最悪正ヒロインとの奇妙すぎる異世界冒険譚

姉御なむなむ先生

第1章「冒険に出るまで」

第1話「断罪された乙女ゲームのヒロイン」

 その少女は、ただの暗闇にいた。

 先の見えない闇は冷たく少女を絡んで巡らすべき思考を散らす。

 光のない瞳は酷くにごり、少女はそっと空を仰ぐ。


 呼吸をする度に奇妙な音が鳴り掠れ、唇は細かく震える。

 まるで血の通ってないような青い唇を小さく動かし、それ以上に小さく掠れた声で少女は言葉を発した。


「――……を愛さ、無い、世界なん、って……消えてしまえ……憎いっ……憎いっ……!」


 憎悪に満ちた声。誰にも癒せない憎しみ。

 少女の瞳は酷い憎悪で更に濁り、もう何も感じない体をそのままに、ただ空を睨んで世界を呪う。


 しかしその声も段々と小さくなりそして静かにまぶたが落ちれば、紅く輝く暖かい光が少女を優しく包んだ。


 そして少女は、呪いを吐き散らしていた世界から姿を消した。


『――次のニュースです。午後八時過ぎ〇〇県××市で四十代男性の遺体が自宅で発見されました。犯人は未だ発見されておらず、被害者の娘である……』


 朱がベッタリとついた白のコートが、風に小さく揺れていた。


 ****


 その世界は、二つの『界』と『族』によって生きる世界に異なりを見せていた。

 陽の光は柔らかく、透き通るような水と色鮮やかな緑、壮大な自然に実る作物。

 そんな楽園のような地上を支配しているのは、人族と呼ばれる者たち。


 そして、その反対に濃い闇と霧に覆われたその地は、生物にとっては過酷と言わざる負えない最果ての地。

 その地を今日こんにちまで支配していたのが、魔族と呼ばれる者たちだった。


「――魔王様、準備が整いました。」


「……そうか、では始めるとしよう。」


 黒い人影が玉座から降り、目の前の床に手をかざす。複雑に描かれた魔法陣は、この世界では何千前に使われた古代の陣であり読むことは容易ではなく、そして同時に膨大な魔力を使う。普通では不可能だ……


 それを可能とした人物。

 それは今目の前にいる人物、全ての魔を束ねる王、魔王その人である。


「さぁ、こい異邦人、我にその力を示せ。」


 魔法陣が展開し、世界の時空に亀裂を生ました。そして魔王の求める強大な何かが呼ばれ魔法陣は紅く輝く。

 その美しさは誰もが見惚れたものだった。


「おお、これでようやっと地上との争いに終止符が!」


「勝てるっ!これでようやく!」


 ザワザワとその場が騒がしくなり魔王の配下たちは興奮が止められなくなる。

 しかしそれは魔王ですら同じで、興奮のあまり魔力の量を多く入れてしまった。


 そう、


 バチュンと間抜けな音が鳴り響き、紅く輝いていた魔法陣は粉々になって消えていく。

 しばらくの間誰も動けずただただ間抜けな顔をして自分らが王を見つめた。


「……あ、失敗して、人族のいる地上に落としちゃった。」


 ダラダラと冷や汗をかき、そう引き笑いした魔王の言葉に魔物たち全員が叫んだ。


『何してくれてんだーーーーー!!!!』


「探せ!今すぐ探して保護するぞ!」


「地上部に誰が行くって言うんだよ!」


「魔王様、もう一度同じことできないんですか!?」


「我もう力使いすぎて結界維持しかできない。」


「いやぁあああああ!!!誰でもいいから今すぐ探してこい!!!」


 騒然とする魔界を他所に、事態は進展していく。誰もが予想しなかった方向に。

 落とされた異邦人は今、ある場所のある面倒事に乱入したことをまだ誰も知らない。


 そしてそれがさらに面倒な事態を産むことも、誰も知らない。


 ****


 おかしい、おかしいわ!

 だって私は聖女なのよ?この世界に選ばれた聖女なのに……どうして私がっ!?


 ――――こんな展開


 煌びやかに輝く舞踏会。

 花のように花弁を開かせた美しいドレス。

 誰もが自分を目立たせようと前を出るはずの舞踏会は、今は誰もが静まり返り壁側に逃げるようにしている。

 そんな舞踏会で、一際目立ち人目を引いた美しい少女が一人。


 令嬢の名はリカーネ・ベルラーナ。


 名門貴族ベルラーナ家の次女にし、王の次に身分の高い誉れ高き今代の『聖女』になった

 全てが順調に行ってたはずの彼女の人生は今、大ピンチに陥っている。


「リカーネ・ベルラーナ嬢!貴様が『聖女』と偽り、その身分を使っての横暴。あまつさえ本物の聖女である姉ルルカーナ嬢を虐め陥れたこの罪、王家のものとして、いやそれ以前にこの国の民として到底見過ごせられない!」


「そ、そんな筈は……!」


「まだ言い訳をするか!証拠は全て揃っているのだぞ!」


 バサりと落ちてきた書類には、今までリカーネのやってきた行い全てが書かれていた。

 暴力、自領のお金の横領、差別、多数の男との情事、etc……

 そして何より、聖女と言う偽り。

 寧ろここまでやってバレなかったのは奇跡と言ってもおかしくないほどの最低行為の数々。

 聖女と呼ばれるもののすることでは無いのはこの場にいる全員がわかった。


 どよめく会場。その会場にいる全員の目は、全てリカーネに向けられていた。

 リカーネのそばにいつもいるはずの取り巻きたちはリカーネと目を合わせなように下を向き、近ずかなかった。

 その他の人からは好奇心、嫌悪、そんな目を向けられていたがそれは仕方の無いことだ。

 何故ならばこの国、そしてこの世界にとってとても重要な人物であり大切にしなければならないまさに世界にとっての平和の象徴、それが聖女。

 そんなことは平民の幼子でもわかる基本知識であり、この世界の常識だ。

 しかし、そんな常識など通じないものと言うのは居るのである。


「――う、嘘よっ!だって私は聖女なのよ!?この世界のなのよ!?」


 そうこの事件の張本人であるリカーネだ。

 髪を掻きむしって妄言を吐き、周囲を睨むその姿は元聖女とは思えないほど醜いものであり、叩きつけられた証拠全てを肯定するものだった。


「そうよ、そうよアンタよ!アンタがゲーム通りに動かないから、全てがくるちゃったじゃない!」


 ギロリと姉のルルカーナを睨み、喚く。

 周囲はリカーネが何を言っているのかはわからなかったが、唯一そのことが分かるルルカーナは顔を歪めて言う。


「リリィ、この世界は現実でゲームでは無いの。だから貴女のしたことは許されない、もうこれ以上罪を重ねないで!」


「五月蝿い、この偽善者が!!」


 まるで聖女だと周囲は思う。

 懸命に悪に立ち向かう凛々しさ、そしてそれでも妹を思う優しい心。

 ルルカーナは御伽噺のように、全員が思う聖女そのものだった。しかし、それを身の程知らずにも拒み貶すリカーネに全員が眉を顰め、侮蔑の目を向ける。

 それでも彼女は気づかない。

 なぜなら彼女はただゲーム通りに動いただけであり確かにそれで上手くいっていた。

 いや、上手く行っていると


 思い込みによる勘違いとは、本人ではとても気づきずらいものでありそれに気づくには身をもって知る以外にないのだ。

 それは姉ルルカーナがよく知っている。

 ルルカーナも同じようにゲームと現実世界を同じように見ていた。

 だから彼女はそれに気づき自分の妹であるリカーネを止めようとしていた。


 ただ自分の妹が幸せになって欲しいから。

 例え自分を傷つけたとしても家族には幸せになって欲しい。


 そんな彼女のささやかな願いはリカーネに届くことは無かった。

 静まる会場に厳かな声が響く。

 ルルカーナのそばに居た王太子アルバートの声だ。


「もういい、リカーネ嬢。あなたの言い分はもう十分だ!」


 第一王子でありとても優秀な男であるアルバートは、貴族平民共々に人気があり賢王の器とまで呼ばれている。

 そして彼こそが、リカーネの想い人でありルルカーナを虐めた発端なのだ。


「リカーネ嬢、貴女は貴族権の剥奪及びこのような不祥事を起こしたその責を追うため国王陛下の判断の元、国外追放を命ずる!!」


「なっ――!」


 バッと出された紙には、確かに国王のサインと国印が押されておりもはや覆せないものとなっていた。

 そして期限は3日と書いてあり、それ以降国にいた場合は絞首刑とされている。

 あまりの絶望で腰を抜かしたリカーネ。

 しかしそんな彼女に手を差し伸べるものはこの場にはいない。


「……嘘よ、こんなの嘘よっ!私はヒロインなのよ!!」


「いい加減己の罪を認め、即刻この国から出ていくんだ。」


 なんで、どうして?私は上手くやっていた。

 ゲームのシナリオ通りに動いて、確実にアルバートを手に入れられるようにしたのに。

 あの女、悪役令嬢の分際で私を出し抜こうだなんて!


「許さない……ルルカーナ……!」


 ぐっと拳を握りリカーネは逆恨みからルルカーナに飛びかかろうとしたが、しかしそれは失敗に終わった。


「リカーネ・ベルラーナ嬢、申し訳ありませんが貴方様を拘束させていただきます。」


 凛とした声に、白銀の鎧を身に付け真っ白いマントを靡かせた彼はリカーネの腕を後ろで軽く締め上げて動きを封じた。


「……ッベルト・クラート!!」


 ベルト・クラート。

 異例の速さで王国騎士団団長に任命された男であり、王太子アルバートの友人。

 彼の剣の腕前は国随一と謳われ、隣国諸国に恐れられている男。

 涼やかな目元と銀の髪はまさに彼の神聖さを物語っていた。



「は、離しなさいっ!一体私を誰だと思っているの!?」


「……聖女を語る悪女、と言ったところですよリカーネ嬢。」


 その言葉にカッとなるリカーネ。

 ふざけるな、ふざけるなふざけるな!!

 私はしっかりとやっていた!この世界のために、この国の未来のために。

 私がアルバート様と結ばれなきゃこの国は滅んでしまうのに!だから、だから……!

 そんな私が悪女……?ふざけるのも大概にしろっっ!!


 リカーネはその怒りのまま、周囲を睨んで怒りをぶつけようとした。

 しかし怒り心頭のリカーネの上に、その場には不釣り合いの真っ黒いコートが靡く。


 そのコートはそのまま物理法則に従いリカーネの頭の上に、容赦なく踏み潰した。


「ゥゴッ!!」


「ゴハッ!!!」


 おおよそ女性と思えないうめき声が2つ。

 パステルピンクのドレスは、上から降ってきた何者かの靴で汚れてしまっていた。


「――あ、いたたっ。」


「うぅ、一体何なのよ……」


 相当腰を痛めたのか腰を抑えて、黒いコートの持ち主であろう少女がリカーネから起き上がる。

 しかしその動きはのろくまるで老人のように遅かった。


「ちょっと早くどきなさいよ!」


「あ、待ってお願い待って今腰やったから……頼む優しくしてくれ……」


「私は首が痛いのだけど!?」


 キーっと金切り声を上げ怒るリカーネに面倒くさそうに見る少女。


 その様子を見てこの場にいた全員は突然の事で動き事が出来ず、騎士であるベルトすらもしばらくの間放心していた。

 しかしハッと意識を取り戻し、侵入者を捕縛すべく動き、腕を掴む。


「――動くな貴様、一体何者だ。」


「はい?いきなりなんだってん……だ……」


(………………ここどこぅん?)


 それが謎に少女とリカーネの最初で最悪な出会いだった。


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1話を大幅変更。

色々と変更しまくって申し訳ありません。

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