第22話「無謀な戦いの中で輝くもの」
その肌は、まるで岩石のように硬い。
イヤミが最初に思ったことは、ただそれだけだった。
銃弾すらも弾き、傷一つないグライアの肌にイヤミは冷や汗が止まらない。
「まじかよ……普通銃弾がそんな潰れ方するか?」
イヤミはグライアに撃ち込んだ銃弾を拾い上げ、軽い口を叩く。
元の銃弾の大きさは親指ほどの筈だったが、グライアが弾いた銃弾は弾頭が完全に潰れて豆粒ほどの大きさに変わり果てていて、イヤミは笑う。
だが、それが強がりなのはイヤミの表情を見れば明らかだった。
「フンッ!そんな豆のような攻撃、吾には効かんぞ!!!」
「クッ、イヤミヤベェ!こいつの攻撃、掠っただけでも致命的だ!受け流したはずなのに手がビリビリする!!」
ハルバードを重そうにして振り回すジャックだが、あれほど大きい刃物でも傷を作れず、しかも当たった時の衝撃が丸ごと跳ね返りジャックは顔を歪めた。
グライアの攻撃は、そこまで速いものでは無いから避けられるが、いかせんその威力が可笑しい。
振り上げた時のただの風圧だけでも体はバランスを崩しやすく、外れた拳で地面に大きなクレーターを作った。
しかも、まだグライアは魔法を使用せずに肉弾戦だけで対応している。
手加減して自分達を圧勝しているという事実に、イヤミは顔を顰めた。
「化け物がっ……」
舌打ちとともにイヤミはグライアを見てそう吐き捨てる。
イヤミは人体で比較的に柔らかい目なども撃つが効く様子はない。
正真正銘の地の怪物。こんなのがあと3人もいるのかとイヤミは憂鬱とする。
何度撃っても、何度切り刻んでも、その肌は傷一つないままただこっちだけが体力を消耗するこの戦い。
しかもイヤミたちはさっきまで多くの魔族と交戦して、既に体力も空になりかけている。
イヤミ達の戦況は、誰の目から見ても絶望的だった。
――リカーネが来る、その時までは。
「イヤミ!ジャック!!」
「リリィ!?コッチへ来るな!」
バッとイヤミ達とグライアの前に躍り出るリカーネに、イヤミは焦ってジャックの援護が遅れる。
援護無しのグライアの拳を受け流すも衝撃をくらったジャックは、その場から吹き飛んで受身をとった。
「クゥ……やっぱ凄まじいな。」
「ジャックすまん、大丈夫か!?」
しかし少なからずダメージを受けたジャックはその場で膝をつき、腕を庇うように蹲る。ハルバードは既にボロボロで使いもんにもなら無くなっていた。
そんな無防備状態のジャックの傍によったイヤミは、グライアに攻撃しながら距離を取り、ジャックを連れてリカーネにジャックの治療をを任せた。
「ほう、聖女か。まさかここでも聖女に会うとは……異邦人と聖女、これも運命か……」
グライアはイヤミの攻撃をものともせずに平然としていたが、それを追うことも無く寧ろその近くにいたリカーネを見てそっと呟いた。
イヤミはそのグライアの反応に、戦い中だと言うのに片眉を上げてグライアに聞き返す。
「ここでも……だと?やっぱりお前らがこの国の聖女を拐ったのか?」
「その通りだ、異邦人よ。しかし今は戦場、詳しく話すつもりなどない!!」
グライアは身を低くしてイヤミにタックルをかまそうと突進する。
イヤミは素早く避けるがその時の衝撃が、巨大な暴力となってイヤミに襲いかかった。
「……じゃあ、それも含め全部洗いざらい話してもらうぞ!今は無理だが!!」
最後の言葉に情けなさを感じさせて叫ぶイヤミは、創造したハルバードを手にグライアの顔に全力で叩き込む。
「グアァァァ!!」
あまりの衝撃に、イヤミは両腕が痺れてハルバードを離してしまったが、ここでグライアは初めて苦痛の声をあげた。
イヤミは痺れた腕を庇いながら距離をとってグライアの様子を観察する。
その時顔を上げたグライアの顔には、大きく切り裂かれた傷跡がくっきりとあった。
この時初めて、イヤミの攻撃は確かにグライアの顔に傷をつけたのだ。
****
ジャックを治療するリカーネは、ジャック達の戦況がかなり不味いことを察した。
ジャックの怪我自体はそこまででは無いが、疲労が酷く今まで立っていたのは奇跡だったほどの憔悴ぶりだ。
「ごめんなさいジャック。私があのときに出てこなければ……」
「リカーネのせいじゃねぇよ。それよりも彼奴の援護に早く向かわねーと不味い。」
ジャックは沈んだ顔をするリカーネの頭を撫でるが、その目はずっとイヤミとグライアの戦いに向けられている。
だからこそジャックは見抜いていた、もうイヤミは戦うことはできないと。
さっきの魔族の戦い(またの名を蹂躙という)でイヤミは体力の限界に達していた。
今の動きですらも、既にガタが出ている。銃というあの凶悪な武器が使えない今のイヤミではもうグライアに勝てるすべなどなかった。
イヤミは戦いの素人だ。だからジャックから見て、イヤミの戦い方は洗練されたものとは言えない。
イヤミもそれが分かっているのだろう。
イヤミの戦術や技術は長期戦ではなく、どちらかと言えば短期戦を得意とする。
相手の隙をいっきに叩いたりするイヤミの戦術は、今のイヤミには合理的だ。
だが、それが通じない相手というのは確実に存在する。
「――どうした異邦人!!吾を倒すのではなかったのか!?」
「……っっんなこと一言だって言ってねぇわ!!クッソ!人を弄びやがって!!」
グライアの大きく一振りされた腕は、イヤミの顔をかなりギリギリの所で掠っていく。イヤミはその腕の風圧で擦った顔を抑えて構えた。
段々とヒートアップしていくグライアのあの目は、不味いことにイヤミを完全に獲物としてみているものだ。
それは先ほどのイヤミの攻撃がまずかった。
弱いと思っていたイヤミが、まさか自分に、しかも顔に傷をつけられたのは初めてだったのだろう。
ここまで自分の予想を裏切った面白い存在を、あれ程の猛者が逃がすとは到底思えない。
ジャックは、段々と回復していく体力を感じながら、近くにあったハルバートを掴む。
「リカーネ、イヤミを連れてここを離脱しろ。ここにいたものも連れて避難するんだ。」
ジャックの覚悟を決めた目に、リカーネは泣きそうな顔で首を振って嫌がる。
「いやっ!ジャックはどうするつもりなの!?まさか1人で時間を稼ぐきだったなら、私は反対よ!」
「ならどうすつもりだ!彼奴相手に全員助かる手はほとんどねぇぞ、イヤミだって何時倒れてもおかしくない!お前らだけでも早く逃げろ!!」
ジャックのこんな大声を初めて聞いたリカーネは、ビクリと肩を揺らすがそれでも同じように仲間を思う気持ちは変わらない。
リカーネはジャックの襟を掴んで、ジャックと同じように覚悟を決めた目でこう叫んだ。
「手なら他にもあるわよ!!私も戦うわ!!」
「はぁ!?お前何言っているのか分かっているのか!?」
「分かってなきゃこんな事言わないわよ!私には確かに攻撃手段はないけど、でも私にはアンタ達よりもできることはある!!……それに、もう前みたいに自分の知らない所で戦ってほしくなんてない。もう二度と、アンタ達に置いてなんて行かれないわ。」
「……っ!?」
あまりの剣幕に押されるジャックは反論しようとしたが、最後の言葉に驚き、リカーネの覚悟にため息を付いた。
「全く、コレじゃ何言っても聞かねぇな……ほんと彼奴に毒されすぎだろ。……やばいと思ったら本当に逃げろ、約束だ。」
ジャックはほほ笑みを浮かべながら小指をリカーネに差し出す。
リカーネはジャックのその指を見て、同じように絡ませた。
「その時は、ジャックも一緒よ。絶対、約束して。」
「……ああ、わかった。」
同時に指を切って、頷きあった二人はやるべき事のために動き始めた。
戦っている仲間のために今、二人は戦場を駈ける。
****
やばい、頭が朦朧としてきた……
迫ってくる拳を見ながらイヤミは掠れる目で思った。
既に足はガクガクと震えて腕はあまりに痛みに動かすのも億劫になっているイヤミは、今まさに絶体絶命のピンチに陥れられていた。
(何なんだコイツ、いきなり拳が速くなってきやがってっ。)
既にギリギリで避けている拳は、さっきのときよりも明らかに鋭く、そして重く速い。あんなのを喰らえば本当に即死だと、イヤミは視線を片時もグライアからはなさなかった。
しかしイヤミの体は遂に限界を迎え、その場から一歩も動けずに膝をつく。
こんな時に来てしまった限界に、イヤミは拳を握った。
「良い目だ。死を間近に覚悟した者の目とは、なんとも美しいものだな。」
「ハッ、お前感性おかしいんじゃねぇの?そんなものが美しいとか……お前は本当に綺麗で美しいものを見たことねぇんだな。」
そんなイヤミにグライアは目を細めて攻撃を止める。
それを不審に思い、気の抜けないイヤミだが、グライアの言う美しいものを鼻で笑って見下すように首を傾げた。
その仕草と言葉にグライアはピクリと反応してイヤミに問う。
なら本当に美しいものとは一体何だと。
「お前は可哀想だ、それも知らずにずっと生きてきたのか?なら教えてやるよ、本当に美しいものっていうのはなそんな殺伐としたものなんかじゃない。――本当に美しいものは、何時だって自分の守りたいものが、心から笑うその瞬間さ。それはどんな宝石にも、どんなに美しい景色にも勝る。心の底から満たされる美しさなのさ。」
「……ふん、聞くだけ無駄だったな。」
グライアは透明な笑みで笑うイヤミの言葉を一蹴し、拳を振り上げて力を貯めた。
その目はさっきまでのとは違った凪いだ静かな目に、イヤミは笑みを消して睨む。
「殺しはせん、が、お前にはしばらく眠っててもらうぞ。お前の大事な仲間を吾が殺すその時まで。」
「やれるものならやってみろ。あいつらは、お前ごときに殺せるタマじゃねぇ。」
睨むイヤミは初めてこの時、グライアに向けていつもの不敵な笑みを向ける。
それが最後の悪あがきだと、グライアは静かにその拳を振り落とし、イヤミを潰さんとした。
「させない!『祝福 愛慈の護り域 絶 』!!」
金の膜がイヤミの半径1メートルのところを包み込み、グライアの拳を弾く。
あまりに強い力で振り落としたのか、グラビアの拳とリカーネの結界はお互いの力を弾くようにしてその場でとんでもない衝撃力を生んだ。
「なん、だと……聖女貴様、まさかここまで強力な結界を即座に作り出すなど……お前の名はなんだ!?」
グライアはまさか自分の拳が弾かれるなどつゆ程にも思わなかったのだろう。
しかも自分の方に衝撃が残り、その腕を痺れさす程の強力な結界を作り出すのは、たとえ聖女でもそう多くはない。
グライアはリカーネを睨みながらイヤミから離れる。
さっきとは違って焦りを滲ますグライアに、リカーネはまるでイヤミのように不敵に笑って答えた。
「私はリカーネ、この二人の仲間よ!!」
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