第31話「努力のために走れ!」
ブートキャンプから4日が経ち、今日も今日とて谷を飛び落ちていくイヤミ。
しかしその動きは初日のときと比べると機敏に、そして柔軟な動きで降って行った。
「流石だなイヤミ。飲み込みが早い。」
「お前のほうが凄いけどねジャック。なにその動き、マジの猫だな。」
荒野にあるこの谷は、乾燥が酷く少し触っただけで岩などが砂のように崩れるので足場としては向かず、しかもこの谷底は風化によって岩が尖ったりしたものが多くて危険な場所だった。
だからリートは初日、イヤミ達がボロボロになりながらも帰ってきたのに驚いたのだ。普通の人なら即死だったから、もし無理そうだったら助けるつもりだったのだから。
そんな谷を二人はすいすいと降りて岩をつま先立ちで着地する。
そこに少し遅れてユウトも華麗に着地した。
「いやいやいやいや、ジャックや俺なら分かるよ?能力とか種族の関係でこういう所に順応するの。でもなんでの身体能力系じゃないアンタがこんなに降りるの速いんだよ。」
「え、なに嫉妬?嫌だわちょっと自分が遅いからって嫉妬だなんて。他人を妬むぐらいなら努力してちょうだいよね!」
「違うわ!なんであんたがこんな人間離れの動きしてんだって言ってんだよ!誰が妬むか!!」
身をかばって手を口元に寄せ、ユウトを非難するように文句を言うイヤミ。
そんなイヤミにユウトは耳と尻尾の毛を逆立てて否定した。
「でも確かにそうだな。イヤミの動きがここ数日で人間離れしてきた気がするわ。」
ユウトをいじって遊ぶイヤミと、その弄りに怒るユウトを放置してジャックはたしかにと頷く。
最初にあった頃よりも今の動きが人間離れしていると、ジャックはイヤミの方を見て考えた。
「えー?そんなにか?まあ、最初よりかは傷も減ってきたっていうか今は全く無いけどさ。流石にそこまででもなくないか?」
「いやもう自分で言ったな。その時点でおかしいだろ、お前考えてみ?この高さの谷を普通の人間が落ちればどうなる?」
ビッと谷の上を指して考えろと言ったジャックの言う通り、イヤミは谷の高さを改めて再確認する。
太陽の光が下まで殆ど届かず、その間に尖った岩などが散布して、とてもじゃないが普通の人が降りれば命はないとも言えるまさに死の谷だった。
「……死ぬねぇ……ていうか改めてみたけどよく私のこの谷初日で上り下りできたな。」
「その前にこんな谷落ちろって言った彼奴は本当に悪魔なんじゃねぇか?」
ぐったりと肩を落として上を見上げるジャックに、イヤミは少し気になったことを聞く。
その気になった事と言うのは、先日リートが言っていた吸血鬼や死者、そして悪魔のことだった。
「なあ、ジャック。」
「ん?どうしたイヤミ?」
「この間聞いて気になったんだけどさ、悪魔って本当にいるのか?」
イヤミがこんなことを聞いたのが意外だったのか、ジャックは少し驚いた顔でほおけて固まる。
全く返事をしないジャックに、イヤミは仕方ないなと肩をすくめてジャックの前で手を振った。
「おいこらジャック。たしかに珍しいこと言ったけどその反応はねぇぞ?」
「あ、ああ……いやすまん、お前がまさかなにかに興味を持つとは。しかも種族とかに興味を持つやつとは思えなくて。」
「すっごい失礼だけど聞かないでおいてやる。それで結局いるの?居ないの?」
失礼なことを喋るジャックに、イヤミは物言いたげな目で視線を送るがいつものことだと流して話の続きを聞く。
ジャックはうーんと唸りながらも自分の持っている知識から、知っていることだけをイヤミに伝えた。
「悪魔はいる、らしい。俺もあんまし詳しくはないんだが、ただ悪魔っていうのは魔族よりも魔力の使い方に長け、人を誘惑したり操るなんてことが出来るそうだ。ただそんな事が出来んのはほんの一握りだけらしい。あとはよくわからん。」
「誘惑とか操る……?」
その時、イヤミの頭に何かが引っかかる。
モヤとした、すごく気になる嫌な引っ掛かりにイヤミは岩の上に座る。
そんなイヤミに、ユウトは訳知りのような顔でジャックの話に追加を加えた。
「……もう一つ追加して言うなら、悪魔ってのは取り付いた相手や周りに、自分はとても親しい人物印象づけるなんてこともできるってよ。昔親父の本に書いてあったわ。」
「ナニソレ?存在そのものがチートじゃん。ずっる。」
イヤミはゲッソリした顔で立ち上がって、肩を回す。
「そっか、教えてくれてあんがと。」
「いや良いけどさ。なんでいきなりそんなこと聞いたんだ?」
ユウトは片眉を少し上げてイヤミが何故こんな事を言いだしたのかを聞いてみるが、イヤミはくるりと一周回りコートが翻らせる。
「んー?イヤ別に?ただ気になっただけでーす。もう良いからさっさと上登ろうぜ。あとコレ三往復だろ?」
イヤミが話を晒したのは明らかだったが、たしかにイヤミの言った通りまだまだこなさなくてはいけないことが多く、ユウトとジャックは息を漏らして登り始めた。
****
息を吐き、力を体に込める音が鳴り、走る足音が絶えず聞こえてくる。
イヤミとリートは能力を使い攻防を繰り返すが、その動きはやはり初日と違って激しいながらも優雅なものだった。
「本当に見違えましたねイヤミ。私の能力使ってもギリギリになるとは。初日とは別人のようです。」
「お褒めの言葉どうもありがとう。流石のお前も硬い表情だな、ほら腹に隙きあんぞっ!」
「グッ!!」
無駄な動き無く隙きのないイヤミの攻撃は激しさを増し、ついに四日目にてリートの腹に念願の拳を叩き込んだ。
イヤミの拳は良いタイミングと力で入ったのかリートは腹を抑えて吹き飛ぶ。
「よっしゃ!!入ったぞ!!見たかお前ら!!!」
「おおー、とうとうやったなイヤミ。1番はやっぱ彼奴だったか。」
「ええ……やっぱ人間じゃねえよ彼奴。」
キラキラした幼い笑顔でイヤミは見学していたジャックたちに手を勢いよく振る。
その笑顔とやっていることにかなりのギャップを感じながら、ユウトは手を振り返して感心するジャックにも引いた。
「ふふふ、ここで油断したら意味ないでしょうイヤミ?」
「え、?って、うわっ!」
清々しい気持ちでいたイヤミだったが、後ろから聞こえた声を最後にイヤミは地面に倒れてしまう。
背中の衝撃から瞑っていた目を開けるとニッコリと笑うリートが、イヤミの顔を覗き込んでいた。
「うへぇー、結局駄目だったな。」
「……本当に成長が速いこと。イヤミ、明日からは別のことをしますからね。貴方は今日はここまでです。お疲れさまでした。」
別のこと……?と首を傾げながらもイヤミは合格したことのほうが嬉しくてさっさと起き上がって頷く。
「ん、分かった。」
転がった時についた砂を払ってイヤミは二シシと笑いながらジャックたちの所に向かった。
「おっつー、次はお前らの番ね。」
「おめっとさんイヤミ。じゃあ、次は俺が彼奴をぶちのめす。」
手をゴキゴキと鳴らしてあくどい笑みを浮かべるジャックに、イヤミはまだやってんのかいと心のなかでツッコミを入れる。
ここ三日ほど、ジャックは隙きあらばリートに攻撃を仕掛け毎回喧嘩まで発展するのをずっと繰り返していた。
その原因が自分にあることを知っているイヤミは特に文句も言えず、リートのほうもジャックをぶちのめそうと嬉々として喧嘩を買っていることにイヤミは黙ることにした。
「おや、次は貴方でしたかジャック殿。」
「イヤミに続いて俺にもぶん殴られる覚悟はできたか発情期野郎。」
「イヤミなら構いませんが、貴方ごときに殴られるほど私も落ちぶれては居ませんよ負け犬。」
「ほざけ、今日からお前が負け犬だ。」
真っ黒いオーラが訓練場を満たしながら、二人の言葉の攻防は静かな激しさを増してそしてその姿がかき消えた。
「おー始まった始まった。相変わらずだなあの二人は。」
「……」
イヤミは呑気に観戦し始めたがユウトはイヤミをじっと見たまま黙ってしまう。
その何かわからない重い視線にイヤミはユウトに顔を向けた。
「どったの?」
「いや、少し自信なくしただけだ……」
「え?なにいきなり?マジでどうしたんだよ取り敢えず座れ。」
ガックシと肩を落として本気で沈むユウトにイヤミは焦って、隣の地面を叩いてユウトを座らした。
「なにがどうしてそうなった?」
「……俺さ、地元とか神楽組でも殆ど負け無しだったんだよ。だから正直俺より強いやつなんて一握り程度だなんて考えたんだ。なのに、アンタが来てから俺の長かった鼻がポッキリ折れちまった。……その時俺知ったんだ、俺程度のやつなんて五万といるしそれ程度じゃあんな化け物に勝てないことを。」
「……」
イヤミは情けない声で言葉を並べていくユウトの弱音を、ただ黙って聞き続けた。
特になにもいわないイヤミのことなどお構いなしなのか、リートの口は更に言葉を吐き出す。
「だから俺、努力しようって決めたんだ。少しでもアンタみたいに強くなって、必ずユウナを救おうって。なのに……アンタは今日更に先に進んで強くなっちまった。」
「…………」
「俺、もうどうすれば良いんだよ……」
たえたえになったユウトは、まるで全てから置いていかれたような、そんな絶望した顔で頭を抱えた。
「イヤ別に、もっと努力すれば良いんじゃねえの?」
しかしイヤミはそれを聞いても特に顔色を変えずに、平坦な声でもっと努力すればいいと軽く口付さんだ。
「は?」
「だーかーらー、もっと努力すれば良いんだっつの。めちゃくちゃ単純じゃん。今の努力が足りないなら更に努力すれば良い。結局努力なんて大抵結ばれねーもんだからやるだけやっちまえ。その方がウジウジ考えるよりも合理的だっつの。」
「……お前だから簡単に言えんだ。どうせお前には俺の気持ちなんて……」
「わからんな。だって私は、お前なんかよりもめちゃくちゃ努力しているやつを知っているからな。」
その言葉に驚いたユウトは顔を上げてイヤミを見るが、既に立ち上がっていたイヤミの顔は全く見えずその先にいあった太陽の光で目がくらんだ。
「ほれいくぞユウト。ソイツの所に連れて行ってやる。」
「え、は!?」
グイグイとユウトの腕を引っ張ってイヤミは先に進む。
顔は全く見えないがイヤミから伝わる手の暖かさと、その皮膚の硬さにユウトの目が開く。
(そう言えば、コイツ模擬戦終わったあともずっと1人で筋トレとかしていたな……手にタコが潰れて固くなってる。)
その手から伝わるイヤミの努力の事実を知ったユウトは、さっき自分がなにを言ったのかと胸の内に熱いものが種のように落ちた。
暫くイヤミに連れられたまま黙っていたユウトは曲がり角で足を止めたイヤミに、考えを止めてイヤミを見つめる。
シーと声を出さないようにユウトの口に人差し指を乗っけて、イヤミは曲がった先を見るように指で指示を出した。
「……アレって、リカーネさん?」
そっと覗いた先にいたのは、頭を抱えながらも結界を出してなにかを思案するリカーネだった。
そのリカーネの周りは濃い魔力の残滓で満たされ、その目の下にあるのは濃い隈。
どれだけの時間謎の作業を繰り返してたのか、ユウトは生唾を飲み込んだ。
「な、なにやってるんだ?」
「さぁ?知らないよ、私は待っているっていったしね。でも一つ知ってんのはさ、彼奴は私達の倍の時間でアレを繰り返してんの。」
「倍の、時間で……?」
ユウトはイヤミの言葉でもう一度リカーネを見つめる。
アレだけ必死になってなにかを成し遂げようとしているのに、自分はなにをしているんだろうとユウトの心が燃えていくのを感じる。
リカーネに触発されてやる気に満ちたユウトの目に、イヤミはくすりと笑いユウトを連れて訓練場に戻っていく。
「ユウト、努力はみんなしてる。でも諦めて止まっちまえば、お前がその努力をしている奴らに届くことはない。」
「……」
「努力は結ばれない。なぜなら周りも同じように努力するからだ。だから自分の到達したいものは何時だって遠くにある。あったりまえ過ぎて皆忘れちまって、努力は無駄だなんてふざけたこと言う奴が出てきちまう。」
「っ!」
イヤミはポンとユウトの頭に手を優しく置いて撫でる。
俯いていたユウトの顔を上げさせて、イヤミはニヤリと笑って手を差し出す。
「ユウト、努力のために走れ!この戦いにはお前は絶対に必要だ!」
「――っっああ!!」
太陽の光で輝くイヤミは、ユウトの心に落ちた熱い種を芽吹かせた。
差し出された手を握り、二人は笑いあって訓練場に到着する。
待っていたのは、どこから見てたのかわからないが暗い雰囲気の二人が仁王立ちにして立っていて、ユウトは涙目になってリートに引っ張られていく。
その様子を、イヤミは爆笑して見守っていた。
――ユウトの花が咲くまで、あともう少し。
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