第17話「強者の風格」

「た、助けてくれ……許してくれ。」


 仲間の様子を見て自身の死を予感する魔族は懇願する。

 その華麗な手のひら返しに、ジャックとリカーネは眉をひそめるがイヤミはそれにプッと吹き出して笑った。


「あっハハハ!!!いいねぇ、良い手のひら返しだ!好きだよそういうの、外道って感じがさぁ!」


 おかしく笑うイヤミは銃口を魔族から外してストックの肩に当たる部分で思いっきり殴りつける。

 殴られた魔族は頭を殴られたため、うめき声を上げて意識を手放す。

 それにジャックが慌ててイヤミの肩を掴んで行動を制した。


「おいイヤミ!これ以上面倒なことを起こすな!俺の胃をねじ切るつもりか!?」


「言いすぎだろ、別にコイツを許すつもりなんかねーよ。リリィにこんなことした奴ら全員。――邪魔者は消す。」


 笑いを引っ込めて冷たく言い放つイヤミ。

 それだけでどれだけ怒っていたかが分かり、リカーネは恐ろしくも少しだけ嬉しくなった。そこまで自分を大事に思っていたことに。

 ジャックはその言葉に手を引っ込めて冷酷な態度に引いた。


「おっま、悪党よりも悪党だな……敵に回したくねぇ。」


「良かったな、敵じゃなくて。それにしても魔族ってのはそう簡単に地上界に現れるもんなのか?この羽根めっちゃ邪魔。」


 三歩引くジャックをジト目で見つめたイヤミは、ずっと思っていたことを二人に聞く。その間にワイヤー入りの縄で魔族を簀巻きにしていた。


「いや、そんなことはない。確かに魔族が地上に来ないことはないが、滅多に無いことだ。」


「基本、どの国にも聖女が存在していて結界を維持する役目を持っているわ。だから上位の魔族以外結界が邪魔では近寄ることすらできない。……コレが聖女は世界で最も重要な存在なのよ。」


「へぇーそうなのか。」


 二人の話を聞き終えたイヤミは、また一つ漠然として疑問が残る。

 胸にくすぶる、煙のような謎がイヤミに浮かぶ。


(なんだ……このもやもやした感覚は?私は何かを見逃してるんじゃないだろうが?)


 しかし考えても来ない謎に足を止めるわけにも行かないと、考えを振り切るイヤミ。

 話を整理するために、二人と目線を合わせた。


「……まあ、とりあえず魔族はそう簡単に此処には来れないってわけだな。でもおかしいぞ?此処に入れるのが上位の魔族なら、こんな小者じみたやつが来れるとは思えんのだが。」


 そう言って下で簀巻きにされている魔族二人を見て首を傾げたイヤミに、同意するようにジャックとリカーネは頷く。


「ええ、確かに魔力自体は多かったけれども実力は中の下。結界を破くにはまだまだってところよ。……なのに、そんな魔族が二人も侵入しているなんて少しおかしい、いえ、かなり奇妙よ。」


「ああ、変だな。だいたい魔族が国に侵入でもしてみろ。それだけで国にいる軍すべてを動かすほどの大事だ。こいつらがそこまで大事になるような実力なんて持っているわけがねえ。」


 色々言いまくっている二人に、イヤミは少し魔族二人に同情するが敵なので慈悲はなく更に紐を強く結び直す。


「色々謎は残ったが、リリィが戻ってきたし私達はこの問題から手をひこうぜ。コレ以上この街やこの国の面倒事に関わりたくねぇ。それにギルドでの約束も守れたしな。」


 そう言ってちらりと自分の後ろに目をやるイヤミ。

 その視線を追ってみたリカーネは首を傾げてイヤミに聞く。


「イヤミ……彼ってまさか半獣人?どうしてこんなところに?しかも簀巻きにされているし。」


 猫耳の生えた男を点目で見つめるリカーネは、イヤミに説明を求めるように視線で促す。その視線を受けたイヤミは流すようにジャックに目線を送った。


「あー、まあつまりコイツのいる組織が此処の裏社会の元締めってことだ。コイツはその手がかりで捕まえてんだ。だからコレはイヤミの趣味じゃないぞ。」


「……イヤミ、私に近づかないで。」


「要らんこと言うなよ。フォローにならねぇわ。」


 説明したジャックは笑ってリカーネに説明し終えると、リカーネの冷めた目はイヤミに注がれる。


 チクチクと視線はぶつけられるイヤミはジャックを睨んで反論した。

 しかしそれを悠々と流すジャックは口笛を吹く。


「いや先から俺のこと空気にさせ過ぎじゃない!?いい加減コレ解けよ!」


 イヤミたちの存外な扱いに遂に不満を爆発させて文句を垂れ流す猫耳男。

 あまりにうるさく言う男を面倒くさそうに見るイヤミとジャック。

 カツカツと猫耳男に近づき縄についているヒモを思いっきり引っ張り、バランスを崩して転ぶ男に冷たく言い放った。


「解いてほしいだなんて……自分の立場がわかってないみたいだな子猫ちゃん?」


「こうなったのがお前ら組織のせいだってまだわからんのか?鈍い奴だ。」


 目線を合わせるように膝つくイヤミは、酷く冷たく吹雪が吹きそうなほどの雰囲気を垂れ流し、ジャックは見下ろしながら言い捨てる。


「……コレはどっちが悪党なのかしら?」


 外側でジャック達のネチネチとした嫌味と冷たい雰囲気に、耳をたれて涙を貯める猫耳の生えた男を、リカーネは引いた目で見ていた。


 ****


 しばらくジャックたちの洗礼を受けていた男は、ついに声を上げて大泣きし顔中が涙や鼻水ででグズグズになった頃、様子見していたリカーネがようやっと止めに入り事なきを終えた。


「何なんだよあれ、怖すぎだろ……」


「まあ、あの二人はそういう人たちだから。特にイヤミがだけど。」


 ガタガタと震えて、耳を垂らす獣人の男は今もなおにらみ続けるジャックたちから、身を隠すようにリカーネの近くによっていた。

 だがそれが更にイヤミたちの琴線に触れることとなる。


「チッ、なんだ彼奴近づきすぎだろう。」


「チィッ、おいジャックどうするよ?あの猫に身の程を知らせるか?」


「いや待て、今やったらリカーネからまた怒られるからリカーネが居なくなってからだな。」


「それもそうだな。」


 ヒソヒソと悪い顔で不安を煽るようなことを話す二人は、話し終わった後にニチャと悪い顔で笑いあった。

 その顔と話に、耳の良い獣人の男はヒッと悲鳴を漏らす。

 その様子に二人がまた良からぬことを企んでいることは明白で、リカーネの雷がまた落ちることとなった。


「だってだって!初めてみた半獣人がまさか男とは思わなかったんだもん!!!人の夢を壊したこいつが悪い!!」


「もん!じゃないわよこのスケベ!!言い訳も理不尽すぎよ!!」


 子供のようなイヤミの八つ当たりに真っ赤になって起こるリカーネ。

 ちなみにジャックは流れ弾がこないよう、気配を限りなく空気に近寄らせて息を殺していた。


「クッソ!!こうなったらギルドの引き渡す前に半殺しの一つや2つ……」


「――それをしたら困ります。どうか御免くださいませんか?」


 リカーネに叱られたことでイヤミの不満がすべて獣人の男に向けられる。

 男を睨みながら不穏なことをぶつくさと呟いたイヤミは、懐に入っていた銃を取り出そうとしたその時、背中から強い寒気と共にイヤミの耳元で話す丁寧な口調をした男の声に、イヤミはすぐさま戦闘態勢に入った。


「誰だ?いつからいた?気配は感じなかったが、お前は一体何者だ?」


「なるほど、たしかにあなたほどの手練なら、ここら一体の盗賊など塵芥でしかないですね。」


 クスクスと涼やかな顔で笑う男。

 しかし唯の男ではない。犬にしては尖すぎる耳に、夜を鋭く見つめる青い瞳。

 現代で言うところの紳士服は、後ろが大きく膨れて揺れている。


「なるほど、狼の獣人ってことか。……コイツの仲間だな?」


「冷静ですねぇ。その通り、私はなかなかに帰ってこないそこにいる方を迎えに来た者です。それと、我々の長からあなた方を丁重にご招待するよう仰せつかっています。あなた方のお怒りは最もですが、どうかついてきてはくれませんか?」


 困ったように簀巻きにされている仲間を見たあと、用はほかにもあるといった男の言葉に、イヤミたちは更に警戒を強めた。


「断る。これ以上この国や街の面倒事には関わりたくない。」


「ですが、あなたはわたしの提案を断るのは難しいのは、あなたが1番分かっているのでは?」


 そう語った男の目はどこまでも鋭く、立ち居振る舞いからも伝わってくる強者の風格に、イヤミは否定することなく頷く。


「確かにな、お前はそこにいる魔族なんかよりもずっと強い。正直策を講じても勝てるかどうか……」


「フフッ、冷静な判断に思考力。しかも自分の実力をしっかりと理解している。私あなたのこととても気に入りましたよ。」


 獲物を見つけたような捕食者の目をした男に、イヤミは引いたような顔で表情を引きつらせる。

 心の底から勘弁してほしいと顔で語るイヤミは、後ろにいる二人に肩をすくめて笑った。


「すまん、私じゃ彼奴に勝てないわ。お前らが行きたくないなら私だけ行ってくるが……どうする?」


「ふざけんなよ?お前が行くなら俺も行くっつーの。」


「イヤミ、私達は仲間でしょ?一緒に行くわよ。」


 二人は一人でいってこようかと言うイヤミの言葉に、むっと顔を顰めてついていくという旨を言う。

 正直待機してほしかったイヤミは、仕方ないなと肩をすくめて男に向かって、猫獣人の男を投げつけた。


「うわぁあ!!人をなげんじゃねぇ!!」


「フフッ、決まったようですね。」


「お前も無視すんなよ!!」


 シャーと威嚇している猫獣人の男の言葉を無視して話を進めるイヤミ。

 余裕な笑みをイヤミに向ける男に、イヤミは大きな舌打ちをして案内を促進する。


「チッ、良いから案内しろ。」


「申しわけありません。迎えの馬車はこちらです。」


「行こ、リリィ、ジャック。」


「おう、油断せずんなよイヤミ。」


「……うん、行こう。」


 大きな馬車に魔族ごと乗り込んだイヤミたちはその場をあとにする。

 残ったのは、リカーネに救われた女性たちと盗賊団の男たちだけだったが、その後のことは今のリカーネには最早関係ないことだった。

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