異世界バーガーショップ

詠月 紫彩

第1話 王様×ハンバーガー

「うむ……うむ、うむ……うむぅ……!」


 生まれてこの方、温かい食事というものには縁がなかった。

 女神たるイゥリゥス=ディリスが創りしこの世界に点在する国の一つであるディレィシア国。

 その王たる儂が食事をする前は毒見をしてもらうのが当たり前。

 食事をする頃にはすっかり冷めきっているのも当たり前。

 純銀の皿、純銀のカトラリーで食するのも当たり前。

 食事とは国を治めるための一日の激務をこなすための力であり、温かさや美味しさなど二の次。

 それが当たり前だと思っていた。

 だが、儂は愚かであった。

 王として、一人の人間として……人生の大半を損し、いかに儂が民の生活を上から目線の上辺だけでしか見ていなかったのかを思い知らされた。

 なるほど、確かに毒見は重要だ。

 基本的に王には敵が多い。

 身内、家臣、他国……疑心暗鬼を常にどこかに持って相手と接することは、もはや呼吸をするに等しく身に付いた感覚。

 もしも王が次代の王を決めずに死んだ場合、国はもちろんのこと民も混乱する。

 残された我が子達、王妃、側妃、大臣達……ありとあらゆる場所で派閥を作り、騙し合い、殺し合い、血で血を洗う泥沼の争いとなりその勝者が血に塗れた玉座に座り王となる。

 歴史を紐解けばいつの時代、どこの国でもあったことだ。

 儂とていつ何時どこで命を落とすかも知れぬ。

 だが……だが、それでもなお儂はもはやかつての生活には戻れぬ。

 毒見を経て冷めきった食事を餌のように食うなどということは出来ぬ。

 食事というものの重要性や美味しさ、温もり、熱さ……そういったものを一度口にして覚えてしまえば人だろうが人ならざる者達であろうが同等となる。

 例えあらゆる面で敵であったとしても、言葉が通じなくても、生きとし生きる者全てと共に暖かく美味な食事を食し、食事の感想を共有するだけでなく思考や持論、政治論、価値観をぶつけ合い共有することが出来る友ともなれるのだ。

 そこに王も貴族も平民も、人か人ならざる者であるかは関係ない。

 儂は我が国に突如として誕生したバーガーショップなる店の店主であるユート・シタラに出会って衝撃を受けた。

 女神イゥリゥス=ディリスの思し召しによって我が国に素晴らしい場所を作った彼の男は、この世界のどこにも属さない全く異なる世界からやってきたらしい。

 異なる世界から来た男だろうが何だろうが女神様の思し召しによりやってきた男だから構わんだろう。

 今日もまた儂は、この美味いバーガーショップへと足を運んだ。


「わーっはっはっはっは! 王様ご希望、俺特製ハンバーガーセット、完成だぜ!」


 仕入れを始めとする設備、建物の全てが魔力を持った摩訶不思議に包まれている。

 この不思議なバーガーショップを営み、来る客来る客の前で高笑いをしながらバーガーを作るのは店主であるユート・シタラだ。

 年の頃は二十前後であろうと思われ、魚のように平たい顔をした若者である。

 少々頭が……ごほん……思考が異なる世界の人間特有なのか難解だが、美味い物を作るという点に関してはこの世界広しといえど、一人としていないだろう。


「ほらよ、王様! 熱い内に食ってくんな! バーガーもポテトも、熱い内が華だぜ!」


 他人への口の利き方も、ちと頭と同じく―――ごほん、やめようではないか。

 店主が少々……いや、大分とアレなのは周知の事実。

 今は目の前に供されたバーガーなる食事を口にするのが先ぞ。

 儂はユート・シタラが置いた机から、薄くて軽い素材の知れぬ盆を受け取り席に着いた。

 自分で受け取り、食事を運ぶのも最初は新鮮だったが慣れると当たり前に受け止めるようになった。

 さて……まずは待ちに待ったバーガーだ。

 店主曰く、パンズという信じられぬほどに柔らかで丸いパンを上下に切り分け、そこに食材を挟んだものをバーガーというらしい。

 この柔らかなパンズを口にすれば、普段、儂らが口にしているパンなど路傍の石ころだ。

 上のパンズの上には、ゴマという小さく香ばしい粒が落ちないようについている。

 挟んであるのは、店主の世界では牛という、この世界ではミノタウロスに近しい種の肉を使っているらしい。

 なんと、それもユートの世界では牛とやらを人の手でこだわって育て、時には乳を搾り飲み物や固形物に加工し、時には潰して様々な肉として食されているというではないか。

 その肉の加工物の一つとして細かく刻み、ミンチというものにして焼き上げたパテなるものをバーガーに挟むのが主流らしい。

 下のパンズの上にそれを置き、その上には野菜を酢漬けにしたピクルスなる食材を輪切りにしていくつか並べ、牛とやらの乳から出来ているという薄いチーズなる食材を重ねる。

 濃厚かつまろやかな味が何ともピクルスやパテと合う。

 ピリッとした黄色い色をしたマスタードというソースと赤が鮮やかで美しいトマトとやらのソース。

 緑のレースが美しい見たこともない葉野菜、さらにトマトとやらを輪切りにしたものを乗せて最後に、上のパンズを重ねれば……バーガーの完成だ。

 儂らの世界にはない食事。

 いつもの硬いパン、色や鮮度の落ちた野菜の浮いた薄いスープ、薄味で煮ただけのデコロン―――ユートの世界ではジャガイモと呼ぶらしい―――実の付け合わせ。

 時折、魔物の肉や、我が国の特産である魚を煮るか焼くかでしか供されない食事など、比べ物にならん。

 見た目も味も、王たる儂が言うのもなんだが、一口頬張ればその贅沢さに誰も彼もが王になった気分を味わうことが出来る極上の一品だ。

 付け合わせは、たっぷりの油で揚げるという調理法で作られたポテト。

 農村地区ではジャガイモデコロンが多く取れるものの、我が国では大きめに切って薄味のスープにするしか調理法がないため、ポテトという名前に変化することに目から鱗が落ちた。

 さらにポテトには贅沢にも塩が振られている。

 粗雑な塩ではない。

 透明度、風味、共にこの世界いずこを探しても存在しないであろう細やかな塩だ。

 最後にこのバーガー、ポテトにはなくてはならぬ飲み物がある。

 それがコーラなる不思議な飲み物だ。

 他にも飲み物には種類があるが、儂はこのコーラなる飲み物を特に気に入っておる。

 贅沢にも氷をふんだんに使って冷やされ、見た目の黒色の不気味さと裏腹に、ぷちぷちと弾けることによってのど越し良く口の中の油を流してくれる。

 このコーラなる飲み物に酒精が入っていれば、誰しもが神々の国に心地良く旅立てるだろう。

 熱々のハンバーガーを、侍従含め誰に見咎められることなく包まれた紙で手掴みし、大口を開けて行儀悪く頬張り、同じく熱々で塩のきいたポテトを食し、冷たく爽やかな甘い飲み物で油を流す。

 ハンバーガー、ポテト、コーラ、またハンバーガーに戻る。

 その繰り返しだ。


「はっ! もうなくなってしもうた……」


 味わえども欲する。

 まるで甘美な果実を口にしてしまったかのように、この店から離れがたく、さらに求めてしまう。

 今日だけはゆっくりと味わってみたい、とユートに頼み込んで貸し切りにしてもらったのだ。

 まだ味わいたい。


「ユート! お代わりじゃ!」


 もう一つ……いや、あと二つは食べられる。

 年を重ねたといっても儂は子を成せるくらいには、儂はまだまだ元気。

 だからこそ安く、早く、美味いバーガーをまだ堪能したい。

 しかしユートから発せられた言葉は無情だった。


「あー、すんまっせーん。王様。前から何度も言ってる通り、体に悪いんでー。つか今日は食ってる間だけは貸し切りって話だったよな?」


 うぐぅ……食べている間は、ということはもう一つ、二つ提供してくれればまだ貸し切り出来るではないか。


「後生じゃ!」

「後生とか一生に一度の願いって言われても、うちの店、あとは笑顔しか無料で提供出来ないんで。体に悪いものを作っているのは百も承知! 客が健康に、長い期間、俺の店で食事をしてもらうにゃ制限があんだよ! わーっはっはっはっは! てな訳で、帰れ帰れ。貸し切りっつー我儘聞いてやったんだ。今日はもう王様に出せるバーガーもポテトもコーラもねぇ!」


 ぐぬぬぬ……儂は王ぞ。

 失礼な上にただの頭のイカレた阿呆かと思いきや少しはまともなことを言ってくれる。

 客の健康を、健康に悪い食事を提供しているらしい奴が気にするとは変にも程があるわ。


「金貨だろうが金の延べ棒だろうが、俺ぁ一切受け取らねぇし、その代わり提供もしねー。受け取れ、俺の全開の笑顔を! わーっはっはっはっは!」


 それは笑顔じゃなくて高笑いじゃ!

 阿呆め。


「では領土はどうじゃ? いや―――」

「王様よ」


 唐突に静かになりおったわ。

 じゃが……儂はそれ以上、真剣な奴の表情に言葉が出なかった。


「俺ぁな、領土も国も、金貨も、金の延べ棒も、一切いらねぇ。俺がやりてぇのは、女神から与えてもらったここの、この場所で、死ぬまでバーガー作って汗水垂らして必死に稼いだ小金握り締めてやってきた客に俺の作ったバーガーを提供することだからな」

「ユート……」


 一体、過去に何があったというのだ。

 いつもは己をバーガー量産機などと言いながら頭がイカレたかのように高笑いをするような奴と同一人物には思えん。


「つー訳で、分かったら貸し切りタイム終了じゃぁーい! 貸し切りなんぞ二度とやらん! とっとと出ていけぇい! あんたのせいでせっかくの小金握り締めて来た客が入れねーだろーが! 俺は俺の特製バーガーで客から小金巻き上げてバーガーを量産するバーガー量産機なんだよ! わーっはっはっはっは! わーっはっはっはっは!」


 しょっぱい……。

 ポテトが入っていた紙に残った塩を指の腹で擦りつけ、口の中に入れると塩っ辛さだけが残った。

 店主の物言いに、王たる儂が泣いたわけではないぞ。

 うむ、けっして泣いたわけではないぞ!

 すっかり食い尽くしてしまった今日は、もはや帰るだけとなってしもうた。

 はぁ……王宮でも食べたいものよ。

 トボトボと店を出れば、待っていた客達が次々と入っていくのが見えた。

 むむ……奴は騎士爵の……む、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵達までもがいつもは平民を見下しておったクセに今では平民に混ざって列を作っておるではないか。

 しかも身分を超えて話をし、意見をぶつけ合っておる。

 やれやれ……王宮でもそのように意見をすれば良いものを。

 儂は溜息をついて馬車に乗り込んだ。

 次にバーガーショップへ行けるのは来週か……遠いのぅ。

 馬車の中で待っていた宰相に儂は声を掛ける。


「宰相よ」

「何でございましょう。我が王よ」


 確か宰相はまだバーガーショップへ入ったことはないはずじゃ。

 入ったという噂すら聞いたことがない。


「今度、あの店に行く際は我が友としてついて参れ」

「ありがたきお言葉。では我々も民に混じり、並ぶといたしましょう」


 ところで、と宰相が話を変えてきた。


「学生時代のように、罵倒でもしながら参りましょうか」

「いや、それはやめてくれんか!? 学生時代もそうじゃが、今でも好きに罵倒しておるではにないか! そなたの毒舌は堪えるんじゃ!」


 と言えば、宰相の奴め……舌打ちをしおった。

 その上、失礼、本音が……などと、しれっと言いおる。

 やれやれ……しかし、バーガーショップ=シタラとは不思議な店よの。


「昔のように、お忍びで参りましょう。民に混じり、意見でも交わしながらむさくるしい護衛など遠巻きに指を銜えさせてどこぞで待たせておけば良いかと」


 それは名案じゃ。

 儂らは互いに高笑いをしながら王宮へと戻ったのであった。

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