第41話「眠りを邪魔するやつは極刑」

 城にある塔は、外面こそ立派だがその役割は聖女を外部から切り離すために閉じ込める。

 そう、牢獄のような役割していた。

 だが基本、外に出ることはできるし、そこに住まなくてもいい。

 しかしユウナは今回の戦争の発端。何もしないわけにも行かずレーヴェの判断でその塔に入れられた。


 そしてその塔の最上階に、ユウナは軟禁されている。

 軟禁されている以上、レーヴェの許可なくユウナに会うことは誰もできず故にその塔は無人のように静まり返っていた。


 そんな塔の中に、黒いコートを風に靡かせながらユウナのいる部屋に向かう少女が一人。

 鼻歌を歌いながら悠々とレーヴェの許可なく入ったその少女は、ユウナの後ろに立って片手を上げて挨拶をした。


「こんにちはお姫さん。ご機嫌はいかがかな?」


「こんにちは侵入者様。気分は最低ですわ。」


 ニッコリと笑う少女――イヤミと、真っ白いベールに包まれたハスキーボイスの美しい聖女は、そのベールを上げてイヤミに微笑んだ。




「――まだ何も言わないのかい?君も意地っ張りだね。」


「……分かっております。ワタクシのせいでこんな騒ぎになったのは、ですが言えないのです。あの方のために。」


 イヤミはコポコポとポットから紅茶を二つのティーカップに注ぎ、俯くユウナに一つを置いて口をつけて冗談をいうかのような声で言う。

 琥珀色の澄み切った紅茶をじっと見つめ、イヤミの言葉にユウナは何も言わないと呟く。

 その言葉にふーんと言うかのような顔をして紅茶を飲むイヤミは、ティーカップをソーサーに置いて窓の外を眺め、そして笑った。


「……今グライアがどうなっているか聞きたい?」


「っ!そ、それは……」


 窓の反射で見えたユウナは酷く動揺して忙しなく、気を紛らわすかのように指をいじっていた。

 その様子にイヤミは目をの端を上げて楽しげに笑う。そして戯けるような声色で語った。


「今は、魔法を無効化する地下牢獄に居るよ。そんで色々聞き出すためにそれはもうむごい拷問を四六時中ずーっとね……」


「そんな!!あの方ワタクシの為に!!……っ!!」


 イヤミの恐ろしい言葉に椅子から思わず立ち上がったユウナは、自分の失言に思わず口を抑える。

 しかしそれを聞き逃すような間抜けさを持っていないイヤミは、ふっと笑いをこぼして窓から目を離してユウナを見つめた。


「へぇ?ねぇ……ねえ、ユウナ。今言ったこと全部ウソだよ。」


 クスクスと笑いながらイヤミは人差し指を立てて、自身の口元にそっと置く。

 その仕草にカッと赤くなるユウナはイヤミを睨む。騙したのかというように。


「――っ!ワタクシを騙したのですか、イヤミ様。」


「昨日も言ったけど、私はこれ以上面倒なことは勘弁だからね。いい加減話してほしい。でなければ、君のグライアは私の言った通りのことをされてしまうよ?」


 ユウナの睨みなど効かないよ。というようにイヤミはユウナの前にある椅子に座って足を組む。

 その優雅な姿勢でまた紅茶に口をつけて、イヤミはユウナをじっと見つめた。


「それに君は、リリィの前でちゃんと全部話すといったんだろう?聖女が約束守らないくていいのか?」


「〜〜っ、完全に、同意しているわけでは――」


 ユウナがイヤミの言葉を煮えきらないまま否定したその瞬間、イヤミの持っていたティーカップが音を立ててソーサーに戻される。

 その音にビクリと肩を揺らし、ユウナはイヤミの冷たい視線に初めて気づいた。


「ユウナ、私は言葉遊びをしに来たわけじゃないんだよ?……私はすべてを話せと言ったんだ、ユウナ。君の事情なんて私には関係ないし、このあとどうなろうが私には知ったこっちゃない。……てかこれ昨日も言ったよね?」


「っ……」


 イヤミの冷酷無比な言葉にユウナは俯く。

 しかもその言葉はある一種の正論であり、確かにイヤミには全く関係ないことだった。

 だからこそ、昨日のことも重なってユウナの口はテコの原理ですらも開かない強固なものになっていた。


 ****


 ――昨日の晩のこと。

 イヤミは全ての後片付け、処理を終わらして王都に戻りレーヴェと軽く話してリカーネ達が休む客室棟に向かった。

 その時、ユウナの双子の兄であるユウトに今まで何があったのかを聞かされることとなる。


「……彼奴、何も言わねぇんだ。俺がどんな説得しても何を言っても、何も言ってくれねぇんだ。」


 頭を抱えるようにして壁に背を預けたユウトは、目の隈を濃くさせてイヤミにぽつりぽつりと語る。

 そのやつれ具合に、自分が帰ってくるこの二日間まともに休んでないなとイヤミは頭をかいた。


「……リリィとジャックは?」


「部屋で寝ている。二日間とも。相当疲れていたらしい。」


「ま、精神的にも負担があったんだろ。特にリリィに関しては刺激が強かったしな。ジャックは推して知るべし。……もうお前も休め、ユウト。あと私に任せろ。」


 イヤミはジャックとリカーネのことを思い出して笑いをこぼし、ユウトの頭を撫でて背を向けた。


「え!?アンタどこに行くんだ!!」


「お前の妹のところ。お前が休んでいる間にちょっと話してくる〜」


「い、いやいや!あそこに行くには許可が必要ッ……!!」


 ユウトは塔に向かおうと足を進めたイヤミのコートを引っ張って止めようとするが、イヤミの目を見て動きが止まる。

 その氷のような目に、微笑んでいるはずの口元とはミスマッチで、その表情は恐ろしくユウトはゴクリとつばを飲んだ。


「……行ってくる。」


 イヤミは目を見張るユウトの手をコートから離させ、小さく足音を立ててろうそくの僅かな光しか無い廊下を進んでいく。


 そうして、イヤミは塔の中を押し進み、窓の外を眺めるユウナと会い、たった三十分の間で自分至上主義のセリフを連発し、しっかりとユウナに警戒されるイヤミの姿があったとかなんとか。


 その頃を振り返ったユウナは後に

『こんなに冷や汗流した経験は、後にも先にもこれだけでしょう。』

 と言われることとなるが、もちろんイヤミはその事を知らないのであった。


 ****


 ……本当に強情な女だな。

 イヤミは俯くユウナを見て心のなかで舌打ちをする。

 ユウナが聖女ではなければ無理やり聞くという手段が取れるが、聖女は国どころか世界の宝。そんなことをすればイヤミとて無事ではいられない。

 だから、イヤミはこんな回りくどいやり方(そこまで回りくどくない)でユウナと話していた。


「昨日私は『明日話さなければ君が聖女とは言え、直接な手を取らざる負えない』そう言ったと思うんだが……覚えているか?」


「ええ、覚えています……」


 ビクリと肩を揺らして顔を上げた聖女に、イヤミはにやりと笑う。

 そしてイヤミは椅子から立ち上がってユウナの手を掴んで、窓を開ける。


「え!?え!?何をっ!?」


「だーかーらー、言ったじゃん。『直接的な手を取るって』。明日は今日なんだから。」


「へ!?それはそうですがっ……」


「じゃ、一発飛んでみよっか。」


 窓を開け、下を軽く見たイヤミはニッコリと笑ってユウナの手を掴んで体を引っ張る。

 驚いて固まったユウナを良いことに、イヤミはユウナを横抱きで持ち上げ……そして窓から飛び降りた。


「キャ、キャアアアアアアアアア!!」


 ハスキーボイスが場内に響き渡り、周りの兵士たちが驚いた顔で落ちてくるイヤミ達を見つける。

 ワタワタとする兵士たち全てを無視してイヤミは地面に降り立った。


「ヨイショっと……さてこっちだったかな?」


 落ちたスピードとは裏腹に衝撃は軽く、イヤミはそのまま兵士の間をすり抜けて走り去っていく。


「……あの場所って確かぁ……」


 ポツリと呟いて走るイヤミの声は、さっきの衝撃で固まってしまったユウナの耳にも、そして慌てていた兵士のも届かなかった。


 ****


 イヤミが恒例とでも言うかのようにやらかしていたその頃、ジャックは夢の中にいた。


 広いベット、最高級の肌触りがするシーツに、ちょうどよい硬さのベットに身を任せ、ジャックは体の疲れを癒やしながら幸せの絶頂にいた。


 このままでも、いっかな……

 そんな事を考えて枕に顔を押し付け眠るジャック。

 最早誰もがその幸せを邪魔できないだろうその眠りを唯一邪魔するのが――


「大変だっ!!イヤミ様が聖女様を連れて地下牢獄に!!」


「な、まさかあの四天王に合わせる気じゃ!!」


「と、止めるんだ!!全力を持って止めろ!!」


「で、ですがあの方をどうやって止めるのです!?陛下ですら止められないのですよ!」


「ジャック様が居るだろう!!起こして止めさせるのだ!それしか方法はない!!」


 ――イヤミである。

 兵士は扉の前で大声を上げて叫び、混乱していた。

 そしてその声はジャックの部屋の前まで聞こえ、ジャックは幸せから一変してまるで地獄に叩きつけられるような思いに駆られる。


 そしてノックされた扉ジャックの有無を確認せず開かれた。


「ジャック様!!イヤミ様を止めてください!!」


「いますぐ出ていけ!!今は営業中じゃないんだよ!!」


 助けを叫んで肩を激しく揺らす兵士、を追い出そうと叫ぶジャック。

 どちらも必死の形相で叫びそして押し付け合うので収集は着かず、そのうち騒ぎは大きくなっていった。


「嫌だ!!俺はまだ寝てたい!!つか彼奴また何やらかしてんだ!!」


「聖女様を連れて地下牢獄に行ってしまわれたんですよ!多分ですが四天王に合わせるために!!」


「あ・い・つぅ〜〜〜!!」


 原因がわかったジャックは苛立つように声をあげ、そんなジャックに兵士は哀れみの目を向けた。


 その視線に当てられながら、ジャックは握りこぶしを作ってなにかに当てつけたい気持ちでいっぱいになる。

 しかし今はそれどころではないと冷静に思い、ジャックは上着を着て部屋を出た。


「地下牢獄にさっさと案内しろ。」


「は、はいっ!」


 部屋を出て整っていない髪をかきあげるジャックの美しさに、同性であるにもかかわらず兵士は顔を赤く染める。

 そして苛立ちを隠さないジャックの視線に促されながら兵士はジャックを地下牢獄まで案内していく。


 その後ろを眺めながら、ジャックは幸せな眠りを邪魔した発端であるイヤミにどうしてやろうかと考えていた。


(蹴り、いや彼奴に避けられるか。じゃあ油断した所で一発打ち込む。これだな!)


 殴られた時の顔が目に浮かぶなと悪い笑みを浮かべながらジャックは足を進める。

 その時のことを振り返って兵士は、その顔は黒くともものすごく楽しそうでした。と語ったのだった。

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