第6話 「ヒロインの選択」
「じゃあね〜ジャック君〜。」
「おま、お前本気で覚えてろよ!?」
ギルドを出たイヤミ達に捨て台詞を叫ぶジャックを横目に悪い顔で帰るイヤミ。
こうなった理由は、今から1時間前に戻る。
――ギルド食堂。
多くの冒険者が依頼を達成させたあと、疲れと空腹を満たし癒す憩いの場。
それが今、ある一組の3人組によって混沌とかしていた。
「――な、な、ななななんだとぉおおおお!?」
「おいおいそんな叫ぶことは無いじゃないか〜。君が私に無様に敗北したの紛うことなき真実なんだからさ〜。」
「イヤミ……あんた悪い顔をしてるわよ。」
机に拳を叩きつけ悔しがるジャックと、それを上から見下ろすように見るイヤミ。
そしてそれらを冷めた目で見るリカーネ。
あまりに意味不明な光景に周りの冒険者は見て見ぬふりをしていた。
既にライセンスをとったイヤミ達には、もうギルドでの用もなかったがそれでも食堂にいる意味、それは――
「さて、あの時の約束……果たしてもらおうかジャック?」
「い、い一体何を望むんだ……金か?」
「ちげーよバカ。お前一体私をなんだと思っているんだ。」
すっと懐から財布を出すジャックを呆れたような目で見るイヤミに、リカーネは淡々と答える。
「どう考えても日頃の行いのせいだと思うけどね。で?あの時一体なんの話をしていたかを聞かせてもらってもいいかしら?」
先に頼んでいたご飯にリカーネは美しい所作で食べ、聞く体勢になっていた。
イヤミも同じように頼んでいたご飯を行儀よく食べる。
因みにこれはジャックの奢りだ。
イヤミ、自分の有利なことは必ず覚える。
「ああ、それはね――」
イヤミは先程の会話をリカーネに説明する。
全てを聞いたリカーネは完全に引いた目でイヤミを見つめていた。
「あんた、鬼か悪魔なの?」
「いやいや、むしろ聖人だよ。」
「クッソクソ、まさか俺が負けるだなんて……!!」
「まだ言ってんのかよ。」
本題の進まない話にいい加減飽きてきたイヤミはさっさと話す。
「ギルドのお姉さんから聞いたんだが、ここには大人数でチームを組んで依頼を達成させる『パーティー』ていうもがあるらしいな?」
「そうだが、なんでそれをい、ま……おいお前まさか……」
真っ青な顔をして震えるジャックにイヤミはそれはそれはあくどい笑みで笑った。
「私らで、パーティーを組もうな?」
「え、嫌だ。」
****
その後、めちゃくちゃ嫌がるジャックの言葉など無視し、パーティーを結成させたイヤミは最初にリカーネに言った武具店に行くことにした。
「おかしいなぁ、ライセンス発行自体はそこまで時間がかからないと思っていたんだけどな。」
「ま、あんなことがあれば仕方ないわよ。」
ギルドに入ってもう4時間は経過した。
既に日は傾き、夕飯の準備をする母親たちと酔っ払いたちの声が道に響き渡る。
「ねぇイヤミ。」
「うん?どうしたリリィ?」
それを眺めていたイヤミにリカーネは静かでどこか硬い声で聞く。
「アナタは、本気で私について行くつもりなの?」
「…………」
さぁと風が吹き、二人の間に静寂が出来る。
イヤミはなぜそんなことを聞くのか真意を問うためにリカーネの顔を見る。真面目な顔だが、どこか寂しそうな顔でイヤミを見ているリカーネ。
「いきなりどうしたんだ?そんなこと聞いて?」
しかしその顔の意味がわからず、イヤミははぐらかそうと笑いとばす。
それを見たリカーネは顔を暗く沈ませた。
失敗した。
そう理解したイヤミは武具店で何を買おうか話すが聞いているのか分からないリカーネに冷や汗が止まらない。
「……あの、イヤミ、私……」
「……?リリィ?」
俯いたまま何かを煮え切らない様子もリカーネを、イヤミは静かに待つ。
恐る恐るゆっくりとリカーネが口を開き、声を出そうとした。
「み、みみ見つけたーーー!!!!」
「「!?」」
しかしそんなのもお約束なのだろうか、邪魔された。
叫ぶ人の肺活量を聞きたいほどの大声に、2人はその方向を見た。
「……あいつ城の警備兵じゃねーか?」
「……そう言えば、イヤミって脱走中だったわね。」
「「…………」」
イヤミとリカーネは顔を見合わせて、頷く。
「「よし、逃げよう。」」
「ちょ、待てよ!!何逃げようとしてんですか!!今すぐお二人共王城に来てください!」
クラウチングスタートのポーズを取るイヤミの肩を掴む兵士の青年。
をめちゃくちゃ嫌そうに見る2人。
「じゃぁー……聞くけどさぁ、一体誰に呼ばれてんの?」
その言葉に目を輝かせる兵士君。
どんと胸を叩いて誇らしげに言った。
「はい、王太子殿下と国王陛下であります!!」
「うし逃げよう。」
「えええ、なんで!?あの王太子殿下に呼ばれているのですよ!?」
「なぜだと?お前らはあの外ズラに騙されているのだろうが私はそうはいかない。
あれは完全な腹黒だ。絶対に面倒なことを押し付けられるに決まっている。
しかも国王だと?あーもう厄介事だね。」
「あ、あんたよくそれ俺の前で言えましたねぇ!?」
その後も精一杯抵抗していたイヤミだが、あの兵士仲間を呼ぶをしたらしくすぐに捕まった。
その様子にイヤミはデジャブを感じながらも、さっきのリカーネの顔が頭から抜けずに悶々とする。
そうしてイヤミがドナドナされること数十分。でっかい部屋に入らされたかと思えばいきなり着替えろなんだのとメイドに言われたイヤミは必死に抵抗し、それが項となったのか、メイドは諦めたのかリカーネのところに行った。
そして迎えの者にイヤミが案内された所は、豪華絢爛に飾られた大きな扉の前だった。
(完全に見たことある展開だな。くっそあのキラキライケメンめ!)
イヤミは内心で毒を吐くので聞かれては無いが、顔に出ているので意味はなかった。
そして開かれる王の間。
巨大な玉座にはこの国の主の貫禄を見せるナイスミドルとその横に立っているのはイヤミの言うあの
そこから続く道の上には既にリカーネが頭を垂れて傅いている。
しかしイヤミには怯えて震えるように見えて思わず顔を顰めた。
「ソナタが異邦人だな。」
「……ええ、そうですね。私が異邦人ですよ国王様。」
王の間にいる人数自体は少ないが、そこにいる全員が頭を垂れて傅ないイヤミを眉を顰めてみる。
だがそんなのはイヤミには関係の無いこと。
たとえ自分が何を言われようが関係の無いし、関係なんてさせない。
それが自称聖人ことイヤミなのだ。
「ふむ、まあ良い。わしがソナタを呼んだのはそこにいる娘が関係してな。お主、魔王を知っておるか?」
「は、魔王……?」
驚くイヤミをじっと見つめた王の目は何を考えているのかが分からない。
だが全てを丸裸にされそうな目はどこまでも闇が深く、濃い。
これがこの国の王かと、若干イヤミは気後れする。
「やはり知らなんだが……アルバート、説明せよ。」
「はい陛下。」
王に呼ばれたアルバートは前に出て話した。
地上と地下での長きに渡る争いを。
――太古の昔。
神が造ったふたつの種族がいた。
それが『魔族』と『人族』。
人族の中には『亜人』というのもいるが、それでもこの二つの種族に分けられた理由。
それは日の入らない世界に住むものか、日の入る世界に住むものかだった。
最初の頃、ふたつの種族は共存し共に栄えてきた共存の関係だった。
それがいつの日か、お互いの種族の方が優れていると主張し初め、遂には魔族から宣戦布告を言い渡された。
「人族は最初の頃は何回も考えを治すことを伝え続けた。だが……」
「だが跳ね除けられ、滅ぼされかけたからお互い引くに引けない状況になちゃったと……そういう事か?」
「……簡単に言えばそうだ。」
イヤミは全てを聞いて呆れた様に首を振る。
それはまるでくだらないとでも言うかのように。
「それで?なぜそれがリリィと関係してるんだ?」
「リカーネ嬢にはこれからその魔の王の封印に秘密裏に行ってもらう。」
「……は?」
「貴様ッ、我が王に不敬だぞッ!」
イヤミはスットンッキョンな声を上げて聞き返す。周りの兵たちはイヤミのその不敬な態度に剣を手に置き憤怒した。
しかし王が手を挙げ制し、イヤミを見て笑う。面白いものでも見つけたかのような顔で。
「いい、コヤツがこうなるのも致し方ない。」
「……ハッ。」
イヤミは兵士のことなど無視し、王を見る。周りのその視線が段々と気に食わなくなったイヤミは、目を細めて王に聞く。もうイヤミの言葉使いには敬語はなかった。
「なんでリリィが行かなくてはならないんだ?リリィはもう聖女じゃない。ならお前らのそれに従う義理はない筈だ。」
「リカーネ嬢には、ワシからある条件を出しての、それに本人も同意したのだよ。」
条件……?そうイヤミは聞き返すと、王の顔は微妙に歪んだ気がした。
「それはの、魔王の封印を成功したのならば貴族権をリカーネ嬢に戻し、此度の件は不問にするという条件だ。」
「――!?」
イヤミはリカーネの方を見れば、同意するかのように小さく頷く。
真っ青になって震えていたリカーネの顔は既に青を通り越して白く変わっていた。
それにイヤミは手を強く握りしめてグツグツと煮えたぎる思いを何とか抑え込む。
(クッソ!リリィがこの条件なら受けるとおもったのかこのたぬきジジィ!!
どう考えてもこいつの言ってることは嘘でしかないっ。リリィの貴族権を戻すなら尊厳も同時にリリィが取り戻さなきゃならない。
なのに秘密裏に行けだと?秘密裏に行って帰ってきたとしても貴族社会にリリィのやった功績は知られない。爪弾きにされるのが落ちだ!どうせその功績は今の新しい聖女のものになってしまって、リリィは永遠の悪役だ!!)
しかしここで暴れても仕方ないとわかっていても、王の真意がなんとなくわかってしまったイヤミにはどうしても許せなかった。
ギリっと王を睨み、怒気が漏れ出る。
周りの兵はそのあまりに濃い怒気に震えた。
だがその怒気を当てられる当人である王は楽しげに笑っている。
「王よ、聞きたいのだが。その魔王の封印になぜ今の聖女が行かないんだ?」
フーっと息を吐き、極めて冷静に聞くイヤミ。その言葉を聞いた王はわざとらしく困ったような顔で言う。
「あれはまだまだ力を発現したばかりで安定してない。ならば、リカーネ嬢が代わりに行った方が双方にも良いかと思ってな。」
明らかな嘘にイヤミは目を瞑る。
そしてただ静かに返事をするだけだった。
「……そうか。」
ならもう話はない。
とでも言うかのようなイヤミに王は少しつまらなそうな顔をした。
イヤミは王の視線全てを無視し、リカーネに膝を着いて聞く。
「イ、イヤミ……ごめんなさい……」
「……リリィ、魔王の封印に行くのか?」
真っ直ぐにリカーネの目を見て聞くイヤミの視線に、リカーネは心が痛くなった。
しかしリカーネは行かなきゃいけない。
もう一度返り咲くのもそうだが何より、それが本来のゲームでのシナリオであり、ヒロインの役目なのだから。
「……うん。」
「そうか。……なら……」
ため息を着いて立ち上がるイヤミに、リカーネはとうとう捨てられたと思い、泣きそうになる。
そして気づいた、自分は本当にイヤミと友達になって嬉しかったのだと。
あの時、自分が恥ずかしからずにさっさとイヤミに伝えれれたなら、こんな事にはならなかったと、酷く自分の選択に後悔した。
イヤミはそのまま王に顔を向けて口を開けて話す始める。
耳を塞ぎたくなる思いに駆られるリカーネはギュッとドレスの裾を握りしめた。
「王よ、私は――」
(……どうして、どうして私はいつだってこうなの?私はただ、ただ……)
「――リカーネと一緒に魔王の封印に行かせてもらう。これは決定事項だ。」
「――え、?」
リカーネは驚き顔をあげれば、イヤミはいつもの不遜な笑みを携えてリカーネを見ていた。
そしてリカーネの手を引き王の間を許可なく出ていく。それには誰もが唖然とする行為で動けずにいた。
バタンと閉められた王の間は事態に気付き始めたのかにわかに騒がしくなる。
だがそれでもイヤミは足を止めずに城の廊下を歩く。物凄く清々しい顔で。
「あーあのクソたぬきジジィむかついたわ。じゃあリリィ、ゆっくりぶらりしながら魔王の封印に行こっか〜。」
「本当に私と行くつもりなの!?」
「あったり前だろ。ちゃんと一緒に行くよ。それに言ったじゃねーか、私はお前と友達になりたいって。友達をうなくだらねー事で無くしてたまるかっての。」
イヤミの言葉にリカーネの足が止まる。
振り返ると、リカーネは小さな声で何か言っていたが、その声は次第に大きくなっていく。
「――……どうして?私のやってきたこと知ってるでしょ?……私はあんたに会って気づいたのよ?自分が今までどれだけ最低なことしてきたのか。誰からも同情なんてされなくて当然すぎる事を、たっくさんしてきたのよ?……味方なんて出来ないほどに……
私は、ヒロイン失格よ。」
ポロポロと静かになくリカーネの悲痛な言葉に、イヤミはただ静かに聞いていた。
大き声で泣きもせず、ただ自分の罪がどれだけ重いのかがわかったリカーネは、イヤミの手を離して震える。
今更こんなこと言っても、自分の罪が消えるはずないとわかっていても懺悔せずにはいられなかった。
醜い嫉妬と、傲慢な考えに取り憑かれて汚くなった自分のこの姿を、ようやっと出来た友達に見せたくなんかなかった。
「リリィ、私は別にそんなお綺麗な奴と一緒になんか居たくないね。」
「え?」
その時、リカーネはイヤミのそんな表情を初めて見て驚く。
呆れてても、仕方ないなと微笑むイヤミは溢れ出ているリカーネの涙を指で軽く拭き取った。
「みんなに平等で優しく、正しいことをする聖女。それは確かに多くの人が望む御伽噺の麗しい聖女さまそのもので、きっとその綺麗な存在を守りたくなってしまうし、そばにいたいと望むのが普通だ。だが、そこには人間臭さってのが無さすぎる。まるで人形だ。リリィ、新しい聖女であるお前の姉はそんなに綺麗なヤツだったか?」
イヤミに聞かれて、リカーネは初めて姉を思い出す。確かに姉は皆に平等で優しい。
けどそこには、断罪されない様にもがき足掻く人間らしさがあった。
決して美しくなく、泥に這い蹲ろうがボロボロになろうがみっともなく運命に足掻こうとする強く輝く心。
だけど、それが人間であり、そんな姿に皆憧れた。そしてその姿は、ゲームの中で見たヒロインの姿にそっくりだ。
「ううん、違う、そんなのは違うの……」
「だろう?そして私が惹かれたのは、汚くなっても美しくあろうとするリリィ、お前自身だ。決して、ゲームのリカーネでも聖女のリカーネでもない。本当のお前なんだよ。」
優しく頭を撫でられるリカーネは、今度こそ声を出して泣いた。
全部全部涙で流そうと、大きい声で。
もう1人で泣かなくていい、だってもうそばに一緒にいてくれる友達ができたのだから。
「ありが、とう、イヤミ。」
「……うん。」
夜に輝く星は小さく、月に隠れそうな輝きだったが、それでも確かに光っていた。
2人を見守るように――
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