第26話「ラブコメ(笑)」

 イヤミがこの国の国王相手にやらかしている頃、リカーネはその眠たい思いを抑えてジャックに付きっきりになっていた。


「リカーネ様、一度寝た方が良いですよ。目に隈がすごいことになってますし。」


「……すみません先生。ですが仲間が起きるまで寝たくないんです。」


 イヤミと強制的に別れたリカーネは安心できるところを失ってしまい、ジャックの目が覚めるまで起きることにした。


 すぐ横のベッドにもイヤミの手によって気絶させられたユウトが眠っているが、その内起きるので全く心配してないリカーネだった。


 しかしここまで起きないとなるとリカーネには相当なストレスがかかる。

 既に2日ぐらいは睡眠不足で酷い顔だったのに、今はさらに酷く目の下に真っ黒い隈ができていた。


「お願いです先生。」


「……」


 医者であればその立場上、止めるべきなのだろう。だが無理に寝かしても逆効果かもしれないと考えた医者は、ため息をつく。


「わかりました、私は少し外しますので、もし彼が起きたらそこのベルを鳴らしてください。」


 医者は机に置いてある、ベルの形をした魔法具を指さして出ていった。


 部屋にはリカーネと眠るふたり。

 窓に移る景色は整えられた四季の花が織りなす庭に、カラッとした青い空が映り込む。

 その蒼々とした空とは裏腹にリカーネの心は沈んでいく。


「……私何やってるのかしら、あの時ジャックに守護の魔法でもかけていたら、こんなことにはならなかった筈なのに。私少しイヤミたちに甘えすぎているわ……」


 独り言を漏らすリカーネは、自分の言った甘えという言葉が心に黒いインクとなって滲み出した。

 ツンと鼻の奥が疼き出してギュッと拳を強く握り締める。

 滲む目の前の景色は、真っ青な空だった。



 ****


「ヨシヨシ、落ち着きましょうねイヤミ。」


「わかった、わかったから離れろ。近い。」


 穴だらけになった王の間。

 そして元凶のイヤミは今、リートに頭を撫でられていた。


「ハァ、ハァ……ようやっと止まった……」


 そんな二人を横目に肩を大きくして息を整えるレーヴェ。

 かれこれ三十分近くイヤミに命を狙われ続け、気の休まるどころか少しでも気を抜くとヘッドショットを決めようとするイヤミが恐ろしく、リートが止めるその時までレーヴェはずっと逃げ続けていた。


「んで?ここまで私をムカつかせたんだ。それ相応の理由があるんだよな?」


 言外に、もしそれがなかったらお前に明日はない。

 という意図を含むイヤミの目に、レーヴェは何回も首を上下に振って応える。


「も、勿論だ。しっかりとした理由はあるぞ。」


「じゃあ話を戻すぞ。なぜ聖女を魔族に渡した?聖女は国の宝だろう。」


 イヤミの呆れの含む目を一国の国王に向けて話を戻すイヤミ。

 レーヴェはその視線に気後れしながらも咳払いをして話した。


「その通り、聖女はこの国でも宝だ。だから俺様はわざと聖女を渡したんじゃない、聖女自らが拐われたのだ。この国に手を出さないよう、交渉するためにな。」


「は……自ら死ににいくような真似をしたのか?この国の聖女は。」


 イヤミは思っても見なかった衝撃的な事実に、王への視線を真面目なものとする。

 この当然とも言える疑問に、レーヴェも頷いた。


「ああ、最初は俺様も反対した。だが聖女は……ユウナは我々の目を掻い潜り、その足で四天王の元に行ってしまったきりだ。」


「……それで、国の結界が消えてこんな事態にってか。……私らはどうすれば良い?お前の目から見て、私は合格か?」


 ため息を付いて首を振ったイヤミは、レーヴェを真っ直ぐ見つめる。

 イヤミにあってからほとんど王らしいこともできなかったレーヴェは、口の端を上げて笑った。


「勿論だ。……頼むイヤミ、この国を救うために協力してくれ。」


「そのためにここに来た。だが、正直私ではグライアには勝てないぞ?どうするんだ?」


 首を傾げてレーヴェに言うイヤミに、レーヴェは邪悪な笑みを浮かべた。

 その笑みを見たイヤミは思う、不味いこと言ったかも知れないと。


「大丈夫だ、そこは問題ないぞ?お前らにはこれから、ある事をこなして貰うからな。……あとは頼むぞリート。」


「え、チョット待って!なんでコイツの名を呼んだんだ!?嫌な予感しかしないんだけど!!」


「フフ、そんなに喜ばないでくださいよイヤミ、照れちゃうじゃないですか。……はい、王よスパルタで行きます。」


 本当にいつの間に近づいたのか、逃げようとするイヤミの腕を掴んでレーヴェに頷くリート。

 イヤミは全力で首を振ってその手を外そうと奮闘するが全く外れないことに戦慄を覚えた。


「いや待て!!まずは仲間と要相談からで!!ホウ・レン・ソウ大事だから!!!」


「全く仕方ない人ですねぇ。分かりました、ですがそこまで時間もありませんので早めに行ってくださいね?」


 その言葉にホッと胸をなでおろして、急いでリカーネのもとに逃げ込もうとするイヤミ。

 しかし、仕方ないとか言いながらも全く離さないリートの目には、なにか狂気のようなものが宿っていた。


「ああ、そうでしたイヤミ。逃げよう、だなんて考えないでくださいよ?もしあなたが逃げてしまったら……」


 そっと近づいて黙り込むリートに、イヤミは首を傾げて待つがなぜか何も言わない。


「え、逃げたら何?なんで黙るの?怖いんだけど!」


「…………」


「わかった!!逃げない!!逃げないからいい加減離せ!」


「ああ、良かった。その言葉信じますよ?もし破ったら、あなたが人前で言うのも躊躇うようなことしますからね。」


「――〜〜っっ!?」


 リートの手を離そうと振り続けるイヤミの体を引き寄せ、リートはイヤミの甲に口づけをする。

 その様子にイヤミは息を呑んで失神しそうになるのをなんとか堪えるが、その顔は青を通り越して真っ白に燃え尽きていた。


「……彼奴怖っ……」


 他人事のように見ていたレーヴェはそっと呟いて、体を庇うように腕で抱く。

 兵士たちもその言葉にうなずいて、イヤミを生贄に存在を空気にしてそっと見守っていた。



 ****


 そんな事あって数十分後、イヤミたちから離れリカーネの方では。

 真っ白になっているイヤミとは真反対に、己の無力さに真っ黒になっていた。


「……はぁ、私なんて私なんて……」


 守る力があったはずなのにそれを一切実践で扱えてないことに嫌気が差して自分を責めるリカーネ。

 これでため息の数は三桁に届きそうである。


「そうだわ……強くなればいいのよ。もう二人にも負けないぐらい……そうだわ筋トレよ!!!」


 拳を握って突き上げ、ドヤ顔で語るリカーネ。

 しかしその目は眠気と疲れからか、ナチュラルハイな目になっていた。


「いや、筋トレしてどうにかなるかそれ?というかなんで筋トレなの?」


「イ、イヤミ!?……どうしてそんなにボロボロなの?」


 後ろから聞こえた声にリカーネは振り向いて、そしてその仲間のボロボロな姿に目がジト目になる。


「……うん、その話はまた後でってことで。それよりもリリィ、顔酷いことになってるぞ。寝たら?私がこの阿呆ジャック見てるからさ。」


 イヤミはその視線から顔を背き、咳払いをしてごまかしてジャックを指さして笑った。

 その誤魔化しに本当に何したんだコイツ……という表情になりながらも、イヤミが来たことによって眠気が一気にきたリカーネは、船を漕ぎ始める。


「でも、私のせいなんだから……」


「別にリリィのせいじゃないと思うけど?だってコイツがこんなんになってるのって敵に油断してただけだし、コイツのミスミス!」


 イヤミはそう言いながら、ジャックのデコを弾いてクスクスと笑う。

 しかしイヤミに納得のできないリカーネはムッとして黙ってしまった。


「…………」


「うーん……しょうがねぇな。じゃあ鍛えよっか、みんなで。」


 腕を組んで悩んでいたイヤミが出した答えにリカーネは驚く。

 なぜならイヤミは、鍛えるとか努力とか、そういう青臭いものが苦手なタイプだと思っていたから絶対にその案は出ないと思っていたリカーネ。


「え?鍛える?……正気?」


「どういうことだ?なんでその案出しただけで、そんな目で見られなくちゃいけないんだよ。」


 ナチュラルに遺憾の意だったイヤミであった。


「本当だよ。ちょうどその話も出てたし……取り敢えずジャックが起きてからその他諸々詳しく話すよ。だからいい加減寝なさい。お肌に悪いでしょもう!!」


「……ちゃんと説明してよね?この件に首突っ込む理由も聞いてないんだから。」


 イヤミのわざとらしい女口調にフッと表情を緩ましたリカーネは、空いているベットに横になってイヤミに聞く。


「はいはい、お休み。良いからねちまえ。」


「ん……お休みなさい。」


 じっと見つめてくるリカーネの目の上に手のひらを乗っけたイヤミは、しばらくすると静かに寝息が一つ増えた。

 リカーネの穏やかな寝顔に微笑んだイヤミは、音を立てないようにしてジャックのベットの近くに立つ。

 そして……


「よし、ジャックを叩き起こすか。」


 真顔になって寝ているジャックの上に乗り、さっきリートから貰った激不味飴を取り出して口に放り込む。

 なんでもこの飴は、ドブとオッサンの足の裏を煮詰めたような味がするらしく、ジョークアイテムでかなり人気があるそうだ。

 一体誰得なのかはわからないが、それをもらった時のイヤミの顔は清々しいほどいい笑顔だったらしい。


「ほーらジャック君……一個じゃ足りないならもう一個追加しちゃおうね?」


 そう言ってもう一個口に放り込むイヤミの顔は、かなり酷いものだった。


「……う、うぐぐ……」


「お?飴ちゃんが溶け出したかな?」


 段々と穏やかだった寝顔は、飴が溶け出したことによる不味さから青く変化していく。

 そして唸ること数秒で、ジャックは飴を吐き出して咳き込む。


「う、うげ……おえ!!何だこれマジイ!!!はっ!?なんだコレ!?」


「おはようジャック君。良い目覚めだな?」


 ニッコリと微笑むイヤミを目の前にし、ジャックは真顔で問う。

 若干怒りが滲み出しているのは、イヤミの気の所為ではない。


「お前、お前なんで俺の上にいんの?まさかこの人間の食い物とも思えないようなもの食わせたのお前か?」


「ホラよくあんじゃん。女の子が目覚めた時に上にいるアレだよ、つまりラブコメラブコメ。それとそれを食わせたのは私だよ、ハート。」


「……色々聞きたいことはあるがまずは、お前本当に殺す。」


 近くにおいてあったダガーを掴んでイヤミに攻撃を仕掛けるジャック。

 しかしそれも予測済みだったイヤミは優雅に避けて煽り返す。


「いやいや?なんで怒ってんの?私別に悪いことしてないよ?それとも何、お前目覚めのキッスがご所望か、このムッツリめ!!」


「ああああああ!!お前本当に殺してやるクソイヤミ!!!口の中がクソみてぇな味がする!!」


「ザマァ見やがれ!やれるもんならやってみろよ!敵に隙きを突かれちゃった間抜けジャックが!!テメェリリィに膝枕されたってだけで百万回死ぬ理由があんだぞこっちには!!しかもめちゃくちゃ心配されてさっきまで看病してもらうとか死ね!!」


「は!?その話もっと詳しく!!つかお前も突かれてただろうが!!」


 ギャーギャーと騒ぐジャックとイヤミ。

 その近くで寝ていたユウトは二人に向かって叫んだ、その心の底から思ったことを。


「いや寝れないんですけど!?あんたらうるっせぇよ!!!」


 投げた枕は、二人の後ろにあった壁に当たって羽毛が飛び散ったのだった。

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