第25話 炎の大地 サラマンダー

窓の外から朝日が昇る。箱庭の空は現実の空と同じように徐々に暗闇から茜色に変わり朝となった。箱庭の現実との違いは創造者であるアドリアナに敵対する存在がいないことだ。箱庭にはリアナが認めた存在しか入ることができない。箱庭に生息する動植物はそのほとんどがリアナが作り出した存在だ。


アドリアナ・ヴォフクが作り出した『箱庭』とは、リアナが献身の為だけに作り出した都合のいい楽園。この小さな世界はセイとリアナの為だけの居場所だ。




「おはよう セイ」


「おはよう リアナ」


僕よりも早く起きていたリアナと朝の挨拶をしベットから降りる。その後の行動もいつもと変わらず決まった流れで時間が流れていく。


朝風呂に入り、身支度を整え眠気を飛ばす。頭を拭きながらリビングに出るとリアナが朝食を用意してくれており一緒に食事をする。


リアナはいつも僕よりも早く起きて準備を進めており朝の挨拶の時点で給仕服であるメイド姿だ。


朝食を何でもないことを話しながら食べ終えると残りの身支度、歯磨きや荷物の準備、装備の点検など順番に揃えていく。


「セイ 紅茶」


「うん ありがとう」


準備が整い少し時間が空いたので食後の休憩?のようなゆったりとした時間となった。


「リアナの準備は良さそう?」


「ん、ばっちし 問題ないよ」


リアナも僕の向かいに座り、一緒に紅茶を楽しむ。


「これが最後の戦いになるのかな? フラウが言うにはこの大陸が最後の試練ということらしいし」


お茶菓子として置かれた小さめのクッキーをつまみながら話す。


「ん、たぶんそう 今までと同じで認めてもらえばいいはず」


「・・・乗り越えられるかな?」


「ふふ、大丈夫 失敗してもまた挑めばいい」


「リアナはループができるからなぁ そういえばこの挑戦は何ループ目?」


リアナはこの試練の間に同じ時間を繰り返すループ能力を手に入れている。この試練の間リアナが繰り返してくれたことで乗り越えられた場面が何度もあった。事前に知っていなければ初見殺しの行動に対処することはできなかった。そのためリアナは僕よりも何倍も長い時間を過ごしていることになる。


「まだループしてない これが最初 でも、今までも主との戦いはループすることはなかった」


「やっぱりそうなんだ 主ぬし戦だとループできないのかな? それとも理不尽にはループすることも通用しない?」


そうなのだ。これまでもその環境の攻略にはループが活用されたが主戦でリアナがループすることはなかった。毎回情報のない状況から戦闘が始まり数々の理不尽を体験し最後は自分でも何をしたのかわからないほど我武者羅に挑むことでどうにか認めさせることができた。


「ん、かも 理不尽には何も通用しない」


「「・・・・・・」」


これまでの理不尽を思い出して空気が重くなってしまった。


急成長する自然の猛威に曝され・・・


短時間に数多の天変地異を叩きつけられ・・・


抵抗虚しく全ての事象を弱体化させられ・・・


圧倒的強化率で蹂躙の限りを尽くされ・・・


水という当たり前で当たり前でない現象を理解させられ・・・


精神を抗いようのない現象で狂わされ・・・


永遠とも体感できる時間を理解することに費やされ・・・


「この大陸だと抗いようのない力で凍らされたよな」


「ん 物質も魔法も精神も凍らされた」


氷の大地の主、フラウとの戦いは『凍る』という現象を圧しつけてきた。精神が知らぬ間に徐々に凍りつく感覚は今思い出しても恐怖でしかない。


「セイ、大丈夫?」


「あ、あぁ 大丈夫 精神が凍りつく感覚を思い出しちゃって・・・ あの時はリアナがいなかったら僕は死んでたよ」


「ん、あれはやばかった セイが凍りついているのにすぐに気づけなかった」


凍りつきそうになっていた僕をリアナがギリギリのところで気づいてくれたお蔭で生き残れた。凍りつきそうな精神をリアナが憑依時の繋がりを利用して精神を補強してくれたことで危機を免れた。下手したらリアナの精神も凍りつく危険な状況だったこともあり僕が覚える恐怖は大きい。


ビーちゃんを補給して紫煙?魔煙?を吹き精神を落ち着かせる。


「ふぅ~ 氷の大地のことも考えると、この炎の大地は予想が出来そうかな?」


「ん 氷の逆が炎は安直 だけど、この大陸はその安直にできてる」


リアナが言うように氷『凍る』の逆が炎『燃える』というのはどうにも安直なように思う。凍るの反対が溶けるでも、炎の反対が水でもいいように思うが何をもって逆とするのかがとても曖昧なように思う。


魔法という超常現象が絡むことで本来の事象が捻じ曲がっている影響かもしれない。高濃度の魔力量に侵された氷炎の大陸は常識で判断することは死へと直結する。今までの常識を捨て、目の前で起きている現象に適応しなければ生き残ることはできなかった。


「生息する生物も氷の逆 炎を纏った生物 主も炎の生物の上位互換のはず」


「だよなぁ 今までどうり完全上位互換の主 『燃える』を考えると精神防御も考えなきゃ摘むかなぁ」


「ん、要注意」


じわじわと精神を燃やされる。『凍る』は体験したが『燃える』はどうなるかわからない。『凍る』の場合は気づかないうちに思考が鈍くなり、徐々に判断がつかなくなる。完全に凍ってしまえば自分の意志で考えることができなくなり廃人となる。これは実質死と変わらない状態だ。


また、身震いがしてきた。ビーちゃんで心を落ち着けよう。


「少しでも主の事をユウヤに聞ければよかったのになぁ」


「それは仕方ない 何度聞いても話してくれなかった」


ユウヤは昨日晩飯を食べた後帰っていった。別れ際に「がんばれよ」と言われたがこれから挑む主の事については何一つ教えてもらえなかった。まぁ、これは他の不死者からもヒントの一つももらえなかったので、たぶんエリアスに口止めされているのだと思う。


紅茶も飲み終わり、少し音を立てて机に戻す。


「いい時間かな? 行こうかリアナ」


「ん、いこう」


もう一度装備を確認し家を後にする。


『チェンジ』にしまっている武器は盾と金属棒だ。今回使う武器はこの二つ。武器なのに燃え尽きる環境のため長時間外に出しておくことができない。苦肉の策として防御の瞬間だけ『チェンジ』で出し入れするようにしている。それでも、炎の大地で出して置ける時間は二秒しかない。


防具は正直あってないようなものだ。この大陸に来た時に長年お世話になっていた冒険者時代の防具はすべて燃え尽きてしまった。残ったのは僕自身とビーちゃん、精霊の靴だけだ。この大陸に来てしばらくの間は靴だけ履いた裸の姿で戦っていたがリアナと共同で最低限この環境下で越え尽きない服を作りあげる。


この服は火耐性を上げるのではなく、魔法によって起こされる事象を跳ね返す様に作られている。材料は魔力。無属性魔法の『バレット』や『シールド』と同じ要領で高密度の魔力の糸を作りそれを吹くとして仕上げた。糸は魔力の扱いに一番長けているビーちゃんの協力によって大量に作り出すことに成功した。


この服だけでも魔法耐性は凄まじいのだが炎の大地の環境下ではまるで意味をなさない。武器と同じように二秒耐えれるようになった程度だった。この服を炎の環境下で燃えないようにするには身体強化の要領で服を強化することで成功する。全て魔力で作られた服であるため魔力の通りは最高に良く、この服を強化することで燃え尽きないだけでなく防御能力も上昇し身体強化も無駄なく発揮することができた。


でも、僕に細かい装飾のセンスはないので無地の上下だ。紺色の長袖長ズボン。リアナが作ってくれた灰色と黒色のリバーシブルのフード付きローブ。使い続けている精霊の靴が僕の装備だ。


家の前の草原まで歩き、メイド服姿のリアナは憑依の準備にかかる。


「ん、憑依」


英霊化を発動したリアナはそのまま僕の背後から重なり憑依する。


憑依すると同時に僕が羽織っているローブに幾何学模様が走り、強化されたことが視覚的にも分かるようになる。


身体の強化率をリアナと同調するように上げていく。型を熟しながら体を慣らし徐々に強化率を最大値まで上げていった。


続いて、僕が多用する各種生活魔法を発動し問題ないことを確認する。


「ふぅ、よし リアナは大丈夫か?」


(ん、大丈夫)


リアナも問題がないようだ。型を熟しているときも僕の強化の流れに完璧に合わせることができていた。リアナの召喚魔法も問題なく発動している。


「行こう!」


(ん!)


リアナの操作により箱庭から外へ出る。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




箱庭から出て目にはいる景色は見渡す限りの炎。赤、橙色、青、緑、黄色、紫、様々な色の炎が揺らいでいる。樹木は朽ちることなく燃え盛り、草原は足の踏み場がないほど炎が続いている。近くの炎から伝わる熱は・・・冷たい。氷の様に冷気を発し冷たいままに燃え盛っている。


装備している服が燃えようとするが魔力強化により発火することはない。精霊の靴も宿った精霊たちの助けも合わさり燃えることはない。


熱気か冷気か陽炎の様に揺らぐ視線の先には炎の大陸の中心地、炎山とも言うべき燃え盛る山が聳え立っている。


「何度来ても理解できない環境だよな」


(ん、視界のすべてが燃えてる でも、熱くない炎もある)


相変わらずの異常環境に呆れつつも今回の最後の試練となる炎山へ向けて歩を進める。




「ユウヤが言うにはこの山の中腹に内部への入り口があるんだよな」


(ん、場所は詳しく聞けた 迷わずまっすぐ行けば着く)


空から襲い来る炎を纏った鳥を撃墜しながら山を登る。


獣型の炎の鳥は精霊とは違って実態を持っているので対処は容易い。燃やそうとしてくる熱線や熱気に耐性さえあれば直接叩くことができる。


空中からの突撃による奇襲を事前に察知し、ギリギリのところを半歩身を反らして避け、首に手刀を落とせば一撃で屠ることが出来る。90度に上を仰ぐように折れ曲がった炎の鳥はしばらくすると空気に溶けるようにいなくなった。


炎が霧散するように消え、その場に残るものは何もない。


「そういえば、この試練の間で魔石ってあったか?」


(・・・なかった どの敵も魔石を落とさなかった)


もう一度、炎の鳥が消えた場所を見てみるがやはり何もない。


「魔物の定義ってスライムを除いて体内に魔石があることだよな?」


(そう、迷宮でも地上でもその例外はなかった)


「でも、試練の敵は魔石を落とさない ・・・魔物じゃない? でも、あんな異常な動植物がいていいと思えないんだけど・・・」


(・・・スライムとか?)


また、奇襲が来る。今度は炎の猿。投擲してくる炎の石を最小限の動きで避けながら近づき、間合に入ると同時に足刀をくらわせる。


炎の猿は首の部分を抉られるように消失し頭はボールの様にくるくると真上に飛んだ。頭が地面に落ちる前に空気に溶けるようにその姿を消失させる。


「この猿がか?」


(ん、ビーちゃんも進化した 元はスライムかも?)


「んー、どうだろうなぁ~」


ビーちゃんを吸い、紫煙を吐く。


数々の試練を乗り越えた僕たちは山の中腹にある入り口まで苦戦することなく進む。


炎の鳥も炎の猿も重力の孤島で苦戦していた僕たちであれば視認することも動くこともできずに蹂躙されていたであろう生物たちだ。身体能力が高いだけでなく獣型は野生の勘とも言うべき感覚が鋭い。試練初めの僕たちであれば奇襲に気づく事もできず、最初の攻撃で死んでいただろう。偶然避けれたとしてもその炎の体は触れたものを問答無用で燃やし尽くす攻撃的な防御。こちらの攻撃は一切通らず蹂躙される結果になっていたはずだ。


しかし、今の僕たちであれば苦戦することなくこちらが有利な状況で対処することができる。改めて成長できたのだなと実感が持てた。


カラン~コロン~♪


ビーちゃんの鈴の音色を響かせながら順調に進んでいく。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




山の内部へと続く入口へと到着した。


その入り口は赤々と燃え盛り、炎の道が続いている。洞窟の壁面の全てが燃えており竜がブレスを吐こうとしているようにも見えてくる。これまでの山の中も燃え盛っていたがここから先の洞窟内は正しく炎が燃えているのだろう。


「ここか ・・・分かり易いのはいいがこれ通れるのか?」


(少し入り口の炎に触れてみて)


「あいよ こうか?」


洞窟から漏れ出る炎はちょっと尋常じゃないほど痛みを伝えてくるが耐えられないほどでもない。もう少し手を奥へと翳すと満遍なく手の正面に激痛が走る。


(・・・ん、こうして あーして こう! どう?)


ローブに浮かぶ幾何学模様の配置が組み替えられるとさっきよりは熱による痛みが軽減された。


「これならだいぶ楽 このままいくぞ?」


(ん、りょうかい)


軽減された熱の痛みを感じながら洞窟を進んでいく。軽減されたとはいえ、全身を火炙りにされている痛みとそう変わらない。しかし、僕の体や装備は燃え尽きることなく原型を留めており燃えることはない。


目や耳など無防備な器官に重点的な魔力強化を行い保護する。他の個所が少し強化率が下がり痛みが増したが指先から炭化していく様子もなく問題ないと判断する。


今までの試練でも痛みは判断を鈍らせる最大の敵だ。しかし、痛みを遮断などしてしまえば自身のどこに不調をきたしているのかがわからないし、そもそも感覚の遮断など僕にはできない。


僕は痛みを克服するのではなく慣れることで乗り越えた。現状を正しく理解しるために腕を捥いで痛みを体験するなど今考えれば狂気の修行をしていたように思う。『クリーン』という体を復元できる魔法があるからこそできる修行な訳だが・・・うん、それでも頭おかしいね今までの僕。


ま、まぁ、その御蔭で挫けず試練を乗り越えてこれたことも確かだ。痛みへの慣れがなければ僕はここまで歩けていないだろう。


歩みは緩まず一歩一歩洞窟を進んでいく。道中、奇襲を仕掛けてくる者もなく十分もしない内に洞窟の奥へと到達した。


終着はマグマの光と七色の炎の揺らめきが交差する広間。そこにいた存在は・・・。


「竜種かよ」


(火竜?炎竜? 実態は持ってる? ここからじゃわからない)


その巨体を白い炎で包み込んだ炎の竜だった。四足の竜はその足と翼を小さく畳み、こちらを大きな瞳で観察している。座った姿勢でも10メートルと巨人と変わらない体長。僕なんて彼の竜からしたら虫と変わらないサイズだろう。


火竜に観察されることしばし、圧倒的強者に見つめられる時間はそれだけで心拍数が徐々に上がっていることを実感している。耳奥で鼓動が早まっていることが『ドクドクドク』という音で嫌でも聞こえてくる。


「スゥ―――、、、ふぅ~~、、、」


大きく大きく深呼吸をする。


改めて、火竜を見ると・・・。


「そうかよ お眼鏡に叶ったてか?」


綺麗で凶悪な牙を覗かせた。


火竜が立ち上がる。


「ッチ」


その動作だけでこの広間の温度が上昇した。あまりの暑さに汗が流れだす。僕の体から離れた汗の雫は地面に落ちることなく空中で燃え揺らいだ。


「(『ヒール』)」


『ヒール』による自己強化を始める。手を抜くことなんか許されない。これまでもそうだ、初めから全力、全力の全力で挑んで戦いの中で壁をぶち壊して認めさせなければならない。


トントン、、、


半身に引いた後ろ脚の爪先で靴を慣らす。


これは癖だ。ビーちゃんを無意識で銜えてしまうのに続いて抜けなくなった癖。戦闘前のルーティーン。全力を出すという合図ともとれるかもしれない。


先ずは先手を取って・・・。


「ダッろぅガ!」


長い尻尾の薙ぎ払い。僕は咄嗟に『チェンジ』で金属棒を出して燃え尽きない一瞬の間に受け流そうと考えたが無理と判断する。空中に飛び、避けきれない尻尾の壁に棒をそえて自らが回転し回避する。


一転二転三転、視界がグルグルと回る中、感覚を頼りに横回転の勢いをそのままに下を通り過ぎようとする尻尾に打ち下ろすような強打を振り下ろす。


重い。


軌道をほんの僅か反らすことしかできなかったが回転していた体制は止まった。棒は振り下ろしが決まった時点で『チェンジ』に収納済み。


空歩、精霊の一歩目で安全圏、、なんて場所は存在しないので体勢を整えられる位置へ移動する。


地面に足をつけることに成功するが・・・。


(上!)


精霊の二歩目を踏む。


陰から離脱した場所には尾の振り下ろしが重い音を立てて突き立った。僕を潰すことだけに完璧にコントロールされた尾の振り下ろしは地面を傷つけることなく衝撃波が分散するなどと無駄を起こさない。


「ふざけてんなぁ おい!」


熱気がさらに上昇した。僕は顔を引きつらせるしかない。


精霊の三歩目を踏み、たたらを踏むように普通の四歩目を済ませておく。


僕がさっきまで立っていた場所は炎の空間をさらに獄炎の炎により飲み込んだ。やはり、無駄は許さず完璧にコントロールされた炎は標的以外に何の影響も及ぼさない。


「(理不尽)」


僕とリアナの心はこの言葉が全て表している。




主戦は僕たちの防戦一方で進んでいく。こちらに攻撃を仕掛ける余裕はなく、ただ避けることに全神経を集中させていく。少しでも多く観察して『真似る』を生かす。被弾しないことが前提であり予想をもって先読みで回避できるようにならなければ攻撃を仕掛けるなど夢のまた夢である。


何度も避ける。避けて避けて避けて、避け続ける。リアナと僕の二人係で『真似る』を活用し情報共有し反撃の糸口を見つけようと粘る。


初撃は全力でもなんでもなかったらしい。僕たちが対応できるようになると予想を超える攻撃を仕掛けてくる。


あの尻尾、筋肉の塊というだけあり柔軟性にも長けているようなのだ。何が言いたいかというと・・・鞭はアカン。尻尾の先端なんて認識できるわけがない。


完璧にコントロールされた尻尾による鞭の先端が理解も追いつかないうちに左腕を粉砕したのだ。激痛よりも先に驚愕。心に空白が生まれ条件反射で『クリーン』を使えてなければそこでゲームオーバーだった。


ブレス、尾による鞭、熱風、牙、爪、体当たり、単純な攻撃ほど質量差がものをいう攻撃だ。どれも一撃必殺と言っていい。鞭の被弾は十中八九見逃されただけだろう。


ギリギリの体を酷使して加速していく戦闘について行かせる。強化率なんて最初から全力の全力。体が崩壊したり、オーラが漂うような無駄など侵していない。僕が持てるすべての魔力を身体強化へと回している。魔力を消費するなんて無駄は絶対に侵さない。HP、生命力も身体能力の強化へと回し理不尽な戦闘状況をギリギリ保たせる。


リアナもギリギリだ。常に魔力操作を行い僕を強化し燃え尽きないように装備を強化し、少しでも燃え尽きる時間を延ばすために『チェンジ』で一瞬出される盾なども強化している。さらに召喚魔法で火竜に妨害を仕掛け、避けきれない攻撃は転移を発動して危機を逃れた。


徐々に『チェンジ』内の武器が耐久力を失い燃え尽き始める。この戦いのために大量の金属棒と盾を用意したがそれも時間がたつにつれ少なくなっていく。




どれだけの数の攻撃を避け続けたか、服は強化が間に合わなくなり端から炭化を始めた。体力、魔力に無駄は許していないから消耗など皆無なはずだがギリギリの戦闘を続けることは精神的に摩耗する。


体は動く。魔力は浪費していない。循環を繰り返し枯渇など起きようがない。でも、精神はどれだけ鍛えても消耗は免れない。


呼吸は乱れ始め、流れ出る汗の量が止まらなくなっている。熱い、暑い、水が欲しい。


「はぁはぁはぁ」


火竜は未だに無傷。攻撃など与える隙が無いのだから当たり前だ。


(・・・・・)


リアナの方が精神の摩耗が激しいはずだ。さっきからリアナは一言も話していない。


でも、火竜の攻撃のバリエーションは止まった。今の僕たちであれば見切れていない火竜の技はない。予備動作を見れば回避できる。


尾の痙攣。


僕はその場で左右にステップ。両耳のすぐ横の音が削り取られ無音になった。


尻尾の鞭による同時攻撃。直撃のコースと回避先に同時に攻撃が迫る。毎回パターンを変えて回避しなければ回避先を読まれ空間ではなく僕の肉体に穴が開くことになる。


視線が刺さる。


僕は分身するように移動と停止を繰り返し溜める動作なく放たれた熱線を避ける。僕の数百の残像が熱線に貫かれ空気に溶けていった。


両翼の痙攣。


扇状に走り続け後方に置き去りにした陽炎の揺らぎを避ける。不可視の熱による斬撃。斬線上をすべて炭化させる攻撃は何度も盾や棒を炭化させられた。


その後も爪、牙、圧力、不可視の現象、熱、炎のトラップ、多彩な攻撃のその全てを避け続ける。


何度も避け、今であれば攻撃を考える余裕ができた時・・・。


「コナイノカ?」


火竜が喋る。


「・・・・・」


僕には余裕がなくて返答することができない。


「我の全力が希望か?」


やっと、これから攻撃に移れるというときに、火竜の姿が変化していく。


竜の姿は小さくなり二メートルほどの巨漢の姿へと変化する。


その頭には冠のような角が、その体は筋骨隆々と躍動し、火竜と同じ赤々とした皮膚、白炎に燃える体を持つ。特徴的なのは角に加え両腕の筋肉を押さえつけるような無数の金バングル。巨漢はそのバングルを一つ一つ外していく。


「我の名前はサラマンダー」


一つ、また一つと外していく。一つ外す度に重圧が増し熱量が上がっていく。


「又の名を『イフリート』」


全てを外し終わると温和な表情だったサラマンダー、いや、イフリートの表情は悪鬼羅刹の悪魔のような表情へと変わっていく。


「エリアス様が最古参の火の精霊なり」


二メートルの体長は五メートルまで巨大化し、そこに居るのは火の精霊と名乗る獄炎の悪魔。


「ここからは全力でお相手しよう」


空間の熱量は今尚上がり続け、掻いた汗は流れ出る度に空中へと焔の様に溶けて消えていく。




「・・・ふざけろよ おい」


余りの熱量に体の端から炭化が始まった最終ラウンド。理不尽はこれまで築き上げた努力を根本から覆してくる。それを乗り越えられなければつかむことのできない何かがあるのだろう。


やってやる


「いくぞ」


(ん)




最終試練が始まる。





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