第30話「秘密事は満月の夜に」

 同時刻満月が輝く荒野に、巨大な影と篝火のある所に魔族軍と思われる軍隊が留置していた。

 その軍隊を贔屓いていた巨大な影こそイヤミたちと戦った四天王が1人、グライアであった。

 グライアは一つのテントに入り、今回の事件の発端となった真っ白なベールに包まれた聖女に話しかける。


「……一週間後、お前を奪還する奴らと戦うぞ。」


「…………」


「お前のために、一体いくつの命が散るのだろうな。聖女だと言うのに、お前のせいで命が散っていくとは、なんとも滑稽な話だ。」


「…………」


「聖女、貴様の兄もお前のために戦うぞ。そして吾に殺される、それが貴様の選んだ選択であり業だ。コレが聖女など笑わせてくれる。貴様は悪女だな。」


「…………」


 まるでグライアの独り言のようにテント内で声が響く。

 聖女はグライアの方に顔を向けず。ただテントから見える満月を、ベールの中から見ていた。


「……お前は何故……聖女なのだろうな……」


 俯いて語り続けるグライアの右手は、イヤミが吹っ飛ばしたはずなのに何事もなくそこに生えていた。

 グライアをまるで居ないように反応を示さなかった聖女は、そのグライアのつぶやきにピクリと反応を示す。

 しかし依然として、その口を開くことはなかった。


 ****


「……よぉ、劇物製造機。どこ行ってた?」


 月と星の輝だけが寮を照らす夜に、イヤミは寮の屋根から黒い影の人物に話しかける。


「おやイヤミ、寝てたのではなかったので?」


 イヤミの近くまで飛び、イヤミを見下ろして影は声を上げる。

 影、リートは少し驚いたように顔をして何故イヤミが起きているのかを聞いた。


「こんないい夜に月見しないなんて勿体ないだろ。」


「ふふ、明日に響いても知りませんよ?」


「すぐ寝るさ、それよりどこに行ってた?一応お前を投げた場所まで行ったが、今の今までどこにも居なかったな。」


 肩をすくめてイヤミは隣を叩いてリートに座れと促進して月を眺める。

 そしてリートがずっと居なかったのは何故かと、隣りに座ったリートに問う。


「いえ、ただ王に今日の報告をしただけですよ。それと少し散歩に。」


「……そうか、そりゃこんな夜には散歩は打って付けだな。」


 居なかった訳を話すリートの方向を見ずに、イヤミはただ一言呟いた。

 暫くイヤミはなにも話さずに月を見続ける。感情の伺えない目で。

 だがふっと、イヤミはリートの方向を見てなにを考えているかわからない目でまたリートに質問した。


「なぁリート、お前このキャンプが始まる前にリリィになにを言った?」


「なにとは?イヤミ、すみませんが貴方の質問の意図がわからないのですが。」


「本当にわからないのか?そんなわけないよな。だってお前がリリィを見る目は敵意のこもっている物だった。もう一度いう、なにを彼奴に吹き込んだ。」


 イヤミの近くにあったリートの手を握り、イヤミはじっとリートを見つめる。

 一見甘い雰囲気がありそうなこの構図だったが、手から伝わる僅かな殺気にリートの瞳孔が開いた。


「……ただ少しリカーネさんのやる気が出るように助言しただけですよ。ただそれだけです。」


「あの敵意は?」


「私……嫌いなんですよリカーネさんが。だから少し出ちゃって、すみませんイヤミ。今度から気をつけますね。」


 一切の音がしない夜に、囁くようなリートの声がイヤミの耳に届きイヤミはため息をつく。

 そして手を離してまた月を眺め始めた。


「……そうだな、気をつけろ。でなければお前の眉間に赤い花が咲くことになるぞ。嫌なら彼奴にはあまり近づくな。私が気が気じゃなくなる。」


「ふふふ、はい気をつけます。」


 月を眺めるイヤミを眺めるリートは、風に揺れるイヤミの髪を一房触って離す。

 反応しないイヤミにリートは笑って耳元に口を近づけて囁いた。


「イヤミ知ってますか?月は古来より魔の象徴だって言うことを。特に満月は魔の力が満ちやすいんですよ。」


「……知らなかったな。私のところでは確か神聖なものだったから。それがどうした?」


「いえ……ただコレほど美しい月です。もしかしたら魔のもの、例えば吸血鬼や死者。そして、などとか月のもとに居る貴方を連れて行ってしまうかも知れないという忠告ですよ。」


 風が吹き、真っ黒い髪を揺らすリートの雰囲気が妖しく変わっていく。

 青いはずのリートの目が一瞬、真っ赤に変わったような気がしてイヤミはリートから一歩分だけ離れてリートを見つめた。


「おい、リート?」


「……武器も持たず無防備すぎでは、イヤミ。簡単に食らえそうです。」


 妖しい雰囲気になっていくリートに、イヤミは今この場が二人っきりなのを思い出して不味いと冷や汗が頬をつたる。

 ジリジリとまるで狼が獲物を追い詰めていくような、そんな動きでイヤミの逃げ道を塞いでいくリート。

 そして遂に、イヤミは逃げ道を失いリートが目の前に迫った。


「おい近い離れろ、コレ以上は笑えねーぞ。」


「今の状況が冗談に見えますか、イヤミ。」


「見てやるよ、クソほど笑えない冗談にな。だから離れろ。」


「まだ逃げるつもりですか。ではここで貴方への借りを使ってしまいましょうか?そうしたら、貴方も流石に本気だと思うのでは。」


「……」


 リートはなにも答えず黙るイヤミを押し倒して、妖しい青色の目のままイヤミを見下ろして小さく笑う。

 本格的に貞操が危うくなったイヤミは、緊張からゴクリとつばを飲み込んでこの場をどう切り抜けるかを必死に考ていた。


「こんな所でだなんて……お前も案外獣だな?」


(やっべぇ……マジでやべぇ。どうするか?どうやったらこの阿呆から逃げるか。考えろイヤミ、でなければお前の貞操が消え失せるぞこんな男のせいで!考えろ!!)


「知っていたのでは?それともイヤミはあまり男をご存知ないのですか。……こんな所に好きな女性が1人で、しかも無防備に寝間着姿で誘われれば、男は簡単に舞い上がってしまうものなんですよ?」


「知らないな、そんなこと。私には関係ないことだ。」


(知るか誘ってねぇ!!クッソ誤算だった!この男を甘く見てたわ!この一週間絶対に手なんか出してこないと思っていたのにチクショウ!!しかも好きな女とか聞いてなかったわ!ずっとただの冗談だと思っていたのに!!)


 表面上余裕そうな顔でリートを見上げるイヤミだったが、内心の荒ぶれ同様、新事実にイヤミは冷や汗をダラダラかいていた。

 結局イヤミは、男というものを知った気になってただけで本質を全く知らずに居たのだ。


 男は狼、コレが全てである。


「なら今すぐ、関係あるようにしてあげましょうか?大丈夫です、痛くはありませんから。」


「いやいや待て待て、本当にやめろ!叫ぶぞ今ここで!!」


「私は別に見られながらでも構いませんよ?寧ろ興奮しませんか?イヤミ。」


「するか、この変態め!!」


 いつの間にかリートに覆いかぶさられていたことにイヤミは青い顔をして少しでも離れようと仰け反る。

 しかし悲しいかな、後ろは屋根。つまりもう逃げ場は本当に無く、イヤミは妖しく光るリートの目にとらわれた。


「そう怖がらないで。誘った貴方が悪いんですよ?」


「誘ってません誘ってません!一切そういうことに誘ってません!いやあのだからマジ本当に勘弁しろ!無理だから、無理だから!!」


「ふふ、本当にイヤミは焦らすのが得意ですね。」


(ジャック、ジャック、ジャックーーー!!もう誰でもいいからこのバカ止めろ!!)


 本気で怯えるイヤミの耳にふっと息を吹くリート。

 その行動に肌が粟立ち、イヤミは情けない声が漏れ出る。

 既にその目は涙目で、イヤミは近づいてくるリートから思わず目を瞑った。


 だがイヤミはその行為すらも男を煽るものだと知らずに、リートを刺激してしまったことだったが身を持って知ることはなかった。

 黒いダガーがイヤミとリートの間を通り抜けて屋根に刺さり、イヤミが求めていた人物の声が響く。


「おいこらクソ犬。テメェ俺の相棒になに手を出してんだ?」


「チッ、ジャック殿もう来てしまいましたか。」


「ジャックゥ!マジお前ありがとう!」


 リートは舌打ちをしながらイヤミから体をのけて、少し乱れた服を整えた。

 感嘆の声を上げてイヤミはジャックに飛びつき後ろに隠れる。

 その怯えようにジャックは呆れてイヤミの頭を小突いた。


「お前、人が寝てた時にいきなり天井から砂をかけんじゃねぇよ!穴空いてたしビビったわ!」


「ありがとうジャック、お前なら気づいてくれると思った。」


「……なるほど、私が気づかないように穴を開けてそこから砂を……流石ですねイヤミ。」


 リートはイヤミが倒れていた所に石材が少しどかされてそこに穴が空いてあったのに気づき、にやりと笑う。

 そして自分に気づかれずにやったイヤミに手を叩いて称賛した。


「このバカリート!お前本気だっただろ!マジ怖かったわ!!」


「私はずっと本気だと言ったんですがねぇ。それにイヤミ、貴方私の言ってること全部冗談と思っていたでしょ?それが少し、ねぇ?」


「いや怖いわ。お前やっぱ頭おかしいよ。」


 ジーとイヤミを見つめるが、その目にはもうさっきのような妖しさはなくいつものリートの目だった。

 それに安堵すると同時に、イヤミは二度とコイツとは二人っきりにならないと誓う。


「はぁ、イヤミの言うこと半分信じてなかったが……お前はもう二度とイヤミとは二人っきりにしねぇ。」


「貴方さえこなければ、上手く行っていましたけど。本当に残念です。次の機会にするとしましょう。」


「いや次とかないから。」 


 まだ諦めてないんかいとイヤミは呆れた目でリートを見るが、二人の話は段々と怪しい方向に進んで行く。


「ですがジャック殿。貴方は本気で邪魔な存在だというのがよく分かりましたよ。」


「奇遇だな?俺もお前が大事な相棒を狙うクソ犬だってことが分かって依然殴りやすくなったよ。覚悟しろ、必ずテメェをしばく。」


「今日一発も私に当てられなかったのにものすごい自信ですね?――やってみなさい雑魚が、逆らえなくなるぐらいにぶちのめします。」


「それがお前の本性ならなかなか嫌いじゃねぇぜ?――やってやるよ発情期野郎。女で立たなくなるぐらいにはトラウマ植え付けてやる。」


 何だかすごくヤバい雰囲気で笑い合う二人に、イヤミは死んだ目をして息を殺して見守っていた。

 イヤミも流石に、この雰囲気で首を突っ込む覚悟はなくただ時間が過ぎていくのを待つことしかできなかった。


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今日は2話更新です。


今回はイヤミセクハラ話で色々やっちゃいましたが後悔してません。

めちゃくちゃ楽しかったです。

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