第7話 「決意と始まり」

 全てを聞いていたアルバートとベルトは、そこから静かに離れた。

 2人は何かを言うわけでもなく、黙って城の廊下を歩く。


 初めてリカーネと言う存在を見た気がした。初めてリカーネの言葉を聞いた気がした。


 そんな思いに2人は支配される。


 だが、もう既に王命は出された。

 何をしても遅いこの事実が、アルバートの心に重くのしかかる。


 だから祈る。

 あの二人に、神の慈悲があらんことを。

 そして願わくば、2人の進む道が少しでも温かいものであることを。


 ****


 ――翌日の朝。

 王から正式に命令が下されイヤミはギルドに向かった。リカーネは昨日の夜のこともあってお留守番である。

 そして勿論、イヤミがギルドに行ったのは依頼を受けるのではなく彼に会うためなのだ。


「――と、言う訳でして!どうかねジャック君。我々で魔王の封印をし、世界を救って英雄になろうぜ!未来は明るい!」


「ほー、そりゃいいねぇ。俺が英雄か〜心躍るわ〜。――ってんな事言うわけねーだろうが!!!!バカが!!!!」


 ジャックのノリツッコミが食堂に響く。

 頭を抱えて、仰け反るジャックの声はその場にいた冒険者に無視された。

 哀れジャック、一体どうしてそんなことになったのか……


「お前のせいですけどぉ!?何他人事みたいに言ってんだよ。お前は俺の諸悪の根源なんだからな、この疫病神が!!!」


「その疫病神、棚ぼた連れて福の神。」


「やかましいわ、上手くねーんだよ。」


 ドヤがるイヤミに鋭いジャックの言葉が突き刺さる。

 フーっと猫のように逆立てるジャックを座らせて、イヤミは真面目な顔を作って言う。


「いや、本当は?私だって?友達である君を?巻き込みたくは?ないんですけど?」


「真面目な顔でその喋り方やめろ、引っぱたかれてーのか。」


 どう考えてもグウで殴ろうとするジャックに降参したイヤミ。

 今度こそ本当に真面目に話し始めた。


「まあ、さっき言ったことは本当なんだ。本来だったら君を巻き込みたくはない。だが正直城のヤツらを連れていったとしても信用ができない。」


 物凄く真面目なことを言いはじめたイヤミにジャックが静かに聞く。

 心做しか震えているようにも見えた。


「え、お前一体誰だ?あの理不尽クソ野郎がそんな人間らしいこと言うはずがない。お前は一体誰なんだ?まさか偽物?」


「お?いきなり売るねぇ君。……言い値の倍で買ってやるよ。さっさとこいや負け犬。」


「あ?」


「あ?」


 2人は顔を見合わして静かに立ち上がる。

 イヤミは鳴らない首を、ジャックは手をゴキゴキと鳴らして回し、そして振り返った。


「「うし、ぶちころs――」」


 ――数十分後。

 ボロボロになった2人に、あの時の受付嬢がキレ散らかしていた。


「次!次こんなことしたらライセンスを取り上げますからね!!いいですか!?」


「「はい、すみませんでした。」」


 正座させられた2人の頭には、多分受付嬢の殴られたであろうデカいたんこぶが3つ重なっている。

 まだまだ怒り足らない受付嬢を2人は遠い目をして話していた。


「俺、初めて女の馬鹿力ってのを体験したけどあれ程なんだな。」


「マジそれな。本当のゴリラってのはいるもんだね。」


「聞こえてますよ?イヤミ様?」


「ギィヤヤアアアアアア!!!」


 ガシッとたんこぶごと頭を鷲掴みにされてイヤミは絶叫した。それを見てたジャックは涙目で見ないフリをして全力で空気になって震えていた。ちなみに、当ゴリラは屋敷で紅茶を飲んで寛いでいたところで、くしゃみをしていたが、この事は知らないままである。


「……は、話を、戻そうか……」


「……お、おう。頭の傷は大丈夫か?」


「何とか…………」


 ピクピクと震えて机に伏したイヤミのかすれた声にジャックは思わず同情してしまった。


「それで、私はお前に来て欲しいが強制はしない。もしかしなくとも危険すぎる旅だし、何よりもあのたぬきジジィ……じゃなくて国王の報酬が信用ならん。」


「お前、王様をたぬきジジィ呼ばわりしてんのかよ……」


 呆れるジャックをイヤミは真っ直ぐに見つめる。そんなイヤミの真っ直ぐに見る目にジャックも真面目に聞き返した。


「なら何故お前はあいつと一緒に行くだなんて無茶を?正直、お前なら自由な方を選ぶと思っていたんだが。……お前が気に病む必要無いほどのことをアイツがしているのは知っているんだろう?」


 ジャックのもっともな言葉にイヤミは笑う。

 そしてあんなこと言うくせに案外心配性なのが可笑しくて、温かくて驚いた。


「何呑気に笑ってんだ。」


 だがジャックには何故笑うのかが分からず、バカにされたように思ってムッと顔を歪ませる。


「いや?ジャックは優しいなぁっておもってね。」


「お、お前本当大丈夫か?まさかさっきの拳骨でやられたのか?」


「本当に口が減らんな。」


 本気で心配したかのようなジャックの目線に、ため息をついて話を戻す。


「確かにお前の言う通りだ。リリィは決してしてはいけないことを沢山してきた。その事実は絶対に消えねぇ。」


「なら……」


「でもさ、それの為だとしてリリィが行って、私は友人を助けずにのうのうとここで暮らしていけるんだろうか?あいつを犠牲にして笑っていられるんだろうか?」


「…………」


 イヤミの心からの疑問に、ジャックは答えることが出来ない。

 ジャックはこの短時間で知ってしまった。


 イヤミはたしかに嫌な奴で、せこくてゲスで理不尽だ。決して聖人なんかじゃない。

 でも、きっと誰よりも優しくて人の心を正しく読み取るやつだ。

 誰よりもそいつもことを知って、そばに居てくれる。辛い時ほど傍に居てくれる。


(じゃなかったら、俺に選択させたりなんかしねーよな。本当、何奴も此奴も不器用なんだよ。)


 ――本当に、イヤミって言う女は摩訶不思議だ。

 突然現れて、俺のプライドをへし折るくせにどこか優しくて変なやつで。

 たかだか1、2日しか関わって来なかったやつの心配までする。

 ゲスでクズかと思いきや、真正面から俺にぶつかって俺に選択肢を与えていく。

 そもそも、コイツが俺についてきて欲しいのは決して自分の為じゃなくて、リカーネとかいう女の為だって言うのに。

 なのにそんなことをしても、全ては自分の為だと嘘までつく。


 不器用なやつ、そうジャックは思って息を吐きイヤミを見る。見えたイヤミは、いつものニヤケっ面じゃなく静かに微笑む姿にジャックは言い捨てた。


「……お前は嘘つきだな。」


「……知ってる。」


「それと嫌なやつだ。名前の通りだな。」


「リリィが付けた名だぞ?当たり前だろ。」


「…………」


 黙り込むジャックに、イヤミの良心が痛み出す。優しいコイツが思い悩まない訳がなかった。だけどそれでも、イヤミはジャックに来て欲しくてわざと伝えたのだ。


(だけど案外、心にくるものがあるな。)


 眉を無意識に下げて、イヤミの心が揺らいだ。しかし、心を鬼にしてイヤミは最後にジャックに伝える。


「もし来てくれるなら、今夜の鐘がなる前に城門前に来てくれ。鐘が鳴っても来なかったなら、私たちはこの国を出る。」


 そう言ってイヤミはギルドを後にした。

 その間もジャックからの返事がないが、イヤミは振り返らなかった。


 ギルドから出て、街通りを歩く。

 イヤミの心とは裏腹に青く澄渡る空を見てポツリと言葉を零した。


「ごめんな、ジャック……」


 ****


「――準備は終わったかー?」


「ええ、もう何も持っていくものは無いわね。」


 どっぷりと暗い藍色の夜。

 既に日は暮れ酔っ払いの声は聞こえるが、良い子のみんなは寝てしまう時間にイヤミとリカーネは旅の準備を終わらした。


 そして今夜、この国を出ていく。


「それじゃ、行ってきます。」


「……うん、行ってきます。」


 少ない時間だが、過ごしてきた屋敷に挨拶する。ここにいつか必ず帰る。そう思いながら扉を閉めた。

 ――冷たい石畳の道は月に照らさている。

 高級住宅街でも酔っ払いは居るらしいが人通りは少なく、とても静かだった。


「まず、西と東。どっちの国に行こうか?」


「魔王城に行くのにそんなにブラついていいの?」


「いいんだよ、ゆっくりで。それにせっかくの旅なんだ、ちょっとぐらいの寄り道、これから大変になる私たちにはちょうどいいご褒美だろう?」


 リカーネは相変わらずのイヤミに呆れるが、その言葉にワクワクしてきた。

 そしてうーんとリカーネは考えて、人差し指を立てる。


「なら西に行きましょう。あそこには獣人の国があるらしいから見て見たいわ!」


「え、まじで?ちょー見たいから行こう。」


 これから死地に行くと言うのに憂いたものを感じさせない2人は、これから行く国にロマンを馳せて目的地に向かう。


 そしてこの王都の城門前に着き、辺りを見渡した。鐘はあと1分でなろうとしている。

 だが、兵士の2人が見張るだけで他には誰も居なかった。


 ゴーン……ゴーン……

 遠くから金が鳴り響く。

 しかし、鳴り止んでも誰かが来る気配はなかった。リカーネはイヤミの顔を恐る恐る見るが、その顔は夜のせいかあまり見えない。


「……そっか。」


 そうイヤミはポツリと言葉を零し、前に進んで歩く。それに慌ててリカーネは追って小走りになった。

 だがそれもすぐ前で足を止めて目の前を凝視する。リカーネは不思議に思って同じように前を見た。


「……行くのですね?」


「あ、貴方は……」


 門の兵士かと思えば、そこに居たのはあのベルトで、イヤミとリカーネは驚く。

 ベルトはそんなイヤミ達の姿を見て目を細め、頭を下げた。


「ご武運を。」


「……っはい、行ってきます。」


 ただ短いたった一言。

 だけどそこにはベルトの強い思いが込められていて、リカーネはベルトの前を凛々しくそして堂々と通り過ぎる。


 これがベルトの見た、悪女と蔑まれた聖女の背中だった。

 泥の中で藻掻き、足掻く気高き聖女。


(どうか、どうかご無事で。)


 ベルトは最後まで頭を下げ続けた。

 彼女の背中が見えなくなるまでずっと。

 それが彼女達を殺したせめてもの贖罪の為なのか、それとも他のことのなのかは神ですら分からない。

 けれども彼は頭を下げ続けたのだ。


 ****


 やっぱり早朝に出ればよかったと門を出て30分でイヤミは思う。

 ガタガタすぎて道とも呼べない道。

 そして前方がギリギリ見えるか見えないぐらいの暗さ。思わない方がおかしいのだ。


「でも朝までには国境の半分までは行かないといけないし、馬車のところまではノンストップだよね〜。」


「いいからちゃっちゃと歩いてくれる?明日の夜の12時までにこの国を出なくちゃ、私首を締められるんだけど?」


「はいはい。しっかし、1番王都から国境の近いところに行くとしてもやっぱり遠いよな。」


 ボヤくイヤミは景色を見ようにも暗くて見るところがなく、暇になったイヤミたちはしりとりでもして時間を潰す。

 そんな危機感もクソもない2人に、何者かがため息を着いた。


「ん?今なんか聞こえなかった?コアラ。」


「え、何も聞こえなかったけど、ライチ。」


「んじゃあ今の気のせいかな?チンパンジー。」


「きっとそうよ、全く私たち以外居ないんだから怖いこと言わないでよね。ジャンプ。」


「ははは、ごめんごめん。プリンパf――ウゴォ!?」


「イ、イヤミッ!?」


 突然何ものかがイヤミの頭を鷲掴みにし、地面に叩きつける。そして先程から話題にされていた何者かが叫んだ。


「――お前らには危機感ってのは無いのか!?マジで夜に出るとかマジで馬鹿だよこのアホども!しかも何ずっとしりとり続けてんだ!!!」


「馬鹿かアホかどっちかにしてくれないか?――ジャック。」


 息を乱して汗だくになっていた男、ジャックはイヤミの胸ぐらを掴んで睨む。

 イヤミは驚くことなく相も変わらないニヤけた面をしてジャックを見ていた。


「あら、時間になっても来なかったのはそれが理由だったのかしら?」


「当たり前だ。普通夜は危険だから旅にはでねーんだよ常識だろうが。」


「「そんな常識知らない。」」


 ね〜と顔を合わせて笑うリカーネ達に、ジャックは頭を抱えてここに来たことを深く後悔した。


「俺、こんなヤツらのお守りしなきゃいけーの?今すぐ帰りたい。」


「まぁまぁ、ジャック君せっかく来たんだし一緒に西で獣人の可愛い子見に行こーぜ。」


「お前、魔王城に行くんじゃねーのかよ?」


「知らんなんなこと、それよりも獣耳っ娘だ。行くぞジャック男ロマンだろう!?」


 欲望に目をギラ付かせたイヤミにジャックは本当に来たことを後悔した。

 が、獣耳っ娘に興味あるのは確かなのだ。

 ジャックはイヤミの肩に腕を回して組む。


「……俺が本当の獣耳っ娘を見せてやる行くぞ!」


「それでこそ我らがジャック君だ!!」


「それよりも国境を超えなくちゃ意味ないじゃないの!この助平どもが!!」


 これより始まるアホ共による奇妙すぎる異世界冒険譚。

 リカーネは無事魔王を封印しハッピーエンドを掴み取る事が出来るのか!?


「俺たちの冒険はこれからだ!」


 ご愛読ありがとうございました。

 次回作にご期待ください!


「「いや、終わりませんが!?」」


--------------------

はい、終わりません。

次回からは第二章です。

そして報告ですが、一部物語を変更しました。

前回とは違うところも出ているのですが、変更した理由は矛盾が出ちゃったからです。

はい、完全に作者のミスですごめんなさい。

第二章も何とか終わらせますのでお待ちください。


いつも見てくださる方ありがとうございますm(*_ _)m

そして応援してくれ方に感謝を!

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