第3話 「何故か美形しか周りにいない現象」
ドンッと現れたまさに漫画に出てくるようなギルド施設にイヤミの目が輝く。
「うわ〜すっご。」
「早く終わらすわよ、このお金取られたくないんだから。……まさか本当に殆ど質に流すなんて……」
ジャラりと重い音と共にパンパンになった袋を見て、リカーネは大きくため息をついた。
先程2人はギルドに行く前にイヤミが選別した要らないものを全て質に流したのだ。
そしてその額は2年ぐらい遊んでも平気なぐらいになりリカーネは白目を向いた。
「それ、小分けにして服にポケットとかに入れた方がいいぞ。ま、後で武具店とか見に行こう。丸腰じゃ旅は危ない。」
「それらしい事言ってるけどイヤミが行きたいだけでしょう?」
「チッバレたか……」
ドンと肘でリカーネに殴られたイヤミは大袈裟に痛んで嫌がらせを仕返した。
そうこうしているうちに2人の前に大きめの扉があり、その中からはガヤガヤと騒がしい声が聞こえてくる。
扉をゆっくりと開ければそこは本当に漫画で見たような陽気な雰囲気に包まれたところだった。
「あ、やばいなんか意味もなく興奮してきた。」
「まあ、確かにオタクからしたら夢よね。私も最初の時は手汗握ったわ。でもここからの方が面白いのよ。」
「お、楽しみだな。」
しかしそんな気分は直ぐに無くなった。
なぜならリカーネとイヤミが入った瞬間ギルド内が静かになったからだ。
皆こちらをチラ見してすぐに顔を逸らすか、嫌らしい笑みを向けてくる。
そして周りからはコソコソと「アレが……」だの「うわっ、まじかよ。」なんて声が聞こえてきた。
「……一体何なんだ?」
「わからないわ。」
2人が顔を合わせて困惑している中、何人かの冒険者達が立ち上がってこちらに向かってくる。
その顔は到底いいものではなく、イヤミはリカーネを後ろにして前にたちはだかった。
「よぉ嬢ちゃんたち。」
「お貴族様がこんなところに何しに来たのですかぁ?」
「――ああ、ここには登録に来たんだ。どこでするか教えてくれたら嬉しんだが。」
気持ちのいい笑顔で対応するイヤミ。
だが、前にいる冒険者たちはジロジロとイヤミの格好を見てぷッと吹き出す。
「おいおい、ここはお貴族様の道楽場じゃねーんだよ。」
「しかもそこにいる女、まさかあの偽物聖女様じゃねーのか?こんなところに来るよりもさっさと修道院に行った方がいいぜぇ?あ、もう国から追放されちゃったのか!」
ギャハハと喧しい笑い声を冒険者たちがするとその周りにいた他の冒険者も嫌な笑い声を上げた。
リカーネは顔を下にし、イヤミの肩を掴む。
「……イヤミ、ごめんなさい。」
「…………」
リカーネの手を優しく外しイヤミは冒険者の前に出る。黙ったままのイヤミにリカーネはすごく嫌な予感がした。
「イ、イヤミ?」
「おいおいなんだよ?やるのか?」
「ギャハハ!やめとけ怪我して泣くのがオチだぞ?」
冒険者たちの言葉全て無視し、イヤミは息を吐いて首を振った。
そしてすぅー吐息を吸ってイヤミはいつものようにまっすぐ顔を上げて不敵な笑みを漏らす。
「おいおいまさかそんなこと言うために私達に話しかけたのか?だったらほんと無駄な時間をご苦労さまなこって。生憎だが私らはお前らみたいな噛ませ犬に興味ねーんだ。だからさ……」
イヤミは不敵な笑みを消して睨みながら低い声で周りのヤツらを見て言う。
「黙ってろよ三下共、こいつはお前らなんかがバカにしていい女じゃねーんだよ。わかったならそこで惨めに人をバカにでもしてろ。それがお前らにはお似合いの人生だ。」
「んだとてめぇ!!!」
「このアマッ、二度と太陽拝ませなくしてやろうか!?」
イヤミの言葉にキレた冒険者たちは殴りかかろうと飛び出す。
しかし忘れては行けない、イヤミは軍の人間の警備する場を何回も逃走するような女である。しかもわざわざ兵舎を通って。
そしてリカーネに関しては元聖女だ、自分の身は自分で守れるぐらい訳ない。
その魔力量、技量ともに国トップクラスの実力者である。
つまり――
「グアッ!!」
「ゴハッ!!」
「いやー、まさか本当にこんなテンプレな場に出くわすとはね。」
「……そうね、それにしてもイヤミ結構強いわね。見直すわ。」
「私そんなに評価低かったの?」
瞬殺された(殆どイヤミに)冒険者たちを下目に、イヤミはならないクビを回す。
そしてピクピクと痙攣した冒険者を踏みつけて無理やり叩き起こした。
「ヒィ!ごめんなさい!許してください!」
「そんなに怖がるなよぉ私たちの中じゃないか!そうそう、許して欲しくばわかってるよね?これだよ、こ・れ。」
いつものいい笑顔で冒険者の肩を叩いて、人差し指と親指で輪っかを作り冒険者の前にずいっと差し出す。
リカーネはそれに大きくため息をついた。
「ちょっとイヤミ。」
「いいんだよリリィ、こう言うのは貰っとけば損は無いんだし。」
「あ、あのこれで全部です。許してください。」
冒険者に出された巾着袋には金がたしかに入ってたが、それでイヤミが止まるならアルバートはそこまで苦労しない。
イヤミの性格はやられたらその倍で返すのではなく乗で返す女なのだ。
「あ?足りるわけねーだろ。有り金全部だせや。」
「い、いや、本当にこれが全部で。」
「全く、ボケちゃったの?君が大事にしてるその武器、質屋に流してきなよ。待ってるからさ。」
「イヤミ!?もうコレじゃあどっちが悪役なのかが分からないんですけど!?」
「知らんなそんなこと、そもそもここにいるヤツらからしたら私は悪だしな。」
『(こいつ開き直りやがった!!)』
へっと鼻で笑いとばすイヤミに頭を抱えたリカーネ。周りいた冒険者達はガクブルと震えながら心の中でツッコむと言う奇妙な空間ができあがった。
ギルド職員すらもこんな事態は初であり、どうしたらいいかオロオロしたその時――
「おい、何だこれは。何があった?」
一人の男が声を上げた。
****
「あ、アニキィ!!」
「豹の兄貴が帰ってきたぞ!」
イヤミに踏みつけられている冒険者達は突然現れた男に歓声を上げる。
その様子にリカーネは顔を傾げて耳打ちをした。
「親玉って、事かしら?」
「いや、多分だがこのパターンは……」
イヤミは豹の兄貴と呼ばれた男を見る。
そしてため息をついた。
「はぁ〜、またかよ。何だこの世界には美女かイケメンしかいないのか?」
浅黒い肌に、真っ黒な黒髪。
猫のような黄色い瞳に程よく引き締まった肉体。そして端正な顔立ち。
紛うことなきイケメンであった。
「横を見ても前を見ても綺麗なことで……」
やれやれと首を振るイヤミの下を見たイケメンは不快そうな顔をする。
「おい、女。そいつが何したか分からないが足は退けてやってくれないか?」
「……」
イヤミは口元に手を置き答えることなく黙る。ふむと考えるイヤミがさらに癪に触ったのかいつの間にかイケメンはイヤミの目の前にいて、足をどかした。
「――退けてくれ。」
「……ッ!?」
「今の速さ、一体……」
リカーネにははっきりと見えていたが。イヤミには霞んで見えるほどの速さ。
周りにいたものには一切見えなかった。
イヤミの頬に冷や汗が流れ出て、それを拭う。
「……凄いね驚いた。」
「いきなり掴んで悪かったな。ここへは何しに?」
「ん?ああ、ここには登録にきたんだけどね……」
「絡まれたと。」
「そういう事〜」
事情を聞いて呆れたようにため息を着くイケメンは下で這い蹲るやつを睨んで注意する。
その姿はまるでオカンそのものだった。
「……イヤミ。」
「うーん、今のスピード私で対応できるか微妙だね。……さっきあの男って豹の兄貴なんて呼ばれてたのよね?」
「ええ、そう言ってたわ。」
まさか、ね……
すっと目を細めたイヤミを不思議そうに見るリカーネ。
微妙な空気が流れたが、そんなふたりにイケメンは声をかけた。
「お前はライセンスを発行しに来たんだろう?受付はあっちだ。終わったらこの事もあるし飯でも奢らせてくれ。」
「え、悪いね。じゃあお言葉に甘えて。」
「ああ、じゃあ頑張れよ。」
そう言ってイケメンはイヤミの肩を叩いてどこかに行く。
2人は顔を見合わせて受付に向かった。
ピリピリとした雰囲気の中、男は先程までの笑みを消し狩りをする獣の目になる。
それを見ていたイヤミも真面目な顔になってリカーネに耳打ちをした。
「リリィさん今の見ました?あれ絶対にアイツと戦うフラグだったよ今の、かけてもいいね。」
「意地でも締まらないつもり?」
やっぱり締まらなかった。
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