第14話「似た者同士」
さてそんな悪巧み中のイヤミたちから外れ、リカーネサイドでは。
諦めたかのように項垂れていたリカーネは、しばらく時間が経って頭が冴え始める。
段々と頭の回転が早くなって考えた。状況と自分がさっきまであった感情に。
そして出された考えは単純だった。
――どうして自分が怯えながら二人の助けを待たなくちゃいけないのか?ただそれだけだ。
そう思えば、怒りと屈辱的な羞恥心でいっぱいになってリカーネは震える。
「……こんな所で、こんな所でっ!立ち止まるなんて許せない!!絶対脱出してやるわ!!」
決意を固めて拳を高く突き上げるリカーネ。
「そうと決まればさっさと脱出方法を考えて、あの二人のもとに帰るのよ!」
鼻息荒く宣言するリカーネ。
その時、突き上げる手首から見えた赤い石にリカーネは違和感を持つ。
さっきまで明るく輝いていた赤い石の中心が、深い赤色に変わって輝きを無くしていた。
「どうして色が変わったのかしら?うーん……なにか条件でもあるのかしら?」
しばらくそれを眺めたり、魔法が使えないか魔力を確かめたりして試していれば、その石の輝きが段々と失われたりしていくのがわかってリカーネの目が輝く。
「もしかして、魔力量の吸収力がなくなってきたからこうなってるんじゃ……」
リカーネの魔力量は常人の十数倍。それどころか下手すれば百倍以上ある。
その為、普通の魔法無効化拘束具ではリカーネのすべての魔力を無効化することができず、一時的な無効化はできてもその容量はパンクし、ついにはその効力は消えてしまうほどだった。
それを知ってか知らずか、リカーネは魔石の異変に気づいて試してきていた魔力を集めた方法は、更にその魔石の容量を圧迫していく。
そしてついには、その魔石に小さな亀裂が入っていきぴしりと音を立てて砕け散った。
「やった!コレで魔法が使えるわ!」
なんだか息苦しかった感覚は消え失せ、開放感がリカーネの体に満ちる。
血がしびれた足に流れ込むようにゆっくりと体に力と熱が灯った。
魔法が使えると感覚でわかったリカーネは、自身の固有能力魔法『祝福』を使う。
「『祝福 神の杖』……さあ杖よ、その役目を果たし道を示せ。」
黄金に輝く杖を召喚し、廊にある扉に向かってそれを振る。
金に輝く光の粉がリカーネを先導するように向かい、固く閉じられていた扉を開けて廊下に出ていく。
それについていくようにリカーネは廊下に出てその様子に驚いた。
「……何よ、コレ?」
鼠と虫が這い、腐った食べ物と目が虚ろになっている人が、牢の中で蹲ったり気が触れたかのように奇声を上げる者が多く、リカーネの気分は悪くなっていく。
あまりに劣悪で非人道的なこの場から即刻離れたい気持ちになるリカーネは、早足でその場を歩くが、ある一つの牢から聞こえた少女のか細い声にその足を止めた。
「た、すけ……おかあ、さん……」
「――ッ!!」
牢の中を見てしまい、驚きのあまりリカーネは口元を抑え込んでうずくまる。
ボロ布で体の大事な部分を隠すが、殆ど意味のないほどボロボロで、そこから見える手足はまるで枯れ木のようだった。
ざんばらになった髪をそのまま石畳の上で放り出してあり、傷口から膿が出るほど薄汚れている。
あまりに若すぎる歳でこんな事になっている少女の状況に拐った奴らの所業に怒りと気持ち悪さに、リカーネはひどい吐き気がこみ上げてきた。
(もういやっ!どうしてこんなのに巻き込まれなくちゃいけないのよ!私はただ、ただあの場所に戻りたいだけなのにっ。あの二人の場所にっ……)
「帰り、たい……お母さんのところに帰りたいよ……神様助けて……」
「……」
少女の言葉に、リカーネははっとした。
自分が、ヒロインである前に一体何なのかを。
そうして泣きそうになってうつむく自分の顔を思いっきり叩いて、前を向いて少女と向き合う。
「……イヤミ、ジャック、ごめんなさい。抜け出すのもう少し時間がかかちゃうかもしれなくなっちゃった。だからもう少し待っててね。」
口元を抑えていた手を離し、リカーネは二人の顔を思い浮かべて笑って謝る。
「『祝福 治癒の宴』」
金の波紋が牢の中全体に広がっていく。
少女の部屋だけでなく、周りにあった牢の中にもゆっくりと優しい金の波紋が、人に当たっては溶けて消える。
そうしてたっぷりと流した回復魔法は、全域に届くと牢にいた人たちの驚きと困惑の声で一杯になった。
「神の杖よ、憐れな子羊を導き、その障害となる壁を慈悲深きお見心でお救いください。」
金の杖を一振りした瞬間、すべての牢の扉が開かれ驚きで固まった牢の人達が続々と出てくる。
皆は顔を合わせて自分たちを救ったであろうリカーネを見て、酷く驚く。
1人の女性が驚きのあまり腰を抜かしながらリカーネを見て、思わず指をさす。
「あ、貴方様はもしかして聖女様っ!?」
「え、聖女様がなんで!?」
「まさか私達を助けに……?」
「さっきの美しい魔法はもしかして聖女様の?」
ガヤガヤと騒がしくなる牢に、見張りをしている奴らが気づく可能性に気づいたリカーネは、シーと指でジェスチャーして捕まった女性たちに指示する。
その指示に素直に従って黙った女性たちに満足そうにうなずきながら、リカーネは一つ一つ答えていった。
「私は聖女ではないわ、元聖女よ。訳合ってこの国に来たらここに捕まちゃって、気づいたらこのザマ。それとあなた達を魔法で助けたのは私よ。」
「では、聖女様もこの手枷を?」
「聖女じゃないわよ。……それはもうないわ。魔力の吸収が追いつかなくて壊れちゃったみたい。」
「なんと……流石ですわ聖女様。」
「だから……って、もういいわ。それよりもここの組織が何なのか知っている人がいるなら教えてもらえるかしら?」
キラキラと純粋そうな目で見てくる女性たちに、リカーネはものすごく居心地の悪いものを覚えながらも、脱出のために情報を集める。
顔を合わせてざわつく女性たちの中から焦らず待つリカーネの前に、新緑の髪を持つ美しい女性が前に出てきた。
たしかにこの見た目なら、人攫いに合ってもおかしくはないなと考えながらリカーネは言葉堪えたえになって話す女性に耳を傾ける。
「えっと、ここはある組織の傘下にある『竜の心臓』と呼ばれる盗賊団の根城なんです。主に若い女性や年若い子供を拐って他国に売り払っていると、軍にいる父から聞いたことがあります。」
「妙にかっこいい名前の盗賊団ね。それで?ここには何人ぐらいいるかってわかるかしら?」
「申しわけありません、そこまでは……」
項垂れる女性に、リカーネは仕方ないわよと慰める。
流石にそこまでの情報も知らないだろうし、その情報を自分の大事な娘に言うとは思えなかったので、知れたらいいなぁ程度だったがここまで落ち込むとは思わず、リカーネは慌てた。
しかし敵の情報がなくては、脱出の手立てを考えることなど不可能だと考えるリカーネは頭を抱える。
だからこそ気づかなかった。リカーネの使った大量の魔力と魔法が相手に気づかれないはずがないと、リカーネの頭からはその基本知識が抜けてしまっていたのだ。
カツカツと廊下の奥から人の足音が聞こえる。
状況にようやっと気づいたリカーネは、急いでみんなに隠れるように指示を飛ばす。
しかしそんなことをしている時間なく、下卑た笑い声を発しながら近づく複数人の男の声に、リカーネたちは震えた。
「おいおいおいおい?どうして商品の女どもが抜け出してんだよ?」
「あ?俺が知るわけねーだろうがよ。つーか主犯格に聞いたほうが早いだろうがよ。」
「ケケケッそれもそうだな!おい、女ども!これやった主犯は誰だか教えろや。」
「ヒッ!!」
男たちからの欲望の目と、ちらりと見えた武器類にリカーネを除く女性たちは更に震える。
多くの女性がリカーネをちら見するが、何故か誰も答えることなくただ下を向いて黙った。その様子はまるでリカーネを庇うかのようだ。
だがこのままではこの下卑た男どもが何をするか分かったもんではなく、恐怖心を怒りに変えて男たちの前に悠々と歩き出す。
「私よ。あなた達、こんなことしてただで済むと思っているのかしら?人身売買、しかも誘拐での本人同意無しでのものは国際法によってご法度よ。軽いもので懲役50年、最悪は絞首刑よ?そんなリスクを背負って誘拐だなんて今すぐやめたほうがいいわ。」
リカーネは法律を持ち出して堂々たる態度と威圧で盗賊の男たちに説得をする。
そのあまりの威圧に男たちは一瞬でも怯む、いや絞首刑という言葉に怯むように後ずさった。
(い、行けるかも知れないわ、これ程度で揺れるなんてコイツら相当な小物ね!このまま説得してここを案内させるのよ!)
「今なら此処にいる全員、返してくれるなら今までのことも軍には言わないと約束するわ。さぁ、このまま死刑になるか更正する機会を得るか。返事は2つに1つよ。」
ザワザワと揺れるように騒ぐ男たち。本当に死にたくないのがありありと分かる。
リカーネは極めつけと言わんばかりに、優しく微笑む。
これが噂に聞く「聖女スマイル」である。
それが決定打になったのか、顔を赤くして先ほどまで下卑た笑みを浮かべていた男が代表して聞いてきた。
「ほ、本当に助けてくれるんだろうな?」
「ええ、もちろんよ。ねえみんな、そうでしょう?」
「――は、はいもちろんですわ!」
女性たちには事前に打ち合わせしてないので、殆どアドリブになってしまったがリカーネの企みに気づいた緑髪の女性が頷く。
それを追うように、他の女性達もうなずいた。
「い、良いだろう。出口はこっちだ。」
(計画通りって奴ね。さすがイヤミ!教えて貰った通りに相手を揺さぶったら思いどおりになったわ!)
にっこりと微笑みながらリカーネはついて行くが、見た目とは裏腹に心では悪どい笑みを浮かべていた。
そんなリカーネを尊敬の眼差しで見つめる女性達。さらに居心地が悪くなったのだが、それに気づかないリカーネは幸せである。
そうしてリカーネの手のひらの上で、コロコロと転がされている事など知る由もない盗賊たちの末路は哀れなこととなった。
だがもう、彼らの頭には死という恐怖と、自分達は助かるかも知れないという安心感で冷静になることは無い。そうなるようにリカーネが先導したからだ。
しかも入れ知恵したのがあのイヤミとなれば、その効果は嫌らしく本物だろう。
悪魔の所業を簡単に、そしてなんの躊躇いもなくやったリカーネはある意味――
イヤミと似た者同士なのだ。
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