第2話 宰相×テリヤキバーガー

「……、やはり、この店で最も美味しいのはテリヤキバーガーでしょう」


 ある日の休日。

 ここは女神様であるイゥリゥス=ディリスが創りしこの世界に点在する国の一つディレィシア国。

 この国で宰相の地位を賜っている私はこっそりとバーガーショップ=シタラへと参りました。

 どこぞの王は王宮で冷や飯を食し、せっせと国のために働いて頂かねば。

 私が時折、王の目を盗んでこっそりとこの店を訪れていることが知られれば、さぞや悔しがり、羨ましがることでしょう。

 あ、少しその顔が見てみたいですね。

 それはさておき、この店は不思議です。

 本人から女神様の思し召しに応じて異世界から来たと申していましたが、疑いようもなく本当のことなのでしょう。

 厨房には見たことのない素材で作られたたくさんの箱や調理器具、さらに見たことがあるものもあれば見たこともない食材があり、聞いたこともない調理法で調理され、見たこともない造形をしているのですから。

 今まで私達が食べていた食事など、餌だったことを思い知らされました。

 生まれてこの方、王にお仕えする宰相家の長男として勉学に励んでいたにも関わらず、知らないことが世界にはまだまだあるのだと気付かされるのです。

 王はもちろん、貴族というのは難しい生き物。

 常に足を引っ張り引っ張られ、巧みに言葉を使って互いの腹の探り合い。

 食事に美味しさを求めるよりもいかに揚げ足を取って相手を引きずり下ろし、揚げ足を取られ引きずり降ろされないか、という世界で生きてきた私達にとって、この場所というのは鮮烈なほど今までの概念を潰されたのです。

 王もこのバーガーショップ=シタラを知って以来、幾度となく言っておりますが、もはや元の生活に私達は……いえ、あのバーガーショップ=シタラを知っている国民全員、元の生活に戻ることは出来ないでしょう。

 ある日、我が国に女神様の思し召しとして神託が下りた直後に突如現れたバーガーショップ=シタラ。

 安く、早く、美味い。

 平民でさえも小金さえ持っていれば買うことが出来る価格で暖かく美味しく、満腹感を満たすことが出来るというのが驚きです。

 もしやこの国の均衡を崩すためにやってきたのではないかと疑っていましたが、店主はそういったことには一切、興味のない男でした。

 この店にあるものは何一つ店の外の誰にも売らない、と。

 自分が提供するバーガー、サイドメニュー、飲み物以外は提供しないし、持ち帰りもさせない、野菜などを販売する予定は一切ない、というか女神様であるイゥリゥス=ディリス様がこの店に対するあらゆる犯罪を拒絶し、食材、メニューの食事を店外に持ち出されないように、我々の生活の全てを破壊しないように配慮して頂いたというのです。

 流石は私達の世界を創造せし女神様です。

 今日も、あの罪深いバーガーを食せる幸運に感謝祈りを捧げ申し上げます。

 そんなことを考えながら私は今日もバーガーショップへと足を運びました。


「ほらよ! 宰相さんよ。俺特製、テリヤキバーガーセットだぜ!」


 設備も建物も、全てが摩訶不思議な力に包まれています。

 これも女神様のお力なのでしょう。

 このバーガーショップを営み、来る客来る客の前で高笑いをしながらバーガーを作る店主、ユート・シタラは二十代前後で魚のように平たい顔した若者です。

 そのぶっ飛んだ思考は誰もが口をそろえて、店主はアレだが、と口にするものの、美味しい物を作るという点に関しては彼しかいないだろう、と言うほどなのです。


「んじゃ、食ってくんな! バーガーもポテトも、熱い内が華だからな!」


 他人への口の利き方も少々アレですが、構いません。

 この店に貴賤はないのですから。

 今は目の前に提供されたテリヤキバーガーセットを食するのが先です。

 薄くて軽く素材の知れない盆を手に、私は奥の席へと座りました。

 ガラスをふんだんに使われた窓側はいつ王が仕事を放り出して店を訪れても隠れることが出来るからです。

 さて……頂きましょう。

 パンズという丸く柔らかなパンを上下に切り分けて食材を挟んだバーガー。

 普段、私達が食べているパンとは天地の差があるほどで、そう、例えるならば傷一つなく大事に育てられた身分の高いご令嬢の柔肌の如く、と表現できるでしょう。

 挟んであるのは、店主の世界では豚という、私達の世界ではオークに近しい種の肉を使っているということでした。

 なんと、店主の国ではミノタウロスやオーク、コカトリス等に近しい生き物を家畜としてこだわって飼い育て、時が来ればそれらから肉や卵、骨までも使い様々な食事で食べられているとのこと。

 このテリヤキバーガーに挟んであるパテもその食事に使う材料の一つらしい。

 オークの肉を細かくミンチにし、焼き上げ、さらに甘く茶色いソースを纏わせてパンズで挟んでいるのです。

 切り分けた下のパンズの上にまずはテリヤキを纏わせたパテを。

 その上に緑が鮮やかで新鮮な葉野菜を重ね、さらに特筆すべきは白いソース。

 何でも店主曰く、これはマヨネーズと呼ぶそうです。

 この世界ではコカトリスが卵を産むのですが、生の卵などけっして食べません。

 えぇ、食べたが最後……腹を下してしまうのですから。

 ですが店主の世界では綺麗に浄化し安全な卵に酢や調味料を入れてひたすらに混ぜ管理をしているため、腹を下すことなどないそうです。

 私達の世界にはない食事です。

 硬いパンに鮮度の落ちた気持ちだけの野菜が浮いた薄いスープ、時折、冒険者が仕留め流通する魔物肉、我が国特産の魚の干物または焼くか似ただけの魚など比べ物にならないでしょう。

 王に次いで身分のある私が言うのも何ですが、このバーガー……いえ、ユートの作る食事というのは誰も彼をも王侯貴族に仕立て上げることが出来る女神に認められし食事です。

 付け合わせはデコロン―――ユートの世界ではジャガイモと呼ぶ―――を贅沢にたっぷりの油で揚げたポテト。

 デコロンが多く取れる農村地区でもこのような調理法は存在しません。

 魔法使いも存在しているこの世界とはいえ油はそれなりに貴重なのですから。

 さらにポテトには質の良い塩が振られています。

 もしもこれが流通したならば……確かに、女神様に頼んで持ち出しされないようにしておくべきでしょう。

 最後にセットの飲み物は……私のお気に入り、オレンジジュースです。

 南方の温暖な国で育てられているオーランジェに似ており、それを絞って甘くスッキリとした果実の味わいが、甘くこってりしたテリヤキバーガーにとても良く合います。

 王に隠れて熱々のテリヤキバーガーを行儀悪く頬張り、オレンジジュースを一口、そして塩が振られたポテトを口にしてテリヤキバーガー。

 私も若い頃は王と共に様々なやんちゃをして参りましたが、久しぶりに心躍る時間です。

 何より、ここは様々な情報が集まります。

 貴族、平民、人ならざる者達が垣根なく各々お気に入りのバーガーセットを食しつつ、意見を交換しているのを見ると王宮で行われている会議など無駄な時間です。

 よし、これは王に進言して無駄な会議を失くし、この店のように誰もが腹の探り合いをせずに言いたいことを言える会議に変えて頂かなくては。

 前であれば腹の探り合いは会議の華と申しおりましたが、今では率直な意見交換こそ会議の華でしょう。

 次の世代のためにも、我々は変わっていかなければならないのです。


「おや……」


 もうなくなってしまいました。

 いやはや、食べたら無くなるというのは自然の摂理とはいえ、このバーガーは魅惑の果実です。

 しかし外は未だに大行列が出来ていて、自分達の順番を今か今かと待ちわびています。

 果たして営業時間内にありつけることが出来るのでしょうか。

 すでに入店している私の知ったことではありませんが、並んでまでも食したいという気持ちはよくよく分かります。

 今食べている者達が早く出て行くのを待っています。

 ですがここはもう一つ、注文をしましょう。


「ユート。申し訳ありませんがテリヤキバーガーセットをもう一セット―――」

「あー、すんまっせーん。宰相さんよ。体に悪いんで今日は提供出来ねーわ」


 な、なんと!


「あんた昨日も来てただろ。店長たる俺が見逃すとでも思ってんのか!?」


 うっ……流石に二日連続はダメでしたか……本当に、彼は頭が少々アレかと思いきや客一人ひとりをよく観察し覚えているものです。


「お金は支払いますよ」

「悪いが、あと提供出来んのは俺の笑顔だけだ。体に悪いもの作ってるのは百も承知! 多くの客が健康に、長期間、俺の店で食事をしてもらうにゃ制限を設けてるんだよ! わーっはっはっはっは! つーわけで、んな顔してもダメだ。帰れ帰れ。王様に言いつけんぞ」


 王に言いつけられた所で痛くも痒くもありませんが……しかし惜しいです。

 私の口がまだ欲しているのです。


「では爵位や金貨でも―――」

「爵位だろうが金貨だろうが金の延べ棒だろうが俺ぁ一切受け取らねぇし、その代わり提供もしねー。そんなもんと同等にすんな。つーわけで受け取れ! スマイルゼロ円! 俺の満面の笑みを。わーっはっはっはっは!」


 それを高笑い、というのですよ。

 スマイルゼロエンとはどんな効果のある魔法の言葉だというのでしょう。

 満面の笑みとはまったく違う種類のものです。


「ほらほら。帰れ帰れ! 次の客が汗水垂らして必死に働いた小金を握り締めて俺のバーガーを待ってんだよ! 俺は死ぬまで女神に与えてもらったこの場所でバーガー量産機になるんだからよ! わーっはっはっはっは! わーっはっはっはっは!」


 その高笑いを背に受けながら私は自分の食したものを、この店のしきたりに従い、店内につけられたごみ箱へと片しました。

 はぁ……王宮でも食べたいものです。


「ではユート。王宮の料理人に伝授して頂けませんか!?」

「あん? やなこった。だったら王宮の料理人が自ら食いに来い! 食べたきゃ見て覚えろ! 食って覚えろ! 美味い食事っつーのは思考錯誤と切磋琢磨の結果、研究の結晶なんだよ! わーっはっはっはっは!」


 甘かった……。

 捨てる時に手に付いたテリヤキバーガーのソースを行儀悪く、意地汚く舐め取って私はすっかり肩を落としてしまいました。

 店を出れば、平民を始めとして騎士爵やら男爵やら子爵、伯爵、侯爵に公爵までもが自らの足で立って待っているではありませんか。

 普段は貴族としての矜持を持っているというのに、今、この瞬間だけは別人のようです。

 このユートの店前では順番を身分で脅して変われば入店拒否される仕組みの力も展開されているとユートが言っていましたね。

 どれだけ規格外な店、規格外な店主なのでしょう。


「どうにか、ユートの持ちうる技術、食事に近付けられるように我が国を発展させなければなりませんね……農作物の確認、出来うることならユートの言う研究とやらをして……」


 私は馬車に乗り込み邸宅に戻ろうとしましたが、伝令が急ぎ王宮へ、王がお呼びだということで戻りました。


「宰相! 宰相よ! そなたどこに出掛けておった!」

「些末事を片付けておりました」


 これはこれは……王の威厳もクソもあったものではありませんね。


「嘘をつくでない! そなた、バーガーショップ=シタラに行っておったであろう!? 口元のソースはテリヤキと見た!」


 なんと……私としたことが身だしなみを整えたつもりでしたのに。

 そっと口元に手をやってみましたが、何もついていません……やりやがりましたね、王よ。


「そなただけズルイ! 儂はここで飯を食うしかなかったというのに!」

「私、本日は休日でしたので。休日にどこで何をしようと見咎められることではございません」


 文句を言うために、私を呼んだのであれば、私は今から目の前で子供のようにズルイと阿呆の一つ覚えのように口にする王を黙らせて帰宅したいのですが。


「宰相よ」

「何でございましょう」

「早急に、会議の在り方、我が国の農作物、特産品、食の改善を行う! 王宮でもハンバーガー食べたいんじゃ! 出来ればそれ以外の料理も発展させなければならぬ!」


 まさか王の方から提案をして頂けるとは。

それは、私も協力申し上げるしかありませんね。


「えぇ、もちろんでございます。我が王よ」

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