第13話「いきなりはぐれたリカーネ」
宿屋でジャックに確執ができていた頃。
リカーネは石とサビ臭い鉄の牢の中に囚われていた。
「……はぁ〜、最悪な展開ね。いきなりこんなことになるなんて……これもヒロインのサガってやつかしら?」
手枷のついた手を動かせば、ジャラリと鉄の擦れる音が響く。
少しきつくなっている手枷のあった肌の場所には、青紫色に変色していた。
薄暗い牢の中にはリカーネしか居なく、他に人のいる気配もしない。
「まさか薬で眠らされちゃうなんて、もしかして結構不味いものに関わってしまった可能性があるわね。しかもこの手枷……」
手枷には大きい赤い宝石が着いており、中の方が薄裏と光っては消えて点滅している。
その光が点滅するのを見ていれば、力が抜けていって力めない。
「……捕縛用の魔法無効化の魔石……」
軍の一部にしかなく、手に入れるにも多額の金を積まなくては絶対に手に入らない代物が、ただの一般人(元聖女)に使われているという事に、この犯罪組織がどれだけの物なのかがわかる。
ヒヤリと汗が滲み、先程まであまりなかった恐怖というものが背を伝った。
「お、落ち着きなさいリカーネ。きっとあの二人が助けてくれるはずよ!」
力強く頷いて、リカーネは何とか気丈に振舞おうと手を握りしめようと体を揺らす。
その時、カサリとスカートの隠しポッケの中から銀に光る細いものが出て来て、訝しんだリカーネは落ちている細いものを人差し指と親指で摘む。
「これって……鋼糸……?」
ただの鋼糸ではない。これはイヤミがジャック戦のときに使った鋼糸であり、魔法で作ったものである。
その事に気づいたリカーネは顔を上げて喜びをあらわにした。
「つまり、これはイヤミの一部ってことよね?じゃあ、これを頼りに私が魔力を送りこめばイヤミはそれに気づく、は、ず……」
しかしぱっと気分が明るくなったかと思えば、手首から見える紅い石が輝くのがちらりと視界に入って固まる。
「そうだったわ……これのせいで魔法が使えないじゃないの。」
ガックリと肩を落として石畳の壁に背を預けてリカーネは項垂れる。
そして恨めしそうに手枷について魔法石を見つめて、ため息をついた。
****
イヤミたちのいる獣人の国は荒野と森に囲まれた国土の大きな国。
様々な特産品が多く存在し、観光としても有名なこの国は冒険者の間では危険区域としても有名だった。
森と荒野は普通の土地よりも過酷を極め、体力のないような人や五感の鋭い獣人では、結界のない国道の離れた道を通ることもできない場所であり、ここを通るときとても高い関税を払って旅人などはこの国を抜けるほど。
だが最もこの国で警戒するものも存在する。
それは魔物による脅威だと冒険者そして、旅人や商人は語った。
魔物の一体一体の力はそこまでなく、低ランクの冒険者でも倒せるほどのものだが、冒険者などが警戒する本当の脅威は、ここでしかない魔物の特性――
『この国の魔物には知力が存在する』。
普通の魔物には精々数十程度でしか群れて通る旅人などを襲うことしかできない。
それがすべての冒険者たちでの常識であり誰でも知っていることだった。
一部の例外として、魔界に存在する魔人たちは人と遜色ないほどの知性と理性を持つ。だからこそ魔人は人類にとって1番の天敵であり、その逆もまた然り。
そしてこの国の魔物には本能が強いものの、侮れないほどの知力を持つ。
それ故か、この国の軍は魔物ばかりに目をやり、国内の治安がおろそかになっていた。
だからこの国には小悪党から巨悪までの犯罪組織が多く点在し、その闇を膨れさせていく。この国の環境状況はいい隠れ蓑なのだ。
そんな人の気配などないような荒れ地に男が一人。
「――感じる、感じるぞ、此処にいるっ!……」
地のそこから響くような声、太くオーガなどとは比較にならないほどの濃密な筋肉。
肌は乾いた土のようにカサカサで、赤く輝く目は夜に不気味に輝く。
人間とも思えない魔力量と異質な気配には、周りにいた魔物たちも恐れをなしてひいいった。
「必ず連れ戻す!魔王様の心臓である『異邦人』を!!」
男はあまりにも有名だった。
もし此処に冒険者や軍人がいるならこう呼ばれて泡を吹いたことだろう。
魔王軍四天王が一人『猛地の巨人グライア』と――
荒野の夜に輝く不気味な赤い光は、その言葉と共に風となって消えた。
残るのは、その場で震えていた魔物たちだけだ。
****
「ここか……」
同じ夜、大きな闇が近づいていることに気づいていなかったイヤミたちは、計画通りにリカーネを拐ったと思われる候補の盗賊の根城近くにいた。
「ああ、あの男の言うことが本当であればここで間違いない。」
昼とは違う寒々とした風にジャックは首をすくめながら頷く。
だがその目は凪いでいて、これからすることにも何も思っていないかのような、なんてこともないような目だった。
懐に手を伸ばし、カチャリと鉄がなにかにハマるような音を立てて、イヤミはジャックに振り返る。
「じゃあ、始めようか。」
イヤミの優しく言ったその声とその言葉を最後に、イヤミとジャックは別れて動く。
事前に打ち合わせしたどおりの役割を果たすために――
ザッザッザッと砂利の混じった土道を誰かが歩いていく。
それを静かに聞く男が一人、ジャックだ。
「――さすがギルド一の男。制圧が速いもんだ。」
真っ赤な炎に包まれた盗賊団の根城を背に、ジャックは静かに佇んでいた。
黒いダガーはねっとりとした液体で照ら付き、周りにいた盗賊と思わしき者たちが横たわっていた。
そんな男の近くを、黒いコートを着た女が気安げに近づいて笑う。
その女もよくよく見てみれば顔に赤いものがついて、それ以上に手が真っ赤だった。
「ここにリカーネはいない。確認済みだ。」
「チッ、取り越し苦労か……」
顔についた返り血をコートの袖で乱暴に拭い、イヤミは舌打ちする。
愛用の武器である『M1911』を手作りのガンショルダーに仕舞い込んで、ギルド長からもらった地図にバツをつけた。
「本当にどこにいるんだよ、リリィ。」
苛立ちげにイヤミは地面を蹴り、次の目的地に足を進めかけたその時。
ジャックはイヤミの手を掴んでそれを止めた。
「……おいイヤミ、少し聞きたいことがある。」
様子のおかしいジャックにイヤミは顔を上げる。
どこかで同じようなことがあった気がしたイヤミは、いつの日と同じようにジャックを見上げた。
「お前にとって、仲間は一体何なんだ?都合のいい駒か?使い勝手のいい道具か?」
いつものジャックならしない質問攻めにイヤミの表情は変わる。
どうしていいかわからずオロオロするイヤミにジャックは顔を伏せた。
「いや、済まない。変なことを聞いた。……たかだか一週間しか関わってない俺が言うことじゃなかった、お前にとって俺は唯の都合のいい駒だもんな、忘れてくれ。」
そう言っては暗い顔をして、イヤミから地図を奪って歩き始めるジャックに、イヤミはどうすることもできずにただ呆然と見ていた……
「いや待て、何意味深な言葉残してせっせこ行こうとしてんだ。」
「グエッ!」
こともなく、先行くジャックを普通に捕まえて無理やり馬車に乗り込む。
ここに来る途中に使っていた馬車で次の目的地に向かう途中、イヤミはジャックにもう一度語尾を強めにして聞いた。
「で?どうしていきなりそういう事になったのか訳を聞こうじゃないかジャック君?私がいつ?どこで?そんな事を言ったんだ?」
ドンッと馬車に壁を手で打ち付けジャックに向き合うイヤミ。
少し、いやかなり古めのやつで言うなら壁ドンと呼ばれるものだった。
イヤミに責められたジャックは先程の雰囲気を散らせて怯える。
「え?あれ?今のは仲違い系の雰囲気になって最後に仲直りするような感じの展開だっただろ?普通にシリアス展開だったよな?お前が盗賊殺しをしてお前が本当はどんなやつなのかがわからなくてなった俺が離れそうになっちゃう展開だったよね??」
「知らんなそんな展開。そんなものは犬に食わせるならぬ盗賊共に食わせたわ。だいたい血まみれ言うても彼奴ら死んでないし、コレはたしかに返り血だけどほとんどペイント弾のものだし。勝手に人を人殺し扱いすんじゃねぇよ。」
そう言ってイヤミはガンショルダーから愛銃を取り出すと、そこから赤いものがついた銃弾を取り出した。
銃弾と言ってもゴム弾と似た形状のもので、消して人に致命傷を与えるようなものではなく、いたずら用のものだ。簡単に言えばエアガンである。
「本物をアイツラに使うわけねーじゃん。あれは別のところにに置いてあるよ。」
ひらひらと手を揺らしおどけるイヤミは、そのままジャックの襟をひっ捕まえて首を傾げた。
「それでぇ?さっきの質問なんだけど答えてくれるかなぁジャック君?」
「あ、忘れてくれなかったんですね……」
襟を離して座るイヤミを見ながらジャックは、先ほど言った己の軽率な言葉に数分前の自分を呪いたくなる。
言葉に詰まりながらも訳を話すに連れ、段々とイヤミの口数とツッコミが減っていく。ちらりとイヤミを見ればなんだか拗ねているように唇を尖らせて窓を見ていた。
「あの……イヤミさん?」
「イヤ別に?お前がまさかそんなことを思っているだなんて思わなくてさぁ。まあ私も悪いよね、君そんなひどい扱いしちゃってるんだからさ。でもさぁ、君をそんなふうに考えたことも、ましてはそんなこと思ったこともなかったとも言い切れんが信用されてないとは酷く悲しいなぁ。」
「いや待て聞こえたぞ?お前少しは思ってたってことじゃねぇかこの野郎。」
シクシクと袖で目元を抑えるイヤミにジャックはケリを入れた。
だが、そんな冗談がいつものイヤミらしくジャックは笑う。
先ほどまでの重い空気はなくなりいつもの二人に戻ったジャックとイヤミは、顔を近づけて悪い顔をした。
「さて、リカーネ拐ったやつはどうするんだ?もしかしてそのエアガン?ってやつで生ぬるい処分をするのか?」
「ハハハ、面白い冗談を言うねジャック君。――もちろん本物使うに決まってんじゃん。」
すっと重いものが布と擦れて見える銀の光は、あのとき見た恐ろしい武器でジャックとイヤミはニヤリと笑い、次の作戦を立てる。
それをすべて見ていたギルド御用達の御者のおじさんは、夜を仰いで思う。
盗賊、超逃げてと――
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