第20話「魔族襲来」

 突然の爆発音と共にやってきた地面の揺れが同時にイヤミたちを襲う。

 凄まじい揺れに、窓がカタカタと揺れ、花瓶などの装飾品が落ちてくる。

 イヤミとリカーネは前の世界にある地震のへの耐性や、知識のおかげですぐさま反応することができ、お互いのやるべきことのために動いた。

 イヤミはジャックの襟を掴んで台の下にシュートさせる。

 そしてリカーネは素早く窓を開けて台の下に避難、二人のチームプレーが見えた瞬間だった。

 因みにジャックはその時いきよいよく顔面からダイブし、うめき声を上げていたがイヤミに無視された。


「もう少し丁寧にやれよ!?」


「何いってんだ、めちゃくちゃ丁寧だっただろうが。」


「あんた達何時までやってんのよ……」


 台の下がギュウギュウだが、それでも争い続ける二人にリカーネはツッコミを放棄する。だがその間も地震は続き、その長さにイヤミとリカーネは疑問に思った。


「なぁ、なんか長くね?」


「え、えぇ。なんかおかしいわ、この地震。そう言えばさっきの爆発音ってなんだったのかしら?」


「あ、ワスレテタ……」


「おい。」


 三人の会話は置いとき。

 体感的にはもう一分以上は経っているはずなのにまだ大きい揺れが続いている。

 どう考えても何かがおかしい。

 そんなことを二人が考えていたその時、下からある声が聞こえてその空気が固まる。


「――ま、魔族だ!!魔族が攻めてきたぞ!!」


「な、何なんだ彼奴!?彼奴が地震を……う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 絶叫が下から響き、金属音などの戦っているであろう音もかすかに聞こえる。


「……おい、事件発生だぞさっさといけよ。」


 黙ってすべてを聞いたジャックは察したあと、笑顔でイヤミに下にいけと指で指す。

 その指をイヤミは真顔で掴んで、ニコリと笑った。


「おいおい冗談きっついぜジャック君。どうしてそこに私が出てくるんだ?」


「さっきお前この件に首突っ込むとかなんとか言ってたよな?良かったな、その件が向こうから来てくれたぞ?」


「ダーレがこんな急ピッチで来いなんて言った!?行かねーよ絶対にな!!私はここで引きこもる!!」


「このクズ野郎!!」


 ぎゃいのぎゃいのと二人は頬をつねり合って台の下から相手を出そうと蹴り合う。

 なんとも醜すぎる争いにリカーネの堪忍袋の緒が切れた。


「いい加減になさい!!そんなに騒ぐぐらいなら三人で行くわよこのバカども!!!」


「「は、ハイ!!」」


 リカーネが声を荒らげてここまで起こるのも珍しく、二人は特に反抗もなしに返事を返した。敬礼付きで。

 リカーネ、既にジャックとイヤミの調教を完了させていた。


 地震もさっきよりかは揺れも収まってきて、イヤミたちは台の下から出てくる。

 だが、下からはより激しい戦闘音が聞こえ、ジャックとイヤミの顔は渋いものに変わっていた。


「リリィよ、危ないかも知れない。ここは慎重になるべきだ。」


「そうだな。慎重になるべきだと思うがどう思うリカーネ?」


 二人してキリッと真面目な顔で逃げるを選択。

 その言葉を聞いたリカーネは聖女スマイルで、一刀両断する。

 何かがへし折れるかのような音が、リカーネの下から聞こえ二人は下を見る。

 するとそこには、力いっぱい踏んだであろう凹んだ畳があり、ジャックとイヤミは冷や汗をかきながら頷いた。


「うだうだ言ってないで行くわよアホども。」


「「イエス・マム」」


 二人にはリカーネを拒む権利などなかったのだった。


 ****


「お、オヤジィ!!逃げてくだせぇ!!」


「親父だけでも、早く!!」


 既にこの数十分で建物はほぼ半壊。

 そしてどこから来たかわからない魔族の群れ。

 魔族は唯でさえ魔力が多い、その上飛行もできるため遠距離での攻撃をされればなすすべはなく、その場にいた人全員ただ上を見上げてその暴力に屈しているだけだった。


 一部を除いて。


「俺は諦めねぇ!!せっかく彼奴を、ユウナを拐った奴らが目の前にいて、引き下がるなんて俺はできねえ!!」


 可愛いらしく愛嬌のある顔。

 茶色い猫耳と尻尾を持ち、先ほどまでイヤミに簀巻きにされていた彼の名前はユウト。彼は、この国の聖女の双子の兄であり、そして神楽組次期四代目となる男であった。


 そんなユウトは、深い憎しみに胸を焦がす。

 自分の大事な妹を拐い、あまつさえこの伝統ある館を破壊した魔族に強い復讐心を持って、上空にいる魔族を睨んだ。


「クスクス、ほらどうしたの猫ちゃん?もうおしまい?」


「おいおいそんな虐めてやるなよ。可哀想だろう?」


 しかしそんなユウトの攻撃は上空にいる魔族たちには届かず、逆に魔族に遊ばれてしまう。


「クソっ!上から見下ろしてないでさっさと降りてこい!!」


「クスクス、かっわいいー。」


「はっ、見苦しいな。やはり人間は地に這いずり回るのがお似合いだ。」


 嘲笑う魔族は、威嚇するユウトに魔力弾を軽く作ってまるでゲームのように遊ぶ。

 しかし魔族にとっては軽いものでもユウトには致命的な攻撃だ。


 無数の魔力弾がユウトを襲い、その攻撃を避ける度の地面に転がる。

 それをみていた魔族は更に嗤って、その攻撃を過激に発展させていく。

 しかしあるもうひとりの魔族が来たことにより、その攻撃はピタリと止んだ。


「おい!そろそろ集まらなくちゃやばいぜ!」


「あら?もうそんな時間なのね。つまんな~い。」


「ま、仕方がない。集まらなくては俺たちがやばいんだからな。」


「それもそうね。それじゃあ――」


 息を切らして膝をつくユウトは、魔族たちの会話を聞いて司令塔が入ることに気づく。

 そいつを倒せば、もしかしたら……

 その考えが頭をよぎり、周囲を見渡すがそれらしいものはいない。

 逃げることもできないユウトに、魔族たちの会話と雰囲気が段々と不穏になっていくのに気づかなかったユウト。

 気づいたときにはもう遅く、上空から強い殺気と魔力量に、ユウトは腰を抜かしてしまった。


「バイバイ、猫ちゃん。」


 女魔族が練る濃い密度の魔力弾。

 当たれば即死のこの攻撃を避ける暇もなく、ユウトは目をを瞑りその衝撃に備えた。


(クソ、クッソ!ごめんユウナ!!俺はここでっ……)


 拐われた妹に、助けられない悔しさを持ちながら死を覚悟するユウト。

 しかし何時まで経ってもこない衝撃にユウトは瞑っていた目を恐る恐る開ける。

 ユウトの目の前にはあの禍々しい魔力弾ではなく、澄み切った青い空。

 そして、目の端に風に靡きながら映る真っ黒いコートだった。


「ハァ、まさかこんなに魔族がいるなんて……旅行先間違えたか?」


「だから旅行ちげぇって言ってるだろうが。」


 この空気に全く合わない二人の男女の話し声。

 どこか聞き覚えのあるその声に、ユウトは声を上げた。


「あ、アンタたちはあの時の!」


「あれ、コイツって……」


「ま、話は後で。お前は下がってな。」


 そう言って黒いコートは靡かせ、魔族の前に出る1人の女。

 ユウトの声に振り向いたその女の顔は、どこまでも不敵な笑みだった。


 ****


「――な、あたしの魔力弾が!アンタ達一体何者!?」


 猫の半獣人に当たるはずだった魔力弾は、突然飛んできた真っ黒いダガーに切り裂かれて分散する。

 軽いものだったとは言え、自分の攻撃を無力させてしまったイヤミとジャックに魔族は驚愕に顔を染めた。


「魔族が三体……ジャックは何体にしたい?」


「何体でも。別に俺は全部でいいぜ?お前の出番を無くしてやるよ。」


 女魔族に答えることなく、二人は耳打ちをする。

 ヒソヒソと話す二人の会話は小さながらも聞こえてくるような声量で、むしろそれが更に魔族を煽っていく。

 ピクピクとこめかみの血管が動く女魔族は、自分をコケにされその上無視されていることに我慢ができなくなったのか、ここで初めて自分の能力を使った。


「私を……無視するなぁ!!『風乱 風切り』!!!」


「あ、危ない!!」


 二人は話に夢中のようで、女魔族が魔法を使っても避けることなく棒立ちをしている。

 そんな二人に手を伸ばそうと、ユウトは叫ぶが遅く、魔法はそのまま二人を切り裂かんばかりに直撃し、衝撃とともに砂を巻き上げた。


 が、その後に聞こえてきた声に、ユウトは耳を疑った。


「ハハッ、抜かせ。お前なんかに負けるかっての。それにもう?」


「何いってんだよ、俺が切らなかったら直撃だっただろうが。」


「……え、?」


 確かに、ユウトの目には直撃したように見えていたはず。

 それだと言うのに二人はピンピンしてとても余裕そうに動いていた。

 ユウトは目を擦って夢ではないのかと疑う。自分の目に、そして耳に。


(この二人、どうして無事なんだ?それにさっきなんて言った?『もう倒した』って一体何を……っ!?)


 その時ようやっと、イヤミの持っていた銀の筒に気づく。

 あれはあの時、たしかに魔族を倒すときに持っていた武器だとユウトは記憶の底から引っ張り出す。

 いつからそれを?と、二人の動きが見えなかったことに驚くユウトだったが、だがそれ以上に驚いたのはそんなことではなかった。


「――え、あたしの、胸に……どうしてこんなあ、な、が……?」


 ポッカリとそこだけくり抜かれたような穴が、女魔族の胸辺りにあり、その穴で向こうの景色が見えている。

 女魔族も今気づいたかのような反応をし、口の端と胸から少量の血を出したかと思えば、まるで体が思い出したかのようにいきよいよく血を吹き出して、地面に落ちた。


「ガハッ……!」


 女魔族はピクピクとしばらく痙攣していたが、そのうち動かなくなって絶命する。

 ユウトや魔族たちは一体何が起きたのかがわからなくて呆然としていたが、コレをやったであろう張本人たちは女魔族をみて言い捨てていた。


「しっかし、やっぱり弱いな。まさか全然反応しないとは。」


「いや、俺でもその武器の速さは異常だと思うぞ。まあ、弱いのは否定しねぇが。」


 イヤミは女魔族の死体を見下ろし、次にまだ上空にいる魔族たちに視線を向けた。

 その目は敵というよりかは、獲物を見るようなもので、完全にそれは捕食者の目だった。


「三分。」


「二分だな。どちらが速いか勝負だイヤミ。」


「いいよ?ただし負けたら、分かってるよな?」


「もちろんだ。だが、次はどうかな?……じゃあ……始めるぞ。」


 ジャックの掛け声を引き金に、未だ呆然としている魔族を狙いに走るイヤミとジャック。

 その後聞こえた銃撃音と、肉を切り裂く音が聞こえたのは数分後ことだったという。


 ****


「――なに……?東側にいた魔兵が全滅しただと?」


「は、ハイ!!それともう一つ。どうやら聖女らしき少女がいたとの報告が!」


 野太く、地の底から響く声。

 筋肉は大きく膨れ、鉄をも思わせる程の密度。

 土のようにカサカサに乾燥した肌に、座っててもわかるほどの大柄な体躯。

 眼は血のように赤く周囲を見渡していた男は、目の前にいる1人の魔族を睨んだ。

 報告をしている魔族は、その魔力量と威圧に体を震わせる。


 しかし男は、それ以外の情報にその威圧を解き、深く思案する。


「……良いだろう、この俺様が直々に行こうではないか。それに……」


 スンと鼻を動かし、目を細める。まるで目的の匂いを嗅ぎ分けるために。


「此処にいる、ようやっと見つけたぞ……!必ずこの俺様の手で異邦人を!!」


 地面が揺れ、濃い魔力がその場に満ちた。

 彼は四天王が1人『猛地の巨人 グライア』

 その大地をも揺らす厄災がいま、イヤミたちに牙を剥く――



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『猛血の巨人』を『猛地の巨人』に変更しました。

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