第2章「西の獣人国と猛地の巨人」
第8話「ラブコメする2人とボッチ」
多くの人が馬車で行き交い、活気的な商人たちの声が響く街。
ようやく着いたそんな街にイヤミは声を上げた。
「おぉー、ここが獣人の国!」
「いや、まだ国から出て無いわよ。」
知ってるよ、知ってる上での現実逃避だよ。
そう、ここはまだ国境から半分の距離にある商人たちの街。
というわけで、あれから相当なの距離を歩いてようやく次の目的地に着くことが出来たイヤミ達。
ここからは馬車での移動になるが、何せ馬車の切符の競争率は高く、手に入れるのにも苦労した。
強気なおばちゃんに揉みくちゃにされたイヤミは、既にヘトヘトになって馬車が発車するまで休憩することを選ぶ。
因みにすぐ横にいるジャックも、そのおばちゃん達にアレコレもみくちゃにされてボロボロである。
「俺もぉ無理。」
「頑張れよぉ、私も頑張るからさぁ。」
2人はどちらも馬車の留置所であるところで、椅子に座って机に伏していた。
「あんた達って案外ひ弱なのね……」
「いやいや、リリィも体験してこいよ。
凄いぜあのババァたち、多分魔王よりも強いと思う。」
「それな……アレは野生の魔王たちだわ。」
「なにそれ笑う絶対倒せんやん。」
乾いた笑いが留置所の広場に響く。
リカーネは貧弱すぎるイヤミ達に冷たい視線を注いだ。
「はぁ、じゃあ私はそこら辺の露店でも見に行ってくるわ。馬車が出るまで時間があるしね。」
「行ってらっさーい。」
イヤミは机に伏したまま手を振って見送り、リカーネも手を振り返した。
そしてそのままリカーネはご機嫌な様子で露店街に小走りで行く。
澄ましてても案外子供っぽい所があるんだな。とイヤミはそれを眺めて、完全に寝た。
****
あまり見たことの無い果物や野菜に、串焼きのタレが焼ける香ばしい匂い。
そして色とりどりのオシャレな服。
どれもこれもがリカーネの目に入っては、興味をそそられその足を止めさせる。
「あ、これ可愛い……」
「あらそこの別嬪なお嬢さん。あんた目利き良いわよぉ〜、それはね今日入荷したばかりの新作なの。今ならお安くすわよ?」
リカーネの取った服は、ふんわりしたピンクの布地にパステルカラーの赤いリボンの着いた、着心地の良さそうな可愛らしい服だった。リカーネもその服を気に入るが、少し手を出すのには勇気のいるお値段で、唸り声を上げる。
「うーん……でも今買った方が……いやでも着ていく所あるかしら……?」
そうして少しの時間、リカーネは服を戻すか戻さないかでウロウロしていた時、後ろから声がかかって、肩を揺らした。
「何してんだお前?」
「キャッ、え、ジャック?」
振り返ればジャックが呆れたような顔で、手元の服を見ていた。
「あ、これはその……」
「それ、着ていく暇あんのかよ?あの
「…………ムゥ。」
図星を刺されたリカーネはガッカリした顔で、服を渋々店に戻そうとする。
が、その服をジャックはそのままひったくるようにしてお会計をして行った。
リカーネはポカーンとした顔で、ジャックが買ってきた服とジャックを交互に見つめる。
「え、え?」
「……まあ、欲しいのなら少しぐらいは良いんじゃねーの?俺もアイツに言っとくからさ。」
ジャックはリカーネから視線を外して言う。
それがリカーネには照れたような気がして、思わず笑った。
「何笑ってんだよ?」
「フフッ、いえ?ありがとうジャック。」
「……おう。」
ジャックはそのままリカーネを連れて露店街を散策する。
その様子はまるで恋人のようで、周囲から生暖かい目で見られていることにリカーネは気づかなかったが、ジャックは少し照れくさそうにしていた。
「ねえ、ジャックあれは何かしら?」
「あれは、ロック鳥だな。淡白だが塩にして食うのが美味い。……と言うか先から飯ばっかじゃねーか。」
ジト目でジャックに見られたリカーネはそっぽ向く。そして鳴らない口笛を吹いていた。
「フッ、食いしん坊ってやつか。」
「なっ!?良いじゃない別に!私ああ言うのあんまり見たことないからちょっと……気になっちゃっただけよ……悪い?」
鼻で笑われたのが恥ずかしくて、リカーネはジャックに噛み付く。
しかし最後には恥かしさがキャパオーバーしたのか、声が小さくなっていった。
「……じゃあ少しアレ、食べようぜ。見た目よりもすげー上手いから。」
「本当!?食べる!!」
ジャックはそれについつい絆されて、リカーネを甘やかしてしまう。
(たく、コイツの本当の性格どういうのか確かめようと思ったら……本当にどうしてコイツはあんな事を……)
「ねえジャック!早く行きましょ!」
「あ、ああ……」
今聞くべきじゃないな。そう考えたジャックはリカーネのところに行く。
その後、屋台のおじさんから恋人同士かと聞かれて2人が慌てる姿があり、食べ終わったあとも散策し切って満足したリカーネの姿があったとか。
――一方その頃イヤミはと言うと。
「……起きたらジャックが消えたんですが?」
起きたイヤミの目の前には、いたはずのジャックが消えていた。そして、寝る直前ではリカーネは街の散策に行っている。
つまり、イヤミは1人寂しく2人を待つ……ことも無く、馬車の御者であるおじさんと世間話をしていた。
「いやー、最近は隣の国であまり商品が売れなくてねぇ。」
「ほう?何かあったんですかね?」
「さてねぇ……ただココ最近で変な噂があってねぇ。」
おじさんは顎に手を置いて、困ったように眉を下げる。
「変な、噂ですか?」
「ああ、何しろあまりに突拍子もない話だからおじさんはあんまり信じてないんだが……最近この国の周辺諸国で、魔王軍幹部の姿が目撃されているそうなんだよ。」
イヤミはその話に目を細めた。
そしてそのまま御者のおじさんの話を聞けば、ここ2日での噂らしくまだ1部の商人しか知らないとのこと。
そして、何かを探しているという事だった。
「……へぇ、確かに突拍子もない話ですね?でももし本当なら、商人も冒険者も食いっぱぐれてしまいますわ。」
「ハハハ、確かに俺らも冒険者も首が締められるわなぁ!全く、お嬢ちゃんと話していると、愚痴もなんでもスラスラ出て来ていけねぇや!」
高笑いするおじさんに同調するように笑ったイヤミ。しかし、その目はどこまでも凪いでいて静かだったが、気づかれる事はなかった。
****
昼前には出た馬車は、森の中を今は走っている。馬車の速度は歩きよりも速く、思ったよりも早くに国を出れそうだった。
イヤミは地図を見ながらそう思い、寝ているリカーネとその隣にいるジャックに顔を向けた。
「で?デート楽しかった?仲間を置いていったデートは楽しかった?ねえ?」
「分かった、わかったから2回も言うな。しかもデートじゃねーよ。」
しっかりとこのふたりが自分を放置して何をしていたかを聞いたイヤミは、そのままジャックに質問攻めをする。
笑顔で聞くイヤミに、ジャックは降参したかのように手を挙げた。
「いや?別に?私はいいんだよ?お前らがデートしようがなんだろうがね?あ、門限は17時だからな。」
「ならその話し方やめろ。つか門限早いわ、お父さんかお前は。」
「お前のせいで世の中のお父さんの気持ちがわかりそうだよ。女でしかも未婚なのに……」
ゲンナリした顔でジャックを見るイヤミにジャックは心の底から謝る。
ジャック自身もまだそれを知りたくないのは同じらしい。
「まあ、そんな事よりもどうして私へのお土産ないんだよ?あと金が結構減ってんですけど?」
「そっちかよ!あー、金は俺がなんとかしとくからリカーネには言うなよ?」
「おいお前いつからリリィのこと名前で呼び始めた?A以上はまだ許さんぞ。」
「誰が手を出すか!冒険仲間に手を出すほど飢えちゃいねぇよ!」
「じゃあ冒険仲間じゃなかったら手ぇ出てたのかこのムッツリ助平!」
「だァれがむっつりだとゴラァ!」
しばらく睨み合う2人。
だが意外にも話を切り上げたのはイヤミの方だった。
咳払いをしたイヤミは真面目な顔になり、ジャックに近くに来るよう手招きをする。
「……何かあったのか?」
近ずいたジャックはイヤミになにかあったのかと小声で聞き、イヤミはその言葉に小さく頷いた。
「ああ、実はお前らがいない間に商人のおじさんから奇妙なことを聞いてな。」
「……何を聞いた。」
「ここ最近、周辺諸国に魔王軍幹部の目撃情報が相次いでいるらしい。しかもここ2日での話だ。」
イヤミは先程聞いた話をすると、ジャックは眉を顰めて空気が固くなる。
「なんだと?それはまたタイムリーだな。」
「ああ、しかもそいつらは何かを探して居るらしい。それはわからんがなにか引っかかる。」
「今から行く国にも現れると思うか?」
「可能性は大だな、目撃情報を洗ったら段々とこっちに近づいていている。」
ジャックは大きなため息をついて、背もたれに背中を押し付けた。
髪をかきあげて面倒くさそうに舌打ちをする。
「チッ、確かに魔王を封印するための旅だが、また面倒だな。」
「いや、逆に好都合だ。先に戦力を削いでしまえばこちらの有利になる。」
ニヤリと笑ったイヤミの言葉に、呆れたような顔でジャックは見た。
それと同時にどんな事があろうとも、自分の有利な方に考えるイヤミのその精神には感嘆する。
(絶対調子に乗るから言わねーけど。)
「このことはリカーネに言うのか?」
「うーん、向こうに着いてからでいいかな。ぶらり旅だし。」
「だから魔王の封印の旅だろうが。」
馬車はそのまま国境近くの森を奥深く進んでいく。夕暮れは暗い森向こうに沈んでいった。
****
カタカタと地面を塗って行く馬車。
もう既に夜の22時を回り、あともう少しで国境を超えようと森を抜け始めた。
が、そうは問屋が卸さないらしい。
生い茂る森の中から何か嫌な気配がジャックとイヤミの肌を刺す。
ザワりとした感じたことの無い気配に、思わず瞑っていた目をイヤミは開けた。
「おいジャック、今のはなんだ?」
「……獣じゃねーなコレは……まだ遠いが、これは少し面倒そうだ。」
猫のように目を細めるジャックは、そばに置いてあったダガーを手に取る。
獣じゃない、その言葉に察したイヤミは御者に声をかけた。
「おじさん少しいいですか?」
「おお?どうしたんだいお嬢ちゃん。」
「驚かないで聞いて欲しいのですが、少し妙な奴が近づいてきているみたいなんで、我々はそれを相手にします。我々が馬車を降りたらその後は猛ダッシュして国境を抜けてください。」
「ま、まさか魔物じゃ……お嬢ちゃん達じゃ危ない!」
慌てたように聞き返した御者のおじさんに、イヤミは微笑んで首を振る。
「お願いします。どうしても今寝てるやつを国から出さないといけないんです。……頼めますか?」
後ろで見てたジャックはこのヘリ下りな態度のイヤミに酷く鳥肌を立てていた。
しかしそのイヤミの必死な態度(演技)に、おじさんは強く頷いて了承する。
「……分かったっ、お嬢ちゃん達も気をつけて。」
頷きジャックに目線を送るイヤミはそのまま馬車を降りる。
ジャックも降りたのを確認したおじさんは、馬車のスピードを上げて走り去っていく。
「お前って、敬語使えたんだな。俺夢かと思ったわ。」
「その喧嘩なら後で買ってやるから、今から来そうな魔物を教えろ。」
「ゴブリンか、オーク……スライムはねぇな数が多い。多分そのどっちかだ。」
「オーケー、序盤の敵にしてはいいんじゃねーか。」
イヤミは能力を使って武器を創造し、森で使いやすいクロスボウをもつ。
それと同時に別の武器も創造するが、時間がかかることにイヤミは舌打ちをした。
「来るぞ、後衛は任せた。」
「明かりが月だけなのがキツイな。」
ガサガサと草むらから、足音と荒い息遣いが聞こえる。
月明かりが草むらから出てくる敵の姿を映し出す。緑色の肌に、濁った黄色の目をした小型の魔物は、目測で二十体近くいた。
向こうもイヤミたちに気づいて睨み合う。両者の間には凍えるほどの殺気に満ち溢れて決壊しそうになっていた。
だがそれも長くはない。
戦いのコングは、イヤミの放った矢によって鳴り響いた。
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