第16話「酷すぎる戦い」

「お前は本当にお転婆なお姫さんだな。」


 ジャックは地面に突き刺さるダガーを取りながらニヤリと笑った。

 1日ぶりに見た仲間の顔に、リカーネは若干目をうるませて拗ねるようにそっぽを向く。


「あんたたちが変な話ししているからよ、このむっつりスケベ。」


「なっ!?誰がむっつりだ!普通の男なら普通に持つ夢だ!」


「サイテー。」


 堂々と自分の性癖を暴露したジャック。

 それを虫でも見るかのような眼差しで、リカーネは見ている。

 墓穴を自ら掘ったジャックは項垂れて、リカーネの冷たい視線を受けていた。


 しかしどちらが吹き出したかは分からないが、久しぶりすぎるその会話に2人は笑って見合う。

 まるで恋人同士なそんな雰囲気を、イヤミが見ていたならツッコミを入れる様子が簡単に目に浮かぶが、今回入れたのは他でもない、彼だった。


 魔族の吹き飛ばされた方向から、巨大な魔力弾が2人の頭をかすめ、緊張が走る。


「オイテメェ、いきなり蹴り飛ばして女とイチャつくなんざ、余裕じゃねーか?」


 ピキピキとこめかみの血管が浮き出て、今でも怒りで引きちぎれそうだ。

 だが魔族の怒りも最もだろう。

 自分の力を聖女と言う、魔族でもっともな宿敵が倒せそうになって有頂天になっていたところに、そこらの石ころにも満たない奴に隙をつかれて攻撃されるなんて思ってもいなかったはずだ。

 自分の誇りを汚され、その上自分を無視して女といちゃつく。

 完全に馬鹿にしてるとしか思えないそんな所業、怒らないほうがおかしい。

 イヤミならすでにプッツンしているだろう。


「イ、イイ、いちゃついてなんかないわよ!!」


「ハッどうだか、女っていうのは種族関係なしに色ごとに頭いっぱいだからな。その上自分の好みの男が見つかれば簡単に乗り換える小賢しいやつばかりだ」


 魔族の言葉に真っ赤になって反論するリカーネ。

 しかしそんなことは別に聞いてないのか、はたまた信じていないのかそれを鼻で笑いバカにしたかのように話す魔族の様子に、ジャックの頭に悪知恵が働く。

 ぴーんと来たその考えは、成功するか失敗するかハイリスクハイリターンであり、失敗すればとんでもないことになってしまうが、浮かんでしまったその考えをどうしても無視することはできず、実行するためニヤリと笑って口を開いた。


「おいお前、もしかして……女にフラレでもしたか?」


「!?」


「――は?」


 突拍子もなさすぎるジャックの言葉に、リカーネはジャックを凝視する。

 魔族もその言葉に間の抜けた声で聞い返した。


「いやー?あまりに俺がと話ている程度でかなりしつこく言うもんで、もしかしたらと思っただけだ。悪い悪い、そんな筈ないもんな!だってまさかあの魔族様であろうものが、たかだが話している程度で昔の女を思い出して嫌味なんざするなんて……んな人間のガキでもしねーするわけねーもんな?」


「!!!」


 大げさに身振り手振りし、首を傾げて魔族に笑いかけるジャック。

 その言葉と態度に、魔族はリカーネに向けていたいやらしい笑みが消え失せた。


「ん、だとテメェッッ。」


「どうした魔族さんよ?まさか今の俺の冗談に怒ったのか?おいおい勘弁してくれよー、まさか本当だっただなんて俺は知らなかっただけなんだ、ゴメンな?」


 えービックリ知らなかった!なんて表情で語るジャックだが、此処まであからさまな態度ではその言葉すらも煽りに変わる。

 というよりそれが狙いなのだろう。ジャックの様子を見るに、ジャックは魔族から余裕をなくそうと煽りに煽って、見事その罠に魔族をはめたのだ。


 リカーネはその二人の言葉の攻防を黙って見ていたが、どこか懐かしくも存在感がどでかすぎるあのニヤけた表情をする一人の少女が頭を掠める。


(……もしかしてイヤミ、ジャックにも入れ知恵したのかしら?本当に抜け目ないわね。)


 そんなことを考えていたリカーネをよそに、二人の言葉の攻防は過激に発展していった。そして遂に……


「……まあ、そりゃテメーみたいに願い下げだろうな。俺が女ならグチグチネチネチしまくったやつは生理的に無理だわ。」


 軽快に笑って、魔族を笑い飛ばすジャックに魔族は、魔力弾を作って殺気に満ち溢れた表情に変わった。


「殺す、人間ッ!!」


「やってみろ、女々しい魔族くん。」


 すっとダガーを構えたジャックは、煽りの言葉とともに不敵に笑う。

 合図は、ただそれだけだった。


 ****


 所変わってイヤミはと言うと……


「へぇー、これが魔族っていうやつかー。……羽が邪魔くさいな。」


 ジャックたちにいるところとは別に居た魔族に、足止めを食らっていた、が。

 イヤミを足止めしていた魔族は、ジャックをリカーネのとこに向かわせたあと、イヤミの八つ当たりに合ってボロボロの状態で地面に転がっている。

 その理由は、イヤミはペラペラと自分のことを話す魔族を、先手必勝と言わんばかりに銃弾を撃ちこみ、その後は袋叩きの刑に処したのだ。

 その後はワイヤー入りの紐で魔族をぐるぐるの簀巻き状態にして、その魔族の頭を踏んづけている。

 まさに鬼畜。これが世界を救おうとしている奴の所業なのだろうか。


「たく、せっかく大本命のが穴からひょっこりと出したっていうのに……こうなんで私の道には障害物が多いんだろうなぁ?」


「いや自分から悩みのタネ作りにいっちゃってるじゃん!そんでいい加減これ取れよ手首がマジイてぇ!!」


「うるさいよ、人の夢をぶち壊した猫ちゃん。てゆうかそれを取ったら逃げちゃうし、そうなったらせっかくの手がかりが無くなるから私が困るんだよねー。」


 そう言って、後ろを振り返ってジト目になるイヤミの視線の先には、茶色く光沢のある猫のしっぽに、ピクピクと動く猫の耳。カッコいいよりかは可愛いに分類されるような、女性の母性を刺激するような顔立ちの男。

 そしてその男を魔族同様簀巻き状態にしてヒモで引いていた。

 そう、彼がイヤミの言うここら一体を支配する裏社会の最大の手がかりなのだ。


「それにしても……一番最初に見る獣人が野郎とか……不幸だ……」


「お前さっきから思ってたけど最低だよ!!悪党以上の悪党だよ!!!」


「人の大事な仲間を拐った奴らに慈悲なんかあるわけねーだろうが。とゆうかこっちは別に魔族からお前守らなくともよかったんだよ?むしろ感謝してほしいぐらいだわ。」


「グヌヌ……」


 イヤミ言うことが確かに正論で、猫耳男は渋い顔をして黙り込む。

 それにこれ以上文句を言えば、最初に合った頃のような殺気をぶつけられても困ると思い喉まででかけていた言葉を飲み込んだ。

 イヤミは黙り込んだ猫耳男を横目で流しながら、ジャックの行った方向に意識を向ける。その方向は夜だというのに光っており、衝撃音も聞こえてきた。

 何か合ったのは確実だが、イヤミは焦ることもなく魔族を引きずりながらゆっくりとその方向に向かう。


「さてさて、どうなっていることやら……やりすぎてなければいいが。」


 ぼやきながらジャックたちの方に向かうイヤミの足取りは、不安など一切ない力強いものだった。



 ****


「グハッ!!―ガッ、ハァ!!ば、馬鹿な、唯の人間のはずが、なぜ!?しかも聖女のせいで俺の攻撃が通らねぇ!!」


 砂埃を立てながら転げてジャックに叫ぶ魔族。

 驚愕に染まった魔族の顔はもう余裕をなくしていた。


「お前みたいな小者に俺が負けるわけ無いだろうが。それに……冷静じゃないやつほど負けやすいものはない。……おれの経験上での論だがな。」


 そう語るジャックの顔は魔族を圧倒しているはずなのに苦々しく、拗ねたような顔になっていた。


「だから俺はもう、そう簡単に負けるわけには行かねーんだよ。また彼奴イヤミに馬鹿にされるわけには行かないからな。」


「な、何を言って、んだ……」


 ジャックの言っていることがわからずに聞き返す魔族。

 しかし意味のわかるリカーネはジャックから目をそらしていた。


「とりあえずお前は特に情報を持っているわけでもなさそうだし、イヤミの方にも魔族はいる。援軍が必要だと思わないが行かないとな。」


「そんな、イヤミが1人で魔族と戦うなんて無茶……かしら?……なんか大丈夫そうね。」


 イヤミが魔族と1人で戦っている、とジャックから聞いて一瞬不安にかられたが、すぐに冷静になって考えればその心配もなくなる。

 どうせ先手必勝とかなんとかいって魔族をボコボコにしたに違いないと思うリカーネ。イヤミが聞いたならばテレパシー使いかと聞いただろう。


 まさにそれをして、こっちに向かってくることは思っていない二人だったが妙な安心感がリカーネに余裕を持たした。

 だがその思いは倒れている魔族の言葉で冷や汗をかくこととなる。


「――クッハハ!!何を余裕ぶってんだよ!てめぇらの言う仲間のところにいる魔族は俺よりも危険なやつなんだぜ?1人で勝てるかってんだよ!」


「「!?」」


 魔族の笑い声は、自身に満ち溢れて仲間に対する確固たる確信があった。

 邪悪な笑みのままリカーネたちを見上げ、怪我した自分を察して助けに来る仲間を今か今かと待ち望む。


「すぐに来るぜ!彼奴は此処らへんの砂を操るからなぁ!少しの振動で状況を察することなんて朝飯前なんだよ!!オメェらはもうおしまいだ!!」


「……くっそ、1人にするべきじゃなかったかっ。」


「ジャック!早くイヤミのもとに行かなくちゃ!!」


 凶悪な能力を聞かせられたジャックとリカーネは急いでイヤミのもとに向かおうと、その場をあとにキビ返そうとしたが、その前に聞こえた声に脱力した。


「――へぇ、それってこいつのことか?」


 何かを引きずってやってきたイヤミは、傷一つなく不敵な笑みでジャックたちのもとに向かって歩いていた。

 そして固まる魔族に向かって何かを投げ、ドサリと物音を立てさせた。


「は、?」


「お前のお仲間とやら、ペラペラとうるさいから黙らしてやったぞ。コレでうるさくしなくなったんだから感謝しろよ。」


 ボロボロになっている仲間を、呆然と見ていた魔族は次第に恐怖で顔が引きつる。


「さて、どう調理してやろうか?なぁ、魔族くん。」


 イヤミは微笑みを魔族に向けて膝をつく。

 そのまま銃口を魔族に合わせて優しくイヤミに、魔族は心の底から思う。

 自分は、とんでもないものに関わってしまったのではないか、と。

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