第10話「雨降って地固まる」

 西の国に着くまでの約2日間。

 イヤミ達はあの時のように襲われることも無く、平和に馬車に揺られていた、筈だった。


 リカーネが口を聞かなくなるその時までは。


「あのぉー、リリィさん?本当にあの時は言いすぎました、ごめんなさい。だからそろそろお話しません?」


「……」


「お、おいリカーネ。イヤミもこう言ってることだしそろそろ無視しなくても……」


「…………」


 しんっ、と馬車の中は静まり気まずさだけが2人の心を重くした。


「おい、どうすんだよジャックっ。リリィ反応しないんですけどっ??」


 ジャックの首あたりを引っ張ってコソコソと耳打つイヤミ。それにジャックも答える。


「知らねーよっ。だいたいお前が悪いんだぞ、あんなこと言うなんて人としてどうかしてるわっ。」


「同意してたお前が言うなっ。」


 2人はコソコソとリカーネに聞こえないように話すが、段々と声が大きくなっていく2人の醜い争いは水面下で続いた。


 ――その理由は今から1日前の夜に戻る。


 ゴブリンの駆除が終わったジャックとイヤミは、国境を歩いて馬車まで行くことにした。

 そして、それが2人の運命を分けることになる。


 のんびりゆっくりしすぎた2人は、馬車近くに着いた瞬間リカーネに怒鳴られ、物凄い怒らす事となった。

 が、そこでタダでは反省しないのがこの2人(主にイヤミ)。

 なんとリカーネに反論してしまったのだ。


「……いや、リリィは寝てたし無理やり起こすのも……」


「だから置いていくなんてっ、人のことも考えなさいよね!?」


 ギャンギャンと怒鳴るリカーネに、どうして頑張った自分がここまで怒られなくちゃいけないんだ、とイヤミは思い始めた。

 そして口が滑りに滑った結果、リカーネを泣かすことになる。


「え?人のことも考えろって、リカーネにだけは言われたくないんだけど?」


「はぁ!?私がどれだけ心配したとっ……」


「つーか頑張ったやつを心配する前に言うことがそれかよ。本当嫌になるわ。」


 イヤミは聞きたくないとでも言うかのように耳を塞いぐ。それにジャックも頷く気配があった。


「――ッじゃあ良いわよ!!」


 カッとしたリカーネは御者のおじさんのところに行く。イヤミは自分が何を言ったのかに気づいて慌てて謝ったが、リカーネが反応することも無く、そのままイヤミ達としばらく話さなくなった。


 ――そして今に至る。


「ヤバいわ、リリィめっちゃ怒っとる。」


「いやほんとどうしてお前あんなこと言ったんだよ。」


 ジャックのジトっとした目線にイヤミは言葉が詰まる。


「だ、だってだって、ちょっと疲れてたし気持ちも昂ってたからイラッとしちゃったんだよ!悪いか!?」


「悪いだろう、リカーネの言うことも一理あったんだから。」


「ソッスネ、ゴメンナサイ。」


 しょぼくれた顔をしてリカーネに土下寝するイヤミ。しかしそれも無視しそっぽ向くリカーネ。それを呆れてジャックは見ていた。

 まるでワガママな子供を見るように。

 だが忘れてはいけない。ジャックもイヤミの言葉に頷いていた共犯者なのだということを。そしてリカーネはそれを忘れなかった。

 なのでジャックも同じように無視されている。


 事態は平行のまま動くことはないかった。

 しかしいい加減何とかしなければ、目的の国についても楽しめず空気は重いままになる。

 そんなことを考えながら悩み倒す2人に、ある救いの手を伸ばした人物が一人。


 そう、御者のおじさんである。


「なあ、お嬢さん。」


「……何かしら?」


「そろそろあの嬢ちゃん達を許してやろうや。ほら見てみろ、捨てられた子犬みたいな目でこっちみてるぞ?」


((お、おじさーん!!!))


 おじさんはそう言ってリカーネの後ろに居るイヤミ達に目を向けた。

 イヤミとジャックはそのおじさんの優しさに涙して心の中で崇める。

 しかしリカーネの怒りは深いのかそれに答えることなく、顔を背けた。


「嫌よ、あんな奴らなんか知らない。」


 そんなリカーネの態度は、怒っていると言うよりどこか拗ねているような、構って欲しい子供の駆け引きのようにおじさんは感じる。

 それはイヤミ達にははた迷惑で面倒臭い気もするが、おじさんには可愛いらしく感じるものなのだ。

 ふと、故郷にいる妻子を思い浮かべておじさんは笑みを作る。


「いやぁ、おじさんも娘がいてなこれがもう可愛くて可愛くて。」


「……何歳くらいなの?」


「そうだなぁ、これぐらいだな。」


 おじさんは指を5本立ててリカーネに見せる。まだまだ可愛いざかりの歳の子だった。


「じゃあ、寂しんじゃなくて?そんな可愛いざかりの娘なら。」


「ああ、もうあっという間に大きくなって、いつかは俺の元を離れると思うとなんだかねぇ。」


 哀愁の満ちた目で遠くを見つめる。

 それにリカーネはなんだか気まずくなった。


「……でも、どんなに歳をとっても子供は親が大好きなものよ。たとえ思っても無い言葉を声にしても、たとえ素直になれずに態度が冷たくても、ね…………」


 そこまで言ったリカーネもなにか思うところがあったのか押し黙った。

 そんなリカーネにおじさんは手をリカーネの頭に優しく置いて撫でる。


「……ありがとう、お嬢さん。そこまでわかったなら、もう自分が何をするべきかわかるんじゃないか?」


「……ええ、そうね。私少し、子供っぽくしすぎちゃったみたい。行ってくるわ。」


 おじさん、完全勝利。

 あまりに見事な手腕にイヤミは舌を巻く。


 自分たちがあれだけ謝っても心を変えること無かったあのリリィが、たったの5分程度で変わるだなんて……!


 イヤミはあまりの感激さに思わず手のひらを合わせておじさんに合掌する。

 リカーネはそれを冷めた目で見ながらイヤミにおずおずと話しかけた。


「……イヤミ。」


「リ、リリィ……あの時は本当にごめんな。」


 日数的にはそんなに経ってないが、ここまで口を合わさないこともなかったイヤミは珍しく緊張した顔をする。

 そんなイヤミにリカーネはクスリと笑った。


「嫌、私絶対許さないわ。」


「ええええええ!?嫌なの!?」


 許してくれる流れだと思ってたイヤミは叫んで、立ち上がる。

 そのままジャックに飛びついて、襟を掴んでジャックを前後に振った。


「おい、どういう事だ!!この流れでどうして私は許されないんだ!?」


「知らねーよ!!!襟伸びるから掴むんじゃねぇっ!!」


 ギャイギャイと騒ぐ2人。

 そして自分の罪を押し付けあっているの見てリカーネは腹を抱えて大笑いした。


「アハハハ!もうっ全く、本当にダメダメね。」


 ポカンとしてリカーネの笑いを見てたイヤミはジャックに振り向く。


「……おいジャック言われてるぞ?」


「お前がだろ、つーか離せ。」


 ジャックの腕を掴んでいたイヤミは言われて気づき、ぺっとジャックの腕を捨てる。

 その瞬間ジャック怒りのヘッドロックをかまされた。

 ペシペシとジャックの腕を叩いて降参するイヤミに、リカーネは近づいて笑う。


「ねえ、イヤミ。」


「あ、ハイなんでしょう?と言うか放置?助けてくれないの?」


「私、国に着いたら服買っていいわよね?あの国の布って高いから服一着でもかなり高いのだけど、でも、別にいいわよね?」


 ヘッドロックされたままのイヤミに、リカーネは顔を近ずけて語尾を強くして聞く。

 それは最早お願いではなく、命令であることにイヤミは二重の意味で出てきた涙を流し、頷いた。


「う、うっす。お好きなだけ買い物してください。」


「ありがとうイヤミ!」


 上機嫌になったリカーネは、今まで何も無かったようにイヤミ達に服は何がいいかと聞く。


((お、女って怖い。))


 2人は震えた。その二面性に。

 そして誓った、もう二度とリカーネを怒らせないようにしようと。そして喧嘩しても絶対にこっちから謝ろうと。

 2人の絆は恐怖によって硬く、そして分厚くなる。


「あ、どっちが服代払おうか?」


「イヤミだろ、怒らしたのはお前なんだし。」


「は?お前も同意してたんだから同罪だろうが。」


「あ?」


「あ?」


 と思っていたが、友情は簡単に砕けた。

 その後、喧嘩し終えたジャックとイヤミは2人で魔物狩りをする事にして片がつく。


 2人の八つ当たりを喰らった魔物がどうなるかは、また次のお話。


 そしてイヤミ達はこの2日間の馬車の旅を終えて遂に、夢と浪漫の種族(イヤミにとって)が住む、獣人の国に到着した――

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