第25話「獅子は逆鱗に触れる」

 目の前には玉座に座る獅子のような男。

 周りには隆々気骨な兵士と、あの黒いオオカミ。そしてその中央で死んだ目になっているのがイヤミである。


「えー、起きたばっかでこれかよ……」


 ため息と共に出た声は、王の間に響いた。


 ****


 時間は遡る。

 イヤミたちはグライアを撃退した2日後、神楽組の本拠地を離れて、リートが待機させていた馬車に向かう。

 だがここで少しイヤミたちに問題が起きた。


「――え?もう一度言って貰えるか、リュウジ。息子を……なんだって?」


「イヤミ殿が言いたいことも分かります。然しどうか、儂の倅を連れて行って頂けませんか?」


 イヤミとリカーネは顔を見わせて戸惑う。

 リュウジが言うには、今の自分たちの力では次期組長であるユウトを守りきれない。

 だから力あるイヤミたちにユウトを守ってもらいながら、まだ未熟なユウトを育てて欲しいというのがリュウジの狙いでありお願いだった。


「でも、なぁ……私達もある意味あの変態の厄介者になるからなぁ。リートに聞けばいいんじゃないか?」


 面倒くさそうにこちらを見て尻尾を振っていたリートを指さすイヤミ。

 変態扱いに喜ぶリートは、多分あっちの方向の人だろう。


「私は構いませんよ?猫一匹増えようがやることは変わりませんから。」


「……ということなので私はいいけど、リリィはどうする?」


 イヤミは何故か体を密着させるリートを押し返して、リカーネに聞き返す。

 リカーネは目を伏せ、少し考えた後イヤミに頷いた。


「私も大丈夫よ。ただジャックはなんて言うか……」


 未だに寝ているジャックをちらりと心配そうに見るリカーネ。

 リカーネの回復魔法はジャックを傷を痕なく治した、だと言うのに何故かジャックが起き上がることは無かった。

 それからというもの、イヤミとリートはただの疲れだろうと言ったが、リカーネはそれでも安心出来ずにジャックにベッタリとなっている。


「ま、ジャックは別に良いだろ。……うん、じゃあ連れていくか?」


「感謝致しますイヤミ殿。」


 リュウジは頭を下げてイヤミに感謝を告げる。その下げた頭の中で、一体何を考えているのだろうとイヤミは静かに思うが、もう会わないであろう人を詮索しようが無駄な事だと黙った。


「それでは、王都に向かいましょう。」


「ん、じゃあな。世話になった。」


「はい、愚息をよろしくお願いします。」


 馬車に騒いでうるさかったので気絶させた(イヤミが)ユウトを詰め込み、乗り込む。

 リュウジは乗り込み出発するまで、その場にずっと立っていた。


「――過保護だな。リュウジも。」


「そうですね。ですが分かる気もします。」


 馬車の御者台に座るイヤミとリートは、馬車が消えるまで見送り続けるリュウジのことを話していた。


 なぜイヤミがリートと一緒にいるかと言うと、馬車に乗るメンバーにユウトが増えた為、イヤミの座るところが狭くなりイヤミは渋々御者台に来たのだった。

 しかし、初めて見る御者の景色に少しだけ気分をあげていた。


 そして今は景色に飽きて暇になったので、暇つぶしの為にリートと話していた。


「へぇー?お前にも大事な人がいるんだな。意外だわ。」


「私にだって居ますよ。すぐ横に。」


「チョットナニイッテルカワカラナイ。お前の反対横には誰もいないが?」


「おや、手厳しい。これは長期戦になりそうです。」


 なーにが長期戦になるだ馬鹿め。お前の勝利なんて永遠に来ないわ。


 イヤミは心でそんなことを思いながら、笑うリートと同じように笑い合う。

 その後もちょっかいかけるリートを捌きながら時間を潰すイヤミだったが、いつの間にか眠ってしまった。


 ****


「で?これと?」


 城門前で起こされたイヤミは、リートに連れられて城の中を歩く。

 リカーネ達といきなり別行動をさせられることにイヤミは説明をリートに求めたが、のらりくらりと躱されて説明されることはなかった。


「済まないなイヤミよ。俺様が無理を言って連れて来てもらったんだ。」


 不機嫌になったイヤミに、玉座にいる男はフランクに話しかける。

 裏表のなさそうな陽気っぽい男、それがイヤミの男に対する第一印象だった。


「そうでしたか……それで、私に何用で?

 百獣の獅子王『レーヴェ・ベスティエ』王よ。」


 お前のせいか、とでも言うようなイヤミのうんざりしたあからさまな表情に、レーヴェは声を上げて笑う。


「ハハハハっ!リート、確かに面白い子だな!俺様は気に入ったぞ!」


「王よ、横取りは許しませんよ。」


「何言ってんだコイツら……」


 突然笑って意味不明な事を言う2人に、イヤミは決してジャックやリカーネの前でしないような顔で2人を見て引いた。

 周りの兵士たちも見てみれば、兵士たちは軽く頭を振ったり、頭を抱えるものも居たのでこれが通常通りなのだろうとイヤミは心底ウンザリする。


 この国大丈夫か?

 ただこれに尽きるイヤミの目は乾いたものだった。

 だが二人の世界に入り込みそうな雰囲気だったのか、近くにいた苦労人の気配を漂わせる兵士が声をかける。


「王よ、早く本題に入られた方が……」


「おおっとそうだったな!悪い悪いイヤミよ!つい、お前のその目が面白くてな。」


「おん?それは侮辱ととっても?」


 悪口のようなことを言うレーヴェに対して、イヤミは懐にある銃を掴む。

 それに気づいたレーヴェは焦ったように手を目に振った。


「ち、違うぞ!?ただその目をするようなやつは余りいなかったから珍しかっただけだ!だから取り敢えずその、とやらを離すのだ!」


「…………何故この武器の名を知っているのです?私は一言だってコレを銃だなんて言って無いはずだが?勿論、リートの前でも言ってないし仲間も言っていない。……なぜ知っている。」


 銃という言葉に反応して、ピクリと体を揺らしたイヤミ。低い声で警戒心を顕にするイヤミに、レーヴェの表情が変わる。

 無邪気な悪意、というのが正しいような笑みを浮かべたレーヴェ。

 足を組み直してイヤミを見つめた目は、どこか感じたことのある捕食者の目だった。


「……ほう?流石だな。四天王を退けただけのことはある。」


「そんなことはどうでもいい。私が寝ている間に聞きました、だなんて下らない言い訳は言うなよ?リリィは私の武器について知らない奴に言うような女じゃない。

 だとすれば、お前らは私たちが思うよりもっと前から監視していたか、あの組の中にリート以外の誰かがいたな?」


 ピリつくイヤミの殺気に、レーヴェとリートは笑うだけで、特に何かをするつもりは無いらしい。ただジッとイヤミの言動を観察するだけだった。


「そうだ、と言ったら?」


「そうか、ならようやっと辻褄は合う。

 …………お前ら、さてはワザと聖女を魔族に誘拐させたな?」


 ****


 イヤミの衝撃的な言葉に、王の間は静寂に包まれる。

 兵士の一部にも驚きのあまり持っていた武器を落としてしまうものが出るぐらいだ。

 イヤミ含めて誰もが動けなく、そして動かなかった。


 一人の男が声をあげるまで。


「――フッハハハハ!!!ハハハハハ!!」


 レーヴェは腹を抱えて大笑いし、その笑いが止まるまでの間誰も動かなかった。


「ハハハッ……はー、おいリート。俺様はこいつが本気で欲しくなったぞ。」


「だからダメです。例え王でも許しませんよ。」


「……」


 銃を取り出してイヤミはレーヴェに照準を合わせ、引き金に指を置く。


「その笑いは、肯定としてみてもいいんだな?」


 イヤミの行動に兵士が反応する。

 槍をイヤミの方向に向け、その銃を下ろすように促すがイヤミが聞くことはない。

 ただ真っ直ぐ王の方向に銃口を合わせて睨むだけだった。


「撃ってみるか、それで。……イヤミ、なぜそこまでこの件に首を突っ込むたがる?お前には関係のないはずだ。あの元聖女には魔王の封印を頼まれていることは聞きを呼んでいる。だがお前までそれに付き合うはずはないだろう?あんなするだけ無駄だというもの。それにあの男も、お前の足ばかりを引っ張るではないか。必要などないだろう?」


「っ……!」


 イヤミの目がちらりと光り、銃を握り込む力が増す。

 だが黙り続けているイヤミを良いことに、レーヴェは追い打ちをかけるよう話を進めた。


「お前が望めば俺様はお前に地位も名誉もやるぞ。どうだ?確実性のない魔王のことよりもこっちのほうが良いとは思わないか?」


 レーヴェの目はイヤミを静かな視線で心理を読もうと覗き込む。

 甘言でイヤミという人物を図ろうとしていたレーヴェは、イヤミが本当に信用できるかどうか、ただそれだけを図るためにわざと挑発したのだ。


 それがイヤミの逆鱗だと知らずに。


「……ざけんな……」


「?何か言ったk「ふざけんな!!」――!?」


「どいつもこいつも好き勝手言いやがってっ。てめぇごときに彼奴らの何が分かるっていうんだ!!確かにリリィは許されないことをした!!でもじゃあテメェはどうなんだよ!?アイツのことどうこう言える立場かよ!!ジャックが足手まとい!?彼奴は私のわがままを聞いて元あった生活全部捨ててついてきたんだよ!!お前の言う確実性のないことにわざわざ人生棒に振ってだぞ!?お前にそんなことできるかよ!!」


 レーヴェは知らなかった。

 報告でしか聞いてなかった、イヤミが仲間を大事にしているなどという情報はそこまで書いていなかったから。

 しかもそれを表面に出さないイヤミの言動では、少しの甘い誘惑程度で落ちるだろうとも書かれていた。


 しかし今イヤミから伝わるこの感情の名は、怒り。


「そんなに私を怒らせてみたいなら、鉛玉をその空っぽな頭に打ち込んでやる!」


 獅子は怒れる竜の逆鱗に触れた。


 ****


(ぶち殺してやるこのクソライオン!!私の目の前でよくも彼奴らを悪女や足手まとい呼ばわりしやがったな!!!)


 イヤミの心の中は怒りでマグマのように煮えたぎっていた。

 まさか人生(といっても前の世界の記憶はない。)の中でここまでコケにされたことのなかったイヤミは、目の前が王だろうがなんだろうがどうでも良くなっているほど殺意に満ち溢れる。


 そしてその怒りは、ついに行動でも出た。


「死ねゴミが。」


 なんの躊躇いなく銃の引き金を引くイヤミの目は、完全にやる気そのもの。

 レーヴェの脳天近くにあった玉座の金具が、レーヴェが弾を避けたことにより抉れ消える。


「チッ、外したか。」


「ちょっ、待て待ってくれイヤミ!!少し落ち着けっ!!今の嘘!嘘だから!!」


「!!」


 レーヴェの静止の声に反応したイヤミは、その手を止めて……もう一丁の銃を取り出した。


「いや、おかわりとかじゃないんだが!?あ、リート!!スマンがこいつ止めてくれない!?先から話聞いてくれないんだけど!!」


「さすが私のイヤミ。一切の躊躇もなしに王に当てようだなんて、痺れてしまいそうです。」


「駄目だこいつ、もう壊れてやがった。」


 うっとりとした様子でイヤミを見続けるリートに、レーヴェは既に壊れていたことに気づいた。主に頭が。


 結局、イヤミの怒りが収まったのは王を本気で殺そうとしてリートに止められる三十分後のことだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る