第19話「ジャック、獣になる」
「お部屋はこちらになります。お連れ様はもう少しで来ますので少々お待ちくださいませ。」
話が終わったあと、イヤミは返事を引き伸ばすことにして眠いから休みたいとリュウジンに伝える。
和装をした厳ついオッサン(もちろん半獣人)に案内された部屋は、まるで旅館のように美しく清潔な部屋だった。
「……それで?どうするんだイヤミ。あんな話を聞いたからにはただで返してはくれないと思うぜ?」
面倒なこと嫌いなくせに首突っ込むなんて何考えてんだ?
そんなことを顔で語るジャックにイヤミは畳の上に寝転がりながら、なにか腑に落ちないところがあったかのような顔でジャックに聞き返した。
「ジャックよ、そんなことよりもあの話を聞いてなにか変に思ったことはなかったか?」
「は?なんだいきなり。俺の質問に答えろよな。」
「い・い・か・ら。ハヨハヨ。」
イヤミの相変わらずのゴーイングマイウェイにジャックは呆れながらも、顎に手を当てて先ほどの会話を思い出す。
しかしよく考えてもなにか引っかかるようなこともなく、ジャックは首を傾げて眠そうに欠伸をして目を擦っていたイヤミに聞き返した。
「いや、俺は特に。お前はなにか引っかかたのか?」
「うーんちょっとね。漠然としているけどね、なんていうか辻褄が合わないんだよ。どこかがおかしかった。どこか……それが何かまだ情報がないからわからないけど、今の話じゃピースが噛み合わない……だからジャック……私はこの件に首を突っ込むぞ。それにもしかしたら……私を……し、る……」
ボヤボヤとした様子で独り言のように話していたイヤミは、眠る前の最後の言葉のようにジャックを驚かす言葉を残したあと、泥のように眠ってしまった。
「エ、ハァ!?おいこらイヤミ起きろ!!ああ、クッソ!起きたら絶対理由を話せよこのバカ!!」
「スゥ、スゥ……」
なんとかイヤミを起こそうとジャックはイヤミの体を揺するが、すでに夢の中へと旅立っていたイヤミは幸せそうな顔で寝息を立てる。
その様子にはさすがのジャックも起こせなくなり、それ以上イヤミとはいえ女性の体の触るわけも行かず、ジャックはその手をさまよわせて固まった。
そして苛つきをどこにぶつけていいか分からないジャックは、自分の外套を寝ているイヤミにかけてため息を付いていた。
「ハァ……それにしても『私を知る』、か。なあイヤミ、お前本当に記憶をなくしただけなのか?」
意味ありげなその視線を、イヤミに送ったジャックのその問に答えるものはなく、ただ静かな寝息だけがその部屋に響いていた。
****
イヤミが寝てから数十分後のこと、ジャックは自身の愛武器であるダガーを整備していたそんな時、部屋の外の廊下から騒音とともに慌ただしい足音がこの部屋に近づいてきていた。
「……はぁ、こっちには睡眠中のやつがいるんだぞ?」
ジャックはそのダガーを懐のベルトにしまい、障子の前に立つ。
一応、警戒も怠らないよう体制を整えるが部屋の前で聞こえた大声は、どこか聞き覚えのある声にジャックは脱力して、呆れたような顔になった。
「だーかーらー!もう良いって言っているでしょ!私は着せ替え人形じゃないのよ!全く。って――ジャジャジャ、ジャック!?」
「よぉリカーネ、遅かったな。それと俺はジャジャジャ、ジャックって名前じゃねーぞ。こんなに叫んでお前らしくもない一体何が、あ、った、んだ……?」
バンっと障子を開けて部屋に入り込むリカーネは、その扉の前にいたジャックに酷く驚いて後ずさった。
ジャックは相変わらずのリカーネに何かあったのかと訳を聞こうと、リカーネに視線を向けた瞬間、言葉がすぼんでいき、ある一点に視線を集中させる。
袖は長く大きく作られ、そこはまるで物を入れられるかのような形。
前の布は重なって胸元の露出はないが、ドレスの帯のような形と似ているが少し違った形の帯で、腰より高い位置で布ごと体を締め付けているせいか、胸が盛り上がるように見える。
唯でさえ男を煽るような格好だと言うのに、急いでこっちに来たのか少し崩れた格好は大変色っぽく、ジャックの雰囲気が一変した。
「ち、違うのよジャック!コレは此処の人たちが勝手に!」
それを知ってか知らずか恥ずかしそうに顔を真赤にして叫ぶリカーネは手を前に出して、ジャックの目を塞ごうと動く。
しかし力や背の高さでそれも叶わず、リカーネの手は空振ってしまいジャックのそのまま取らてる形になった。
「……なんだか不思議な格好をしているなリカーネ?それは一体何なんだ?」
冷静に自分の格好に質問するジャックに、なんだか得たいの知れない雰囲気が肌にピリつくのを、リカーネは感じ取る。
「え、あ?ア、ハハ……そ、そうなのよ。此処の衣装なのよね。『着物』っていうのよ。」
本当は知っているがわざと知らないと言った様子を見せたリカーネ。
その様子に何を感じたのか、ジャックは目を細めた。
「へぇ……」
マジマジとそれを観察していたジャックは、ぱっとリカーネの手を引き部屋の障子を閉める。慌てて自分を見るリカーネは必然的に上目遣い担ったり、それが更にジャックを煽った。
パタリと閉められた障子の音が引き金のように、ジャックは静かにリカーネの耳元で囁く。
「――そんな格好で彷徨ってただなんて、男は狼って言葉を知らないのか?」
「ヒッ!」
耳元で囁く声がくすぐったくてリカーネは思わず声が出る。
ぱっと口元を塞いだリカーネの手をジャックは取り、更に体を引き寄せた。
「知らないなら、俺が教えてやろうか?男がどれだけ危険かをな……」
「ジャ、ジャック……やめっ……」
フッと息が当たるほど近づいたジャックの気配に、リカーネは目を瞑ってジャックを静止するが、止まる気配がなくいよいよリカーネの頭から湯気が出そうになるほど顔を熱くさせる。
もう数センチほどジャックが近づくのを気配で悟りながら、リカーネはどうすることもなくその唇を奪われる、訳もなかった。毎度お馴染みである。
「――じゃあ私も教えてやるよ、ジャック。これ以上リリィに近づけば死ぬってことをなぁ、変態ジャック。」
カチャリと銃口をジャックの頭に気配もなく近づき押し当てる。
そんな事ができるのは、さっきまで寝ていたあの女だけ。
そう、リカーネの最強セコムことイヤミだった。
「イ、イヤミ!?てめぇ寝てたんじゃ!!」
「あんな物音でそんな呑気に寝ているわけねーだろうが。で、ジャック君。訳を聞く前に辞世の句は読んだか?」
「訳聞く気ねーじゃねーかてめぇ!!」
ぱっとジャックから離されたリカーネは、容赦ないイヤミの攻撃に叫ぶジャックを見て、なんだか安心したような、だけどほんの少し残念な気持ちになってハッとする。
(馬鹿私!!なに変なこと考えてるのよ!今はそういう場合じゃないでしょバカリカーネ!!)
その気持ちに真っ赤になったリカーネは自身の頬を叩いて気持ちを振り払う。
そんな乙女なリカーネをおいて、二人の争いは激化していく。
主にイヤミの攻撃が過激で。
「おいテメェ、確か前に仲間には手は出さねぇとか言ってなかったかおい?コレはどう言うことだよオイコラ。言い訳次第ではお前を細切れ肉の刑に処してやる。」
「ち、ちげぇよ!コレはその、ちょっとした男の本能が暴れてだな、とにかく落ち着けイヤミ!!」
「あ?今のでもう殺してやるわ死ねジャック。てめぇの骨だけは拾ってやる。」
「うわっ、ちょ、待て待てそれはまず……う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
余計なことを口走ったジャックは、イヤミの怒りについに捕まり、あやうく何とは言わないが切り落とされるところを寸前でりカーネに止めてもらい、事なきを得たが、酷いトラウマを植え付けられたことは言うまでもないだろう。
その後しばらくジャックはイヤミには従順でいたという。
しかし真実は、いつだって闇の中であった。
****
「それで、イヤミ。あの時の話の説明を俺とリカーネにちゃんとして貰うぞ?どうしてこの件に首を突っ込む気になったんだ?あれほどめんどくさいって言ったのはお前だったはずだが。」
イヤミの怒りをなんとか沈静化。ようやっと本題に入ることになった三人。
途中合流したりカーネにもその途中に何がったか訳を話し、二人はイヤミを見つめた。
「ジャックにはいった通り、今回の件には私も首を突っ込むことにした。
まあ、理由はいくつかあるんだが一番の理由は、この件には魔王軍が関わっている可能性がある。」
「その根拠は?」
「一つ、魔王軍幹部たちの目撃情報は、私達の居たあの国に向かうようにして、この周辺の国々で出没していた。正直いつ魔王軍幹部がこの国に来てもおかしくはなかったし、コレについては特段驚いてはいない。」
イヤミは人差し指を、お台の上に広がる地図を指しながら魔王たちの進行方向と、その予測位置に石を置く。
その石は確かにリカーネのいた国の周辺に集まり、その中にはこの獣人の国も入ってた。
「でも、ただの偶然かもしれないわよ?」
「それだけはない。それはあの魔族たちが教えてくれた。」
「教えてくれた……?尋問でもしたか?」
リカーネとジャックの問に、イヤミは首を振る。
「そんな時間なかったし、そもそもジャック。お前ずっと一緒にいただろ?まあ、最初私達の前に出てきたあの五月蝿いやつならあり得たが、正直あの時から疲れてたから無理。」
「あ、あぁ……そうだったな。お前、頭おかしくなってたもんな。」
哀れな目でイヤミを見るジャック。
最近ジャックはこの目ばっかしているのは私の気の所為かなと、イヤミは思うが、多分気のせいだろう。そうに違いないと考えを振り払った。
「一体何があったのよ……」
「「聞くな。」」
イヤミとジャックが同時にこんな事言うなんて……本当に何をしたの?
ジトッとした目で二人を見るリカーネの目。コレは最初っからしていた。
「もう!話がぜんぜん進まないじゃない!!」
「ああっと……そう言えばそうだった。ジャックのせいで話が進まないじゃないか。」
「人のせいにすんな。そもそもお前があんなことを……」
「だから、話が進まないって言って――」
やいのやいのと真面目な話から脱線しまくる二人に、リカーネはいい加減黙らそうと拳を握ったその瞬間、地面の揺れとともにどこからか大爆発が起きた。
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