第24話「恋愛フラグは蹴るべし」
時間は少し前に遡る。
ジャックたちがピンチに陥っていた前のこと。
イヤミは熱烈に視線を向ける存在の所にいた。
「よぉ、まさかお前だったとはな。」
「おやおや、随分と余裕ですね。いまお仲間がピンチでしょう。行かなくてよろしいのですか?」
真っ暗な日本庭園に立つ紳士服の男。
そんな事を言っておいてイヤミが来た瞬間真っ黒い尻尾は嬉しそうに振り、熱い視線を向ける男にイヤミは顔を歪ます。
「コホン……通りで居なかったわけだ。おまえ、軍の人間だな。」
「ええ、私は軍から派遣されたものです。よく分かりましたね、さすが私のイヤミさんです。」
「誰がお前のイヤミさんだ。イヤミさんはイヤミさんのだわ。」
遂にツッコむイヤミの冷たい視線に、更に喜ぶかのように尻尾を急速にふる男を、イヤミはため息を付いて頭を片手で抱えた。
「それで?どうしてお前がこんな所に?魔族を放って置いても良いのか。」
「良くはありませんよ勿論。それよりもお前、ではなくリートですよイヤミさん。リートとお呼びください、今すぐに。」
なにコイツ怖い、目がイッちゃってる。しかもこんな重大なことそれよりって。
イヤミはあまりのことで顔を引き攣らせるが、ジャックたちのことを思い出して首を振る。
「あー、リート……リートが言ったようにアイツラがやばいからさっさと要件だけ言うぞ。アイツを退くために私達に協力しろ、お前ならできるはずだ。」
「……ンフフフ、良いでしょう。私も色々あなたとお話したいですからね。」
ネットリとした目でイヤミを見つめて何か良からぬことを考えているリートに、イヤミは自分の選択を間違ったのではないかと本気で不安になる。
しかし今のイヤミたちではグライアに勝つどころか逃げることすらも可能かどうか。
だからイヤミはどんな条件でもいいから自分たちが助かる確率を上げるため、リートに急いで接触した。
それがリートの狙いだと分かっておいて。
「ではこちらからも条件を一つ。イヤミさん、四天王グライアの討伐及び聖女の奪還の協力をお願いします。」
「なるほど……」
そう来たか、コイツ……ただの変態じゃないな。
リートの条件に、イヤミはニヤリと笑う。
どっちにしろ条件通りのことをするつもりだったイヤミにとっては、目の前の男の条件は条件ではなかった。
「分かった、それを飲もう。」
「交渉成立です。これからよろしくおねがいしますね、イヤミさん。」
「あ、ああよろしく……」
ニッコリと笑って手を差し出すリートの手を、イヤミは嫌そうに軽く触って離そうとする。
が、その手を強く引かれて、イヤミは軽く躓きリートの体に突っ込んだ。
「うわっと、何すn――」
「そうそう言い忘れてましたが、私個人のお願いも聞いていただきますからね、イヤミさん。」
イヤミの耳元で囁いたリートは、イヤミの髪をすくい上げて軽く口付けをして離す。
固まったイヤミはグライアの前に居たときよりも青い顔をして、間抜けな声を出した。
「ヒェッ……」
やっぱり、判断間違えたかもしれない。ダレカタスケテ。
狼を利用として捕まりかけるイヤミは、心のなかで二人にSOSを送るが、寧ろそっちのほうがやばいことを思い出したイヤミはリートを連れてリカーネたちのもとに全力で走る。
「あのグライアの能力は地面と関係している可能性がある。」
「根拠は?」
「彼奴がいるたびに、地面に僅かな振動が起きていた。まるで振動で人の位置を見ている、そう、レーダーのようだった。」
イヤミは結界にいる間、ただボーッとしていたわけではない。
いくら巨人族が居たとは言え、イヤミのところまでかなりの振動があった。
その中で、かなり小さいが震度1か0の揺れが絶え間なく、そしてリズム的に起きていたことに気づき、情報を照らし合わせてグライアの能力が地に関係しているという仮説を立てた。
「れーだー?……なにかは知りませんがイヤミはとても物知りなのですね。」
いつの間に呼び捨てに……?
「さてな、どうして知ってるかなんて私は知らない。」
そもそも自分の記憶なんてないしね!つーかコイツ狼だよな?いや犬科だけどさ。距離が近い!!
熱い視線を受けながら死んだ目でそんな事を考えるイヤミは、段々と大きくなる振動に気を引き締める。
進むに連れて建物が崩壊しているところが増え、遂に開けた場所につく。
そこに見えたのは、グライアに追い詰められた二人の姿と、その間にあの猫の獣人が睨み合っている姿だった。
「ユウトくん!?」
「リカーネさん、大丈夫っすか!?」
リカーネの驚いた声と、
二人で見つめ合う姿は、まるでヒロインとヒーロの図。
その図を固まって見ていたイヤミが思ったのは、奇しくもリカーネと同じことだった。
「――いや、そこは私じゃないんかい!!」
****
「イヤミ!?」
イヤミの叫び声に反応したリカーネは、顔を上げて嬉しそうにイヤミを見つめた。
グライアも目の前の獣人には興味を失せ、ジャックと同じように自分の顔に傷を負わせたイヤミを見て、闘志を燃やす。
「ムゥッ!?来たか異邦人よ!!やはり逃げてなどなk「今はそんなことどうでもいいわ!!!リリィそいつから離れろ!!」――は?」
「へ?そいつって誰のこと……」
グライアの言葉を遮り、とんでもなく焦った様子を見せるイヤミにリカーネは間の抜けた声を出す。
それらすべてを無視しイヤミはまっすぐグライアの所まで走って、その勢いのまま――
目の前に居たユウトを蹴り飛ばした。
「「……え?」」
「グハッ!!!」
「死ねこの泥棒猫がぁ!!!」
ユウトは蹴られた衝撃で五メートル近く吹っ飛んで気絶する。
それを見ていたグライアとリカーネは、同じように放心したようにイヤミを見ていた。
「お、おい異邦人よ。なぜあの男を蹴ったのだ?泥棒猫とは一体……」
「はぁ?お前さっきの光景を見てわからないのか?」
イヤミの行動が理解できないグライアは、おどおどした様子でイヤミを見る。
だがここはイヤミ、かなり普通のことを聞いたはずなのに、逆に何故わからないのかがわからない。といった顔でイヤミはグライアに視線を向けた。
理不尽にもほどがある。
「いいか?今あの二人は見つめ合っていた。まあ、それ自体は気に食わんが良い。だがな、そうなった経緯が良くない。だってあれじゃまるで……」
「まるで?」
「リリィとあのクソ猫の恋愛フラグみてーじゃねぇか!!!」
「何言ってるのよこのバカイヤミ!!!」
鬼気迫る表情で話し立てるイヤミの頭を顔を赤く染め上げたリカーネが杖でぶん殴る。
「イッダァァ!?いきなり何をするだァー!!許さん!!」
「そんな事のためにユウトくんを蹴っただなんて信じられない!!しかも反省なし!?ユウトくんは自分だって危なかったのに助けてくれたのよ!」
「うぐっ。だけどこっちだってある意味危ないことを……」
恐ろしい剣幕でイヤミの頭を掴んで叱るリカーネに、目を泳がして言い訳を図るイヤミにリカーネは吹雪を起こさんばかりに目でイヤミを見下ろした。
「なに?何が言いたいのかしら?」
「いえ、何でもありません。申しわけありませんでした。」
勢いで、勝てなかったよ、リリィには。イヤミ心の川柳。
「吾帰ってもいいか?」
リカーネに負けたイヤミは土下座をリカーネの前で披露する様子を、グライアはうつろな目で見ていた。
そして同時に心底帰りたいと考え、戦闘態勢を解く。
「いや、いま私来たばかりなのになんの活躍なしに帰られてても困る……」
「最初にはじめたの貴様だよな?」
イヤミの困ったなぁという視線に、グライアは実はとんでもないやつを相手にしてるんじゃないだろうかと言う考えに取り憑かれる。
だからグライアは油断してしまった。
この世で1番油断してはいけない奴の目の前で、戦闘態勢を解いてしまった。
そのミスが、グライアに致命傷となる攻撃をあたえる事となる。
「……それに、ジャックをこんなんにしといて簡単に返すとでも?……腕一本か二本置いていけ。」
「――っ!?」
ゾワッとした殺気が目の前の少女から溢れ出た瞬間、イヤミの姿が掻き消える。
グライアは急いで戦闘態勢に入るが、遅すぎた。
イヤミはずっとグライアが油断して戦闘態勢を解くのを待っていたのだ。
色々アクシデントはあったが。
「どこに行った!?」
グライアは消えたイヤミを探すが、地面にも一切の振動もなく完全に気配が消えていた。さっきまであったはずの魔力溢れていた気配が、まるで幻のように。
「……どういうことだ、ここまでしてもみつからないことなど……」
「そうやって地面ばかり見ているから見えないんだよ。」
囁くように後ろから聞こえた声。
グライアの背中に冷や汗が滲み、イヤミが後ろに移動するまでの気配や振動が一切なかったことに驚きを隠せないグライア。
「ほら、スキありだ。」
カチャリと後ろからなる金属音。
後ろで嗤うイヤミは、そのまま静かに引き金を引いた。
****
引き金が引かれた瞬間、グライアの右腕が吹き飛ぶ。
あの固く、弾丸を弾いていたはずのグライアの肌を、たった一発の銃弾で肉ごと抉ったことに、グライアとリカーネは目を見開いて驚く。
「なん、だと……!?」
「……へ?」
リカーネは、本当に何が起きていたのか理解ができなかった。
目の間に居たはずのイヤミは目の前から消えていつの間にか後ろに立っている。
リカーネの目は、イヤミでも掠れて見えたジャックのスピードを正確に捉えることができる。その目の御蔭でリカーネに見えないものは殆どなかった。
だからこそリカーネは何が起きたのかがわからなかったのだ。
(それ以上に速く移動……?いや違うわ!あれは本当に消えたのよ!地面に染み込むように消えた!!それにあの銃、イヤミはあんな大きい銃を持っていなかった!)
銃に視線を向けるリカーネを無視、イヤミは巨大な銃を両手で構えていた。
少し顰めた顔をしてグライアを睨むイヤミ。
「チッ、さすがにもつ用じゃないな。肩外れそうだ。」
「その筒、前に使っていたものとは違うなっ……」
「ああ、お前がとろいから、作ちまった。
お前はそんな傷ができる前にすぐに私を殺すか、気絶させるべきだったな。」
グライアは地に膝を付けて、滝のように血が流れている右肩を抑えた。
しかしその血の量もだんだんと減っていき、完全に傷は消える。
それを見たイヤミは軽く舌打ちをした。
「やっぱりそう簡単に行かないか……で、どうする?まだやるか?」
立ち上がるグライアを見ながらイヤミはまた銃を構える。
グライアは憎々しげな視線をイヤミにぶつけるが首を振り、殺気を消した。
「……吾はもう時間がない。今日はここまでとしよう。だが、次は必ず貴様を倒す。この傷の借り、必ず貴様に払わせよう。さらばだ、異邦人とその仲間よ。」
ちらりと地面にあった影に一瞥したグライアは、闇に紛れるように消える。
最後まで警戒していたイヤミはその場で、倒れるように眠る。
次に起きたのは、事件が終わった2日後だったという。
――突然起きた四天王の襲来は、突然終わった。
魔族側の損害は、グライア率いる魔軍全滅、そしてグライアの重症。
対しイヤミたちの損害は建物3件の壊滅。
死者五名、軽重症者三十二名、行方不明者一名となった。
神楽組の壊滅。
その情報は獣人国全体にまたたく間に知れ渡り、国中を驚かす。
勿論、それは王都も同じことだった。
「一難去ってまた一難。ただの旅行で寄ったはずなんだがなぁ……」
そうぼやいたイヤミのいるところは、国の中央つまり王都。
その美しい城下町と荒野の風景に合う赤く堅牢な城。
その王の間に、イヤミは居た。
運命の歯車は、世界を巻き込んで加速していく。
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何時も応援、ありがとうございます!
グライアの襲撃編はこれでおしまいです。
次回からはイヤミたちの修行編になります。
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