第5話「人生なんとかなる」

 イヤミとジャックが戦っている間。

 リカーネはその2人の戦いを観戦席から見ていた。

 隣にはあの受付嬢がその苛烈さを極めた戦いにハラハラしている。

 しかしリカーネの顔は涼やかなもので2人はあまりに対照的だった。


「あの、リカーネ様……」


「何かしら?」


「イヤミ様が心配では、ないのですか……?」


「……あんた、それを誰に言っているの?」


 イヤミに向けていた優しさなんて欠けらも無い冷たい声に受付嬢は震え上がった。

 それらを無視しリカーネは決してイヤミから目を離さずに淡々と答える。


「心配なんてむしろイヤミには邪魔すぎるものよ。」


「……え?一体どういうことで……?」


 その時、彼女はリカーネの表情を見て驚愕した。何故なら生傷が増えていくイヤミを見てリカーネは、爽やかな笑みで笑っていたのだ。


 焦って強ばるイヤミ。笑うリカーネ。

 受付嬢はどうしてリカーネが笑うのかがわからなくなり、混乱する。

 この戦い、完全に劣勢なのはイヤミだ。

 ジャックはこのギルドで最強と言われているほどの実力者。

 本人は指折りと言っていたが正直彼に勝てる人などいない。


 対して、イヤミは新人。

 しかもさっき能力の使い方を知ったばかりのある意味ひよっこの人。

 そんな天と地ほどの差があるこの戦いは、最早ジャックの新人潰しだ。


 そして何よりも、ジャックはイヤミを敵視している。それも猛烈に。

 正義感の強い彼のことだ、きっとさっきの光景が許せないのだろう。


 そんなのリカーネにもわかっている筈なのに、なのに笑っている。

 たかが受付嬢の自分ではあの戦いを止めることは出来ない。そして何より、ジャックが納得しなければ戦いは永遠に続く。

 思わずリカーネに受付嬢が叫んだ。


「危険なのですよ!?イヤミ様絶対に大怪我を……!」


「はぁ〜、貴女わかってないわね。」


「え、い、一体何を?」


「私もあまりイヤミと過したわけじゃないから知らないことも多いわ。けどこれだけは確かよ。イヤミはなの。」


 異常、リカーネは確かにイヤミのことをそう言った。受付嬢はその言葉を理解することが出来ずに首を傾げる。


「ま、負けず嫌いはともかく異常とは?」


「ここからは、あんたに何を言おうとも分からないわよ。私みたいな人にしか分からない。」


 リカーネはそこで初めて受付嬢に顔を向けてピシャリと言いきって、また顔を戻す。


(本当にイヤミは異常なんだけど、それを知るのは私みたいな転生者とかの同郷の人だけ。この世界では微々たるものだもの。)


 イヤミは異常だ。

 リカーネもイヤミと同じ元同郷の人間だが、向こうで死んでこっちで生まれ変わり初めからその体を鍛え、能力を発現させていった。


 しかしイヤミは違う。

 イヤミは昨日来たばかりであり、こんな状況で慌てふためいてもおかしくなかった。

 だと言うのに、その夜には脱走。

 5回にも及ぶ脱走は、別にイヤミが城を怖がったわけじゃない。

 ただあそこは窮屈だから脱走し、その上で警備する兵士を煽って遊んでいた。


 もうそこからおかしい。

 いくら精神が図太いとはいえ、普通そんなことが出来るものなのだろうか?

 しかもだ、彼女は半ば記憶喪失のようなものを起こしている。

 精神をやられてもおかしくない状況だった。

 だがイヤミがやけを起こしているかといえば、それもまた違う。

 あの様子で分かられないが、彼女はどちらかといえばかなり冷静な部類なのだ。

 自分の状況を誰よりも先に見極めていた。

 その精神の異常さ。


 そしてあの身体能力の異常。

 彼女の5度の脱走は警備の厳重な城で起こっていた。しかも数分の間で再度の脱走まで。

 何よりも兵士を煽りながら撒くイヤミ。

 平和なはずの日本で、どうしてそんなことが出来るのか?

 あまりにもな異常さはリカーネのような人以外には絶対に理解できない。


 そんな二人の会話を他所に、ジャックとイヤミの戦いは急展開を迎えた。


 大きく間合いをとったイヤミは、いつもの様にニヤつきそしてジャックに言葉をなげかける。それにリカーネは確信した。


「この勝負、イヤミの勝ちね。」


「え、どういうことで……」


 イヤミは上機嫌で何かをジャックに話し、その言葉にジャックは憤怒る様子を見せた。

 濃い殺気が闘技場を満たすが、リカーネから見るイヤミの顔は余裕綽々そのものだ。


「……ねえ、あなたはイヤミとジャックでは天と地程の差があると思っているわよね?」


「え、いやその……」


 いきなりの言葉に、受付嬢は焦る。

 しかしリカーネにはどうでもいいらしく話を続けた。


「そんなのはね、イヤミには関係ないの。だってイヤミはそんな差すらもハンデにならないほど。」


 イヤミの盾が吹っ飛ばされ、勝負は着く。

 そのままジャックのダガーはイヤミの胴体に真っ直ぐ行くその時。


 眩い閃光と轟音が闘技場を満たした。


 ****


 イヤミはずっと伺っていた。

 ジャックが自分に近ずき、大きな隙見せるその瞬間を。


(あと、もう少し。)


 ジャックを煽りながらも、自分が今行っていることは見せないように隠す。


『武器創造 閃光手榴弾&遮光性ゴーグル&鋼糸』


 それらを創造し、イヤミは閃光手榴弾のピンに糸を括り付け、盾の取っ手部分にもバレない程度に固く着けた。

 幸いにもジャックは怒りで頭が冷静ではない。もし冷静だったなら既にイヤミはやられていただろう。

 それをいいことに着々と準備するイヤミ。


(本当に、この能力はチートだな。)


 内心イヤミは笑みを浮かべて、ジャックを煽る。バレないようにするその為に。


 ――『武器創造』

 能力の使い方を教えて貰ったあの時、イヤミは偶然知った。リカーネも気づかなかったこの能力の本当の意味を。

 この能力は、自分が知る武器を創造……するのでは無い。この能力は――


 


 木の棒から、あの伝説武器まで自分の魔力量がある限り作ることは出来る能力。

 そして別の武器をも同時に創造ができる。

 状況によって臨機応変に対応できるこの能力は紛うことなきチートだった。


 しかし、デメリットはある。

 創造するものによっては魔力量の減りが半端では無いし、その上時間もかかってしまう。

 特に、現代でも使われている化学兵器は普通の剣とかよりも数倍の時間と魔力を消費する。

 使い手によってはその能力の凄さが半減してしまうと言う使いにくさの面を持つ。


 だから、イヤミはまず初めに消費量も時間も短い盾を創造し血を流さない簡単なものを選んだ。

 イヤミは最初から相手が誰であろうと血を流さない方法を取ろうとしていた。


「――そんな新人に弱点知られた気分はどうだい?。」


「……本気で怪我さしてやるよっ!」


 霞むジャックは既に王手を取ったと思っているのだろう。

 確かに、正攻法で行けば必ず私が負ける。

 だけどな、そんなこと……


 盾が吹き飛ばされ、同時にピンが外された。

 素早く私は遮光性ゴーグルをつけ耳を塞ぐ。


 ――私がするわけねーじゃん?


 そして目の前光景は閃光で掻き消えた。


 ****


 轟音と閃光が闘技場を満たしたのはほんの数秒の事。誰も彼もが目を塞いで開けるのに時間がかかった。

 そんな中リカーネが目を開ける頃には既に決着がすむ前だった。


「――グァ……!」


 ジャックはそのまま地面にふせ身動きひとつ出来なくなっている。

 対してイヤミは遮光性ゴーグルを外し、ジャックのダガーを持った。


「……」


 そしてそのままジャックの首近くにそのダガーを突き刺す。

 それは決着が着いた瞬間であることは、誰の目からも見ても明らかだった。


『し、試験終了!!』


 まさかこのギルド最強のジャックが負けると誰が思ったのだろう。

 しかし既にジャックは続行不可のであり、閃光手榴弾を間近で受けてしまったため視力や聴力に異常をきたしている可能性があった。


「おい、早くこいつを治療してやってくれ。」


 誰もがうごけずにいる中、イヤミは周りで観戦していたヤツらに言ってリカーネの元に向かう。

 リカーネの表情は呆れ半分と安心が半分という顔であり、イヤミは笑いかけた。


「いやぁビックリビックリ、まさか閃光手榴弾ってこんなに威力出るんだね〜。今も耳がキーンってしてるわ。」


「それ、大丈夫じゃないよね。もう、ちょっとこっちに来なさい。」


「もう来てるよ。」


 揚げ足を取るイヤミにリカーネは叩く。

 バシッと頭をはたかれるイヤミはジャックの戦いもあり本気で痛がるが、無視してリカーネは魔法を使った。


「『祝福 治癒の宴』……どう?傷は治った?」


 イヤミの体に淡い緑色に光が包む。

 光は体に染み込むように消え、その頃には傷全てが塞がっていた。


「……おぉう、ありがとう。」


「ま、これぐらい朝飯前ね。」


 イヤミは改めてジャックの方を見たが、まだ意識が帰らないことに少し焦りを感じる。


「あ、なあリリィ頼みたいんだけどあいつも一緒に治療してやってくれないか。」


「はぁ?なんでよ。」


 嫌そうに顔を歪めたリカーネにイヤミは頬かく。心做しか目がかなり泳いでいた。


「いや、多分だけどあいつ失明してる可能性がありまして……あと聴力もやばいか、も……お願いしますリカーネ様ぁ!!!」


 スラインディング土下座をかましてりカーネに頼むイヤミ。

 正直何故ここまでイヤミがジャックを思っているのかが分からなかったが、どうせ聞いても言わないだろうと思いリカーネはため息をつく。


「……はぁ〜、なにやってんのよ……」


 渋々引き受けたリカーネはジャックにも同じ魔法をかける。

 イヤミの言った通りジャック失明していて、かなり危険な状況だった。

 しかしリカーネは元聖女、生きてさえいれば治すことが出来る凄腕なのだ。


「……っう。」


 光が全て収まる頃にジャックの意識は回復した。何が起きているのか分からない様子でジャックは周囲を見ている。

 イヤミはそんな起きて状況のわからないジャックに向かって笑顔で言った。


「――起きたかい?ならジャック君、約束は守ってね?」


「……?……――っ!?」


 最初は意味がわからなかったのか、首を傾げて考え込んだジャックは驚愕した表情と共に猫のように逆立て、声無き声で叫ぶ。


 その後全て聞き、見てたリカーネはこう語った。


 ――あれが本物の悪魔の契約だと。


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