第2話「セクハラは同性でもダメ」

「……ここどこぅん?」


 思ったことが声にも出て、混乱の増す少女。


(い、いやいやいやいや、つーかちょっと待って、マジでここどこ?

 豪華絢爛な飾りに、体育館ぐらい大きい部屋。……舞踏会ってやつかな?

 そして私がケツで踏んでしまった少女となんか今どきの断罪中みたいになってるこの図……)


「あ、なるほど今どきはやっている断罪系だな!……ん?なんでそんなこと知ってるんだ私。」


 少女はポンっと手を叩き納得したかのように頷く。

 だがそれが実は逆だということは、本人に聞かされるまで暫くあとのこととなった。

 しかし……

 空気の読めない、いや読まない少女は足元の床に散らばるリカーネの悪行が書かれた書類を拾い上げ、片眉を上げた。


「おいお前さん何んでこんなことしたんだよ?悪いことしちゃあいけないだろ。」


「なんであんたにそんなこと言われなければいけないのよ!?つーかあんた誰よ!」


 確かに。そう先程まで侮蔑の目線を向けていた会場の全員が頷き、そしてリカーネに哀れみの目をむけていた。

 全くもって先程の雰囲気と別な空気に、リカーネは居た堪れなくなる。

 縮こまるリカーネの言葉に少女はにやりと笑ってコートを翻し、ベルトに掴まれた腕を軽くひねって外したことにその場の全員が驚くが無視し、リカーネに顔を近ずけた。


「ほう?そこの可憐なお嬢さん。今私が誰だと聞いたようだが?」


「あ、やっぱりなんでもない――」


「ふっ、そう照れるな。勿論君の疑問にも、ここにいる全員の疑問にもお応えしようじゃないか!」


 立ち上がって演技臭いまま言う少女にその場にいた全員が飲み込まれる。


「あんた私の話を――」


「そう私の名前は!……名前は……名前ってなんだっけ?」


 ババンッと胸を張りドヤ顔をした少女は後ろから煙幕がで出来そうな勢いのまま、首を傾げて答える。

 ズコーとその場の全員がギャグ漫画よろしくのようにズッコケた。


「いやぁぁぁぁぁ!!!ちょっと待ってここに来る前の記憶すら思い出せないんですけど!?昨日の晩御飯ってなんだっけ!?やだ私この年で認知症だなんて!!お嬢さん助けて!!!」


「知っっっっっらないわよ!いや、ちょっと引っ付かないで、何どさくさに紛れて胸元に

 抱きついてんのよ!」


 少女はギャーギャーと喚き散らしてリカーネに引っ付く。切羽詰まる様子にリカーネと周りの人は完全に引いていた。

 しかしいきなりピタリと体を止め顔を上げる少女の目は真剣で、ついリカーネは動きをとめた。そして周りにいた全員もそのあまりの真剣な表情に固唾を飲む。

 そして少女はそのまま何かを熟考するようにして口をゆっくり開く。


「うん、Bだな。私はいいと思うぞ。……っあ……」


『ブフォッッ!!!』


 周囲の男性は全員赤面して吹き出す。

 ベルトすらも顔を真っ赤にして顔を逸らした。

 その言葉にフリーズしたリカーネは拳を握って笑顔で少女に近づく。


「よーし歯を食いしばりなさい。」


「待とうかちょっと口が滑ったんだ、平和的に話そう。私達、話し合えばわかる筈だ。」


 冷や汗をダラダラかいてジリジリと下がる少女の肩をポンと叩いて強い力で握りしめるリカーネ。その時少女はこう思った。


 あ、死んだ――


「フンッッ!!!」


「ぐっっは!!」


 それはそれは見事なアッパーが少女の顎にクリーンヒット。そのまま宙を浮き地面に激突した少女は気絶した。



 セクハラ、同性でもダメ、絶対。



 ****


 その後、1日経ってから色々あったがリカーネは宣言通りに貴族権を剥奪され、残りの2日でこの国を出ないと行けなくなった。

 しかし皆は悪の根源であるリカーネがいなくなることよりも、あの日突然現れた謎の少女に悩まされた。


 特に王太子のアルバートが、だけど。


「殿下ぁ!!あの女また城を抜け出してリカーネの元に行きました!」


「あああ!!!ここの警備はどうなっている!?たがだが少女1人に兵士が情けない!!つーかさっきも出たばっかだよね!?」


 王太子の執務室は類を見ないほどの混乱に包まれていた。

 その理由はある一人の少女が、突然上から降ってきて身元不明で記憶喪失、しかも多くの貴族と他国の人がいた手前追い出すわけも行かず王太子は城で一時食客として迎えたのが事の始まり。問題はここからだ。

 少女は毎回毎回どう抜け出しているのか分からないが城から抜け出してリカーネの元に遊びに行くからだ。しかもわざわざ兵舎の前を通って。


 そして彼女の脱走はこれで5度目。

 しかも城に帰ってきて5分後でまたの脱走だ。面目丸つぶれである。


「さっさと連れ戻せ!こんな事が他の者に知られれば王家の沽券に関わるぞ!」


「は、はい!」


 はぁ〜、とため息をついて頭を抱えるアルバートにもはや賢王の器と謳われた顔はなく、ただ少女に翻弄される哀れな男になりさがった。


「殿下。」


「どうしたベルト?用件なら簡潔に言ってくれ俺はもう疲れた……」


「では失礼して、あの少女のことで元老院からこのような物が……」


 すっと差し出された書類に目を通すアルバートは読み終わって静かにベルトを見る。


「これは本気か?」


「はい、国王陛下もそれに賛同致しました。」


 ベルトの目は真剣そのものだが、どこか苦しそうなものだった。

 それを見ないフリをしアルバートは息を吐くように言う。


「いいだろう、そもそも彼女はこの国のものでもないしな。それにリカーネも魔力も能力も聖女並だ、そのまま進めろ。」


「ハッ……」


 そのまま真っ直ぐとベルトは執務室から出るのをアルバートは横目で見て窓を開ける。

 窓の縁により掛かればそよ風がアルバートの髪を撫でた。


「君主たるもの、時には残酷見ならなければ行けないな……」


 その憂いた声は、誰にも聞かれることがなかったが一枚の紙が机からヒラリと落ちる。


『重要機密書類:魔王封印の贄にリカーネ・ベルラーナを選び、その共に例の少女をつける。 元老院』


 残酷な決定に苦しめられるアルバートだが、彼は知らない。

 一見無茶で厄介払いの無駄な犠牲。

 しかしそれに行くのはこの世界のものでは無く、そしてこの世でもっとも理不尽存在であることを。


 彼は、知らなかった。


 ****


「なんであんたまた来るのよ?」


「いやー、暇で暇で仕方なくてね。」


 王都の高級住宅街にある1つの別荘。

 そこがリカーネの泊まる場所であり、少女が毎回抜け出して遊ぶ場である。

 だがリカーネはあと2日でここから出ていかなければならない。それどころか国すらも。


「私忙しいんだけど、用ないなら帰ってよ。」


「用はないが別にいいじゃないか?あそこは窮屈だ。私が頼んだ訳でもないのにアレコレ言う。特にあのキラキライケメンが。」


 やれやれとわざとらしく首を振り紅茶を飲む少女を横目に荷物を纏めるリカーネ。

 パンパンに入った大きなカバンを見て少女は顔を顰めた。


「まさかそれ全部持っていく気か?」


「当たり前でしょ?このドレスとかこのネックレスとか全部必要なんだもの。」


「いや、そんなの持っていても邪魔なだけだぞ?……仕方ない心配だから私も手伝おう。」


 ため息をついてソファからおりる少女はリカーネの荷物から要らないものを取り出していく。


「ちょっと!そんな乱暴にしないでくれる!?これとかどれだけ高いか知らないでしょ!」


「知らんなそんな石ころ。それは全部質に流しちまえ。あ、思い出深いものはしっかりと持っていけよ〜。」


「勝手な……もういいわ。」


 続きを言おうとしたリカーネだが相手があの少女なので諦めた。

 これは何言っても聞かないことはリカーネがいちばん知っていた。


「……あんたこれからどうすんの?」


「そうだなぁ、どうしよかな旅にでも出ようかな。リリィと一緒に。」


 そんなことをサラリと言った少女にリカーネは目を見開いて食入見る。

 涼やかな顔をする少女はカバンからどんどんと要らないものを出していく。


「あんた、あの暮らしを捨てるっていうの?それにどうして私なんかと……あんたも知ってるでしょ?私が何をしてきたか。

 ……同情ならやめて、そんなことされても只只惨めになるだけよ。私は正しいことにしたのに、それなのに自分の親にすらも同情なんかされなかったわ。それなのにあんたが同情だなんて、ふざけないで欲しいわ。

 そんな事されるぐらいなら私の事なんかほっといて。」


 ――もう嫌、好きな人からも罵られて侮蔑の表情を向けられて、しかもたかだが平民ごときにも石を投げられそうになったわ。

 もういっそ消えてなくなりたい。

 全部リセットして、やり直したい。


 自分の腕を掴んで俯くリカーネ。

 少女はその言葉に顔を上げて真っ直ぐリカーネ見つめ、ニヤリと笑って立ち上がりリカーネの頭を乱暴に撫でる。


「知ってる。でもまぁぶっちゃけだから何?の方が強いな。私はそんなのでせっかく出来そうな友達を見捨てるなんて嫌だし。

 それにあんな所にいるならお前と気楽にアホやりたいわ。安心しろ、これは同情なんかじゃない、私は結構寂しがりだからこれは私の為だ。」


「……何それ、私はアホなことをした覚えなんかないわ。」


「そうか?まあ、あとはこの世界のことをお前にもっと聞きたいしな!特に魔法とか。」


 ぐしゃぐしゃにしたリカーネの頭をポンポンと叩いて目を輝かせる少女。

 リカーネはクシャリと顔を歪ませて、吹き出した笑いを出す。


「…………プッ、フフ……な、なら、ギルドに行ってみましょ。あんたが何属性か私も知りたい。」


「おお!!異世界っぽいの来たな!なら今すぐ行こう!」


「あ、待って。」


 少女は早足で玄関に向かう前にリカーネがよびとめる。

 どうした?という顔の少女にリカーネは笑って聞いた。


「あんたをなんて呼べばいいのかしら?」


「あ、うーん。そっちが決めていいよ私ネーミングセンスないし。」


 困ったように顔を傾げて悩む少女に、リカーネはいたずらっ子のような顔で少女に指を指す。


「じゃあアンタはかなり嫌味ったらしいから名前は『イヤミ』で!いい名前でしょう?」


 ふふんと笑うリカーネに少女は爆笑した。


 なるほど、嫌味ったらしいか。

 私はそんなことした覚えはないが、まあリリィがそう言うならそうなんだろう。

 私は過去は振り返らないのだ。


「おっけーじゃあ私の名前は今日からイヤミで!」


「はぁ、本気にしたの!?」


「おう、もう変更聞かないからな〜。」


「あ、ちょっと待ちなさい!」


 リカーネはあまりのことで放心したが、先に行く少女……イヤミの背中を眩しそうに見てまあいいかと思った。


「――本当、イヤミって変なやつ。」



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第二話の話を少しだけ変更しました。

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