第11話「夢と浪漫に思いを馳せて」

 異世界ものが好きな奴ならわかるであろう。

 異世界に夢と浪漫を馳せるこの気持ちを。


 そう静かに言ったイヤミは目を瞑って考え込んだ。イヤミが真剣な顔で考えているのが真面目なことではないのはリカーネ曰く「真面目な顔をしていればしているほど、アホなことしか考えてない。」だそうなのだ。


 コホン、何かが入ったが話を戻そう。

 私には記憶はあまりないし、そこまで執着も無いが元の世界にいなかった種族に憧れるこの気持ちも、異世界好きなら分かる筈だ。

 いつだって多くの人を魅了し、憧れを集めた種族。


 エルフ、獣人、妖精、ドラゴンに魔族。

 それら全ては架空のものであり、決して会うことの出来ない種族達。

 だからこそ、見たことのないからこそ!

 その種族に自分の想像や希望を乗せて描くことが出来るのだと私は思っている。

 つまり何が言いたいかというと……


 イヤミは閉じていた目を開けて、目の前の光景を凪いだ目で見つめる。

 どう考えても座敷としか言いようのない広い部屋に、着物。

 真っ白い猫耳としっぽは愛らしく自由に動き、見るものを和ませる。筈だった。

 そこにが居なければ……


 ドンと周りに威圧を振りまき、その可愛らしい動物の耳には似合わないヤクザ顔のおっさんたちと、色豊かな入れ墨。それと何人かの手の一部が欠損しているもの。

 そして武器、武器、武器武器武器……

 何処も彼処も物騒な物と人で、自然とイヤミの目から生気が抜けていく。


「……猫耳美少女は……?」


 イヤミの涙声が、小さく響いた。

 しかしそれに反応する仲間は居ない。

 居るのはただただイヤミとジャックを睨み続けるケモっおっさんズだけだった。



 ****


 ――3日前。


 イヤミ達の馬車はようやく目的の国に着き、その地に足をつけた。


「おじさん、じゃあなー!」


「ありがとう、また会いましょう!」


 目的の国に着いてしまえば、もうおじさんの馬車には用がなく、お世話になったことの礼をした後に別れるイヤミ達。

 これに1番悲しんだのはリカーネだったのは言うまでもない。


 別れを一通り済ました後、遂にイヤミ達は王都から少し遠い街の城門に入っていく。

 獣人に会えるのだとワクワクして城門をくぐったイヤミを待ち受けるのは、沢山の獣人達……ではなくただの人だった。


「おおー……獣人いねー。」


「そりゃ、獣人は王都に近いところしかいないし、お前の想像するような獣人は稀だぞ?」


 ジャックの説明によれば、イヤミとリカーネの想像するような獣人はとても少なく、この世界の普通の獣人と言えば、その動物の特性をそのまま受け継いだものをいうらしい。


 だから、身体能力は動物 、姿は普通の人。

 それがこの世界の普通の獣人なのだ。

 それを聞いたイヤミは道の真ん中でブリッジするほど落ち込み、世を恨んだ。


「世の中無常すぎる……私が一体何をしたんだ?」


「知らねーし、お前が勝手に期待してたんだろうが。あとその格好やめろ、周りの視線が痛い。」


 ジャックのおおよそ仲間に向けるべきではない侮蔑の目でイヤミを見る。

 あまりの心の冷たさにイヤミはジャックを心配した。

 こいつ友達絶対できないタイプだろうなと。


「おいおいジャック、ならなんでお前あの時私に同調したんだ?獣耳っ娘を見せてやるとか言ってたじゃんか。」


「……お前俺の能力は知ってるだろう?」


 ジャックは起き上がるイヤミにそう聞く。

 イヤミはブリッジした時に痛めた腰を擦りながら、ジャックの能力を思い出した。


「ああ、確か『豹化』だったよな。……つー事はお前も獣人なの?」


「いや、俺のはあくまで能力。だから普通の獣人が持つ身体能力とは別に魔力を消費する。だがその魔力のおかげで普通の獣人の能力よりも数倍は強くなるからかなり使い勝手は良い。」


「つまりはチートだなムカつく。」


 イヤミは口を尖らせてジャックの横腹を軽く突っつく。案外痛かったのかジャックは突っつかれた場所をさすった。


「で?それが獣人とお前の意気込みになんの関係があるんだ?ただの自慢なら怒るぞ?」


「違う、俺の能力が獣人と似ているところがあって、この国のギルドに俺もお世話になっていてその時にある話を聞いたんだ。この国の体に獣の特徴を持つ獣人の話だ。」


「それは一体……?」


 イヤミは片眉をあげて聞き返す。


「ああ、それについてだがここにある闇社会を牛耳る組織によって、街の経済を動かしているらしい。ここでは有名な話で領主すらも手に負えない程の巨大組織だ。」


「私のところでマフィアってとこだな。……なるほど話が見えてきた。つまりそいつらの支配下にある歓楽街で、私の夢見た獣人がいるってことだな?」


 ジャックの話は、獣人よりも興味のそそられるものでイヤミはあくどい顔をする。


「その通りだ。連中は何故かそういう女ばかりを集めているという噂と、その店にはとんでもない美女たちがいるって言う話だ。」


「……でもそれ男専用だよね?私行けなく無い?あとそういうの別に求めてないし。」


 イヤミの言葉に、ジャックの体が固まる。

 それを見てイヤミは気づく。

「あ、こいつ私が女だってこと忘れてたな。」と考えながらイヤミはジャックを放置して周りを見る。


「……と言うかさっきからリリィが静かなんだけど?」


「……しかも居ないな……」


 イヤミとジャックは顔を合わせて見つめ合い

 、そして走った。


「おいおいおいおい変態ジャック君!リリィどこにもいないんですけど!?」


「変態言うな!至って健全だわ!あと俺が知るわけねーだろうが!いいからお前は向こうを探せ!俺はこっちの道から探す!」


「じゃあ合流場所は城門前で!!!」


 素早く指示を飛ばして、イヤミは宿通り。

 ジャックは商店街に走っていく。


「全く、どこに行ってもゆっくりできないな、この世界は……」


 ボヤくイヤミは、そのまま宿通りを風のように走って行った。


 ****


「あの二人はすぐに変な話題になるんだから……」


 呆れたように首を振って歩くリカーネ。

 探すイヤミとジャックを他所に、リカーネは色んな街通りを眺めながら闊歩していた。


 獣人の国は自分の国とは違って文化の違いが大きく出ている。この街に来た時から強い刺激臭のような匂いが無いこと。

 そして明る過ぎない優しい色合いと、派手すぎない色の使われた街の壁。

 それら全て獣人の鋭すぎる五感を守る為のものだということが、リカーネは頭でわかった。


 だがリカーネの1番のお目当ては服である。

 スキップしそうな感情を抑えて、リカーネは服屋による。

 しかし獣人の文化が1番浮き出るのは服だということを、リカーネは知らなかった。


「これが、この国の服……?」


 ヒラヒラとした薄い透明感のある布。

 見る限りでは布面積が少なく、タブーとされる見せてはいけない足までもが大きく出ているデザイン。

 これを着て外に出ようものなら確実に痴女扱いものである。


「お客様とてもお似合いですよ!」


「い、いえ……私はさすがに……」


 ドキドキした気持ちを一変させて素早く服を戻そうとするリカーネ。

 しかしその前に店員に捕まってしまった。


「あー、他の国の方だったら恥ずかしがるのも仕方ありませんけど、ここでは普通なんですよ。」


「た、確かにそちら様の服もまた……」


 リカーネの目に入るのはエメラルドグリーンの踊り子のような服の女性。

 街全体の風景ばかり見ていたせいかリカーネは街の人が着る服を見ていなかった。


(こ、ここでの生活が長いせいですごく恥ずかしいわ……)


 真っ赤な顔になって目をそらす。

 十数年にも及ぶ異世界生活はさすがにだてではなかったようで、リカーネは着るのにかなり勇気のいるものだった。


「わ、私連れが待っているのでもう行きますね。また後で寄りますから!」


 最もらしい言い訳をして、いつの間にか掴まれていた店員のてを外し、押しのけ出ていこうと出口に向かうリカーネの腕を、店員の女性は掴んだ。


「……ではもう少し露出の少ない服があるのでこちらに来ていただけますか?」


「え、でも私はもう……」


「まぁまぁ、絶対見たらお客様も好きになるようなデザインですから!ささ、こちらへ!」


「いや私――っ!?」


 しつこく自分を掴む店員に少し苛立ちが出てリカーネは振り向き顔を見る。

 だが見たその顔は、一瞬暗く澱んだ目をしていた。が、すぐにあの営業スマイルに戻ってリカーネの腕を引っ張って奥に向かう店員。


 その恐ろしい闇を見たリカーネは今度は反抗することなく、店の奥に姿を消した。


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