第15話「遅くなったな、迎えに来たぜ?」

 石畳続く廊下を、総勢三十人で進むリカーネ一行。

 たくさんの足音は足並みが揃ってないせいか絶え間なく聞こえてくる。

 しかしそんなことなどどうでもいほど、リカーネの額には皺が寄っていた。


 このままこの男たちの進むところをついていけば安全に出口につける、筈なのに。

 リカーネは背中に冷や汗を感じて嫌な予感に拳を握る。


(何、何なの?この嫌な予感は?このまま真っすぐ行けば、必ず嫌な事態になるわ。そんな、予感がする。)


 服の袖をつまみ、リカーネは魔法で杖を出す。

 いつ、何がきてもいいように準備をして。それはリカーネの聖女修行時代に培われてきた戦いにおける本能だった。


 ――聖女はたしかに世界の宝だ。しかしそれでも敵がいないとは限らない。

 魔族は当然のこと、人の心の闇や病、天変地異に――聖女を冠する他の誰か。

 それらすべてが自身の敵であり、他のものではけして勝つことなど不可能な存在。

 それが聖女の敵なのだ。


 そしてその聖女には聖女になるためのが存在する。

 それはまだイヤミもジャックも知らない条件であり、その条件は聞けば確かに神に愛されたものではいけないものだとわかるものだった。


 聖女になる条件の一つ目、それは体のどこかに神の寵愛を受けたものの証であるがあること。


 条件2つ目、自身の祖国にある神山に五年間、1人で生きること。けしてが絶対である。


 条件3つ目、魔力総量が500以上あること。国全体に結界を張れるほどの魔力は最低500のため、聖女はその500よりも多くあることが好ましい。


 そして最後の条件4つ目、希少と言われている光の魔法属性を持つこと。


 これが、聖女になるための条件なのだ。

 この条件をクリアするのがそうそう簡単で楽なものではない、聖女は才能だけでなく、実力と実績なくしてはつけない王の次に偉い立場である。だからこそ聖女はそう多く存在せず、人々から尊敬のされ愛される存在なのだ。


 そんな元聖女であるリカーネは、培ってきた自身の勘を信じ武器を手にした。

 廊下の奥から見えてくる、一つの扉が見えて女性たちから小さな歓喜の声が聞こえてくる。だが、リカーネはそれに近づくに連れ青かった顔から脂汗が滲む。


 確実に、何かいると。頭から警報がなるのを感じて、足を進めた。

 いつでも対応を可能にして、身を固めて男たちよりも若干前に出始める。


「お、おいそんな早く行こうとするな。そこには専用の鍵が必要なんだ。」


 先行くリカーネの方を掴もうとする盗賊の男。しかし触れる直前でその手はリカーネに叩かれて空を切った。


「私には鍵なんて合ってないようなもんよ。お願いだからこれ以上はもう前に進まないで。あなた達だって死にたくはないでしょう?」


「な、何を言って……っ!!」


 その場にいた全員、突然意味のわからないことをリカーネに言われて戸惑うが男は見てしまった。

 目が凍えるような気がするほど殺気に満ち溢れ、隙のない佇まいを。

 そこにいた女は、さっきまで見惚れるような微笑みをしていた女ではなく、戦地に赴く戦を識る歴戦の戦士のようだった。


 後ずさるように、へたり込んで後ろに下がった男に誰も目をくれず、ただリカーネを見つめる。

 その視線を受けるが、まるでなにもないかのように真っ直ぐ扉に進むリカーネに誰も気づかない。

 死を本当に恐れて、1番逃げたがっているのがリカーネだと誰も気づかなかった。


(怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い、怖いっ!イヤミ、ジャック助けて!!)


 カタカタとドアノブに伸ばされた自分の手が震えている。

 依然として嫌な予感は背筋を滑り、気を紛らわせるように杖を強く握りしめた。


「……今は私だけなんだから、やれるのは私だけなのよ。」


 小さな独り言で己を鼓舞したリカーネは、息を小さく吐いた。

 ゾワリと肌が泡立ちながらドアノブをを回してドアを開ける。

 扉が開かれ、ゴクリと誰かのつばを飲むような音が聞こえた気がしたが、光が入った扉の向こうに広がっていた光景に、リカーネは目を見開いた。


 たしかにこの扉は出口だった、血塗られて真っ赤な道がなければ。


 ****


「う、嘘だろ?……兄貴……」


 誰かが呟いた小さな声は、酷く動揺したものだった。

 当たり前だ、こんな状況で動揺しない人など存在しない。

 息することすら忘れて誰も彼もが動けずに、その惨状を見ていた。


 だが沈黙した時間は、この惨状を作り出したであろう張本人によって、恐怖に包まれることとなる。


「おいおいおっカシーナァ?中の連中出てきちゃってんじゃん。それにが言っていた例のやつの気配が合ったはずなんだけどな……見た限りじゃ居ねぇよな?」


 ポリポリと頭をかいて首を傾げた、得体のしれない人物。

 いや、人物ではないのだろう。なぜならそれには、人が持っていないはずのが開いていたのだから。


「ま、ぞく……なんでこんなところに?」


 リカーネの嫌な勘は当たった。本当に当たってほしくない勘が。

 乾いた口が、震えて閉じない。

 しかしそんなことは相手からしたらどうでも良いことなのだろう。

 魔族はリカーネを見てニヤリと笑った。

 イヤミとはぜんぜん違う、悪意のこもった身の毛もよだつような黒い笑み。


「おいそこの人間の女。おまえ、その懐に入っているものを出しな。それは俺があの方に命令された例のやつが作ったものだろう?」


「な、何を言ってるのかしら……?」


「あー?ほんっっっと人間ていうのは理解がおせーな。」


 バサリと苛つくように翼を羽ばたかせる魔族の動きに、普通とも思えない魔力がそよ風となってリカーネにまとりついた。

 それが引き金となったのだろう。今までこの光景や状況を理解できず、固まって黙っていた女性たちや盗賊の男たちが一気に叫び声や、悲鳴を上げてその場は大混乱に陥る。


「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!」


「お、おいうそだろ!?なんでこんなところに魔族がいんだよ!!」


「俺が知るわけねーだろうがぁ!?そこをどけ!!」


 濃い魔力に当てられて、恐怖を煽られた者たちが叫んで扉の中に逃げ込む。

 それを合図に全員が急いで扉の中に入ろうと、前に居た人を押し倒して我先に逃げようとしていた。


「――っ!?落ち着きなさい!!」


 その事に驚いて動揺したリカーネは、魔族から目線を外して落ち着くように逃げ込む全員に叫び言う。

 しかし一人が冷静に指摘しようが、全員が混乱していればそれは触発するように広がっていくものだというのを、リカーネは完全に忘れていた。


 だがそれが、リカーネの大きな隙となる。

 魔族から目線を外してしまったために、リカーネは魔族の取る行動に素早く反応することができなかった。


「あー、うっせぇなぁ……黙ってろよ。」


 後ろから聞こえた魔族の声は、さっきとは違って抑揚のないどこか薄暗いものを感じる。その声にリカーネの肌が粟立つ。


「しまっ!!」


 慌てて後ろを振り向けば、密度の濃い魔力で作られた魔力弾が空中で練られているのを見てリカーネの顔は真っ青になる。

 あんなものを打ち込まれれば、この建物はもちろん、この地が吹き飛ぶぐらいの馬鹿げた魔力にリカーネも魔法を展開させる。


 魔族の練られる魔力弾と、リカーネの魔法展開……どちらが速くできるかの高度な戦いに発展した。


「死ね。」


「させない!『祝福 愛慈の護り域』!」


 魔族の冷たい声とともに、暗々とした巨大な魔力弾が真っすぐに建物に向かって打ち込まれる。

 だが同時に、魔法の展開が終わったリカーネは杖を振って発動させ、その魔力弾を白金の優しく輝く膜によって包まれて消滅させた。


 急に魔法を展開させたために、酷い脱力感がリカーネを襲う。


「お前、まさか聖女かっ。」


 驚いたように魔族は声を上げるのを聞きながら、リカーネは冷や汗をかく。

 脅威をなんとかしたが、同時に新たな危険性をはらむこととなったリカーネは杖を構えて魔族と対峙した。


「元、よ。もうそのセリフは聞き飽きたわ。」


「ククク、まさかこんな所で因縁と会い、そしてまさかこの俺がそんなやつを殺せるような機会を得るとはな。」


「あら?私も舐められたものね。あなた程度が私を殺せると思われるだなんて。」


 不味い。そんな思いとともにリカーネは杖を強く握りしめる。


(わたしには攻撃方法なんてないっていうのに!結界で護り続ける事はできるけど、それは解決や問題の先送りしかならないわ。)


 光属性、それは確かにどの魔法よりも一線を画すほどの強さを持つ属性であるが、弱点は存在する。

 それは純粋な自身の魔力でということ。

 つまり、先ほど魔族が練ったような魔力弾を作ることがのだ。


「フン、なんともまぁ哀れすぎる強がりだな聖女様。知っているんだぜ?聖女は攻撃方法は少なく、それに達するまでに地獄のような鍛錬をこなさなくちゃ行けねーってのはな。」


「さて、どうでしょうね?わからないわよ?」


 ニヤニヤと笑う魔族に向かって、リカーネも口の端を上げる。

 しかし心のなかでは酷く焦り、動揺していた。


 なぜ、そのことを知っているのかと……

 国でも極秘とも言える聖女の能力の制限を、たかだが一介の魔族風情が知っていることに、強い疑問を持つ。

 だが今はそれよりも今の危機をどう乗り越えるかと、考えを今は頭の片隅に置いた。


「なら、精々此処にいる奴ら守って俺を倒してみせるんだな!聖女!!」


「――ック!!」


 魔族から猛スピードで練られる魔力弾は、目測で百を超えており一撃一撃が重い。

 杖を構えて前に押し出すように構えて攻撃に耐え続けるリカーネ。


「ほらほらどうした聖女ォォ!?攻撃してみろよこの俺を!できる物ならなぁ!」


(できるものなら既にしてるわよ!この魔族っ、なんて馬鹿げた量の魔力弾を打ちこんで来るのよ!)


 魔力弾の量が減ることもなく、無尽蔵とも思われそうなほどの魔力。

 永遠に打ち込まれる魔力弾は段々と結界に亀裂を産ませる。

 そのことに若干の焦りがリカーネを蝕むが、同時に奇妙な引っ掛かりを感じた。


(この魔族、どうして……?)


 しかしその答えに到達する前に、結界に弾ける甲高い音が両者の間に響き渡る。


「――っ。」


「これで終わりだ。あばよ、忌々しい聖女!!」


 目の前には魔力弾。魔法を発動させようとも後ろにいる女性たちが居て結界を解除するわけにも行かない。


 絶体絶命の状況、誰の目から見ても勝負はついていしまったそんな状況でリカーネは――笑っていた。


 その瞬間、風を切るように真っ黒いダガーが魔力弾を切り裂いていく。


「ごめんなさいね。私はこんな所で終わるわけには行かないの。」


「なん、だと……」


 目の前で決まったはずの魔力弾は、地面に突き刺さるダガーによって切り裂かれた。

 呆然として目の前で何が起きたかわからないと言うかのように立ち尽くす魔族に、心からの微笑みを向けるリカーネ。

 その様子に、お前がやったのかと視線を向けた魔族に生じた大きな隙きを静かに近寄る男が居た。


「おい、俺の連れが世話になったな。」


「なっ、おまえはいったいだr、ガッ!!」


 魔族が言い切る前に、男はその横腹を思いっきり蹴り飛ばす。

 そして男は、吹き飛ばした魔族には目を向けずにリカーネに向けて笑って言う。


「遅くなったな、迎えに来たぜ?リカーネ。」


「――ジャック!!」

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