第40話「荒野の戦争 終幕」

「お願いですわ、リカーネ様!!」


 手を組んで目を潤ますユウナ。

 その様子にリカーネは驚いて固まっていたが、ようやっと状況を処理し終えたリカーネは咳払いをして改めてユウナを見る。


(怪我はなさそうね。それに、身奇麗だし、乱暴された形跡はない。食事を抜かされたようなことも無いみたい。……酷い扱いはされてない、この子がいた場所は魔族の根城なのに?)


 じっくりとユウナを観察し終えたリカーネは違和感を抱きながらユウナの目を見つめる。

 しかしその目は決して優しいものではなく。酷く冷たく、吹雪でも吹きそうなほど冷淡な目だった。


「貴女がこの国の聖女ね?私は隣国の元聖女、リカーネよ。……それで助けてって、貴女を拐った相手を?一体それはどういうことかしら?」


 リカーネは眉をひそめてユウナを睨むかのように見やる。

 その冷たい視線に狼狽えるユウナだったが、握りこぶしを作ってリカーネの目を真っ直ぐに見つめた。


「はい、ワタクシがこの国の聖女をさせていただいております。。助けてほしいというのは、その……」


 気まずそうにユウナは手をいじって目を泳がす。

 リカーネはユウナが語るまで待っていたが、いくら待っても口を開こうとはしない。

 そのイジイジとした態度にどこか覚えがありながらリカーネはイライラとむかっ腹が立ってくる。


 いくら待っても無駄そうねと見切り、リカーネは爆発音のした方向に視線を向けた。


「もう良いわ。貴女のことは貴女の国王の前で洗いざらい話してもらうことにする。今はとにかく、イヤミたちの所に向かうわよ。ついてきなさいユウナ。」


「っ……はい。」


 リカーネのあの視線から外れ、ユウナは空気が軽くなったのを感じた。

 しかしそれでもリカーネから感じる怒気は凄まじく、身震いすほど鋭い視線は未だにあってユウナは震える。


 その様子を目の端で捉え見ていたリカーネは歯を食いしばった。

 その顔に、その態度に、リカーネは逆鱗を撫でられるような思いだ。


(何故、何故貴女がそんな被害者ヅラするの?どうして?あなたのせいでどれぐらいの命が消えたと思っているのよ!冗談じゃないわ!……自分の責任をわかってないようなやつのために、イヤミは、ジャックは、この戦場で戦ったって言うなんてふざけているわ!!)


 そんな思いが腹の中をグルグルと回って吐き気がするリカーネ。

 もう既に怒りでどうにかなりそうなのをグッと堪えたリカーネはただ真っ直ぐ戦場を見る。


「……もう戦争は終わりね。」


 悲しげな声で、悔しそうな声で呟くリカーネの小さな声は、砂風の前で散っていった。


 ****


 砂埃がたち舞う中、その拳と刃は交差する。

 ジャックは砂が目に入ってもグライアの姿を外すこと無く立ち回った。

 それは最早執念としか言いようがなく、ジャックはその執念から伝わる高揚感に浸っていく。


(ヤバいな……すっげぇおもしれぇ。)


 それに少しだけ焦るジャックだったが、その体が止まることはない。

 ジャックの体は、身体能力は、今まさに絶好調を迎えていた。


 しかしその体の損傷は酷く、片腕にはヒビが入っていて動かす度にズキリと痛みが走る。

 そうでなくとも心臓が鼓動する度にズキズキと軽い痛みがあるというのに、ジャックはそれで止まることも逃げることもしなかった。


 グライアはその楽しげな様子のジャックに、口を歪ませて笑う。


「楽しいか、ジャックよ?吾は今大変愉快な気持ちだ!!ここもで楽しい思いは初めてだ!!」


「奇遇だな?俺もここまで気分が上がる戦いは久しぶりだ。もっと楽しませろ。」


 同じく口を歪ませてグライアの顔に刃を振り上げるジャック。

 刃はそのままグライアに掴まれてジャックごと岩に向かって投げられるが、空中で身を捩り体勢を戻して岩の上に降り立つ。

 そしてジャックは片方のダガーをグライアに向かって投げ、その岩から逃げる。

 その瞬間、岩はグライアの土槍でで粉々に砕け、その砕けた破片は刃になってジャックに襲いかかった。


「フッ、やるな?」


 ジャックはその刃を弾いてグライアの背中に移動して、ダガーでグライアの背中に突き立てる。

 突き立てられた背中はボロボロと崩れて、グライアの身代わりとなった土塊は消えた。


「お主こそ、まさかそれを避けるとは。」


「伊達にイヤミに銃口を向けられてないんでねっ!」


 土塊を台に空に跳ぶジャックを追うように地面が砕け、その砕けた破片が無数の刃となってジャックを襲う。

 なんとかその刃を避け切って地面に着地したが、地面の亀裂はジャックの降り立った所まで大きく入ってジャックの下半身丸ごと飲み込んだ。


「っ!!クッソ!」


「フハハハ!!捕まえたぞ、ジャック?そこからどう移動するのだ?」


 高らかに笑いを上げたグライアを睨み、ジャックは地面に押し出すように腕に力を入れたがでれず、しかもその上亀裂の幅は縮まりジャックを挟み込んでいった。


 もうジャックに攻撃手段はなく、このままで亀裂が縮まっていけばジャックの下半身と上半身は真っ二つ輪切りコース一直線。

 焦って藻掻くジャックにグライアは勝ちを確信し、近づく。


 ジャックのそれ自体が罠だと知らずに。


 ジャックに近づくため一歩出した足を地面に踏みつけた瞬間、その地面が爆発した。


「――ッッ!!こ、れは……!!!」


「イヤミの地雷だ。引っかかってくれてありがとな?――ヨイショッと!」


 ジャックは地雷を食らって地面に伏せるグライアを見て笑いをこぼし、地面から楽々と出て来る。

 あれが演技だと気づいたグライアは悔しげに呻くが、足は木っ端微塵になってぐちゃぐちゃで立ち上がることはできない。

 しかし拳があると、グライアは地面に拳を叩き込もうと拳を振り上げたその時、両腕が地面に転がった。


「〜〜〜グッ!?き、っさま!!」


「ほれ、チェックメイトだ。グライア。」


 ダガーで切られた。

 そのことを理解したグライアだったが、それが分かった所でもう遅い。

 この勝負、勝ったのはジャック。つまり獣人国の勝利だとグライアは認めざる負えなく、ガクリと項垂れる。


「吾の、負けだ。」


 その言葉にジャックはニヤリと笑って腰についていた硝煙弾を持って空に打ち上げた。

 その色は、白。

 戦勝の終幕を意味した色が空に打ち上がった瞬間、空には無数の白い煙弾と勝利の鬨の声が上がっていく。


 それを笑って、ジャックは次にグライアの方に目とダガーを向ける。

 静かな目をしたジャック。その目に喉を鳴らしグライアは目を瞑り覚悟した。


 ジャックはそのままゆっくりとダガーを振り上げ、そしてグライアの頭に向かってダガー振り下した……


「――お待ち下さい!!その方を切らないで!!」


「「!?」」


 ジャックとグライアの間で美しいハスキーボイスは響く。

 その真っ白いベールがジャックの前でヒラヒラと舞い、その顔が見えてジャックは声を漏らした。


「へ、猫?」


 完全な猫の顔、しかも男かと思うほど声が低くい。

 だと言うのにその格好は完全に聖女と言わしめるようなヒラヒラしてジャックは混乱していく。


「ユウナ!!何故此処にいる!!」


 グライアは驚いたような声を上げて割り込んだ自分つの名を声に出す。

 その名前にジャックは顔を青くさせて指をさした。


「え、ユウナってまさか……」


「そのまさかだ、ジャック。ソイツがこの国の聖女、だそうだ。」


 信じられない、そんな顔で指さしたジャックの肩を叩くは、ずっと上にいたイヤミ。

 そんなイヤミは首を振ってジャックの指をしまうと耳を塞いでジャックから離れる。


「え゛――はぁあああああああ!?!?!?」


 イヤミが離れた瞬間、ジャックの絶叫が荒野全体に響いた。



 ****


 戦争終結の三日後のこと。

 あら方の戦後処理を終わらした獣人国兵は、戦場から凱旋した。


 今回の戦争、獣人国の被害は……

 負傷者 1,892名。

 死者   54名。


 魔王軍の被害……

 負傷者  556名。

 死者  18,292名。


 圧倒的力を持っていた魔王軍を圧勝した獣人国。

 中でも第1師団と第二師団の功績は凄まじく、その功績は諸国諸々に伝わっていき、その師団の団長であるレベンとフリーエは歴史に名を残すこととなる。

 しかし、その歴史書の中にはこの作戦を立てた人物の名は乗っていなく、以前として謎に包まれたままであることは、まだ誰も知らない。




「――さて、イヤミよ。今回の働き、誠に天晴であった。お前がいなかったら俺様の国は蹂躙されていただろう、この国の代表として礼を言わせてくれ。本当にありがとうと。」


 王の間に呼び出されたイヤミ。

 本来であったなら二人も連れていくはずだったが、ジャックとリカーネはどちらも魔力と疲労で動けず今も尚客室で休んでいるため、代表としてイヤミが行くことになった。


 そして今、イヤミの前でその場にいたすべてのものが頭を下げている。

 イヤミは面倒くさそうな表情をして手を振った。


「礼はいい、それが君と私の契約だったからな。だがこれからが大変だぞ?」


「ああ、分かっている。しかし心配するな。ここからはもう、おまえの力には頼らず俺様たちだけでやらなければな。先代たちに顔向けできん。」


 大変だなぁと、イヤミは首を竦めてレーヴェを見る。

 その視線を受けたレーヴェは苦笑しながら、でも真剣な目でイヤミにまっすぐと答えた。


 その目に確かな成長を感じたイヤミは笑いを零すが、ガラッと雰囲気を変えてレーヴェを見つめる。


「フッ、そうか。なら頑張れよ。……ところで話は変わるが、聞きたいことがある。」


「なんだ?聞きたいこととは?」


「お前、リートってやつをか?」


 イヤミはこの三日間、ずっと戦場で後片付けをしていたためにレーヴェと会う機会がなく、ようやっと言えたその問いにレーヴェは片眉を上げた。


「リート……??」


 覚えがなさそうに首を傾げたレーヴェに、イヤミは目を瞑ってため息をつく。

 やはり覚えてなかったかと、イヤミは目を開けた。


「……やっぱりか。……レーヴェ、今回の戦争を引き起こしたのは聖女でも、ましてやグライアでもない。リートという悪魔だ。リートはずっと私達のそばで獣人としてお前を補佐し、私達のそばにいて修行に勤しんでいた。」


「っ!!それは一体どういうことだ!?」


 驚愕の事実に周りは騒然となる。

 当たり前だ。まさか直ぐ側で敵がいただのと誰が信じられようか。

 しかしイヤミが嘘を付くとも思えず、レーヴェは冷や汗を垂らしてイヤミに聞き返す。


「リートは悪魔族特有の力でここで潜伏して撹乱し、グライアすらも操って戦争を引き起こした。この戦争はすべて、彼奴の掌で始まったただのお遊びだ。」


「そ、そんな事が、可能なのか?」


「さてな、それほどの実力者ってのもあるし、見た目通りの年齢じゃなく相当な経験者って可能性もある。まあどちらにしろ彼奴の目的は依然謎のままだ。」


 イヤミは肩をすくませてやれやれと首を振る。

 だがそんな態度とは裏腹に、イヤミの目はどこまでも静かで凪いでいた。


「……ソイツは、魔王軍の四天王すらも操ったというのであれば。」


「ああ、リートは第三勢力。新しい敵ってことになるな。全く面倒な。」


「……全くだな。はぁ……」


「ま、それは私にしか関係ないし、お前はそれよりもこの後のことに目を向けとけ。」


 頭を抱えてため息をつくレーヴェにイヤミは喉を鳴らして笑い、レーヴェに心配するなと目で語る。

 それに少し安堵を覚えながらも、これからのことを思い出してはまた頭を抱えた。


「頭が痛い。」


「ハハハッ、がんばれ~。……あ、それとどうなったん?」


「……ああ、それもあったな。そっちに関してみまだ審議中だ。こんなことは建国以来初めてだからな。」


 レーヴェはイヤミに聞かれたアレのことも思い出してげっそりとする。

 その顔を見てまた吹き出したイヤミは、その場をあとにし、王の間を出て見える高い塔に、足を動かした。


 その塔からは、白く反射するベールが垣間見えてイヤミは鼻歌を歌う。

 その鼻歌は、どこまでも軽く風と共に場内に響いていった。


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大変お待たせいたしました!!

これにて荒野の戦争編終了になります!

第2章もあとわずかですので、もう少しだけお付き合い下さい!

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