第28話「スパルタ式ブートキャンプ」

 荒野という自然の脅威が広がる獣人国では、その国で暮らすと言うだけでその体は男女ともに強靭となって変化していく。

 だからこそ、この国で鍛えることはかなり合理的と言えるだろう。

 ――客観的に見れば、だが。


「フッざけんなよお前!この谷から飛び降りろとかただの自殺じゃねーか!!」


「おや、イヤですねぇ。そう簡単に死にませんよ、ちょっと足の一本や二本折れるだけですから。」


「足は二本しかないの!一本でも谷底で折れたら人は死んじゃうの!Do you 

 Understand!?」


 イヤミはリートの首を絞めて目の前にある、底なしとも言えそうな谷を指さして抗議した。

 ジャックはイヤミの叫びを聞きながら谷に向かって石を投げる。

 数十秒経っても音がしないことから、相当な深さがある谷だと分かりジャックとユウトは青い顔をしていた。


「俺、ここで死ぬのかな……」


「旅始まってばかりで死ぬって……笑えない冗談だな。」


 乾いた笑いを上げたまま地面に遺書を書く二人に、リカーネは静かな目をする。

 この谷に落ちるのはこの三人だけで、リカーネはまた別のことをするとリートはこのキャンプが始める前に語った。

 その別のことというのが。


「能力の応用、ですか?」


「はい、貴方にその知識とやり方を指導いたします。貴方の能力はもったいなさすぎる。少しやり方を知っていればあの四天王にだって勝てたのですよ。」


 戸惑うリカーネを見ながら、リートはリカーネの力がどれだけの力を持つことは語った。

 そしてその力の使い方もわからないリカーネに、少しだけ非難するような目をしたリートは、この一週間を考えるイヤミたちにちらりと視線を向ける。


「……貴方が少しでも自分のことがわかっていれば、イヤミも私とこのような不利な条件を飲む必要なんて、なかったんですよ。」


「っ!」


「貴方はそれを心に刻んで、この一週間という短い時間を有効活用してくださいね。イヤミたちを思う気持ちが、本当であるならば。」


 リカーネの横を通り過ぎてイヤミたちのもとに向かったリートから、ある感情がリカーネの肌を撫でていく。

 その昔から感じたことのある感情に、リカーネは俯いて歯を食いしばった。


(リートは、私を嫌ってる。

 何もできずにいた私を、嫌悪して憎んでる。

 あんな憎々しげな鋭い目をした顔は、あの舞踏会以来ね。)


 ふっと思い出されたあの出来事に落ちた視線。

 その暗い視線に気づいたのは、乾いた笑いをしている二人の遺書を消していたイヤミだった。


「…………」


「ん、どうしたリリィ?何かあったか?あ、やっぱりお前も思うよな、この谷に落ちレースを考えたアホのこと。全く誰がこんなの考えたんだよ阿呆なのか馬鹿なのか?普通に死ぬっつn――」


「――イヤミ!私頑張るわ。みんなを守って見せる!」


「……うん、え?」


 見当違いのことをジトッとした目で谷を見つめて話すイヤミの言葉を遮り、リカーネは決意を示してイヤミの肩を叩く。

 そのままどこかへ行ったリカーネに、イヤミは一人その意味がわからずぽつんと立っていた。


「えぇ……何がどういうことだ。」


「おまえなにか言ったのか?」


「いや何も?ただこの谷にだけは行きたくないなってだけしか。」


「うーん……?なにがあったのやら、あんなリカーネ初めてみたわ。」


「……」


 ジャックは、固まって突っ立ているイヤミに近づいて何があったかと話しかける。

 イヤミもそのことが分からずジャックとヒソヒソ話すが、リカーネのあの切羽詰まった目を思い出して去っていくリカーネの背中を見ていた。


 ****


「つ、疲れた……」


 そう息を乱して弱音を吐いたのは、さっき無理やり谷に落とされたイヤミである。

 数時間前に落とされて、今ようやっと登ってきたイヤミは服のあちこちがぼろぼろになって大変みすぼらしくなっていた。

 その後からジャックとユウトが無事に登りきり、三人は谷を登り切る。


「お疲れさまですイヤミ。まさか本当に登ってくるとは思いませんでしたよ。」


 ボロボロのイヤミを上から覗き込み、本当に驚いたと言うかのように驚きの顔をするリートはポロリと衝撃の事実を漏らす。

 その反応にぐったりとしていた三人がピクリと顔を上げた。


「テメェ……絶対に許さん。そのいかれた脳天に鉛玉打ち込んでやる。」


「絶対に泣かす、絶対にだ。」


「こ、これだから狼は嫌なんだ!こういう事を平気でするからよ!」


 ワーワーと叫んで恨みを垂らす三人に、笑みを絶やさず対応するリートは次の訓練をしますよと言って、イヤミたちを引きずっていった。


「――体力の次は実戦です。私と一対一で戦って一発でも私に攻撃を当てれれば今日の夕飯はその人の好きなものです。無理だった場合は明日は今日の倍やります。」


「おっしゃやるぞお前ら!!このクソ狼に死の鉄槌を下だせ!!」


「「おおおおお!!!!」」


 ジャックの叫びに、やる気ならず殺る気満々のイヤミとユウトは拳を上げた。


「フフフ、本当に飽きませんね。」


「言ってられるのも今のうちだぞリート!その笑みにこの鉛玉をブチ込む!!」


 本当になんで主人公なのかなコイツ、とも言えるような悪人面をしてリートを指差すイヤミは、銃をホルダーから取り出してリートに照準を合わせる。

 ジャックにまずは私だというように、手で合図してリートの前に立つ。

 二人はイヤミに最初を譲って後ろに下がって、その模擬戦を観察した。


「では、始めましょうか。準備は良いですねイヤミ?」


「ああ、準備はできている。」


 風が二人の間を吹き抜け、静かな闘志が灯るのをイヤミは確かに感じ取った。

 リートのその隙きのない佇まいにある獣の気配に、イヤミの喉が鳴る。

 いつまでもお互いの出方を探っていた二人の間に、風で運ばれてきた一枚の葉が地面に落ちた。

 それが合図になって二人は同時に動き出す。


「シッ!!」


「……」


 リートの足を蹴ろうと地面に滑り込んで蹴るイヤミの足を、リートは軽く避けて砂をかける。

 避けられることを想定していたイヤミは、素早く起き上がって砂を避けリートの顎に拳を叩き込もうとリートに近づく。

 拳を手のひらで受けたリートは、イヤミの力を利用して壁側に投げる。


「ハッ!」


 鼻で笑うイヤミは空中で体勢を整えて逆に壁を利用して壁を蹴り上げた。

 その勢いに任せてイヤミは銃をリートに向かって発砲する。


「良いですね。その動き。」


「そらどうも!!」


 銃弾の軌道を読んで避けたリートは素早く潜り込んでイヤミの腹を殴りつけた。

 その衝撃に歯を食いしばって、イヤミは間合いを開けて退避する。


「グッ!!速い!!」


「ほらほら、隙だらけですよ。もっと集中してください、私はまだ能力を使ってないんですから。」


「めちゃくちゃムカつくな!!」


 しかし逃げても追ってくるリートの顔は余裕綽々とした笑みでイヤミを苛つかせた。

 段々と攻防が逆転し始めたイヤミとリートの戦いは苛烈に変わっていく。


 イヤミの表情からは余裕が消えてリートただ一点を見続ける。

 リートも笑みは堪えてないがその目は真剣な光をともした。


「……吸収が早いですね、異常なほどに。」


「それが本当の私の特技だ。ほら、もう少しで攻撃が当たるぞ?」


 そう言ってイヤミの踵がジャックの頭に落ち、それを間一髪で避けたリートからはナイフのように鋭い殺気がにじみ出る。

 その口元に笑みは、あの胡散臭いものではなくもっと荒々しいものになっていた。


「もう余裕はないのか?存外楽勝だな。」


「手加減されて勝っているというのがそんなに嬉しいのですかイヤミ?少し安すぎですよ。」


「なんとでも。手加減している間にぶちのめせれば、それがどんなものであろうとも勝ちは勝ちだ。違うか、リート?」


「――本当に面白くなってきました。」


 殺気に当てられて笑うイヤミに、リートの目が光る。

 模擬戦は、更に苛烈になって二人を戦いに酔わせていった。


 ****


 あれから三十分近く模擬戦をしていたイヤミだったが、結論から言うと負けた。

 暫くは当てる当てないの接戦をしていたイヤミとリートの戦いは、とうとうリートが自身の能力を使ったことによりイヤミは瞬く間にたおされて選手交代となった。


 今はジャックがリートと模擬戦をしているのを、イヤミは悔しそうにしてみている。


「ちっくしょう負けたー!!悔しいーー!!」


「いやいやアンタすごいよ。めっちゃ接戦だったじゃん。」


 バタバタと足を地面にぶつけて寝転ぶイヤミに、ユウトは真っ青な顔をしてリートとジャックの戦いを観察しながら褒める。

 イヤミはユウトの様子を見て、体を上げて同じように模擬戦を観察した。


「接戦じゃ駄目だろ、あのクソ狼に勝たないと。」


「凄いな、俺には接戦すらも無理なのに……」


 ポツリ呟いてとユウトは羨望の眼差しとともに模擬戦をじっと見つめているユウトに、イヤミは静かな声でユウトに問い質す。

 ずっと思っていたことを。


「……なあ、ユウト。お前の妹、聖女なんだってな。」


「っ!!何時から!!」


「リュウジが、お前のことも聖女のことも子供だと言っていたからな。ユウトとユウナ、名前が似てるな。いいね。」


 ユウトは驚いたようにイヤミを見るが、イヤミの落ち着いた話し方で理由を説明する。

 模擬戦から視線を外して、ユウトに微笑む。


「……ああ、俺とユウナは双子の兄妹だった。ユウナは、いつも穏やかで笑っていて、みんなの癒やしだったんだ。俺の……自慢の妹だったんだ、なのに……」


「聖女になってしまった。」


 その笑みに警戒を解きイヤミの横にドカリと座りこんで、ユウトは自分のことを初めてイヤミに話した。


「そうだ、ある日突然空から金色の光が降ってきて、それからユウナは城に連れられてしまったんだ。」


「それでこの事件が起こったと……」


 ユウトのある言葉にイヤミの思考が別の方向に変わる。

 しかし自分から聞いたのに相槌をしないのは流石に悪いと思い、少し適当になったが相槌した。

 だがいずれも、思考は止まることはなくイヤミは俯いていく。


(突然……?聖女になるには生まれつきのものが必要なんだと思っていたが、突然なることもあるのか……じゃあもしかしたら……いや、まさか……)


「おい、おい!大丈夫か、すごい体勢になってるぞ!?」


「うん、ああ。気にすんなたまにこうなる。」


「いやそうはならんだろ!?なんでしゃちほこみたいになんだよ!!」


 思考に沈んでいたイヤミの耳元に、ユウトの声量が響く。

 イヤミはその声を疎ましげにして、いつものことだというイヤミだったがその格好は意図しないとできないような体勢で、ユウトはツッコミを入れた。


「まぁまぁ、こうなっちゃうのが私だから。」


「全く、本当に変なやつだな。」


 体勢を戻して笑うイヤミに、ユウトはため息を付いて模擬戦の観察に戻る。

 まだ幼さ残るその横顔を見て、イヤミはユウトの背中を叩く。


「おいユウト!お前の妹、絶対に助けるぞ!」


「!?……当たり前だ!そのために俺は此処にいる!」


 ニッと二人は笑い合って拳を合わせ、誓いあった。

 必ず聖女を奪還することを、そして四天王を倒すことを。


「…………」


 だから、イヤミはさっきまであった考えに蓋をした。

 今はまだその時じゃないと目を瞑って。


 キャンプはまだ、始まったばかりだ。

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