第34話「荒野の戦争――抱き寄せた肩」

 曇天の元、吹き荒れた風が荒野の岩砂を吹き飛ばして嘲笑う。

 血の匂いが鼻の奥から、赤色が目の端から、チラついて消えない。

 人も魔族も魔物も、等しく肉塊となって山となる。


 そのおぞましい光景に、上から見ていたリカーネは胃の奥からくるものを必死に堪えて結界を張り続けた。

 嗚咽を漏らし、堪えきれない涎を垂らしてリカーネは杖に魔力を送り続ける。


「――ウッ、ウエェッ……ハァハァ……戦争なんて、だいっきらいよ!それでも、この戦争を終わらせる鍵は私……私だけなんだから!!」


 服を握りしめて決意を叫ぶリカーネは、更に結界を分厚くさせ、イヤミの策略の元、敵を閉じ込め続けている。

 だがかすかに聞こえる銃撃音は、酷くリカーネの決意を揺るがせていった。


 ****


 戦争が始まる直前のこと。

 既に観察兵が魔族軍の姿を確認し、その情報が届けられていた。

 情報の元、軍の責任者全員がイヤミのところに集まり、計画の最終確認を行っていた。


「――という訳で、こことここに魔物を追い込む。追い込むのは第一第二の師団二つ。第一段階はそれだけでいい。それが終わればすぐに撤退だ。」


「分かった、おい足引っ張んなよ温室育ちの坊っちゃん。」


「そちらこそ、僕の足を引っ張るような真似、しないでくださいね下民。」


 顔を見合わせるたびに喧嘩する師団長二人。

 しかしこの二日間で結構な数していたことから、イヤミはこの二人はそういう仲なのだと思って放置していた。

 喧嘩するほどなんとやらだ。


「そんで私とジャック、それと前に行動していた混合部隊『鷹』で魔族の誘導及び軽い殲滅だ。良いね、部隊隊長のマンス君?指揮は君に任せる。」


「ま、丸投げされた……はい。」


 肩をポンポン叩いて笑うイヤミに、マンスは引きつった笑いをしながら肩を落とす。

 おかしい、せっかく活を入れたというのに……とイヤミは首を傾げたが、ジャックから見ればどう考えても確信犯だろとジトッとした目でイヤミを見ていた。


「ま、何かあったら俺がサポートしてやるからさ。」


「ジャ、ジャックさん!!」


 ジャックの菩薩のような優しい目に、マンスは救われたような目で見返していた。

 その二人の行動にイヤミへの批判のような目が集まって、頬を掻く。


「なんか私が悪役みたいな構図だなこれ……話を戻すぞ。そして今回の作戦の要であるリリィは、レーヴェとリートとともに後方で結界の維持。そして救護班とともに行動だ。……リート、頼んだぞ。リリィには傷一つつけるなよ。」


「はい、お任せください。必ずや、任務を全うしましょう。」


 優雅に一礼するリートに頷き、イヤミは近くにいたリリィにちらりと視線を送った。

 それを合図のように、レーヴェは咳払いをして全員の視線を集める。


「それでは、最終確認は終了だ。全員持ち場につけ!解散!!」


『はっ!!』


 レーヴェの言葉を最後に、全員がテントから自分の部隊に行くために出ていく。

 リカーネも、救護班の場所まで様子を見ようとテントを出ていくが、後ろから誰かに腕を引っ張られる。


「イ、イヤミ?」


「……」


 リカーネの腕を引っ張ったイヤミは、近くにいたジャックの腕も引っ張って二人を見つめる。そして二人の肩を掴んで引き寄せた。

 突然のイヤミのその行動には、全員表に出さなかったが酷く驚いて固まり動きを止める。

 二人も驚いて固まったが、しかしイヤミの真剣な顔には何も言えなかった。


「良いかお前ら、危険だと思ったら絶対に逃げてくれ。約束だ。」


 ギュッと掴むイヤミの手はヒンヤリと冷えていて、いつものニヤけた顔をしないイヤミに、二人も同じように抱き寄せた。


「………イヤミも、もし帰ってこなかったら私絶対に恨むわよ。それとジャックも!また大怪我してみなさい、絶対に許さないわ!」


「……ああ、分かった。なら俺からも言わせてくれ、絶対に死ぬな。」


 目を合わせて頷きあった三人は、全員同じようにニヤけて笑った。

 そして固まる全員の横を素通りして三人は各自の持ち場に向かう。

 いつも通りの不敵な顔で。


 だがレーヴェは気づいてしまった。

 本当にイヤミもその二人も、仲間をどれだけ大事に思っているのかを。

 リカーネの噂は聞いていた、聖女とは思えない行為を星の数ほどしてきた悪女だと。

 しかし蓋を開けてみればそんな劣悪な女ではなく、ただ仲間を大事にしていて平和という言葉が似合う、ただの女の子なんだとレーヴェは知ってしまった。


「百聞は一見に如かず、か……もう始まるのだな、戦争が。」


「そうですね、陛下。」


 あの時イヤミが自分を殺しにかかるほどキレた理由が少し垣間見えて、レーヴェは自分がなんて酷い事を言ったのだと項垂れる。

 ポツリと溢したレーヴェの後悔の嘆きに、リートは静かに見ていた。


 ****


「……!見えました!!魔王軍を西北の方角にて確認!!前衛は魔物の群れです!」


 イヤミ産のスコープを覗き込み、荒野平原の奥からチラリと見えた黒い粒に見張りの兵が叫ぶ。

 その声に、レベンと第一師団団長であるフリーエが反応を示した。


「さて、じゃあ一暴れと行こうじゃねぇか……勇敢なる戦士どもよ!剣を取れ!己を鼓舞しろ!!俺たちの国を許可なく土足で踏み荒らし、聖女様を拐ったクズどもに正義の剣を突き立てろ!!勝利は我らにあり!!」


『うおおおおおおおおおお!!!』


 腰にかけていた剣を天高く突き上げ、レベンは鬨の声を上げて士気を高める。

 その声にフリーエは、熱苦しそうな顔をして髪を靡かせた。


「やれやれ、あれはいつも熱苦しい……さあ、お前たち!我らが祖国に侵略し、聖女様を拐った無謀な愚か者共に死の鉄槌を下しなさい!!天は我らに味方した!勝利の美酒は我らのものだ!!」


『うおおおおおおおおお!!!』


 二つの師団から聞こえる鬨の声は、荒野平原全てに響き渡る。

 黒い粒に見えた魔王軍もすでに、目視できるほど近くまで来ていた。

 充満する闘志の渦に、魔物も兵士も等しく鬼にする。


「「さあ、魔物共を蹴散らせ!!全軍突撃ィ!!!!」」


『うおおおおおおおおおおおお!!!!!!』


 足音が激しくなったその時、レベンとフリーエの声が重なった。

 己の存亡をかけた荒野の戦争が今、火蓋を切って始まる。


 その様子を、イヤミとジャックが率いる混合部隊『鷹』と共に、静かに見下ろしていた。

 獅子奮迅の活躍を見せる二人の師団長をイヤミはスコープで確認し、ジャックはそんなイヤミの肩に手をおいて話しかける。


「始まったな、戦争が。」


「ああ、取り敢えず今は魔物を蹴散らすのが先だ。あの二人には例の所まで頑張ってもらわないとな。」


 スコープを下ろして、後ろで待機をする鷹にイヤミは目を向ける。

 その兵士たちの目はやる気に満ち溢れ、今か今かと目をギラつかせていた。


「さて君たちに言っておく、私達のやるべきことは魔物を始末している間に来た、援軍の魔族の始末。そして例の場所まで魔王軍を誘導することだ。ただ、私とジャックは四天王の件もある。故に部隊長はマンスとして全員指示をしっかりと聞くように。では、我々も動くぞ。いけ、邪魔者は徹底して消せ。」


『はっ!!』


 イヤミの声はそこまで大きいものではないのに、怒号飛び交う戦場によく響き渡る。

 顎で指示したイヤミに、全員は声を上げて戦場に向かっていく。

 その後姿を、イヤミとジャックはその場で静かに見ていた。


「それにしても、本当にうまくいくものなのか?ここの国の魔物には知性があると聞いたんだが……」


「問題ない。理性無き知性になんの意味がある?所詮ここの魔物も獣と大差ない。本能も抑えきれん獣に、理性を持つものが負けるわけない。負けるとしたらそうだな……ソイツはその自由な獣よりも下の家畜だな。」


「容赦ないな、この計画も全て。」


 肩をすくめて言うイヤミの言葉に、ジャックは引いたように体を抱えた。

 ジャックはあまり詳しくイヤミが言わなかった計画の根本をすべて知っているために、更にイヤミに対して引いたが、同時にここまで頼りになるやつはいないなと頭の隅で思っていた。


「……イヤミ、お前リカーネに黙っていて良いのか?このあとの作戦のことを。」


「ジャック、あまりその事に触れないでくれ。大丈夫だ後でとんでもなく怒られるだけだから。」


「それはもうダメだろ。……はぁ、お前本当に無茶するな。見てて危なっかしいわ。」


 頭を片手で抑えてイヤミを見たジャックは、あの時の会話を思い出した。

 計画すべてを知った、あの時の夜の会話を。


 ****


 ――2日前の夜。


 真夜中の荒野は、昼間よりも肌寒く乾燥した風が体温を奪う。

 現在イヤミとジャック、そして第二師団の一部の兵士と共に留置する魔王軍の直ぐ側の荒野平原まで来ていた。


「そんじゃ、作戦開始だ。良いか?バレそうになったら撤退。厳守だぞ。」


『はい!』


 イヤミは軽い指示を兵士にしてその場をあとに目的のために動く。

 それについていくのは、勿論一緒に来ていたジャックだった。


「……これを地面に埋めたりするのか。」


「そうそう、あんま乱暴に扱うと死ぬから気をつけろよ。」


 グライアの探知範囲から離れたところにいたイヤミとジャックは、せっせと地面に何かを埋めたり崖辺りに石を置いたりしていた。

 その間もジャックは何故かほとんど喋らず無口、喋ってもイヤミの指示されたものに対しての質問ぐらいで、イヤミは戦々恐々としていた。


 だがこのままにして置くとまたジャックがなにか勘違いして面倒なことになるなと、イヤミは活を入れてジャックに恐る恐る聞く。


「えーっとさ……ジャック怒ってる?」


「…………」


「お前らいたのに国相手に喧嘩を売ったことは悪かったよ。……ジャック?」


「別に俺は怒ってねぇよ。ただお前、もし不敬罪に問われれば確実にお縄だったんだぞ。分かっているのか?」


 土をほっていた手を止めてジャックはイヤミの方向に振り返る。

 少し拗ねてような顔に、イヤミは肩を小さくした。


「うん……ごめん。」


 不敬罪を問うジャックに、イヤミは目をそらした。

 実はこれ以上のことをしていましただなんて言えない雰囲気に、気まずさからイヤミは口を閉じる。


 幸いにもジャックは、イヤミが別の理由で居た堪れなくなっていることを知らずに、ため息をついて土のついていない方の手でイヤミの頭を撫でた。


「もう良い。ただイヤミ、俺もリカーネも仲間が傷つくのは見たくないってこと、ちゃんと覚えとけよ?」


「ん、分かった。」


 口を尖らせて頷いたイヤミに、ジャックは笑って置いていた手でイヤミの頭をグシャグシャにした。

 それに面倒くさそうな顔をしながらも手をどかさないイヤミの耳は、真っ赤になって熱くなっているのにイヤミは気づいて恥ずかしそうにしていた。


 それに気づいたジャックは、話をそらして今埋めているものを指差す。


「所で今俺達はなにしてるんだ?」


「これか?リリィが新しい結界つーかバリア?を使えるようになったからな。前も使っていたようだけど、アレは効果付きだから相手にバレちゃうし、それにプラス効果型だから使えなかったが、効果なしのバリアが作れるようになったからな、そのバリアの有効活用のために埋めているんだ。色々罠仕掛けるけど、まず1つのがこれだ。因みにこれの名前は。」


「じらい……?ってのはなんだ。」


「簡単に説明するなら、地面に埋まっていて踏むと大爆発を起こす。埋まっているからどの場所に埋まっているか分からず敵に奇襲するのに有効的だ。しかもこれは私の魔力で作ったものだから、普通のものと違ってどこにあるのかが分かって味方が踏むことはない。大変戦争で活躍する兵器くんだ。使わない手はない。」


 フフンと胸を張って説明するイヤミに、ジャックはその計画の残酷性に気づいて顔を真っ青にした。


「リカーネのバリアを利用ってお前、本当に良いのか?そんな残酷なことを彼奴にさせるの。お前が1番嫌がってたじゃねーか。」


 ジャックの言葉に暫く沈黙をしていたイヤミは、空に浮かぶ下弦の月に目を細めて悲しそうな顔で答える。


「……リリィがこれからすることには、更に危険極まりなく残酷なものがまとわり付く。いつまでも私達が守りきれるとは限らない。勝手だけど、覚悟を決めてもらおうしかないんだ。でもまだそれを知らなくていい、だからまだ何も言わない。それが私にできる、唯一のことだ。……ごめんジャック。」


 謝りながら頭をジャックの肩にグリグリと押し付けて顔を上げないイヤミに、ジャックは仕方なさそうに肩を抱き寄せて月を見上げた。

 静かに照らす月に、ジャックは目を瞑る。


「……俺の相棒は、本当に不器用だな。……お前だけがそんなのを抱えなくたって良いんだよ。俺も彼奴も、お前の仲間で相棒だろ?大丈夫だ、きっとリカーネは分かってくれる。」


「…………そう、だな。」


「……」


 肩に顔を埋めたまま動かないイヤミを、地面に座って抱きしめるジャックに、イヤミは静かに呟いた。

 苦しそうな、悲しい声で。


「なあジャック……戦争って、本当に嫌だな……」


「ああ、本当に嫌いだ。」


 だけども、この旅を続ける限りそれがなくなることはないと分かっていた二人は、ただ静かにお互いの体を預けて、その後は何事もなく作業に戻る。


 これが、2日前の夜にあった出来事であった。



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あと5、6話で2章はおしまいですね。多分。

かなり長くなってしまい私も驚きの連続です。頑張って終わらせます!


それとイヤミとジャックは別にそういう思いとかは無いです。

お互い相棒としてみていますね。

最初のと時よりも仲良くなってまぁ、これが今日の敵は明日の友効果ですね。

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