第29話「料理下手を侮るな」
「――今日は此処までです。みなさんお疲れさまでした。」
夕暮れが差し込む訓練場に倒れ込む三人を見下ろしながら、リートは乱れた紳士服を整えてイヤミたちを見下ろして夕飯の支度をしますねと去っていった。
「まさか誰も当てられなかったとはな……」
「彼奴の能力って一体なんなんだ」
「俺なんて軽くあしらわれて終わったぞ……」
ぐったりと倒れ込んで疲れた表情で語り合う三人は、一発も攻撃が当たらないことにため息をつく。
そして恨めしそうにリートの能力を考察するジャックは、本当にリートの能力がわからなさそうに首を傾げた。
「アレ?ジャック分からなかったのか、彼奴の能力が。彼奴の能力は影だよ影。あいつは影らしくないけどな。」
だがイヤミはジャックの言葉にキョトンとした顔で聞き返す。
ジャックはそのイヤミの様子を見る限り、まさか知っているのかとなってジト目になってイヤミに問いただした。
「お前、知っていたのかよ。」
「勿論、グライアを退けられたのも彼奴の能力のおかげだ。でもまさかお前がわからないとはな、珍しい。」
「それどころじゃなかったんだっつの。あいつ俺のこと殺す気だったぞ……」
「確かに私のときよりも過激だったな。いやー、笑った笑った。」
げっそりとした様子で模擬戦のことを思い出すジャックと、その模擬戦でめちゃくちゃ焦っていたジャックを思い出して笑うイヤミ。
そしてその二人とは別に全く相手にならずに模擬戦が終わったことを思い出して凹むユウト。
三人は未だに地面に寝転んだままだった。
「明日はこの倍かぁ、大変だね。」
「安心しろ、お前もだから。」
「みんなでしょ、あんたらめっちゃ他人事じゃん。」
他人事のようにつぶやきボーと夕日を眺めていた三人だったが、日が沈む頃に起き上がりこの一週間滞在するために寮にむかった。
「今日の晩御飯なんだろうな。てかイヤミ自分で歩け!」
「さぁ?ただなんか美味しいものでも出るんじゃない?だってなんかリートさんって料理上手そうじゃん。」
寮に向かう途中、イヤミを背負うジャックはうっとおしそうにして今晩のご飯が何かとユウトと話すが、ユウトの料理上手そうという言葉にイヤミの顔が固まる。
「……おい待てユウト、それはフラグだ。もう嫌な予感しかしない。」
「え?チョット待って何いってんだよ?なんでそんなに青い顔を?フラグって何!?」
「わからんがこの顔はいいものじゃないな。取り敢えず向かうぞ。」
イヤミの反応に嫌な予感を察した二人は、急いで寮に向かっていく。
だが近づくにつれ奇妙な異臭が辺りから、というより寮からして来る。
その匂いで今台所がどんな状況になっているのかを察した三人は腹がいきなり痛み始めていった。
****
「言い訳なら聞いてやる、だが一つ言わせてくれ。これはなんだ?」
台所にいの一番に向かったイヤミが目にしたのは、本当にそれは料理いや、人間の食べ物かと疑いたくなるような奇怪な色をした料理だった。
急いで料理をするリートを拘束。料理?を大きめな皿にシュートしてその魔料理を召喚したリートにこの物体はなんだとを聞くイヤミ。
質問されたリートはニッコリと笑って、見下ろしてくるイヤミに答えた。
「今日の夕飯ですよ。美味しそうでしょ?」
「ならこの生ゴミはお前の食いもんな。」
「ユウトすっげぇ事言うね。」
「つかどうやったらこんなものが出来上がんだよ。お前にとって料理って錬成か?」
三人はその料理?とやらを生ゴミのような目で引いていく。
そしてイヤミはコイツが料理下手なのを多分知っているであろうレーヴェを思い出し、今度ぶん殴ろうと誓った。
「もういい、料理は我々で作るぞ。あのアホ狼は死んだ。」
「いい案だけど、お前ら料理できんのか?」
「俺野菜の皮とか切るぐらいなら。」
「私はあんまわからんけど、多分できるわ。」
「あれ?私の料理は?」
「「「お前は引っ込んでろ。」」」
リートを簀巻きにして窓から魔料理ごと捨てた三人は、台所に立って今晩の夕食について話し合う。
「じゃあ何作ろうかね?材料は……なんだコレ?」
イヤミは一つの食材を手にとって切ってみる。
しかし切った食材に、イヤミは首を傾げて後ろにいたジャックに聞く。
その食材は一見玉ねぎのような見た目だが、中身が南瓜のようになっていた。
「それはクイーゼっていう甘みの強い野菜だな。煮物とかに使う。」
「じゃあ煮物にしよう。切っちゃたし、ジャックすまんけどお前が食材選んで。私それ見ると混乱しそう。ユウトはその食材切ってくれ。」
「え、お前つくんの?大丈夫か?」
「もしやばかったら俺らで止めるぞ、良いなユウト。」
「了解したジャック。」
「お前ら失礼ね。」
イヤミの真後ろで二人して頷くのを、イヤミは黙々と調理しながら軽く小突いて文句を垂れる。
だが本人も料理した経験があるかどうかわからないため、少しだけ慎重にして作ったのだが、勿論それは後ろの二人には言わなかった。
そして調理すること数十分。
さっきの異臭とは違って鍋から醤油(ジャック曰く、海鮮油ソース)と出汁の良い匂いが台所をいっぱいにした。
ちなみのその間、ジャックとユウトはそこまで手伝っていないが、イヤミのその手際の良さから夢かと思って何回も顔を洗った。
勿論イヤミに怒られた。
そして出来上がった美味しそうな匂いに、ずっといたはずのユウトとジャックは酷く戸惑った顔でイヤミを見る。
「まじかよイヤミ、お前料理できたんだな……」
「いやまて、まだ味がわからない。もしかしたら見た目だけかも知れないだろう!!」
「そ、それもそうだな!」
「お前らなぁ……さっき味見したっての。」
イヤミはまだ疑うジャックとユウトに呆れた視線を送るが、それでもなお疑う二人は味見した。
「うまい……いや普通に美味いわコレ。」
「ば、馬鹿な!!こんな頭おかしいやつがこんなに美味いものを作るなんて……詐欺だ!!」
「ユウトお前の分なしな。ジャック、リリィ呼んできて。私準備でもしてるから。」
ガクッと膝をついて驚愕するユウトの頭を踏みつけるイヤミは、ジャックにリカーネを呼ぶようお願いをして皿を準備し始める。
ジャックはイヤミに了承して、いるであろう寮にあるリカーネの部屋に向かっていった。
「おいリカーネ、飯できたぞ。おーい?」
部屋の扉をノックするが部屋の主からは返事がなく、ジャックは首を傾げて何度もノックしていくがやはり返事はなく、ジャックは仕方なく部屋を開けることにした。
「入るぞ……って寝てんのか……」
部屋を見れば机に突っ伏して眠るリカーネに、ジャックは軽くため息を付いて近づく。だが床の周りは紙が散乱していて、通りにくくジャックは眉をひそめて拾って整理する。
「おいリカーネ起きろ。飯だめし。」
「んん……スゥ……」
「いや寝るな寝るな。」
体を軽く揺らしてリカーネを起こすが、身じろぎするだけ起きる気配がないリカーネにジャックは困ったように頭を抑えた。
「はぁ……どうしようかね。」
「お前遅いよ、何してんの?」
「いや、コイツ起きなくて……無理やり起こすわけにも行かないから。」
困って行動できないジャックの後ろからニュッと顔を出すイヤミは、ハヨしろという顔をしてジャックに何をしてるか聞くが、ジャックが寝ているリカーネを指さしてイヤミに見せる。
「アチャチャ……ほらリリィ起きなさーい。何時までこんな時間まで寝てるのよ!学校遅刻しちゃうわよ!」
「何いってんだお前?」
「良いから見てろ、絶対起きるから。」
甲高い声でリカーネの体を揺らして現代の人なら分かるセリフを耳元で言うイヤミ。
ジャックはそんなイヤミを引いた目で見ていたが、唸って体を起こすリカーネに驚く。
「んん……今起きるよお母さん……って何してるのよイヤミ。」
「ほれ見てみろジャック!コレが伝統だ!」
「なんの伝統だ!……リカーネ飯だ行くぞ。」
「え、もうそんな時間なの!?」
いつの間にか寝てたなんて……と呟くリカーネを連れながらイヤミとジャックは顔を見合わせて首を傾げる。
「何やってたんだろうな?」
「さぁ?後で聞けば良いんじゃないか?」
「それもそうだな。」
疑問が残るが空腹には勝てなかったイヤミとジャックはご飯まっしぐらになって急ぎ足で食堂に向かっていった。
****
「ええ……イヤミのご飯が美味しいだなんて、なんか解釈違い。」
「お前もか、お前もなんだなリリィ。」
食事が終わって一息つく四人は、ゆったりとした時間を過ごしていた。
因みにリートは窓から投げ捨ててからは誰も様子を見てないので、どうなったか誰も知らないが、興味もないので心配はしていなかった。
「どいつもこいつも失礼この上ないな……もう良いや、取り敢えず初日なにやったかの発表をどうぞ!あ、ユウトとジャックは要らんぞ興味ない。」
「実質私だけじゃない。私はただの勉強よ、大したことないわ。」
「あんなに魔力が満ちてたのにか?」
何故か誤魔化すリカーネに、ジャックは入れた紅茶を飲みながらジトッとした目でリカーネの心の内を覗くように聞く。
「……まだ言えないわ……」
「?なんでだ――」
言えないとそっぽ向くリカーネを、怪訝な顔をして見るジャックは更に問い詰めようと前のめりになる。
しかしパンと手を叩いてそれを止めたのはイヤミだった。
「ま、ジャック!そう問い詰めるのは野暮ってやつだぜ。こういうのはお楽しみってやつだから。なぁリリィ、もしそれが終わったら言ってくれるんだろう?」
「!うん。必ず言うわ。」
「お前が始めたくせに、分かった。じゃあ別の話をしよう。」
「んあ?別の話?って何が?」
間抜けた表情でイヤミはジャックを見つめるが、ジャックはそんな様子でポケっとするイヤミの前の机を叩く。
「お前が知ってること全部だよ!!お前また何隠してるんだこの阿呆イヤミ!」
「全部って……何がだよ?つか叫ぶなよ。」
「イヤミ……お前国王との話し合いで、なにを交換条件でこの件を受けたんだ?お前がタダ働きするとは思えんし、どうせまた碌でもない事考えてんだろ。」
「それ話し……てなかったな。イヤ別に?ただお金とこれから旅をより快適になるための条件を引き換えにしただけだって。だからそんな疑わしそうな目で見んな。」
イヤミが軽く応えるが、ジャックはそれでも疑わしそうにまだイヤミを見ていた。
その視線を面倒くさそうに肩をすくめてイヤミは食堂から出ようと立つ。
「あ、おいイヤミ!」
「ジャック、全てはあとのお楽しみだ。安心しろ、お前らがなにか困るようなことは条件に入れられてねぇから。んじゃ、私風呂入って寝るわ。」
「コイツホント勝手だな!」
お休みと手を振って出ていくイヤミに、ジャックはため息を付いて紅茶を飲み干して同じように出ていく。
ユウトとリカーネは顔を見合わせてどうしようかと首を傾げた。
「取り敢えず……わたしたちも戻りましょうか?」
「そっすね、じゃあリカーネさんお休みなさい。」
「うん、お休みなさい。」
ペコリと頭を下げて同じように食堂を出ていったユウトを見送って、リカーネは空いている窓から夜空を眺める。
荒野で輝く星と金に輝く満月の、とても美しい景色の夜だった。
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