第21話「猛地の巨人」

 ユウトは後悔していた。

 何故、何故あの時妹を止めなかったのかと。


 妹は闇社会に生きるものにとって唯一の癒しだった。どんな者にも優しく、笑えばその場がパッと明るくなるような、気立てのいい子で俺も含め親父も仲間も、皆ユウナが大好きだった。

 ユウナも同じように俺たちを愛していた。


 だから妹のいる生活はずっと続くと思っていたんだ、ずっと続くと。

 でも、ある日金の光に包まれた妹はその日から、になった。


 俺たちだけのユウナではなく、この国のユウナに――


 ****


「おいイヤミ!!そっちに2体行ったぞ!」


「チッ、なんだこの数は!?コイツらは虫か!」


 此処は神楽組の本拠地。元は美しい日本家屋が建ち、日本の懐かしい風景を思わせていたこの場所は、銃撃音や衝撃音が絶え間なく鳴り響き、血と硝煙の匂いでその場は地獄とかしている。

 応戦する神楽組の男たちは、魔族との戦いで脱落するものも増え、人手は減っていき魔族に押され気味のままである。

 そんな戦場中を駈けていくイヤミとジャックは今、非常に苛ついていた。


「くっそ、ダガーに刃こぼれがっ。イヤミ!すまないがダガーをくれ!!」


「お前使い方荒いんだよ!……おらよ!」


 ジャックは刃こぼれしたダガーを投げ捨て近づいてきた魔族を蹴り上げる。

 その間に魔力をふんだんに使い急いでダガーを量産していくイヤミは、あまりの魔族の数の多さにコレは只事ではないと思い、戦闘態勢を解いてジャックの近くに寄って戦闘態勢に戻した。


「それにしても数が多い、しかもこの魔族達、段々と装備も良くなっていっている。まさか……正規兵か?」


「ああ、多分だがそうだろう。コレはもう魔王軍が関わっていると見ていいな。」


 ジャックもイヤミの考えに頷き、先程チラリとイヤミが言ったこの件に魔王軍が関わっている可能性にジャックは賛同する。

 聖女誘拐事件を、本当は一部の魔族が犯した事件にかけていたイヤミだったが、嫌な予感はあったるものだとイヤミは三回ぐらい舌打ちをかました。


「なら、司令塔を見つけて潰すぞ。いつか魔王城に行くため、障害はないほうが良い。」


「そうだな、それに……コレは倒さないと平穏はこなさそうだ。」


 そう言ってため息をつくジャックの前には、虫のように湧いてくる魔族の群れが。

 イヤミもそれを見て同じようにため息を付き、銃を構えてジャックと同時に走り出した。


「オラオラどけぇ、羽虫がぁ!!フハハハ!!!」


「おいイヤミィ!!それ以上は止めろ!それじゃ唯の悪役だ!!」


 銃でヘットショットしまくるイヤミは、高笑いをしながら魔族を撃ってはその死体で空中を飛び、またヘットショットしてはその死体を踏んで空中を飛ぶを繰り返し魔族を倒す。

 それを見ていたジャックは自重するようにイヤミを止めるが、殆ど寝不足だったイヤミはあまりの怒りと、興奮で聞く耳を持っていなかった。


 そうして戦う二人をずっと近くで死んだ目をしながら見ていたユウトとリカーネは、同じことを思う。


 こいつら駄目だと。


 ****


 リカーネは二人が戦っている間、それを観察しているだけではない。

 怪我した神楽組の男たちの治療と避難を率先し、避難場所を結界で覆う作業をしていた。

 中にはまだ戦うとゴネる輩もいたが、ユウトのことを知ったリカーネはすぐさま協力を要請。

 ユウトの説得により避難も完了した神楽組をいっぺんに集めたり、恐怖で怯えたり興奮する人を宥めたりしながらリカーネは、あの時の魔族戦の時とは比較にもならない強固な結界を張って、敵の侵入を拒んでいた。


「リカーネさん、コレで怪我人は全員治療済みっす。ありがとうございました。」


「いいえ。私が裏方に専念できたのは、イヤミとジャックのおかげ。感謝ならあの二人にもお願いしますわ。」


 リカーネは額に伝う汗を拭ってユウトに微笑む。

 完全に聖女スタイルだったが、動くにはコレでいいと思いリカーネは蓄積していく内心の疲れを払うようにため息を付いた。


(やっぱり疲れるわね、イヤミとジャック……早く戻ってこないかしら?)


 しかし未だに戦闘音は鳴り響いているので、帰ってくるのはまだまだだなと、リカーネは憂いた目でイヤミたちの方向に目を向ける。

 向けた先にはちらりと見える黒いコート。

 それが絶え間なく空中で舞い、同時に高笑いが聞こえてきた。


「や、やっぱ彼奴おかしいわ……止めなくていいんっすか?」


「止めるって、あれを?」


 ヒッと青い顔をして怯えるユウトの言葉と視線に、リカーネは特に言い返すことはできず、見守っていた。

 実際、今のイヤミは極度の疲労と睡眠不足で頭がおかしくアドレナリンドバドバ状態で、敵相手に手加減なんてできなずにかなりやり過ぎている。


 今はジャックがなんとか止めようとしているが、あれ程イッた目では聞いているかも怪しく、リカーネは心配するだけ無駄かとため息を付いた。


「まあ、なんとかなるわね。」


「ええ!?放置ってまじか!?」


 さっさと後ろを見て去るリカーネに、ユウトは固まる。

 今のユウトには魔族への恨みや怒りよりも、イヤミのやり過ぎな行動を引き、むしろ同情すらしていた。

 だからこそ、きっとリカーネなら止められると思っていたユウトの期待は外れ、ガックシと肩を落とす。


 リカーネもその思いには気づいていたが、無理なものは無理なのだ。

 大体言った所で止まるかどうかも怪しいイヤミに、戦闘力がほぼないリカーネは近づきたくすらないというのが心情。

 という訳で、リカーネは忙しいなどと言いながらその場を離れる。


「あっ、ちょっリカーネさん!?」


 その場を逃げるリカーネを急いで追うユウトの目には、もう既に諦めという文字が見え、リカーネの後ろを犬のようについていく。


 この子は猫の獣人よね?と思いながら歩いていたリカーネは、その足を突然止めた。


「んぇ?リカーネさんどうしたんすか?」


 突然足を止めるリカーネに、ユウトは前につんのめりになりながら聞く。

 だがリカーネにその余裕は微塵もなく、青い顔をしたと思えばイヤミたちの方向に全速力で走っていった。


「――っ!何よっ何よこの魔力量はっ!?」


 まるで地が丸ごと動いてくるような、強大なる災害の気配。

 感じたことのない量の魔力量に、リカーネは冷や汗を出しながらイヤミ達のもとを急ぐ。


「一体どうしたんっすかリカーネさん!」


 突然のことで固まっていたユウトは、只事ではない様子で向かっていったリカーネの後ろを、持ち前の脚力ですぐに追いついて、訳を聞く。

 リカーネはその問いに真っ青になりながら、叫んだ。


「このままじゃ、このままじゃ……イヤミたちが死んじゃう!!」


 ****


「――おいおいジャック。何なんだこの気配は?」


 イヤミはゴクリとつばを飲み、冷や汗を流しながら震える手を隠しジャックに問いかける。


「さぁな、ただ不味いってことだけはわかる。」


 イヤミの問いに答え、ジャックは吹き出した冷や汗を拭き、イヤミ産のダガーを構えた。


 二人は感じていた、この大きすぎる気配に。

 大地を思わせるその気配は、イヤミたちに多大なるプレッシャーを与える。


 そして遂に、それは姿を見せた。


 太くオーガなどとは比較にならないほどの濃密な筋肉。

 肌は乾いた土のようにカサカサで、赤く輝く目はまだまだ遠いイヤミたちを見つけると不気味に輝く。

 そして何よりも特徴的なのは、その身長。

 目測程度で3メートル以上あり、イヤミは思わず声を上げた。


「デッカ、何だあれ?優に3メートルはあるぞ。」


「あれは、巨人族っ。アイツらは魔族と人族の中間にいる種族だ。どうしてこんな所にっ?」


 ジャックの説明で、イヤミは嫌な予感に銃を構える。

 最早その考えを覆すものはなく、イヤミは乾いた笑いを出す。


「どうしてって、決まってるだろ?――彼奴が司令塔だ。」


「チッまじかよ。巨人族相手では俺に有効的な手段はねぇぞ。」


 本日何度目かもわからない舌打ちとともに、ジャックは自分の戦闘方法では戦力外になりそうなのを悟る。

 だがここで自分が抜ければ、イヤミが負けるのは確実。

 と言うより抜けなくても負ける確率は高い。


 ジャックは歯を噛み締めながら拳を握りしめる。


「ジャック、済まないがコレでしばらく我慢してくれないか?」


 そう言ってイヤミが作ったハルバートをジャックに向けて片手で投げ渡す。

 重力も重なって唯でさえ重いハルバートに、ジャックは転びかけた。


「おいまじか……俺この武器苦手なんだが?」


「今はそれで、今から有効手段になりそうなのを作る。良いかジャック、勝とうと思うな。あれは確実に勝つのは不可能、退けるのが最善の策だ。」


 ハルバートを見て焦るジャックはイヤミを見て目を見開く。

 イヤミの見たこともないほど恐怖で引きつる表情を見て、ジャックは覚悟を決めた。


「……分かった。だがこれだけは頼む、無理だと思ったらすぐに引くぞ、お前が最後までコレに関わっている必要はない。一番は自分の命だ、良いな?」


 ジャックの言葉に、表情を固くしたまま頷くイヤミに、ジャックは手を伸ばしてその頭を撫でる。

 しかし振り払うこともなくそのままにしているイヤミは、ものすごい集中力で魔力を練って武器を創造するが、一歩遅かった。


 既に目と鼻の近くまで来ていた敵の司令塔である巨人は、イヤミたちを見下ろしてその低い声を震わせて話しかける。


 その動作だけでも魔力がこもり、一種の威圧になってイヤミたちに容赦なく襲いかかった。


「ほう?お前が異邦人か……」


「……私を知っているようだな?お前は一体何者だ。」


 先からじっとイヤミを見つめる巨人は目を細ていたが、ふっと息を吐いたと思えば邪悪とも言える笑みで答える。


「吾の名はグライア!!魔王軍四天王が1人、『猛地の巨人』の異名を持つグライアである!!!異邦人、魔王様のもとに連れて行く前に、その力を吾に示してみせろ!!」


 ビリビリと大地を揺らす声に思わずイヤミとジャックは耳を塞ぐ。

 グライアのその一言一言発する度、魔力が一段と濃くなり緊迫感が増す。


「はっ、なるほど。色々聞きたいことがあるがまずは、ここからお引取り願おうか!魔王軍四天王、グライア!!」


 あまりに緊迫感で気絶しそうになるのを必死で抑え、イヤミは銃を構えてグライアに不敵に笑う。

 その様子にグライアは好戦的な笑みを浮かべて、戦闘態勢に入った。


「良いだろう!できるものならやってみろ、異邦人!!!」


 無謀な戦いが今、グライアによって始まってしまった。

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