第18話「夢とロマンに思いを馳せたかった」

 それが今まであった出来事である。

 そして今、イヤミとジャックはなぜかリカーネとは別の部屋に通されて、おっさんたちににらまれながら死んだ目でそこに座っていた。


「……いや意味わからん。おいどうなってんだイヤミ。」


「ヒッグッグッスッどうして……どうしてこんなミスマッチが罷り通るんだ……私の夢を返せよ……精神に異常をきたしそう……」


「あー、聞いた俺が馬鹿だった。」


 どうしてこんな事になったのか……それは誰にも分からない。ただ一つ言えることは、猫耳のおっさんはキツイという事だけだった。

(Byイヤミ)


「もうお前寝ろよ。」


 ジャックはこの部屋に入ってからずっと泣き続けるイヤミに呆れた視線を送る。

 因みにイヤミはリカーネが居なくなってから約2日間は、不眠不休で盗賊団潰しにあたっていた。

 つまり今のイヤミにまともな答えは返って来ないので、真面目に相手をしていたら疲れるとジャックはさとる。

 しかも今はリカーネもいない為、イヤミのストッパー役はジャックしか居ないのだ。

 胃が痛くなるのも納得である。


 しかしジャックはそれでも焦らなかった。

 何故ならこの周りにいる男たちからは殺気は感じられず、どちらかと言えば好奇心のようなものを感じたからだ。


「お待たせしたお客人。」


 そんな不思議な視線に晒されていること数十分。

 ジャックは見たことない形の扉(障子)が開かれ、真っ白い髪や髭を長く伸ばし、半獣人の特徴である動物の耳、三毛猫と呼ばれる斑な模様をした猫耳としっぽが揺れた老人が入ってくる。

 その老人が入ってきた瞬間、イヤミやジャックに向けていた視線を老人に向け、そのままひれ伏す。


 ジャックはその老人や周りの反応を一目見て悟った。

 その老人の桁外れな魔力量は、イヤミに近い量だと。そして――


(なるほど、こいつがこの街の裏社会の支配者、って事だな。)


 理解したジャックはすぐさま警戒態勢に入って、相手の動きを観察する。

 ついでにイヤミにも合図を送るが、イヤミはその老人を見た瞬間、草の匂いがする床に頭をつけて大泣きしていたので放置することにした。


「おやおやそこのお嬢さん、そんなに泣いてどうかなさったのか?」


「あ、こいつ今長年の夢が粉々に打ち砕かてて精神が不安定な状態になったんで、ほっといていいですよ。そのうち戻ってきます。」


 大泣きしているイヤミを心配したような顔で見つめた老人。

 ジャックはその老人に心配しなくていいと伝えれば、老人は朗らかな笑みを浮かべて頷いた。


「ホッホッホ、そうか。なら早速話に入ろうかの。お主らをいきなり呼んでしまったこと、まずは先に謝罪させてくれ、申し訳なかった。」


「それはいい、取り敢えず何故俺らをここに?それと何故もう1人の仲間と俺たちを別々の部屋に?」


 頭を下げた老人の言葉をすげなく一蹴し、ジャックは相手に目的と、何故リカーネだけが別のところに通された理由を聞く。

 ジャックは鋭い視線を老人にぶつける。


「まずは、自己紹介と行きましょうか?

 私の名前はリュウジン・カグラ。

 この組織の長『獣人国半獣連合 神楽組』の3代目組長をしておるものです。」


「は、組?……俺はジャック、ここで大泣きしているのがイヤミ。それと別部屋に居るのがリカーネだ。俺たちは冒険者でパーティーを組んでいる。……なんだかよく分からない単語が多いし、この場所自体も俺は見た事がない。それも説明してはくれないか?」


 あまりに意味に分からない単語が乱雑し、ジャックの目が点に変わる。

 取り敢えず相手に習ってジャックは自分達の自己紹介を終わらした後、わからなかった単語に対しての説明を要求した。


「おお、すまんかった。ここはお主たちにとっては見たこともないような場所じゃったな。しかしそれを説明するには相当時間がかかるが、宜しいかの?」


「まあ、大丈夫だ。終わったぐらいにはこいつも戻ってきてると思うしな。」


 そう言って冷めた目でイヤミを見るジャック。そんな目線に晒されてもイヤミは静かに嗚咽を漏らしていた。


「では、この爺の長話でもしようかのぉ。

 まずはこの組を作った初代組長の話でもしようか。」



 ****


 昔の獣人国は、それはそれは治安というものがないほど、最低な無法地帯が多くあり、そして国そのものが腐敗する最低国家として有名だった。


 街には小悪党も本物の悪党も普通に街の大道路を闊歩し、そこらを歩いていた女子供を攫っては、薬漬けや売春、人身売買などそれは酷いことばかりなものだった。


 それが、約150年前の獣人国。


 力無きものは日々の暴力に脅え、女子供は気軽に街を歩くことも出来ない。

 それがその時代の普通だった。


 そんなある日の事。

 この街に、見たこともない模様が体を彩り鍛冶屋やどの武器屋にも無いような、美しい波紋が流れるその鈍い銀の色を持った、謎の男がやってきた。

 その男はあまりにも無防備で、片刃しかない武器をもち、その威風堂々たる姿は何よりも人の目を奪った。

 しかしその男は血だらけの息絶えで、その命はいつ尽きてもおかしくはなく、その武器を狙った小悪党に殺されてしまうのがオチだろうと、その周りにいた人は救いの手を伸ばすことは無かった。


 しかしその男こそ『獣人国半獣連合 神楽組』第1代目組長

 そして彼こそが、この国の闇社会に伝説を残す男となる。


 まず初めにその男は、自身の持ち物を狙う群がる悪党共をそのボロボロの体でバッタバッタ切り倒し、たった数時間で人の山を作り上げた。

 その後は女子供を襲う悪漢も、そこらにあった劣悪な犯罪組織を壊滅させた後、その壊滅させた悪党共を吸収し新たな組織を作り、それを繰り返すこと一年。

 その組織は国中に恐れを轟かす巨大組織と変わったのだ。


 だが一番その組織が有名になった理由、

 それは『神楽組 盃の鉄則条例』という闇社会にはなかった規則性と、厳格な上下関係があった為である。


 これを守らない者には、その組は破門のこと、それ以外に闇社会からの爪弾きが待っていた為、それらを破るものはいなかった。

 この厳格から、この組織は裏社会で上位まで上がり、その条例に呈したほかの荒くれた組織全ては塵に帰ることとなる。


 それが怪我の功名となったのか、この街や国で好き勝手する者はいなくなり、治安は回復していったのだった。



 ****


「……これがこの組を創った初代と組の誕生じゃ。そしてその名を忘れぬよう、次の組長となる者は初代と同じ名を受け継いでいったのです。」


 全ての話を聞き終わったジャックは、そのとんでもなく長い話に白目を向いた。

 おじいちゃんの長話を舐めて、軽々しく聞いてしまったのが運の尽き。

 ジャックはあぐらをかいていたが、あまりに長かったせいで痺れが足を周り震えていた。


「そ、そうか……つまりこの建物はその男の趣味ってことだな……?」


「まさにその通り。しかし初代が多くの技術を教えて創ったこの建物……その建物を含めて全てが、どこの発祥のものか分からないのです。初代が一体どこから来たのかも、どうしてそこにいたのかも、何も。」


 リュウジンはその長く蓄えた自身の髭を撫でながら、首を傾げてぼやる。

 しかしそのボヤキにジャックは答えることなく沈黙していれば、先程まで大泣きしていたイヤミが体を起こしてジト目で答えた。


「はあ、なるほど、通りで世界観ぶち壊しのってものが建っていたり、和彫りした奴らがいる訳だ。

 ……その初代とやら、多分だが別世界の人間だぞ。」


「ほう、わかるのですか?イヤミ殿。」


 イヤミの言葉に、リュウジンは感情が読めない目を細めれ前のめりになる。

 だがそのしっぽは興味津々だと語るかのように揺れていた。


「まあ、なんで分かるかは聞かんでくれ。

 聞いても多分答えられない。私は私自身の記憶が無いから、どうして知ってるかまでは分からないんだ。」


「なんと……」


「ただ、お前らみたいな連中は私の記憶上いたな。ここと同じように、裏社会を生きる人達ってとこかな。」


 あとの説明はめんどくさいと顔で語るイヤミに、リュウジンもそれ以上聞ことはしなかった。


「で、色々話が脱線していたが戻すぞ?

 ……お前らの目的はなんだ?それとリリィは何処にいる?」


 あぐらをかいて頬を着くイヤミ。

 先程まで夢と浪漫に想いを馳せることが出来ずに泣いていたものとは思えない不敵さ。

 ジャックからしたら、さっきまで泣いていたやつが今更なにいってんだ、という思いに駆られるが、せっかく復活したのにまた泣かれても困るので、黙っておくことにした。


「ホホ、そうでしたな。まだそのことも残っていたのを忘れておりました。

 私があなたがたをご招待した目的、それはこの国に蔓延る魔族たちを倒すために、どうかお力添えをして頂きたく思い、勝手ながら私の一存で呼ばせていただきました。」


「……ひとつ聞きたいのだが、この国にも聖女入るはずだろう?結界のおかげで魔族の侵入を阻んでいると仲間から聞いたが、その聖女はどうした?」


 イヤミの当然の疑問を口にした瞬間、周囲から殺気が溢れ出る。

 男たちの表情も酷く憎々しげで鬼の顔になるが、その相手は自分たちでないことはすぐに気づいた。


「この国の聖女様は……魔族にさらわれて今は行方知らずとなっておられるのです。」


「聖女が、拐われた?」


「まじかよ……」


 リュウジンの静かで、だが酷く憎々しげな声で教えられたその話は、正直イヤミにとって関わりたく無さすぎたものだった。

 しかもジャックのこの驚きよう。

 自分が関わるには重すぎる件だと悟り、イヤミは目を細めた。


 この国の聖女が拐われていた、よりにもよって魔族に。

 このことを知ったイヤミとジャックは、ようやっと辻褄があったように唸る。

 この国にあれ程度の魔族がいたのは、聖女の結界が正常に作動して無いから。

 だから魔族は入り放題だった。


 しかも魔族は聖女を憎んでいる。

 だから一度魔族に会えば、その聖女が生きている確率は低くなるのは常識だ。

 ……拐われたとなれば尚更に。


 イヤミは面倒事の匂いに眉間を解し、老人を静かな目で見やる。

 老人は顔こそは穏やかだったが、その目の奥は荒れ狂う炎で燃えていた。

 その異常なほどに燃え狂う目をじっと見つめるイヤミは、暫くしてある仮説が頭を過ぎる。


「……その聖女、お前の血縁の一人か?」


 思わず出てしまったイヤミの問に、老人の猫耳がピクリと動く。それを肯定するように。

 イヤミはデリケートな話題だったのでしまったと焦ったが、出てしまったなら仕方ない。

 もう全て聞いてしまった方が良いと開き直ることにした。


「リュウジン、アンタが本当に私たちに協力して欲しい事は、一体なんなんだ?」


「……イヤミ殿、ジャック殿どうかっ!!

 私の大切な愛娘を、助ける力をお貸しください!!」


 頭を床に擦り付けるほど頭を下げたリュウジン。それを追うように、ジャックとイヤミを除く全ての人が頭を下げた。

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