第37話「荒野の戦争――死の覚悟」

「ギョギョッ!?」


「グギャアアア!!」


 人の言語を喋らず叫び声をあげるのは、イヤミの罠が張られている場所に入ってしまった哀れな魔物達だ。


 前線に配備されていた魔物たちは歩く度に地面に埋められていた地雷を踏んで爆散して、その血肉を雨のようにふらせる。

 それを見て後方にいた魔物はたとえ後ろに第二師団が居ようとも、逃げるように足をす進めた。


 しかし……


「グギャ!?ギャギャ!!(な、なんで!?なんで戻れない!!)」


「ガギャキャ!!ガギャ!!!(何だこの透明な壁は!!いつの間に!!!)」


 きた道を戻るように走る魔物たちは、何もない空間に激突する。

 何だこれはと混乱する中、一匹のゴブリンが叫んだ。


「ギャーギャー……ギャァギャア!!(嵌められた……俺たちは嵌められたんだ、この場所まで!!)」


 このまま進むのは思うツボだということは分かっていた。

 だが誰がここまでの地獄があると思っていたのだろうか?


 魔物たちは舐めていた。人間を。

 理性ではなく、知性のみを持ち合わせていた魔物は、大きなミスをしてしまった。

 本能から溢れ出た戦闘本能を、止めるための理性がない、その事に気づかなかったのは紛れもなく自分たちだと。

 気づかなかっただけに、魔物は人間という存在を舐めてしまった。


 魔物たちは、それら全てを掌握し利用されたと、ある一人の少女の手の上に踊らされていると気づく間もなくその命を散らしていった。


 ****


(本当に、こんな残酷なことを考えるやつなんだ、イヤミは。)


 爆発音が絶え間なく鳴り響く山間を、イヤミから離れて観察していたジャックは思う。

 正直、あんなものをあの夜にずっと埋まらせられていたという事実に、ジャックの頭はズキズキと傷んで仕方ない。

 今も近くにいる味方の兵士、そして鷹からもドン引きされた目で見られている。

 不幸なことにそれを理解してしまったジャックは、頭を抱えそうになってなんとかこらえた。


「ジャック様!フリーエ団長!イヤミ様からの伝達です!!」


 眉間のシワをほぐすジャックに、バタバタと慌ただしい音を立てて一人の兵士がやってくる。

 イヤミの伝達、つまりそれは先程上がった黒い硝煙弾と関係あるのは明白で、ジャックの代わりにフリーエが応えた。


「イヤミ殿はなんと?」


「はっ!イヤミ様は『ハンティングの時間だ』と!」


「よろしい、下がりなさい。」


「失礼いたします!!」


 ようやくか……。すべての内容を聞いていたジャックは立ち上がって体をほぐす。

 ハンティングつまり魔族を残らず始末しろ。

 それがイヤミからのメッセージであることは考えなくとも伝わったジャックは、隣で自分の部下に指揮していたフリーエに話しかけた。


「忙しいところすまんな、ちょっと良いか?」


「……おや、何でしょう?ジャック殿。」


 話しかけられたフリーエは驚く。

 今までジャックはイヤミやリカーネ以外とはあまり喋らず、ずっと静観していたのでまさか自分に話しかけるとは思わなく、みっともないが一瞬だけ固まってしまった。

 そんなことは知らずに、ジャックは気まずそうに頭をかく。


「なんか押し付けたようで悪いが……グライアは俺が相手するから他の魔族を相手にしてもらってもいいか?」


「それはまた……僕は構いませんがいきなりどうして?」


「まあ、色々理由はあるが……彼奴を倒すのは俺だから、としか言えないな。」


 ジャックはその端正な顔に影を作る。

 目がどこまでも鋭く、頭に思い浮かぶ視線の先の人物に対して、ジャックはどこまでも冷たかった。


 視線の人物が自分ではないと頭では理解しているのに、フリーエは震えが止まらない。


 自分は第一師団の団長だ。誇り高き騎士だ。

 誰しもが認める強者、その筈なのに。


(所詮、私も井の中の蛙だったということか……イヤミ殿の言うとおりだったな。)


 最近の自分は矜持を保つことばかりを考えてしまっていた。

 昔はこうではなかったな、そうフリーエはそう昔の汗臭い思いでを思い出す。


 入ったばかりの自分は、騎士になり家の誇りを守るため鍛錬に明け暮れ、そして国のためにその命を捧げてきた。

 先王が急死し、若き王がその座を引き継いだときはあまりその王に期待などしていなかった。若いだけの王に、なんの期待があろうかと。

 しかしその王の誇り高き精神と、泥沼を必死にかき分ける姿に、いつしかフリーエは国にではなくレーヴェ自身に忠誠を誓うようになった。


 自分が若き王の剣になって戦う。

 その意志だけでフリーエは第一師団団長の座についた。

 フリーエは貴族の出であり、コネで第一師団団長の座を手に入れたというのが、フリーエを知らない兵士などの共通の考えである。

 しかし事実は違った。

 彼が今いる地位は、彼自身が努力して手に入れたものだったのだ。


 だが彼がそれを否定して言いふらすことはしなかった。

 そんな無駄なことをしてなんの意味がある?フリーエはただそれだけを思って自ら否定していくのをやめた。


(ああ、きっとそこから間違っていたんだろうな……)


 人の悪意に触れていったフリーエは、王を守りたい、そんな精神すらも汚れていく。

 だからあの日、あの時。

 イヤミの人のことを考えないような尖すぎる言葉は、フリーエの心に強く突き刺さった。

 するとどうだろう?今まで暗く曇っていた目の前の景色が覚めるように変わっていく。

 自分の目を覚まさせてくれた存在であるイヤミは、フリーエにとってある意味恩人なのだ。


 そんなあの時感じたイヤミの強い眼光、鋭い覇気は目の前の男のものと酷似している。

 しかし今は黙ってジャックを見つめるフリーエに対して、ジャックは少しだけオロオロと眉を下げてフリーエを見つめていた。

 フリーエが思い耽けた時間はそう長くないだろう。

 だが何も言わずに自分をじっと見られれば誰でもあんな反応をするのはフリーエでも分かり、少し恥ずかしそうにして頭を下げた。


「も、申しわけない!いや、少し思い出しただけなんだ。」


「そ、そうか?なら良いが……それでさっきの話だが、良いだろうか?」


「大丈夫ですが、本当に1人だけで平気なのですか?あの四天王相手に。」


「問題ない。……それに俺はひとりじゃないさ。」


 そういったジャックは遠い目をして笑う。

 その目の先に、一体誰がいるのだろう?そんなことをフリーエは思っていても薄々理解できた。

 二人の女性の姿が。


「……本当に、お三方は仲がよろしいのですね。」


「まあな、俺の仲間だ。つっても、最初イヤミと俺の仲は最悪中の最悪だったんだが。」


「え、そうなんですか!?」


「出会いが最悪で、俺がイヤミに対して敵対していたし本気でぶちのめそうとしたな。勿論彼奴には仕返しされたが……この話は良いだろう。」


 苦い顔をして話を打ち切ったジャックだったが、フリーエはそれどころではなかった。

 まさかあんなにお互いを信頼しあっている二人が敵対、まさに物語のようだとフリーエは固まる。


 またかとジャックは固まるフリーエを見るがもう時間はない。

 既に魔族はイヤミの予想通りに空中戦に移行しようとしている。

 魔族のところにはイヤミの作った地雷類は既にないため、ここからは自力戦だ。

 泥沼化する前に、魔族をなんとかしないと獣人国の被害も馬鹿にできなくなると、ジャックは呆然とするフリーエの横腹を肘で軽く突く。


「おいフリーエ、この話はまた後で。今はコイツラを始末するぞ。」


「――っ!ええそうですね。ジャック殿、この話はまた後で。ご武運を。」


「そちらも、武運を。」


 ダガーを引き抜き、フリーエと軽く話と相槌を交わしてジャックは山間の下を覗き込む。

 魔素がヒシヒシとジャックの肌を突き刺していく。

 あまりの濃さにジャックの意識がそちらに向いたその時。


 地面が割れた。



 ****


 地面が盛り上がり、岩や土が衝撃が巻き上がる。

 その場にいた兵士などの混乱の声が聞こえてきたが、ジャックはその砂埃に立つ大きな人影に、にやりと表情を歪めた。


「――よう、あの時の借り、返しに来たぜグライア!」


「フン!イヤミもリカーネもいずにこの吾に勝てるのか!!」


 グライアの一振りで砂埃を晴らし、一週間ぶりに見たその姿にジャックは喉を鳴らす。


「勝つさ、それに1人じゃねぇ。俺も彼奴等も自分のできることを今やっている。……あの時の俺と一緒にするなよ?」


「……ほう?確かに前よりも強くなったようだな。だがそれ程度で吾は倒せんぞ!」


 グライアの魔力が風のようにジャックにまとわり付く。

 前ならばその魔力に顔を歪めていただろう、しかし今はそれほどキツくもなくまだ楽に息をすることができたジャックは、自分は本当に強くなったのだと自覚した。


「……あれも無駄じゃねぇってことか。――おい小手調べはもいいだろう?いつまでもこんな睨み合いをするのはお前にとっても不本意じゃねぇのか?」


「そうだな……なら、お前のさっきの言葉!真の真実であるというのであれば吾を下してみせろ!ジャック!!」


 地面に拳を叩きつけ、その振動とひび割れを避けるジャック。

 そのひび割れから出た土槍がジャックの服とともに腹を軽く切り裂いた。


「チッ!またこれかっ!!」


「ほう?今回は避けれたようだな?」


「2度も同じ手を食うかってんだよ!!」


 ジャックはその柔軟性を駆使して次々と出てくる土槍を避けて跳ぶ。

 鋭い槍の上を軽く乗って台にしてジャックはグライアと間合いを詰めた。


 そしてダガーを振り上げる。

 その瞬間、グライアの胴体に長く深い切れ込みが入った。


「なん、だと!?そんなちっぽけな武器で何故吾の肌を!!」


 血を吹き出した自身の肌を見てグライアの顔は驚愕に染まる。

 ジャックはその顔を見てニヤリと笑い、グライアの攻撃を避けながら飄々とか答えた。


「簡単だ、このダガーには俺の魔力がたっぷりと流し込まれている。お前のその肌の硬さだって魔法なんだろう?なら分かるはずだ。魔力は魔力で切れると。」


 グライアは嬉しそうに顔を変えて魔力を高める。

 急激な魔力の高まりを感じたかと思えば、ジャックは目を見張った。


「吾の弱点を見破ったか……素晴らしい!!素晴らしいぞジャック!!!それでこそ吾が認めた奴よ!!なら吾も本気を出してみよう!!」


 グライアの肌が限りなく黒に近づき、目の赤みが増す。

 肌に描かれた奇妙な模様に、その異常な畏怖はジャックの頬に思わず冷や汗を垂らさせた。


「っ!!」


「さあ、次は吾の番だぞ?歯を食いしばれよ、ジャック。」


 目の前に迫ったグライアの拳。

 あまりの速度にジャックは目を見張った。


(ヤバっ!)


 ジャックは急いで避けようと体を背けようとしたが、後ろの違和感に目をやる。

 ジャックの背後には、よければ突き刺さるであろうよく尖った土槍があり避けることが叶わない。

 上に避けようがもう遅く、このままだと拳と槍に挟まれて死んでしまうとジャックは衝撃に目を瞑る。


(ああ、クッソ!すまん二人共!!こんな早くリタイアする俺を許せ。)


 走馬灯のように駆けていく記憶に、ジャックは本当に死を覚悟する。

 あの時のテントでの約束も守れずにこんな失態を犯した自分が心底残念で仕方なく、ジャックは最後の悪あがきのようにダガーを構えた。


 しかし、目前まで迫る絶望を睨むジャックだったがその瞬間。


 背後の土槍が何かで吹き飛んで消えた。



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キャラたちが勝手に動いてお話長くしてくる……反抗期だろうか?

なかなかに第二章が終わらずすみません!

多分次の次の、次で終わる、かな?

戦争編を終わらせます。多分。

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