帰れ! わーっはっはっはっは! バーガー量産機は俺一人でいいんだよ! わーっはっはっはっは!」


 何度も何度も交渉をしましたが、まったく通用しませんでした。

 食べれば食べるほど求め欲してしまいます。

 私の体はもはやバーガーなしには生きてはいけません。


「あんだよ。また来たのかよ。今日はお前に食わせるバーガーはねぇ!」

「私はエルフなのです。問題はないのです」

「エルフとか関係ねぇ。俺が作ってるバーガーは体に悪いんだよ! 長く食いに来たきゃ日にちを開けてこーい!」


 さらに数日後にもう一度行くと……


「笑顔が出来るようになったら来い! この店は俺特製の美味いバーガーとスマイルゼロ円が売りなんだよ! わーっはっはっはっは!」


 なんと。

 笑顔が出来なければ雇うことが出来ないと……!?

 絶望です。

 絶望なのです。

 私は生まれてこの方、笑ったことがないのです。

 笑えと言われて面白いと思っても笑ったことなんてないのです。


「わーっはっはっはっは! わーっはっはっはっは!」


 それからも私は諦めずに今日もバーガーショップ=シタラに通い同志達と語り合うのです。

 目指せ、バーガーの再現と笑顔、なのですっ!

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