第33話「荒野の戦争 破」
軍事基地から馬をノンストップで走らせて城に着いたイヤミ達。
その姿を城の警備兵が見るや否や、そのままイヤミ達をレーヴェのいる会議室へと連れていった。
しかし部屋の前に着く前から聞こえる怒号がイヤミの足を前に進めさせない。
「――で、――!!」
「しかし――ぞ!?」
「……うーわ、今からこの中入んの?修羅場じゃん修羅場。」
「相当荒れてるな。」
ゲーっと舌を出して嫌な顔をするイヤミに、ジャックもこれから面倒なことになるなと頭を片手で押えて立ち尽くす。
そんな入りたくないオーラをこれでもかと撒き散らす2人の背中を、リートは無理やり押して扉の前まで連れていった。
「ほらお二人共、ここにいても仕方ないのでさっさと覚悟決めていきますよ。」
「へいへいわかってる。」
「……はぁ、仕方ない。」
目頭を揉んで扉に手をかけたイヤミは、必要以上の音を出して扉を開ける。
そして今にも掴みかかろうとしていた老人たちの真ん中を通ってレーヴェの前でイヤミは足を止めた。
この人物は一体誰なんだと部屋にいた大臣や師団長達が顔を見合わせたり、腰にかけている武器に手を伸ばすものもいたが、レーヴェが片手を上げてその場を制する。
「来たか、イヤミよ。丁度いい、これにお前も参加してもらうぞ。皆心配するな、コイツは俺様の客人で、今回の協力者。俺様の信頼できるやつだ。」
堂々たる態度で言い放つレーヴェだったが、どこかほっとしているような顔にイヤミは眉をひそめた。
「……もし私が他国のスパイとかだったらどうするんだよ。それに私言ったよな?私の予想だって外れるって、なのに今こんな状況になっているって、準備期間は同じようにこっちにもあったはずだ。……説明しろ。」
「む、むぅ…………イヤミの言う通り、時間はあった。だが俺様は……」
「前回の魔族襲来時の時でせいぜいその三倍や十倍程度の軍勢だと思っていたな?それでも侮るべきではない筈なんだが、全く。……お前、王としての自覚が足りているのか?」
不敬とも言える言葉を吐きイヤミが頭を抑えて吐息とともに舌打ちをして、レーヴェを見る。
流石のレーヴェも今回は自分達の不手際でここまでの事態になったことで、イヤミの契約以上の面倒事を起こしてしまったことに、気まずさから身を縮めた。
「……もういい、今はどう魔王軍を退けるかが先だ。地図は?」
「こちらに。」
リートに差し渡された地図を広げて、イヤミは今の魔王軍の予測進路をペンでかく。
その地図を机に置いて、この場にいる全員に説明していく。
「今魔王軍がいるのはここ、荒野平原の中央だ。そして私が予想する魔王軍との対戦場になるのが、この国の重要軍事基地と、山岳地帯の間になる。と言うかここで止めないとこの先の農耕地帯がまずい。この重要軍事基地までにあの規模の魔王軍がつくとしたら、残り3日といったところだな。それまでには軍の編成を終わらせなければ。」
黒く大きい駒をイヤミは現在いる魔王軍の場所に置き、軍事基地と山岳地帯の間にペンを走らせて丸を書く。
「流石だイヤミ。ここまでわかっているとは。それにまだ伝わってきたばかりの情報まで。」
「まあ、実際見に行ったし。」
『は?』
「たまたま散歩していた時に見ちゃったんだよなー。あの時は夢かと思って見なかったことにしたかったわ。」
ジャックもイヤミと同じようなことを軽く言うが、つまり2人は戦場の状況をまじかで見たんだよね、だから今どんな風なのかが分かっちゃうんだ!という、命懸けで情報を持ってきた兵士を鼻で笑うかのような命知らずのことを言っていることになる。
こんなことを軽く言うジャックもイヤミ色に段々と染まり始めたのだが、知らぬのは本人ぐらいなものであった。
「そんでその時に手にいた情報だが、魔王軍の構成は、この国の魔物を大数として残りを魔族で構成している雑多な軍勢ってとこだな。約でいえば魔物一万五千、魔族五千。」
「私も一緒にいましたが、そこまで詳しくはわかりませんでしたよ?」
「これだよ、このスコープでちょっとね。」
机の上にゴトリと音を立てて置かれたスコープに、レーヴェも周りの師団長や大臣達が食い見るようにスコープを見たり、手に取ったりして覗き込んだりもしていた。
「こ、これは……」
「なんと……魔法で作られているが……」
イヤミは忘れていた、戦場において遠くに居るはずの敵の情報を見ることのできる遠具が、どれだけ自分たちを有利にすることを。
そのことを思い出したイヤミは見せるべきじゃなかったかも知れないと少しだけ後悔したが、だが今はそんなことしている暇はないと地図に全員集中させる。
「今は後でだ。レーヴェ、今すぐ集められるこっちの兵力は?」
「軍事基地にいる兵一万弱、だな。3日ほどあれば地方にいる兵が集まるからその倍だ。」
「十分だ。では私が考えた作戦を今から――」
「はぁ!?この国のやつじゃねぇくせして俺らを仕切るだと!?」
デジャブを感じさせるような大きい音が聞こえ扉が開かれる。
入ってきたのは粗野な風貌の男と、さっきイヤミたちに早馬で来たマンスだった。
「誰だそんな身の程知らずは!!まさかこの男か!?」
「……後ろのやつを見る限り、第2師団のやつだな。この手はなんだ?」
後ろで成り行きを見守っていたジャックは、早速入ってきた粗野な男に襟を掴まれてメンチを切られる。
ジャックは掴まれた腕を掴んで、力を込めて声を低くして威嚇をする。
「ああ!?俺は第2師団長のレベンだ!!よそ者がなんでこんな重要な会議になんでいる!?それにそこにいる黒い女は誰だ!?」
「テメェらが呼んだんだろうが、いきなり来て騒ぐんじゃねぞ。」
「んだとテメェっ!」
黒い女って私のことか?とイヤミは首を傾げたが、それよりもジャックの顔がリカーネに見せられないものだなと、リカーネの目を隠してイヤミは男とジャックの動きを見ていることにした。
バチバチと火花散る一発触発の雰囲気、その二人に待ったをかけたのはこの部屋の主であるレーヴェだった。
「俺様が呼んだんだ。レベン、今回の会議は遅刻することは厳禁だったはず、何故遅れた?」
「うっ、それはっ……」
聞かれたくない所でも刺されたのかレベンの顔が歪む。
勢いが削がれてたじたじになっているレベンの代わりに、後ろにいたマンスがレーヴェの近くに行き説明した。
勿論その話は、近くにいたイヤミにも入ってきたが。
「えっとですね、団長昨日夜ふかししちゃったのか寝坊したんですよ。一応師団長だって言うのに寝坊なんて情けない理由で遅れたことが言いづらくて。それでイヤミ様達は一応他国の人間じゃないですか?こんな重大な時に他国の人間居るなんて、軍人としての誇りが傷つくとかなんとかで、それを理由に切れたテンションで乗り切ろうとしてあんなことに……」
「な、なるほど……」
「くっだらねぇ、お前ンとこの奴らってこんなのしかいないのか?」
「あ、マンステメェ!陛下に勝手なこと言ってんじゃねぇぞ!!それとそこの女は陛下に気安く触んな!」
あまりに下らなすぎる理由に、イヤミは全身で引いてますアピールをしてレベンから離れる。
レーヴェも流石の理由に半笑いをしてレベンの肩を叩いた。
「まあ、そういう事はある。気にするなレベン。だが俺様の客人であるイヤミに対してその態度は許せるものでは無い。ここにいる時点でイヤミ達が重要な客人であるのはお前でもわかるはずだ。イヤミはこの場を打開できる策を持って、今我々の前にたっている。そのことを理解してものを言うんだ。」
半笑いを引っ込めて声を低くしたレーヴェに、レベンはその言葉が正論だった為に顔を俯かせる。
「ですが陛下……失礼を承知で言わせて貰いますが俺は反対です!なぜその女が陛下からの信用を得て、この国の危機とも言える会議に参加するのです!これでは我々の立場なくなり、陛下に対して反感を買う者も出てきてしまうだけなのですよ!」
レベンの言葉に何人かが頷いたりし、誰もがその事に否定をしない。
この冷え切った空気に、イヤミはため息をついた。
「はぁ……おい、お前なんだっけ?レベルだっけ?」
「レベンだ!」
「そうそうレベンだったな。……確かにお前の言うことは一理ある。余所者が自分たちの国の重要な戦争に砂かける行為を、そう簡単に看過出来ないお前らの気持ちがな。」
イヤミは、持っていた駒を地図の上に置いてレベンの前に立つ。
その立ち居振る舞いから来る、戦闘慣れした猛者の風格に、レベンは少しだけ身構えた。
「……ならさっさとここから出ていくんだな。ここはお前がいる場所じゃない。」
「――なあ、お前らのその下らないご立派な矜持と、国と民の存亡……どっちが重く、お前にとって大事なんだ?」
「っ!!」
イヤミの坦々とした声からは、なにか巨大な感情が巣食っているかのように重くて、レベンはその問いに答えること無く唾を飲み込んでいた。
イヤミは身構えたまま固まるレベンに特になにか答えを期待していたわけでもないらしく、そのまま話を続ける。
「貴族や領主は、領民や国のためにその生活を守り安定させる。国の民は自分たちを守ってくれる者や、自分の家族のために汗水働いてお金を稼ぐ。国王は、自分の持てる全ての力を使ってこの国を繁栄にへと導く、代表的な駒だ。……では騎士の役目とは?」
地図の上に置いていたナイトの駒をイヤミは持ち上げて、レベンの方向に置く。
その音が部屋に響いき、その場の全員の耳に印象を残させる。
「騎士とは、己が命をかけて王と国のために戦いに身を投じる。代わりに税金として集められたお金の一部が、一生安定した額として貰うことができる。それが騎士だ。だがどうやら、この国の騎士様というのは体裁や矜持を重んじて、国や王のためには戦わない連中ばかりらしい。」
「そんな訳っ!俺は国や陛下に忠誠を誓っている!!勝手なことを言うな!!」
バント机を叩き、ナイトの駒が床に転がり落ちる。
駒はイヤミの足元まで転がり、イヤミはその駒を拾って弄んだ。
「違うのか?なら何故、今この場でわざわざ争いの火種を作る?こんな非常事態に。お前らの王は、この国のために何が最善の策なのかが分かっている。だからお前の言う余所者の私に、その重い頭を下げて頼み込んだんだぞ?でも今のお前では、この国のためにはならない。ただの、お荷物だ。」
バキッと音がイヤミの掌から聞こえ、その手に握っていたナイトの駒が粉々になってイヤミの手からこぼれる。
レベンの耳に反響するイヤミの声に滲んでいたのは、怒り。
イヤミの静かな怒りが、劣等感や侮蔑感を巣食っていたこの国の重臣や師団長の心に冷や水となって降り注いだ。
そんな静かな部屋に、ある一人の男が声を上げる。
「イヤミ、本当に俺様の重臣たちが無礼なことをした。本当に申しわけない。」
レーヴェは椅子から立ち上がり、イヤミに向けて頭を低く下げた。
ザワザワとした困惑の声が後方から聞こえたが、次のレーヴェの言葉に皆息を呑んだ。
「お前の言う通りだ。俺様は王としての自覚が足りなかった。だから俺様はあまりこいつらには強く言うことはできない、しかし。」
「…………」
「だとしても俺様は、若輩だがこの国の王としてこの国を守りたい!!虫のいい話だとは重々承知の上だ。だからもう一度言おう、俺様に力を貸してくれ!」
レーヴェの叫びに似たその国を守りたいという熱い情熱に、イヤミの冷たい怒りを溶かした。若き獅子の覚悟に、イヤミは手を差し出して笑う。
「ああ、分かった。私も色々あったがこの国がなくなるのは惜しい。それに、私達の目的は始めから四天王を倒して魔王を封印すること。利害は完全に一致しているのに、協力しないわけがないだろう?共にグライアを倒そう、レーヴェ。」
「感謝するイヤミ!」
ニカリと笑い合って手を取り合った国王と、堂々とその場に立つイヤミの姿にその場にいた全員の胸を打ち、そしてより一層魔王軍のために戦おうとその場の全員が強く決心した。
これが後の歴史書に乗る『黒き勇者達と獅子王の聖なる共同戦線』である。
****
皆の思いが一致団結し、レベンも何かを言うまでもなく協力的になった。
勿論レベンだけはなく、他の師団長たちもかなり協力的となり作戦会議はスムーズに進んでいく。
「――では第一・二は明日までに編成が終わるんだな?」
「明日とはいわず、今日にだって終わらせられるぜ?マンス!今すぐ編成の準備を彼奴等に伝えろ!!」
「は、ハヒィ!!(団長のバカ!!めちゃくちゃ無茶なこと言って!!)」
上ずった声で部屋を出ていったマンスの心の声は、当の本人に伝わること無く扉が閉じる音でかき消えた。
第二師団長の慌ただしさに第一師団長はくすりと笑って、イヤミの手を取り微笑んだ。
「第二師団のレベン殿は慌ただしく節操のない……イヤミ殿、僕の師団は明日までかかりますが、レベン殿よりも練度も質も高い軍を編成いたします。」
「そ、そうか……それじゃあ第三は?」
イヤミは引きつった顔で掴まれていた手を振り払って第3師団の団長の方向に顔を向ける。
第三師団長は少し俯いて、申し訳無さそうにイヤミを見た。
「済まないが、ワシのところは国境周辺に師団があり全速力でここに来ても3日ほどかかろう。しかし編成の方は必要ない。連絡もすぐにできるぞ。」
「では作戦内容の紙を第3師団の方に届け、こちらに向かわせれれば問題ない。そのまま進めてくれ。――ではこれから作戦内容を話す。全員集中して聞け!」
イヤミはその情報に頷き、地図の上に駒を段々と配置していく。
出来上がった地図とイヤミに全員の視線が行った。
そして事態は三日後に飛んでいく。
荒野の戦争の始まりの時に。
戦火は荒野に広がって、イヤミたちを中心にその激しさを増していった。
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