第12話「冷酷な方」
リカーネが消えて1日。
この国に来てからすぐに消えてしまったリカーネに、イヤミの機嫌はそれはそれは不絶頂なものだった。
「おい落ち着けよ。床を抜くつもりか?」
「なら床を抜かないように早めにリリィの居場所を探すべきだな。こんな所にいる時間なんかねぇぞジャック。」
そうしてカツカツと床を鳴らして貧乏ゆすりをするイヤミに、ジャックは眉をひそめる。
短い間だがここまで威圧を振りまくイヤミを見たことがなく、ジャックは少し身震いをした。しかしこのまま放置すれば、もう闇に包まれた街の中をイヤミは1人で探そうと動くことになる。
これ以上仲間と逸れるのは得策ではないのは、火を見るより明らかと分かっているジャックは、それだけは止めようと口を動かす。
「闇雲に探しても時間をただ無駄に浪費するだけだとお前もわかっているはずだ。それにギルド連中にも話は聞いているだろう?ここ最近の奴らの動きが活発であることも。だったら奴らの隙を突く方が安全だ。
だからその時間まで、その武器は置いておくべきだな。」
ジャックはイヤミの持っていた銃を取り上げ、自身の懐にしまう。
それをイヤミは睨みながら見ていた。
――少し前に戻る。異変に気付いたイヤミとジャックは城門前に集まり、お互いの集めた情報を話し合って、事態の深刻せいに情報がより多く集まるギルドに全速力で向かった。
息荒くギルドに着いた2人は、近くにいた受付の男を捕まえて話を聞く。
そこで聞かされた話は、2人の動きを一瞬でも止める程の衝撃的なものだった。
「……盗賊団が若い女、特に見てくれの良いのを攫ってここの闇全体を統治している組織に売っているだと?」
「は、はい。特に来たばかりの旅人などを攫って娼婦に落としているという情報がありまして……現在ギルドでもその対処に頭を抱えている状況です……」
威圧溢れるジャックの冷たい視線に震えながら受付の男は話した。
それを聞いたイヤミはフラリと足をよろめきながら、受付の男の胸ぐらを掴む。
「テメェらの街に国の兵は居ねぇのか?」
「い、いるにいるのですが、現在睨まれている状況で頼りにもならず……」
「それで冒険者に要請をと?巫山戯ているのか?別の所から軍の増援要請ぐらいできないのかここの領主は。」
ギリっと胸ぐらを絞める力を強めて自分の方向に近寄らすイヤミ。
しかし、たかだか一介のギルド職員ごときが領主相手にそんなこと言えるはずもなく、涙目になって震えた。
睨んでみていたイヤミは、使い物にもならなくなったギルド職員の胸ぐらを乱暴に離す。
そんな時、コツコツとなる革靴の音と共に神経質そうな男がギルド受付所内の雰囲気が険悪であることに気づき、疑問の声を上げた。
「おい何があった?騒がしいぞ。」
「あ、ギルド長それがですね……」
ギルド長と呼ばれた男は、近くにいた職員に耳打ちをされてイヤミを見ると、面倒くさそうな顔で髪をかきあげた。
「話は聞きました。もう少し詳しいことをお聞きしたいので、別室まで来ていただきますか?」
ほとんど顔に出ているギルド長の男は、少し笑う程度でイヤミ達を別室まで連れていく。
その態度が癪に触ったが、ジャックに止められ渋々従うイヤミはその場を離れた。
『こ、怖かったぁ……』
その場にいる全員から同じような言葉が漏れて、胸ぐらを掴まれていた職員は腰を抜かして、グズグズに泣く。
その周りにいた冒険者含め、バカにする事無く同情した目でそれを見ていた。
****
シンプルながらも品のある応接室に案内されたイヤミとジャック。
全ての話を聞いたギルド長は、こめかみを指で叩いてイヤミを真っ直ぐに見つめた。
「それで、パーティーメンバーである女性がはぐれたまま帰ってこないと……そういう事で宜しいのですね?」
ギルド長から出された香り立つ紅茶は、湯気を出して存在を主張し、それをイヤミは静かに覗く。
「そうだ。」
怒るイヤミの代わりに事情を説明したジャックは、疲れたかのようにギルド長の動きを観察する。
「はぁ〜、あのですねぇ。確かにこの街では女性の誘拐事件があとを絶えませんが、それがあなた方のパーティーメンバーも同じ状況であるとは限りません。もう少し冷静になることをオススメしますが?」
ギルド長の鋭い言葉は、確かに正論だったが、後半の言葉にジャックの目が細められて瞳孔が細くなる。
しかし先に動いたのは、先程からずっと黙っていたイヤミだった。
「……確かに、我々のメンバーが同じような状況であることの証拠はない、が。」
「が?」
「そちらも既に提言したように、ここでは誘拐事件が後を絶えないらしいな?
では、その状況を考えるに私のメンバーは誘拐されたと考えた方が自然的だ。」
その言葉に虚をつかれたギルド長は、手を伸ばしていた紅茶の入ったカップを、受け皿に小さな音を立てておく。
「そうで、すね……確かにそう考えた方が自然的です。ならどうするのです?他の職員から聞いていたと思いですが、軍はここの犯罪組織に睨まれた動けない状況です。ここの領主も保守的な方で動くことは先ずありません。我々も既に対処はしていますが、その傘下にいる盗賊団等が邪魔で、大きく動くことも出来なくなっています。」
「どうするかと?一介の冒険者ごときによく聞けたものだな。それをどうにかするのもこの国の役人の仕事だろうし、この街の住人のやることだ。」
冷や汗を流してジャックに縮こまるギルド長を見て、神経質そうな男だと思っていたが案外気は小さいヤツだと察する2人。
普段のイヤミなら、ここで悪どい笑みを浮かべていじり倒すであろうが、そこまでの余裕の無いイヤミにとってこの質問は頭にくるものだった。
だが、ここで騒ぎ立てても時間を無駄にするだけだと頭を冷静に動かし、頭から出された案を出す。
「頭を叩くのは短時間では不可能。
なら、頭が出なければいけない状況に追い込めばいい。」
「と言うと?」
「その傘下にいる盗賊団全て排除する。
特に、その中でも大きく動きを見せる奴らを徹底的に。」
「なっ!?」
爆弾発言をかましたイヤミに、正気を疑うような顔で睨みながら見つめるギルド長。
しかしイヤミの目は真剣そのもので、自信の表れが垣間見える。
ゾッとしたギルド長は思わず立ち上がって、イヤミの案に反対かと言うかのように責め立てた。
「そんなことしても被害が大きくなるだけだ!それにそれをされた程度で頭が出てくるなら、我々は苦労なんてしない!!」
「まあ待て……理由を聞いてもいいか。」
否定するギルド長に前に手を出してジャックが冷静に聞く。
手汗が酷く喉が酷く乾く中で、ギルド長はイヤミのその自信に自分の何かが崩れそうになるのを感じながら、前のめりになる。
「話を聞いた限り、この組織は相当でかい。私の知っている限り、こういうどデカく成長した組織は何よりも体裁を気にする。
少しでも別の組織にミソを付けられるような真似をされれば、それだけで沽券に関わる。だからこそ、それほどプライドの高い連中のシマで好き勝手したらどうなるか?」
イヤミの淡々とした声に、ジャックの鋭い雰囲気が重なって殺伐とした部屋になる。
ギルド長は胃のどこかがネジ切れそうな思いになりながらも、今まで名前すら知らなかった組織の尻尾を掴める可能性に高揚した。
「必ず落とし前を付けに、頭の一部が出てくる。そうか、だからその参加にいる連中にもちょっかいを出せば……」
「傘下にいる奴らは小物だが、利用価値があれば出て来ざるおえない。
巨大組織になればこういうことも起きるから、崩すのはあまりに容易い。」
「であれば、最近大きく動く盗賊団や組織を探し出して潰すまでだな。ソイツらが実行犯だ。」
話が終わりようやくカラカラに乾いた喉を潤すため、紅茶を手に取って飲み干すギルド長。
かなり有効的な手だが、イヤミの潰すという言葉がどういう意味なのか、それをここで長年働いているギルド長は、知っていた。
つまり今目の前にいる女は、こんなことを起こした奴ら全員を……
(なんて、冷酷な方だ……これでは一体どちらが悪人かが分からないな……)
悪寒が背に走り、ギルド長は考えを止めた。
そして恐ろしくも、この街を救うかもしれない目の前の2人に希望を抱いて作戦を練る。
大方決まったところで、イヤミ達はギルドから紹介された宿屋に戻った。
――そして冒頭に戻る。
今までの事を思い介し、この街の無能っぷりにイヤミは舌打ちが出る。
「……チッ、使いもんにもなれん連中だ。
もしリリィに何かあったら、ここの街にいる住人全員皆殺しにしてやる。」
顔から表情を消し、淡々とした声は言葉に嘘偽りが無いと言うかのようだった。
伏せみがちのイヤミの目は闇を宿し、ジャックの息が止まる。
あのリカーネぐらいにしかここまで感情を大きく見せないイヤミ。
それ以外の殆どに興味を示さず、リカーネ以外に感情を大きく見せるのは戦いのさなかの一瞬のみ。それはジャックも例外ではない。
イヤミがジャックを大事にするのは、ジャックがこの世界の常識を知り、戦闘力も申し分ないからに他ならない。
つまりイヤミにとって今のジャックは、ただ便利な駒でしかなく、ジャックはその事を薄々と感じていた。
「どっちが魔王か、分かりやしねぇな……」
「何か言ったか?」
「……いいや。」
ジャックの静かな呟きは、イヤミの貧乏ゆすりの音で掻き消える。
確執は、まだ始まったばかりの旅に大きく影響していた。
だからこそ、気づかない。
お互いがお互い、同じように仲間を大事に思っていて、それを何よりも守りたがっているという事に、不器用な考えを持つ2人には、まだ気づくことは出来なかった。
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