第9話「イヤミ、魔物退治するってよ」

 ビンッとクロスボウから放たれた矢は、敵の脳天を的確に射抜いた。

 射抜かれたゴブリンはそのスピードのまま、後ろに倒れる。


「――ヒット……ってね。」


 ニヤリと笑ったイヤミに唖然とするゴブリン。その大きな隙を見逃すほどジャックはのんびりしていなかった。


 ジャックのスピードは、イヤミの目でも正確に捉えることは出来ない。

 そしてそのスピードこそ、こんな暗い夜に相応しく、ジャックは夜の風と同化する。


「グッ、グギャッ!?」


「ギャギャッ!!」


 ゴブリン達がジャックを狙い武器を取って戦おうと構える、がその瞬間イヤミからの矢が脳天に的確に降り注いだ。

 月明かりとこの視界の悪い森で、どうしてここまでの命中率があるのかと、ゴブリン達に恐怖が湧き出てくる。


 そして、風の音に紛れて近寄るジャックのダガーは、致命的になる場所を軽く撫でて去っていく。それだけで既に自分の仲間が何体もやられた。


 ゴブリン達には既に考える暇がない。

 イヤミに集中すれば、ジャックに切られる。

 その逆また然り。

 二人の息の合った攻撃は、もう既に相当な数のゴブリン達を葬っていた。

 だが2人の眉間に刻まれる皺は取れない。


(この刺すような殺気、一体どこから……?)


(俺がいるから大丈夫だが、イヤミも気づいてるはずだ。こんなに肌を刺す殺気があるのにってことの不自然さに。)


 そして2人の懸念は当たる。

 多くのゴブリンを倒し、残った残党に襲いかかる2人に、それは現れた。


 木々を薙ぎ倒し、地を鳴らせ、夜の空気を震わせる。その四肢の筋肉は硬く大きく、角は空気を切り裂きながらソレはやってきた。


「……オーガ……」


 巨大なる魔は、2人に襲いかかる。


 ****


 この世界に来て初めて感じる異質な殺気。

 ピリピリと肌を刺して威嚇するオーガを見て、イヤミはどうしようもなく興奮した。


 それはまるでアイドルの推しを街中で見かけてしまった時のような気持ち。

 自分の好きなゲームが自分の思いどおりに行った時の興奮。


 高鳴る胸の内を何とか抑えてイヤミはオーガを睨む。自分の持つクロスボウであの硬い筋肉は貫通できなさそうだと冷静に分析した。


「……ジャック。」


「どうした?」


「あれ相手に時間を稼げるか?5分は欲しい。」


 ジャックはイヤミの言葉を聞き、オーガを見て余裕そうな態度をする。

 そのままダガーを弄ぶように回してイヤミの方に向けて笑った。


「時間稼ぐ前に、俺が倒しちまうかも。」


「それはやめてくれ、少し試したいことがあるからあれにはまだ生きてて貰いたい。もちろん五体満足でね。」


 イヤミの言葉は、既にオーガを見下したものでジャックは肩を竦まして揶揄う。


「おー怖い怖い。なら、お前のために少しは体を張ってやるよ。……あの金の件はそれでチャラな?」


「チッ、抜け目のないヤツめ。」


「嫌いじゃないだろう?そう言うのは。」


 ジャックはダガーを構えてオーガに向かって走る。その後ろ姿を見てイヤミはニヤリと笑い残りのゴブリンに矢を突き立てた。


「――勿論、むしろ大好きさ。」


 この場にはもう、イヤミ達の敵は存在しない。あるのはただ哀れな魔物実験体だけだった。


 ****


 イヤミとジャックが戦っている間。

 馬車はイヤミのお願い通りにそのスピードを上げて国境を越えようとしていた。


 リカーネはその馬車のスピードによる荒い振動に、深い眠りから覚めて周りを見渡した。


「――え、みんなどこなのかしら?」


 相当な時間を眠っていたリカーネは、まだボンヤリする頭を振って何とか考える。

 そして2人のいない理由はなにか緊急な事が起きたのだと思い、リカーネは御者のいる先頭に向かった。


「何かあったのですか?」


「おお、お嬢さん起きたのか!」


 御者のおじさんは手網を握ったまま前を向いて、振り返らずに今の現状を言う。


「お嬢さんが寝ちまっている間に、魔物の襲来があったんだ!アンタの連れはその魔物の相手をするためにここにはいない!」


「なっ……!」


(どうして起こしていかないのよ、あのバカ!)


 全てを聞き、イヤミ達に怒るリカーネは馬車を降りようと御者のおじさんに詰め寄った。


「お願い今すぐおろして!」


「ダメだ!あの嬢ちゃんとの約束を破るわけにはいけねぇ!すまねぇがこのままいかせて貰う!……それにお嬢さん、アンタは今すぐにでもこの国を出なきゃ行けないなんだろう?」


 おじさんの静かな声な問に、リカーネの声が詰まる。それを肯定するかのように、

 既に時間はあと30分を切っており、刻一刻と時間が迫っていた。


「お嬢さん、仲間を信じてやりなさい。アンタを置いていったのはきっと勝てる自信があるってことなんだろ。」


「…………」


「おじさんには詳しいことはわからねぇ、だがこれだけは分かる。あの二人はお嬢さんをどんな事よりも優先させていた。きっとお嬢さんが大事なんだろうな。」


 おじさんの優しい言葉がリカーネに刺さる。

 リカーネは歯噛みした、自分の情けなさに。


 ――リカーネの能力『祝福』


 この能力は戦闘向けではなく、回復、光属性というプラスな効果を持つ封印などの後衛系だ。

 だからリカーネには攻撃方法は無い代わりに封印などのことが出来る、まさに聖女のような能力だった。


 そう、自分の両親含めアルバートにすら思われている能力だったが、本当は違う。

 魔法や能力の使い方は、使用者が能力に与える魔力と

 この想像力が能力を新たな力に目覚めさせる大きな要因であり、そこには同じように強い気持ちが必要となる。


 つまり、リカーネはやろうと思えば攻撃手段を持つことが出来る無限の可能性を秘めた能力だった。

 しかし、彼女はそれが出来ずにいる。

 それは彼女の心の底にある、彼女も知らない本音が彼女に攻撃の手段を持たせないからだ。


 リカーネはそれを何となくわかっていた。

 なぜなら彼女は転生者。

 ゲームのヒロインが使っていた能力を誰よりも詳しく知っている。

 だからゲームのヒロインが最後に魔王をも知っているが、何度練習してもできなかった。

 だから彼女は代わりに別の力を鍛えて、聖女になった。


 リカーネ目を瞑って、今自分が何をすべきかを冷静に考え声を出す。

 もうそこには、仲間を心配する顔ではなく信じて待つ強い少女に変わっていた。


「……わかりました……」


「すまない、だが待っててやりな。」


「ええ、帰ってきたら怒らないと行けませんわね。」


「ははは!そりゃいい!目一杯怒鳴らねぇとな!」


 馬車に合った沈黙はもうない。

 笑い飛ばす御者に、リカーネは微笑む。

 そしてリカーネがそのまま荷台に戻ろうと体を動かした時、森から鋭い音が鳴り響いた。


 ****


 森はゴブリンの血で汚され、死体が積み重なる。その近くには、巨大だったオーガの死体もあった。

 濃い血と腐乱臭の中に、ジャックには嗅ぎなれない、タバコとは違う煙たい匂いが。


「――フハッまじやべぇ、やっぱこれはどの武器よりも威力が桁違いだな。」


 イヤミは笑ってソレを見つめる。

 銀色に鈍く輝く小さな武器、それは現代人なら誰でも知っている物だった。


「流石は銃だな。クロスボウよりも良いわ、これ。」


 クルクルと2丁の銃を見つめるイヤミに、ジャックは詰め寄った。


「おい何だそれは?大きい音が1回鳴ったと思えばオーガの顔半分が吹っ飛んだんだが?」


「これか?これは軍隊でも使われてる武器で、火薬という硝酸と硫黄とか、色々混ぜて作ったブラックパウダーを推進力に鉛玉を打ち出すものだな。これは雷管とかがあるからブラックパウダーだけのやつよりももっと速い。」


 まあ、魔力で銃弾作ってるから関係ないけどね。と笑うイヤミの言葉はジャックには半分も理解できなかった。

 しかしそれがとんでもない代物だと言うのだけはあの威力を見て伝わり、ジャックは冷や汗が吹きでる思いになる。


「……つまり、最悪のやつが最凶の武器を手に入れたって事でいいのな。」


「なんか刺を感じたが、そういう事になる。

 しかもこれはあの『M1911』だから威力もほかの銃とは差があるな!いやーカッコイイ!」


「なるほどわからん。」


 子供のようにキラキラと銃を見つめているイヤミに、ジャックは距離をとって引いた。


 こうして初の魔物退治は終わり、イヤミ達はこの国を出ていく。

 しかしイヤミ達の知らないところで、多くの思惑が裏で蠢き、交差していた。


 それはイヤミ達のいた国でも同じ事だった。


 ****


「――あのオーガ率いるゴブリンの集団50が一匹残らず駆除されていたと、それは本当か?」


「は、はい。それと報告ではリーダー格であるオーガの頭が半分なくなっており、目撃情報によれば森でいきなり耳を刺すような轟音がしたと。それと倒したもの達はたった2人、しかも1人は女だったとの言うことです。」


 アルバートはその報告に自身の耳を疑う。

 報告に挙げられたゴブリン集団のことは既にアルバートの耳にも入っていて、数日後には中隊規模の討伐隊が組まれることになっていた。

 それがたった2人、しかも1人は女である事がおかし過ぎてアルバートは頭が痛くなる。

 だが最も頭が痛くなった原因として、アルバートの頭にある一人の女がよぎった。


「……分かった、下がっていいぞ。」


「は、はっ!」


 報告を挙げた兵士は見たことも無いアルバートの様子を見て、一瞬動揺したが気を取り直し部屋を出ていく。

 パタンと音を立てて扉が閉まれば、アルバートの隣にいたベルトが話しかける。


「――殿下、あの者たちでしょうか?」


「その可能性が高いな、全くアイツは国を大人しく出ていけないのか。お陰で我々が裏で保護しずらくなっただろうが。」


 アルバートは頬杖をついて愚痴る。

 ベルトはその愚痴に小さく笑い、同意した。


「西の森ですか、では彼女達が向かったのはあの国ですね……」


「ああ、それも報告ではどうやら面倒なことになっているみたいだ。」


 そう言ってアルバートはベルトに書類を渡す。そのまま読み進めるベルトの眉間は、ページが進むに連れて深くなって行った。


「魔王軍幹部、ですか。一体なぜ?」


「分からない、が。我が国でも警戒を強めなくてはいけなくなったな。たとえ我が国にも聖女がいるとしてもまだ力を発現させたばかりだしな。」


 アルバートの硬い声が、部屋に静かに響く。

 今やこの国の未来は、リカーネの姉であるルルカーナにかかっていたが、それでも期待は出来ないとアルバートは暗にそう言う。


「…………」


 ベルトは同意も否定もせずにただ黙っていた。それにアルバートも何も言わず、部屋は静かになったが、ふとアルバートが声を挙げてベルトに質問する。


「……そう言えば、アイツらは西の国に行ったと言っていたな?」


「ええ、そうですね地図を見る限りでは。」


 アルバートは同情するかのような声でイヤミ達を思う。


「そうか、あの色々と濃い国に……運がいいのか悪いのか……」


「まあ、はい。そうですね……あの国は少し、特殊ですから。」


「少し所じゃないと思うがな。」


 そんな話が王太子の執務室であったが、それを知るのはこの2人以外にはいなかった。

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