第32話「荒野の戦争 序」
イヤミ達が現在修行4日目の頃、王都では誰もが想像もしていなかった知らせが届いていた。
「魔王軍が荒野平原に進軍したと?それは本当か?」
「は!魔道具が魔力を大多数感知、偵察の結果、魔王軍と断定!規模は約二万とのことです!」
「なんだと!?前の百倍ではないか!」
偵察兵の報告結果に、緊急招集された大臣や師団長たちがザワつく。
先日に起きた魔族襲来時の兵の数は200。
その百倍の数が、荒野平原を真っ直ぐ進行し、この国の重要軍事基地に向かっていた。
重要軍事基地、つまりそこはイヤミ達が修行しているところであり、そこを崩されれば他国からの侵略からこの国を守ることができない王都の次に重要なところだった。
「まさかこんなに早く進軍するとは……我々の情報ではあと1週間は出て来れないと思っていたのにっ。もしやどこからか我々の動きが勘づかれていたのか!」
「どうするんだ!?あの場を突破されれば農耕地帯までもがめちゃくちゃにされるぞ!」
「そ、そうなれば我が国は遅かれ早かれ民は飢え死に、この国は滅亡してしまう!」
予想していた1週間よりも早い進軍に大臣たちは戦々恐々とする。
こうなった事で情報を流したのは誰だと、大臣たちは自分たち以外の全員に疑いの目を向け雰囲気は一気に悪化した。
「みな落ち着け!今は同胞同士で疑っているのではなく、この場をどう打開することが先決だ!何、心配することは無い!我らの力は地を砕く!その我等の力、侵略者共に見せつけてやろうぞ!」
「王の言う通りだ!今はそんなことをしている暇などない!」
「緊急会議じゃ!地図を持ってこい!」
レーヴェの一声に、冷静を取り戻したレーヴェの忠臣たちは動き出し、その周りにいた大臣や領主たちもやるべき事の為に動く。
その様子に嬉しさを覚えぼえながら、レーヴェは近くにいた近衛兵に小さく耳打ちをした。
「……早馬で重要軍事基地にいるリートとイヤミを呼べ。今すぐにだ。」
「はい。」
近衛兵はレーヴェに小さく一礼して王の間を出ていく。
「この戦……妙だな……」
兵が去った後、レーヴェはぽつりと呟いて瞑想する。
荒野の城は、緊張に包まれていた。
****
王都が混乱に包まれていた頃。
イヤミはリートと、そして着いてきたジャックと共に散歩で例の荒野平原にいた。
「アレは……魔王軍か?万単位でいるかもしれん。」
「そう見たいですね。しかし殆どがこの国にいる魔物の様です。」
「ただの散歩のはずが……とんでもないもの見ちまったな。」
岩山の上から魔王軍の全体図を眺める三人の様子は三者三様のまま話し合っていた。
「さてはてどうしようかね?私の想像よりも随分とダンスの相手が多いみたいだ。……と、確かにアレは魔族よりかは魔物だな。めっちゃ多いわ。」
イヤミはのほほんとした様子で、黒い何かを取り出しそれをのぞきこんだ。
その道具にジャックは指をさしてイヤミにこれは何かと聞く。
「ダンスって、お前その前に殺っちまうだろうが。……それなんだ?」
「スコープだ。遠くまで見るための道具。見る?」
イヤミに頷いて貸してもらったスコープを覗き込んだジャックはそのスコープの便利さに驚いていた。
「便利ですねぇイヤミのその能力は。」
「そうでも無いけどね。フムフム……お前ら一度帰ろう。」
「そうだな。長居しててもいいことないし。あの化け物に見つかっても丸腰じゃあ面倒だ。」
「おやジャック殿、自信が無いのですか?」
イヤミに頷いて帰ろうと振り返るジャックに、リートは笑って何故か煽る。
でもまあ仕方ないよね?だって弱いんだからと、遠回しに言うリートに、ジャックは振り返って手を鳴らした。
「おいコラやめい。やるなら私が帰ってからにしろ。巻き込まれたくない。」
「いや今のはこいつが悪いだろ?」
「本当のこと言っただけなんですが……ジャック殿は図星を刺されるのが嫌なのですね?」
「今度は当てるだけじゃなく殺した方がいいみたいだなお前は。」
メンチを切って対峙する2人にイヤミはいい加減疲れてきたのか、腰のホルダーから銃を取り出して2人に向けた。
「いいから帰るぞ。それともここで沈めてやろうか?」
「すまんイヤミ。」
「申し訳ございません。」
イヤミが引き金に指を置いたことから本気だと悟った2人は素直にイヤミについて行く。
荒い道を走る3人は、全く息を乱すことなく全力の速さをキープしていた。
「うーん、あの数だとしたらもう王都には伝わっているかもね。」
「そうですね、もしかしたら早馬がこちらに来ているかもしれません。一応あなた達がいた場は末端とはいえ、この国の重要軍事基地ですから。」
「そんなところにいたのかよ俺ら。」
この国大丈夫か?と呆れるジャック同様、イヤミも他国のスパイかも知れないのに不用心だなと、この国の国王であるレーヴェを思い出してため息をつく。
「なら速く行く、置いていかれるなよ!」
「そっちもな!」
「おやおや、さっきご飯を食べたばかりだと言うのに元気ですねぇ。」
知らせが来るかもしれないと語るリートに、イヤミとジャックは早く戻ろうとさらに速さをまして荒野を走り去っていく。
残ったのは荒野を今も尚行軍する魔王軍のみだった。
****
「――やった!やった!成功したわ!」
空き部屋の中で歓喜の声を上げる人物は、四日間イヤミたちとは別行動をとっていたリカーネだ。
リカーネは大量の魔力を消費させていたが、それすらも吹っ飛ぶような喜びにうちひがれていた。
「光属性のせいか、結界を壁のようにするのにすごく時間がかかったわ。結界にすると必ず何かしらの効果が出ちゃうんだもの。」
ハァとため息を付いて頬に手をおいたリカーネの口元は、段々と端が上がってニヤけていく。
そして嬉しさのあまりその場を跳ねて体全体で喜びを表現していた。
「――リ、リリリ、リカーネさーーーん!!!緊急事態っす!!」
「へぁ!?え、え!?ユウトくん!?」
喜びに跳ねていたリカーネに、冷水をかけるようにユウトが飛び込んできて、リカーネは素頓狂な声を上げて恥ずかしそうに咳払いをした。
「どうしたの?そんな声を上げて?」
「ハァハァ……緊急事態っす!ま、魔王軍が、進行を開始したんっすよ!!」
「なんですって!?だってイヤミが言うのはまだ一週間の猶予があるって!」
息を切らしてリカーネの元に来たユウトの知らせは、リカーネにとっても虚を完全に突かれたものだった。
そしてイヤミの予想とは相異なった今回の行軍で、イヤミたちの予想は大きく外れたものとなり、リカーネは伝達をしてきたものは誰かとユウトに聞く。
「ユウトくん!この情報を伝えてきたのは?」
「早馬で来た兵士っす。なんかリートさんとイヤミが国王に呼ばれているらしくて……」
「国王に?リートさんなら分かるけどイヤミまで呼ぶだなんて。」
しかしその場で考えても仕方ないと、リカーネはユウトに早馬を出した伝達兵の所まで案内させる。
軽く走っていたリカーネは、その間もどうしてここまで時間が早まったのだろうかと頭を悩ました。
(イヤミの予想がここまで外れるだなんて……それにしてもあの四天王がこんなに早く行軍できるほどの采配を持つとは思えないわ。戦神と呼ばれているらしいけど、頭脳は足りてなさそうだったのに……この戦、かなり妙よ……)
失礼なことを真顔で考えるリカーネだったが、奇しくもそれは国王であるレーヴェと同じものだった。
ユウトの案内のもと外に出たリカーネが見たのは、息を荒くして馬のそばで膝をつく兵士だた1人だけで、やはり近くにはイヤミたちの姿はなく、リカーネは不安になる。
自分だけで、この件をイヤミ達無しでどう凌げるかと。
「貴方が伝達兵でいいのかしら?」
「は、ハイ!第2師団のマンスです!イヤミ様とリート様をお呼びいただけますか!陛下が早急に当城しろとの命が出ています!」
「申しわけないんだけど、どちらもどこかに消えて今は不在よ。」
リカーネはビシリと敬礼する兵、マンスに申し訳無さそうに眉を下げて、今は二人がいないことを伝える。
それを聞いたマンスはカット目を見開いてリカーネの肩を掴んで、切羽詰まった様子で叫んだ。
「そんな!?今すぐお呼びすることはできないんですか!この国の危機がかかっているんです!!」
「そうは言われても私だって今どこいるかなんてわからな――痛っ!」
「リカーネさん!?」
説明するリカーネだったが、肩に入るマンスの力は強くなりその痛みからリカーネは声を上げる。
ユウトもその様子がおかしくなってきたことに気づいてマンスをリカーネから離そうと動くが、その前を真っ黒いコートが遮った。
「――おい、緊急事態なのは分かったがそうやって怯えさせるのがテメェら兵士の役目か?」
「うわっ!あ、あんたいつからそこに?と言うかアンタ一体誰だ!?」
リカーネの肩を抱いてマンスを突き飛ばしたのは先から話に出ていたイヤミだった。
マンスは見知らぬ人物が突然現れて自分をいきなり突き飛ばしたイヤミを睨んで、誰だと問う。
しかしその疑問は、イヤミの近くにいたリカーネの声によって明らかとなった。
「イヤミ!」
「リリィ、遅くなったね。もう大丈夫だ。」
「え!?アンタが、いや貴方がイヤミさん?と、とんだご無礼を!」
まさか自分を突き飛ばした女が、王が急いで連れてくるよう命令された人物だとは思わず、かなりの非礼をしたことを思い出してマンスは頭を下げて謝罪する。
イヤミはマンスを冷えた目で見下ろし、今の状況を整理して目の前にいる兵士に訊ねた。
「……兵士が来たってことは、やっぱりもう伝わっているらしいな。アレが呼んでんのは?」
「あ、はい!イヤミ様とリート様であります!急ぎ城に来るようにと、陛下から伝言を!」
「分かった。おいリート、馬はどこに?」
「こっちに、行くのですね?」
リートの示した場所に向かうイヤミは、近くにいた馬を引っ張って乗馬する。
リートも同じように馬を引き、乗り込んでイヤミを案内しようと動くが、それに待ったをかけたのはリカーネだった。
「待ってイヤミ!私も行くわ!私もイヤミの役に立つわよ!」
「え、リリィ!?」
「おい俺も行くぞ。お前だけにすればまた何しでかすか分かったもんじゃない。俺はもうお前のケツ拭くのは嫌だ。」
「ジャック?お前だけおかしい。しかももう馬用意してんじゃん。」
しれっとした顔で馬を連れて歩いてくるジャックは、ついて行くと言ったリカーネを先に乗せて自分も乗り込む。
まだ返事してないよ、そんな顔で二人を見ていたが、置いていくのは許さないと2人から同じ視線を受けてイヤミは項垂れて笑った。
「お、俺もついて行くよ!俺一人ここに待機は嫌だ!」
「あーもー、わーったよ!全員で行くぞ!」
「ふふふ、結局貴方達は離れることをしなんですね?」
ユウトはイヤミの言葉に嬉しそうにして馬を連れて来るといい、馬小屋に走っていった。
その様子を静観していたリートは、微笑んでイヤミを見れば、イヤミは恥ずかしげな様子で頭をかいて笑う。
「まあね、仲間だから。」
「……羨ましい限りですよ、本当に。」
その言葉にリートは、ポツリと誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
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